・第7話・実験やら思案やら鍛錬の終わりやら
未だにとりあえず自分より強い奴を倒しにいくことを目的に訓練を行う日々。地中移動は腰まで地面へ潜れるようになりました。そしてオーロックなどに叩きのめされる様子は変わらないものの、訓練は更に実践に近付き実剣が用いられるようになりました。なにそれこわい。
「これはイジメですか? こっちは武器使えないのに」
「刃は潰してある。安心しろ」
「オーロックさんの剣技だと実は潰してある剣だろうが鉄を斬れるのですね。解ります」
「察しがいいのは褒めておくが、自分の首を絞めても苦しいだけだぞ?」
「否定してくださいよこの人は!?」
最近は不幸キャラが定着しそうな竜樹だったが、抗弁も無駄と悟ってか新装備の籠手の留め具を締め直す。衣装と同じく漆黒の籠手で、金属のパーツを重ねた外装はヴィスラに「ムカデみたい!」と言われた。幼子のストレートな表現に泣きそうになると同時、この世界にも百足が居るのかと変なところも気になった。
オーロック曰く「武甲殻製の籠手が左手だけ余っていたので」と渡された。その前に武甲殻が何を指す単語なのかがまた気になる。鉱石ですか生体素材ですかそれ以外ですか?
喋り方といい竜樹のこころからリミッターが若干緩くなっていくのを誰も気付かなかったが、ないがしろ感は今に始まったことではない。こんな雑な扱いでいいのだろうか異世界出身の怪獣病罹患者が。
「いきます! 《砂塵幕》!」
猪突猛進気味だった攻撃には幾つかの修正点が加えられている。基本戦術は初日と同じものが用いられることが多いが、土砂を撒き散らす際には衝撃系スキルにあたる《インパクト》ではなく地属性魔術である《砂塵幕》によって行われている。能動的に土砂の流れを操作できることから覆い被さるように相手へ押し寄せる土砂。その上を竜樹は固有スキルにあたる『地中移動』を使い駆け上がっていく。地中移動の特性が土、砂、泥などに適用されることから編み出された独自の移動術と共に『振動操作』によって口元から舌打ちに似た短い破裂音が繰り返される。
元の世界ではエコーロケーションと呼ばれる音の反射による位置の探査技術であるが、その技能から相手の位置を砂の壁越しに探り当てると、腰溜めに構えた両拳からボクシングのジャブを思わす高速連打を放つ。
衝撃系スキルの派生技能 《パルス》は、威力の弱い衝撃波を複数発連射する技能である。スキルレベルが上がると、指先の動きだけでも発生点と速度、威力まで操作できるようになるとのことだが、取得して数日の竜樹は、打撃の威力の何割かを衝撃波に変換するのが精々である。
面制圧のやり口、今までの《インパクト》に比べて威力に劣るが軌道が割り出し辛く、砂を散らしてしまう《インパルス》と比べると範囲は狭いが精度に優れた《パルス》を行うことで足止めを行いつつ削る。実に単純な作戦ではある。
ただし、剣を使うオーロックに対しては効率的なものとは言えなかったらしい。
砂の壁は剣撃で即座に切り裂かれ、威力に劣る衝撃波は受け流されて包囲網は軽々と破られた。加えて、地属性魔術の《砂礫波動》で操作した吹き上げる砂を足場に距離をとろうとすると、剣先を照準に紫色の球体が飛来してくる。
オーロックの闇属性魔術《黒弾》が立て続けに竜樹に直撃。籠手と外殻に包まれた両手で防御こそ成功したが付加効果によって詠唱妨害が発動、着地した瞬間に続けて闇属性魔術である《闇精霊の即売界》が円形の魔法陣を地面へ展開、即座に拘束とMP吸収の効果が発動。
この闇属性の中級魔術は吸収したMPで魔法陣の継続発動を行う悪辣なもので、動けなくしたうえでMPを減らしていくという闇属性の特性とも言える妨害効果の高さが凄まじい。
しかし、竜樹もさるもので、即座に《インパクト》を地面に放ち、魔力によって地面へ形成されていた魔法陣の図形を崩す。全身を締め上げるような圧迫感から解放され、全力で空中へ跳躍する。
ほんの瞬きの間を挟み銀閃が土煙ごと空間を断ち切る。剣風に吹き散らされた《インパクト》の余波を横目に、上空でどうすべきかと悩んでいた竜樹へ、オーロックが剣技スキルを発動。
剣先が空中に短く印を描く。印と剣舞により無明流剣技《陽炎天》が発動し、空中に剣霊の姿、常人の数倍近い体躯をした女神の虚像が現れる。
剣霊とは剣技スキルによって一時的に姿を得る仮想神格のことで、物理的な影響力を伴う。
オーロックによって空中に投影されたオーラの塊、長い髪を振り乱す白い仮面で顔を隠した女神は、情け容赦なく手にした六角の棍棒で竜樹を叩き落す。
今日もまた、彼の敗北によって訓練は終わる。
ふてくされるように地面へ寝そべる竜樹はぶつぶつと文句と戯言とうわ言を混ぜた様な単語を繰り返していた。
「………そりゃそうだよ異世界に来た人間が異世界育ちの魔法と剣の世界に馴染んでいる人間に勝てるわけないよ。なんだよ怪獣病とか異世界に来るんならチートスキルの一つもよこせよ世界の管理者とか神とかそういった存在とかは手を抜いてんのか畜生」
「負けたから午後の休息はなしだな。魔術を魔力枯渇により発動不可になるまで繰り返せ」
「鬼! ヒトデなし! ヒトデマン! ヒトデマシン!」
「途中から何のことを言っているか解らないが励めよ」
「異世界に着いたらモテるかもとか思った自分がバカだったよ!」
心からの叫びに対して彼の肩を優しく叩く手が一つ。ストレスで最近あきらかに壊れ気味である。それでもきちんと言われた通りに訓練するあたりはこの世界に染まりつつあった。
「あぁ思ったさ。この身体に満ち溢れし異能を持ってまで勝てないこの世界の人間との現実に向き合うまで」
朱善の言葉に、涙ながらに頷く竜樹。
「まぁ自分はマイハニーことアルグレンテはさておいて、そこそこ愛されてるがな」
「持ち上げて落とすとかこのヒトデなしめ! 海綿体爆ぜろ!」
「ふぅうっははははははははは! 男とはモテることと見つけたりさ後輩よ!」
「何しに来たんだよお前は!」
地面から身体を起こした竜樹は自身の無気力さが様々な要素で打破されつつあることを諦めつつも律儀に朱善へ言葉を返す。
「あぁ、そうだったそうだった。ところでオーロック氏はどこだ?」
「オーロックさんなら自分の部屋だと思う。午後から王宮へ行く予定らしいから」
「そうか。軍務卿からお前宛に任務を持ってきたのだが」
「え?」
訝しがる竜樹に、携えていた分厚い封書を示す朱善は、身を包む着崩した黒い軍服らしき服装の襟元を緩めつつ応える。
「だから、任務。これを渡せばこちらは仕事終わりなんだ。早くオーロック氏へ申し送りを」
先程の言動といい、ふらふらと縁側から屋敷へ上がりこんでいく状況といい、どうやら朱善は大分と限界間近らしい。千鳥足で去っていく背中を見送り、思わず深い深い溜め息を吐く。
オーロック一人に手も足も出ない人間に出来る仕事であればと願わずにはいられない。正直、役立たずの烙印と共につかいっぱしりか捨て駒に使われてもよさげなくらいの日数は過ぎているので、不安は膨らむばかりであった。
体力が回復すると、放置気味な自由行動の時間を使って錬金術師の工房、というかオーロック氏の私室を訪れる。この多忙の人は趣味が錬金術であり、どれだけ多才なのだろうと驚かされたのは随分と前。貴重な原料なども多いそうだが、とある理由から竜樹は立ち入りを許可されていた。
入れ替わりというか、廊下の反対側へ走っていく朱善も見えた。なにやら、先程と違ってやたらたくさんの資料らしきものを必死こいて担いでいく背中に漂う哀愁についてはご愁傷様としか言いようがない。不眠不休ご苦労様です。
執務室の机では、詰まれた資料にペンを走らせるオーロックが、蛇じみた鋭い眼差しで書面を素早く処理している最中だった。
「すまん。さっき来た案件もあって今忙しい。この間の金属に似た試料は用意してみた。確認してみてくれ」
「はーい」
なんかもう師匠と弟子というより歳の離れた兄弟のそれである。この関係性があるからこそ、竜樹も心が折れていないのではないかとも思われる。そして執務室隣室、中学時代の理科室に近い錬金部屋の中、テーブルの上にあるのはガラス瓶に詰められた粉末。
どれも部屋に差し込む僅かな日光できらきらと光っている。
その傍には端の削られた1円玉。
異世界の金属とおよそ日本人として平均的な科学知識。それがこの部屋に招かれた理由である。ちなみに知識については朱善も持ち合わせているはずなのだが「真面目に話をする気が起きん」という実に真っ当な理由から聴取が見送られていた節がある。
日本の硬貨の場合、1円玉がアルミニウム、5円玉と十円玉が銅合金、五十円玉、百円玉、五百円玉も銅の合金一種である。5円、十円がそれぞれ亜鉛、五十円、百円、五百円にニッケルが入っている。正確にいえば十円玉にはスズが1~2%ほど入っているが割愛。
銅、鉄、ニッケルは合致する金属が普通にあった。同じ名称であったことに何らかの作為や誰か異世界人の知識が関与している可能性があるが、竜樹としても正直どうでもいい。
アルミだが、こちらについては同じようなものが幾つかあった。
まずクイックシルバー鉱石。これは銀色の鉱石で、魔石の一種。ゴーレムの材料にも使われているものであるが、値段的には安いらしい。なんでも、魔力の伝達効率や増幅率、反応係数などといった細かな数値があまり高いものでないという。要は安くてたくさんあって材料的にはありふれたものだということ。
次に、メタトロニウム鉱石。一部では「賢者の石」の材料とも噂されるもので、魔力の増幅量が極端に高く、粉末が金の数十倍の価格で取引される稀少鉱石。原石ともなればどれだけの値段になるか解らない。
次はミスリル。錆びず折れず曲がらないという魔法金属。
あとはオリハルコンやヒヒイロカネ、アポイタカラというもので作った合金の一部が同じようなものらしいが、主な調べ方が魔力の伝達効率やら、錬金術試料による検査やらということで、何をやっているのかいまいち解らないし何を基準に似たものと判断しているのかもよく解らない。
そのうえで竜樹がやっていることといえば簡単な化学反応の確認と魔石による反応の確認。魔石も採掘場では実用に適さない反応が確認できる程度の品質のものではあるものの、それを使いたい放題というのは若干優遇され過ぎている感はある。が、そこまでやってもらってやっとこの世界でこんな生き方をするにあたって最低ラインではないかという危惧がいつもつきまとう。経験のあるゲームの世界でもなければ聴いたことのある世界観の異世界でもないという状況だと、常識のラインから探っていくぐらいの冷静さが求められて然るべきだろう。
心底不思議で仕方なかった点としては、異世界に来た時点で死んだり病気になったりその他に不具合が起きて命を落とさないのは何故なのかというあたりだが、不思議パワーでなんとかなっているとしか納得のしようがないのも事実だが。生きてるって最高。
さて魔石についてだが、これは魔力に反応して属性効果を発揮する。火属性であれば熱を出したり火種を出す、水属性であれば湿ったり水を出す、風属性であれば僅かに音がしたり風を出す、地属性であれば埃が出たり砂を出す。
反応については『出たり』と『出す』の違いは品質に応じた魔力と魔術式。
単純な現象、火属性を例にすると過熱、発火、燃焼までは品質に応じた魔力量の供給で変わる。最低品質で加熱の現象を発生させるものを10と仮定すると、発火が20、燃焼が40と
比例的に必要魔力量が上昇する。
そして、効果や現象を増幅や指定したい時は、更に魔石とセットとして魔術式が必要となる。この魔術式の追加方法は、魔術式を魔石に刻印する、魔術回路や魔術具に魔石を組み込むなどの方法が一般的だという。
現在、その魔石を使って試しに実験の試作品を作っていた。
用意するのは金属製の水筒を思わす筒と、各種金属。
クイックシルバーの粉末に加えて、その他の粉や水などを準備、秘密の製法、というほどではないが、ところどころに仕切りや溝などの内部構造を作りながら何種類かの筒を作り出していく。最後に火属性の魔石を粉にしたものを密封した蓋を被せ、完璧な円柱型にして作業は終了。あとは、詰めたものによって緑や赤などの塗料で印をつけていく。数は代々二十個といったところで、大きさは掌サイズ、250mlのアルミ缶くらいの大きさである。
金属加工を腕力で行っているあたりがとんでもないが、作業工程そのものは誰にでも適そうな調合未満の理科のじっけんレベルの作業である。そのまま外に出て缶を使った実践へ進もうとしていたものの、資材の持ち出しについては許可がいることを思い出す。
未だ忙しく仕事を続けるオーロックに対し、仕方なく竜樹は手ぶらで錬金部屋を出ていくことにした。
庭に立って自己鍛錬。ここは先日の修練場と違い、屋敷に隣接した蔵らしき保管庫や剪定された木々などが几帳面などほど綺麗に整理された庭園的な場所だ。
怪獣病による身体能力の向上について考えもしなかった部分の強化が竜樹にはあった。いわゆる『器用さ』の上昇である。器用さと言ってしまうと単なる小手先の巧さに聞こえがちだが、これが格闘技や身体修練などに適用されると、明らかに精度や技能を取得するうえで途端に有利な点になる。
まず、技の特徴が体感的に理解できる。竜樹が先程放ったように、《パルス》の技能の発動にあたって行われているジャブ、速度を重視した打撃技を素人が数日で取得しているあたりがまずおかしいのだから。
身体的技能と精神的技能は、習熟においても流れが違うのだが、それらの取得能力が一緒くたに高い。
精神的技能、魔術に代表される内面から外へ発揮される技能は、オーロック曰く認識、収束、顕現の三段階に分類されるという。
認識は魔術の構築における起動、イメージを世界に投影する瞬間を指す。魔力や魔術といった曖昧なものを、頭の中で描いたものに成型していく。この時点でのイメージやプロセスに具体性が高いほど威力や速度が上がる。数学における単純計算に似て、馴れや習熟度に左右される部分が大きい。
収束は、自身の身体から処理を始める動作を指す。体内の魔力を魔術式や魔法陣へ集めようと、計算した結果を発表するように、口頭や筆記、その他、呼吸や身振り、その他、あらゆる手段で世界側に訴えかける。ちなみに無詠唱については、一般的な口頭での詠唱を除き、特に予備動作の少ない呼吸のリズムや指先だけの動作、指の形で形を組む『印』と呼ばれるもので行う技術のことを指す。上級者となると視線の動かし方だけでも魔術を発動できる。大体が流派や個人が秘匿している手段で、オーロックもその方法については一切明かしていない。
最後に顕現。これは実際の結果に結びつける高位である。計算結果から「こうなってもおかしくない」と世界を説き伏せてしまった瞬間である。実際に火や水が吹き出てきて、魔力が世界の一部を変換してしまう。これが精神的技能のプロセス。
対して身体的技能。これは格闘技や剣術に代表される内面と外面の統合された世界を、世界へ引っ張り出すようなもので、合理と顕現の二段階のプロセスである。
合理はそのまま、動作や技で結果を生み出すことを指す。いわゆる精神技能における認識と収束が一度で行われる。その為、精神的技能よりプロセスが一つ少なく、発動へのタイムラグが少ないが、とかく『世界は変えるもの』という独善的でさえあるイメージで業を放ち、世界へ直接意識を割り込ませるようなもの、らしい。オーロックも感覚的に理解が多く、どうしても曖昧な部分や主観的なものが増えてしまうというがここではそういうものとして竜樹は効いたままを無理矢理にでも納得しておく。
顕現は魔術と同じく結果である。世界を改変したものが結果になる。それだけ。
途中でオーロックが説明を放棄した節があるがそれはともかくやればできるもの。手順さえきちんとやれば《インパクト》だの《インパルス》が発動されるわけだからこの点に文句はない。どうやればできるのかが明文化しにくいことを除けば。
竜樹に関しても、感覚上の理解が大きいので説明する時にニュアンスやイメージが云々というファジーさ全開の表現になってしまうあたりは致し方ない。彼にとってみれば五感の中に、いままでの世界にはなかった要素が一つ含まれているようなものという。
視界には何か奇妙な燐光や色つきの霧のようなものが時折認識できたり、触感については肌に刺激を与える静電気にも似た感覚があったり、味覚や嗅覚に関しては、形容し難い苦さのようなものや香草を焚いたかの香り感じ、聴覚に関しては音叉を振るわせるような高く澄んだ音が聞こえてくる。
一般的には魔術感覚や魔力知覚といった技能らしいが、竜樹の場合は怪獣病の病状の一つである。何故なら、最初は自動発動で抑制も解放も一切できない垂れ流し状態だった。正直、身体的技能と表現したところの格闘技術、白兵戦技能といったものをオーロック指導のうえで学んでいたところ、何か眼球の中で瞼を閉じたり、鼻の奥の穴を塞いだりするようにイメージすると制御できるようになった。
どれだけ不可思議な身体なのだろうか。
とかく、魔術発動に必要でありながら体感的な理解が必要な魔力への理解や、格闘技技能発動に必要なオーラの流れを器用さというか、認識能力だけでどうにかしているあたり、十分にチートな気もする。
取得したあとは技能を研鑽するのみ。
静かに気を練る。オーラや闘気と呼ばれる類のものの密度が上がり、同時に圧縮率のようなものを高めていく。密度と圧縮率のバランスと安定性は、そのまま放出した時の威力と精度に比例する。
空気が僅かに圧力を増すと、風の流れが変わる。
衝撃系は特に収束や安定のバランスが面倒くさい。
流動するオーラを纏う。ぐるぐると全身を風の渦が這い回るような感覚が皮膚の上を滑っていく。どこから出てどこまでが闘気なのか、どこから戻ってどこへ還っていくのか。よく解らない循環が心臓とも下っ腹ともつかぬ場所を通って流動する。
出来るようになるとどうやって覚えたかが巧く思い出せなくなる。
自転車の乗り方と一緒のようなものだろうか。あまりに違い過ぎるが。
竜樹は右腕を軸にし、発動前の闘気へ思考を刻む。そして右腕を砲身に、流動していたものを一気に収束する。
《ドレイク》。中距離射程の衝撃波がうねると、地属性魔術で形成した土塊が爆砕した。起動が読まれ難い蛇のような衝撃波に対して、設置していた土塊のうち五個のうち三個が木っ端微塵に破砕された。
残った二つは地属性魔術の《圧製》と《焼成》で強度を上げたものだった。そこから圧製のうえ焼成すると拳骨でも壊せない強度になり、かなり頑丈になった。ただし、強度を高くしただけ魔力の消費量が上がり、レンガサイズの土塊一つ製作するたびに全体の二割くらい魔力が消費されるが。
久しぶりにゆっくり時間があることで学んできた内容の復讐、いや復習する。
途端に脳裏に刻み込まれた記憶が、パズルゲーム並みの速度で負の連鎖が始まった。
それは 市外の平地が結界で隔離された場所、荒れた土地で放たれる魔術の師であるヴィスラの一言が合図だった。
「ひふでりかいしてしんけいでうごかすもの。まじゅつはにんげんのろっこめのかんかくきかんでさんぼんめのて」
幼児化の呪いをかけられた銀髪の美女は、底冷えのするほど無機質な言葉を吐き出す。
幼児化は精神的な退行であり、知識的、感覚的、技能的な部分での経験などは低下しないとのこと。朱善から聞いた話ではあるが、元々ヴィスラは戦時に国境の最前線での戦闘に参加したほどの武闘派で、かつ学術公国で教鞭を振るったこともある近代魔術の一角を担う英才であったという。
そしてその能力を十全に発揮されたリンチとしか言い様のない悪魔の授業は壮絶を極めた。
授業はオーロックと同じく実戦形式。目の前で展開される魔術の規模に圧倒され、そして命の危機に必死で対応し続けたあの瞬間を今でも夢に見る。
多少の魔術発動方式を教えられたあとに先程の一言を皮切りに戦闘が始まった。
秒間六十発の火炎弾から気圧差による重力の底に墜ちるかの重圧、竜樹が取得した地属性魔術系統においては魔術で製造された即席ゴーレム、岩の巨人が大挙して押し寄せてきたかと思うと赤熱し続け様に爆裂、マグマ化した岩が津波のように押し寄せてきた時には正直死ぬかと絶望した。
それでも咄嗟に地中移動による移動術を始めに初級魔術である《砂球弾》による迎撃を始め、やれること全て総動員してただ逃げることに尽力し続ける。ヴィスラが得意な属性が地属性と火属性であることが幸いし、魔術の流れや初動のタイミングを探っては避けようと動く。
たったの1時間でオーロックによる修練が加減されたものだと理解した。何故生きているのかが終わってしばらくは理解できず、荒い呼吸の中で全身に残っているのがかすり傷ばかりだと気付いた瞬間には怖気で膝から下が別の生き物のように震えた。
あの地獄は、テーマパークのアトラクションレベルで緻密に制御されていた『授業』でしかなかったのだと知った瞬間、恐怖と感動と驚愕が混ざり合い、半日以上まともに思考できなくなった。
そして次の日、辛うじて地に足をついた感覚が戻ってきた頃に今度は朱善による聞きたくもなかったネタバレが挟まれる。
「あぁ、怪獣病のことだが気をつけることだな。気軽に利用しようとすると、元に戻れなくなるぞ」
台所でイフバルティカによってお茶を振舞われる中、夜間任務のあと、眠い眼をしばたかせながら朱善は疲れた声で喋る。今度こそは眠れると、半ばふらふらの様相で朝食に対して機械的に口を動かしていた。
「え?」
「まぁ、大怪我をして怪獣化した部位が広がるなどで怪獣病が進行すると、やたら攻撃的になる、またはまともに思考ができない極度の欝状態に陥るなど、精神に異常をきたし、肉体が崩れて怪獣に似た化物になるぞ」
「………聞きたくなかったぁー」
生きていくだけで不安を抱える状況に頭を抱えたくなることしきりであるが、それはそれでどうしようもないと割り切るまでは昨日と同じく約半日くらい。なにか精神的にタフになっているのか磨耗しているのか知らないが、なんとか生きることに絶望せずには済んでいる。
そのまま昨日と同じく今日も戦闘訓練。オーロックによる近接戦闘の日々ももう長い。
オーロックが教えるのは主に戦闘技術全般。白兵戦技能における心得から、無明流という流派における格闘術、捕縛術、剣術まで一応教わった。剣術は武器が使えないので、ある程度の型を教わったくらい。
魔術については思い出すとものすごくつらいので竜樹は記憶に頑丈な鍵をかけている。開くだけで何か珍獣トラウマー的な動物が心の奥底から這い出してきそうなので意識的に思い出さないように努力。
「タツキ、人を殺したことはあるか?」
「ない、です」
「なら、捕縛術をまず使おうと考えろ。殺そうと意識すると、逆に動きが制限されることにもなりかねん。必要ないなら殺さずとも構わない。だが、だからといって相手に殺されても文句は言えんからな。覚えておけ」
オーロックの言葉は、どこかしこりのように心に残った。
あとは、意外な事に一度だけだが軍務卿が顔を出したことがある。一冊、建築についての書籍をくれたのだが、建物の知識などほとんどない状態でも楽しめる建築家随筆によるエッセイらしきもので、最近では建物を見て大体の構造を推察する変な癖がついた。
そして今日、朱善が口にしていた任務という言葉。
研修生という立場が終わりどこぞで軍人じみた真似をする事となるのか。
竜樹はそう感慨深く全身を巡っていオーラを解放する。
ふわりと、風に溶けていくオーラがさざ波のよう周囲を掻き乱しつつ消え、額を濡らす汗がぼたりと地面へ落ちた。
いよいよである。
次回は2014/10/04予定です
※10/11追記 日付ミスについて
※失礼しました次回記載は10/12 0:00です