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怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第一章】死にかけ高校生のリトライ一週目
6/50

・第5話・お引越しという名のドナドナ

 軍務卿とやらに用意してもらった衣服を身に纏い、久方ぶりに入院着を脱いだ。両袖がボタンで調整の効く様になったシャツにスラックス、チョッキにジャケットという格好で硬い革靴へ足先を突っ込むと、革鞄へ返された荷物、破れた財布と衣服を放り込んだ。生憎とスマホは襲撃に際して砕けていたようだと昨日から何度目かも知れぬ溜め息を竜樹は吐き出す。

 衣食住の保障があることを喜ぶべきか、ベルトコンベアかと驚くほどの速度で決まってしまう自身の運命を嘆くべきか。奇病に異世界に襲撃に就職と、そろそろ脳の許容量を超過してしまっており、考えることをやめて久しいが。

 ぶっちゃけ、病院よりはましだろうと諦める。

 知り合いに声をかけようかとも思ったものの、病室の位置も解らない。仕方なくそのまま施設を出ようかと思うが、そもそもこんな簡単に隔離施設から出てよいものかと疑問に思う。

「はーいグレ子さんですよー」

その思考をさも読んだようなタイミングでグレ子が姿を現す。未だに王女云々は嘘でないのかと思っているのだが、さすがの竜樹もそう言ったことを口に出さない。

「本当に王女?」

あ、口に出しやがったよこの男は。

「んー、一応いまの正式な立場だと第二王女。まぁ王族なんて居てもかさばるだけだから結構自由だけど」

「そんな扱いでいいのかこの国は」

「なんか文句でも?」

「疑問はあるけど文句はないなぁ」

いまいちピントの合わない返答を返した竜樹が鞄を担ぐ。馴染んだ病室の光景もこれが最後だと思うと、なかなかに感慨深かった。白い壁も、消毒液の臭いも、遠く、食堂や休憩室で聞こえる喧騒も、ここで終わり。

「なによ竜樹ちゃん。それより用意は?」

「ちゃんって、いや、まぁグレ子って呼んでいるしいいけど。とりあえず俺は荷物もないので」

さもだるそうな様子の竜樹をグレ子はじろじろと見る。

「んー、やっぱへーんな感じ」

「何が? というか、こんな簡単に隔離していた怪獣病の人間を外に出してもいいので?」

「それは大丈夫。今日まで一週間ちょいだっけ? とりあえず兆候が見えなかったし」

「兆候? なんの?」

「うん、知ったら別の理由で隔離されるよ?」

「いいです聞きたくないです」

実りのない会話の間に、病室の前に顔を出す人間が二人。元医者こと丑雄と元冒険者ことカノクであった。

「朱善は来られないと。仕事らしい」

「いや、それは仕方ないですし。それにしても二人ともわざわざすいません」

「別に暇は持て余しているし構わないよ。にしても、軍務卿の世話になるって話だが、この間の騒ぎが原因?」

「そうらしいです」

「ま、僕らに身寄りがないってことも考えてのことだろうから使い捨てなんぞにされんよう気をつけろよ」

「やたら恐ろしいこと言われるとすごい怖いのですが」

「注意するに越したことはないという話ですよ。お体に気をつけて」

「そうします。それじゃ、カノクさんもお元気で」

旅立ちの光景としてはごくごく一般的なものだろう。

 短い挨拶を最後に歩き出す竜樹。何故かグレ子もついてくる。

「あ、私が施設からの搬送役だから」

「搬送ってどういう意味だよそれ」

「きにしなーい」

病院の前、衛兵らしき人間がグレ子の顔を見て警戒を解く。

 およそ昨日ぶりであったが、山の中、清涼な空気を胸一杯に吸い込むと、開放感と共に寂寥感を覚える。よるべなき人間のなんと心細いことか。家族も、家も、過去もこの世界にはない。

自分を知る者すら数えるほど。

 丑雄に聞けばどんな答えを返してくるのかとも思ったが、既に自分は施設を出てしまっている。戻るのも何か違う気がして、施設の狭い前庭というか駐車場所というか、とにかく変に広い場所を歩いていく。そういえば土地でも余っているのかとこの場所を見て昨日考えたことを思い出したが、そうではなく、病理が街へ広がる時はここに迎え撃つ人間が集まることとなるのだろう。嫌な話だ。

「街までは歩けばいいのか?」

「え、嫌。時間かかるし私の都合でちゃんと馬車あるから」

「お前の都合かよ」

到着したのは黒い馬車。中に座るのは見覚えのある蛇顔の男。彼の対面にグレ子と共に座ると、軽やかに馬車は走り出す。サスペンションの代わりに椅子にでも細工があるのか以外に揺れは少ないが、馬の足音と車輪の音を耳に、どこかへと運ばれていく。

窓の外では次第に施設が遠く小さくなり、そして見えなくなる。青天の下、今、竜樹は世界へ連れ出されていく。

 さらば。異世界で初めての我が家よと、小さな感傷を彼は飲み込んだ。



 軍服姿の蛇顔男が撫で付けた髪から櫛を外す。几帳面なのか癖なのか、抱えていた封筒から何かの資料を読み始めたグレ子を他所に、彼が口を開く。

「軍務卿直属近衛兵団副官、オーロック・ノスフェラトゥだ。以後、私が直属の上司となる」

「日本から転移してきた南雲 竜樹です。よろしくお願いします」

「聞いている。昨日の協力には感謝したい。今後は軍務卿直属の組織、簡単に言えば近衛兵団に所属することとなる。主に要人護衛や重要施設の警備を担当することが多く、重要な仕事だ」

「あとは諜報部でしょ? どっちかといえばそっちの適性が高いからスカウトしたんでしょうし」

「アルグレンテ様、そう軽々しく………」

「そこんとこは腹を六つくらいに割る感じで」

話がまた胡乱な方向に動いているようだが、さりとて既に自分は話に乗っているのだと竜樹は諦めを含み話の続きを待つ。

「ま、軍務卿いないとこで悪いけど、ぶっちゃけ近衛兵団が表の顔、諜報部が裏の顔ってところね。元々どっちが欠けても困るもんだし。ま、諜報部については公然の秘密ってーか、一部の人しか知らんもんで、予算も近衛兵団名目で、人員も近衛兵団名義、そこんとこ色々な事情とか連携とか、めんどくさーいものだからそういうものとして覚えときゃおっけーよ」

異世界に来て隠密の真似事なんてどんな状況なのか。

 深い溜め息と共に今後がとかく心配でたまらなくなるばかりであった。



 半日で疲労困憊。夕方になった時点まででやったことと言えば、途中でグレ子を下ろすと、冒険者ギルドへの登録に周辺地理の確認、防具と武器を準備して数時間後に受注したクエストである魔物退治までを行った。

 ほとんどハイライトで放送されるレベルである。

 軽装、ツナギに近い形状の黒い全身革鎧とヘッドギアという装備を既に用意されていたことに関しては「色が同じなら外殻も目立たないでしょう? 入門編としては比較的に楽な相手を選びましたので」という発言によって納得させられた。

 しかも尻尾と右腕と同じくすんだ色合いの黒を鎧の色に際限済という凄技。

 さて、そういった着慣れない装備含めての初戦闘とは。

「グルルルルルルルルル」

「いやいやいやいやいや」

ラウンドオーガ。球体に近い巨体を誇る人喰い鬼は目測で4m近い化け物が相手だった。

山林の中で相対するには危険過ぎるどころかこんなん冒険者証発行されたばかりの新人が受けることができるクエストではない。すみません目撃した怪獣より大型の魔物が初戦闘の相手という時点で全てがおかしいのですがという竜樹は心の中で呟く。だって騒いだら刺激しそうで怖い。

そんな心中を理解してくれる相手など周囲に一人としていない単独クエストという悪夢の中、武装についてはダガー一本用意されていないというのも悪意を感じる。いやむしろ殺す気か? この野郎。

「ちょっとこれで死んだらそれまでとか思われていたら困るんだけど」

そう喋っている間にも竜樹は跳んでいる。バク宙気味の跳躍は木々の高さを遥かに越え、ボーリング球もかくやという速度で突進してきたラウンドオーガを避けた。捻りをくわえて着地をすると同時に右拳を握ると、外殻に包まれた指先が軋み、緊張に汗ばむ汗腺すらおそらくなくなった右手に、無形の力、何か体内を流れるオーラじみたものの収束を感じる。

教えられたというか伝授されたというか、あまりに適当な教授だったものの初級の攻撃技をこの短い間に二つも覚えた。所有スキルである『振動操作』による恩恵か、衝撃系スキルにあたる《インパクト》と《インパルス》の二つ。

《インパクト》は衝撃波を短距離に叩きつけるスキル。

《インパルス》は衝撃波を放射するスキル。

 蛇顔ことオーロックさん曰く、全身を循環する血と同じく流れる闘気を噴き出すイメージ。既に朱善との戦闘中に打撃痕が放射状の皹として残っていたことから、既に攻撃技として意識せずに使っていたらしい。

あと、この右腕は下手な武具よりもそういった『構造』が優れているらしい。肉体的な部品に攻撃技に対する発振機構じみた特性をもつことそのものが規格外で、そもそも教えただけで使える時点で明らかにおかしいそうだ。

要するに全部がどうかしているらしい。言われても困るが。

 そういったあれやこれやを喉の奥へ押し込んだ竜樹は、中空で右拳を身体の脇で固めた。

 この世界で異世界の人間が必ず優れているであろう能力、スキルを発動。

 頭で考えて体を通してなにか出す。ファジー過ぎる謎の力。

 具体性のある想像力が結果を捏造する。結果の想像や肉体の操作による無形のオーラやら魔術やらの発生プロトコルを頭の中である程度の具体性をもってイメージできるのは、現代人特有の情報過多社会で培ったフィクションに慣れ親しんでいる部分があるからだろう。

実際に、オタクかつ宗教マニア的な竜樹の場合、インド密教的なチャクラのイメージを基礎に、身体を地図に描かれる各種曼荼羅的なものを連想してみた途端、ないはずの血管、ないはずの臓器、ないはずの血液が身体の中に体感が生じ、その存在しないもう一つの流動が身体の中から外へ顕現するのを感じた。

 さすが、映画やTVで実写化されたSFやファンタジー、ラノベから古典文学までを通し様々な世界を見てきただけのことはある。これはあちらの世界の先進国に居た恩恵だろう。

 ラウンドオーガの頭上から振りかぶった一撃の《インパクト》が炸裂する。大砲の発射音じみた炸裂音に続いて無形の衝撃波が青白い燐光を伴い、球体の身体に半ば埋まるような格好で覗いていた頭が、更に減り込む。

 だが足りない。半ば本能による勘、空中で独楽のように回転して再度振りかぶる。

 続けて二連。収束した短射程の衝撃波が相手の頭を強く叩く。

 いや、叩くではない。衝撃で叩き潰す。

 思わず「撃滅の!」といった単語を叫びたくなったりもするがそういった喋る為の間隙すら与えない。ゴキンといううすら寒い音と共に三発目にしてラウンドオーガが沈黙する。ごろりと力無く地面へ倒れた巨体の傍、久方ぶりに地面へ着地する。驚きの跳躍力と滞空時間であったが、そもそも、身体能力が規格外なのだ。

 とかく、倒したラウンドオーガ、頭部がゴム人形のようにぶらぶらと揺れる気持ちの悪い巨体を前にどうすべきか考える。頚骨がかっきりと砕けて脳もおそらく無事でないだろう。

 考えてみれば討伐証明、クエストの完了をどうすればいいのかまったく聞いていなかった。

 首から上でも持っていけばいいのだろうか? いや、無手の自分はそんなものを持ち合わせていない。

………いないっけ?

 革鎧のパーツにしか見えなかった尻尾を動かす。腹部に巻きつけていた尻尾を動かすと、先端の形状を僅かに変えると同時、手足とは別次元の速度、ほとんど一撃が線にしか見えない一撃で、球体状の身体からずるりと頭が地面に落ちる。その衝撃で肉の塊じみた舌が口から零れ落ちて非常に気色の悪い光景であった。

 結果、この激臭のする生臭いやら鉄錆臭いやら解らない頭だけでも巨大なものの角を掴んで持って帰ることに。

 怪獣病とはいえ、初戦闘に勝ったにしては勝利の実感も薄い竜樹は、なにか腑に落ちないことを感じながらもさっさと引き上げる。

 そんな彼だが、冒険者ギルドの受付嬢の悲鳴で「あ、やっぱり強敵だったのか」遅れて実感した。生物的なヒエラルキーの差か、あまり相手に脅威に感じなかったので、そこらへんの感覚にもズレがあるように思う。

 それだけ怪獣病が凄まじいということかもしれない。

 ちなみに、生首抱えて街の中に入ろうとした時には、あわや門番の人間に連行されかけたところの助けとなったのが冒険者カードである。身分証としての役目のおかげで、慌てて駆けつけた受付嬢によって討伐依頼も証明してもらえた。

 ラウンドオーガの討伐証明については、倒したことを証明するものがあればそれでよかったらしい。通常は角が主だとか。

 まさかラウンドオーガの首を狩って持ってくる人間が居るとは想像もできなかったらしい。何か『首狩り』だの『首おいてけ』だの言われそうな予感がするが竜樹は意図的に無視した。

 胴体の方はギルドのスタッフが運搬して解体してくれるとのこと。戦場で解体などすれば魔物がどれだけ集まるのかも解らず、冒険ギルドとしても基本的に禁止しているとのこと。一部、ドラゴンなどに関しては死んでいようと魔物が近寄ろうとしないので、解体は可能らしいが。 今までの感覚と現実の違いにいちいち驚くものの、生きて帰れただけでもよしとしておくことにした。

 成功報酬を受け取ると同時、ラウンドオーガの素材についての処置を尋ねられた。

 通常は一体分の処理費用を除いた素材の売却額が支払われるそうだが、欲しければ、欲しい部位のみを引き取れるらしい。武具や装備、道具の素材に用いられるものも多い為、これは成功報酬の受け渡しと並行して支払い証明のサインと、冒険者証の照会、その次に外套の魔物の処理に関する書類を渡された。

 ラウンドオーガの場合だと内臓が強壮剤などの回復アイテムの素材、角が武具素材、皮膚や球体の中に含まれる分厚い脂肪や筋肉がそれぞれ加工のうえで防具の素材にされることが多いという。捨てるところはないものの、悪臭から食材に向く場所は皆無とも聞かされた。

 結局、全て売却を頼む。素材も何も、どう使えばいいのか解らない。

 売却額は鑑定後に銀貨3枚で支払われた。

 この銀貨だの金貨だのも、国や地域によってまた違うとのことだが、諸王国家圏(しょおうこっかけん)内と、あとは帝国や聖王国では、法制統合国(ほうせいとうごうこく)発行の紙幣が共通通貨として同じ値段として使えるらしい。どういった理屈かは現在のところ不明。

 あとは何時の間にかギルドに居た蛇顔ことオーロックに連れられて現在は軍務卿とやらの屋敷に連れてこられて、夕方、といった流れである。

「ここが今後生活する軍務卿の邸宅だ。屋敷が主に軍務卿とそのご家族が生活されている場所で、裏手にある建物が軍務卿直属の近衛兵詰め所となっている。お前の住居もそこだ」

「まさか、個室?」

「あぁ、環境としては入院していたころと然して変わらんだろう? あちらは感染や状況の悪化を防止する為だが、こちらは仕事の都合上、睡眠時間も食事も別々になる。それ以外にもそれぞれ部屋を一緒にするのも色々と問題も多くてな」

「嫌な予感しかしないです。グレ子並みに」

平屋建ての屋敷の裏手、三階建てのアパートに似た建物に通される。蔵に似た場所や裏庭、建物の造詣など、日本の建物に似た雰囲気のものが多い。

「次の鐘が鳴ったら下りてきてくれ」

 通された部屋はベッドの作り付けの棚と机が一つ。荷物を置くと、革鎧の留め具を外す。黒いアンダーウェア越しに風が入り、埃臭い部屋の窓が開かれていたことに気付く。それが気遣いか、それとも単なる偶然かは解らない。

 ただ、少しだけ竜樹は元気になった。



 怪獣に喰われかけて、気付けば異世界の隔離施設に居て、そこで偶然の活躍を見せて今は近衛兵としての職を得るに到った。何を考えてか初日に魔物と戦わされ、そのうえ加入の挨拶をする為に呼び出された夕食の場。

 板張りの隅に座って思考に耽るふりをして現実逃避を竜樹はかましていたものの、周囲はそんなことにはお構いなしである。

 長い白髪の少女が大声で泣いており、その傍では巨躯の少女に襟首掴まれて殴打されている朱善。そしてオーロックさんは無言で調理場に立っており、槍を担いだ長身の男は逃げ出すようにこの場から立ち去っていく。残された竜樹は途方にくれて、ポーカーフェイスのふりをした無表情でその場に関心がないふりをしていた。

「た、竜樹、たすけ」

見ないふり。知らないふり。

 朱善がボッコボコになるのを他所に、視線を逸らし続けていたものの、今度は泣いていた少女に襟首掴まれる。

「わたひわひゅくらいもんらってらってらって!」

新品の革鎧が涙と鼻水でどろどろである。状況が解らないのでどう応えていいのかも解らない状態であったが、調理場というか台所から戻ってくると、その口へ一塊ほどのクッキーらしきものを放り込むと、円卓というか巨大なちゃぶ台の上へ大皿の料理を並べていく。

 泣きながらむぐむぐと口を動かす少女を他所に、一瞬にして朱善と巨躯の少女を引き剥がし、それぞれの席へ投げ飛ばす。自分程度では未だ半端者だと認識されてしまうレベルの腕前であった。

「食事の時は?」

「せ、静粛に」

巨躯の少女が苦々しい表情ながらも一瞬で冷静になる威圧感とか半端ない。

「さて、みなに紹介しよう。そこに居るのが新入りのナグモ・タツキだ。出身はシュゼンと同じ。そしてタツキは怪獣病だが、感染やその他、周囲に影響を与える症状は特にない。腕力があり、衝撃系のスキルが既に使える」

非常に簡素な説明だが、最初から怪獣病であることが暴露された。

「そしてタツキ、そちらから泣いているのがヴィスラ・トルティアナ、呪いで少し幼子に近い状態になっているが気にはするな。大柄な彼女はイゾルテ・トライデント。山岳民族でやや短気だが気にするな。あと、飯時に居眠りをすいているそちらの男はシュゼン・ダイテンクウだ。お前と同じ怪獣病なので何かあれば頼るといい。生きていればだが。この場にいない人間はまた改めて紹介しよう」

あまりに不安になる説明の中、夕食が開始された。

 竜樹は味こそ極上だがマナーも状況も馴染めない食事をひたすらに口の中へ放り込むことに終始する。もう考えるのが億劫なので、なんでもいいからさっさと眠りたかった。ビーフシチューのようなものにパンだけの食事だが味だけは本当に極上だった。

 そして一日は終わる。


 風呂もあって便所もある。中世風の世界観にちぐはぐな技術体系。何故にトイレは水洗なのに灯りはランプなのだろうか? そのランプにしても何故かやたらに明るいし、この世界の技術が未だに理解しかねる。

 あれか、全部が魔術だの不思議鉱石だので解決できてしまうのか。

 そういった疑問を全て溜め息で押し流すと、わりと快適な異世界生活と、現実味のない同居人等に精神的疲労だけが累積していく。

 何か身体の芯に力が入らず、全てがどうでもよく感じる。

 開いた扉からは遠く、繁華街の喧騒と人の声が風にのって届いてくる。人の営みなど、何処に行こうと然して違いもないらしい。海外旅行などしたことがない竜樹にとってみれば、日本語が通じて三食こと足りている時点で、未だにテーマパークか何かに迷い込んだのではないかという懸念が頭の隅にこびりついているほどだ。

 けど、テーマパークにしろ、いや、テーマパークと考えるなら明らかに何かが足らない。ネットもマンガも家族もないが、もっと身近でもっと昔から身の回りに溢れている要素がなくて、それがなにやらイライラの原因となっている気もする。

 荒い風が窓から中へ吹き抜けていく。

黴臭い部屋の窓から眺め続けていた町並み、そのどこかから掠れるような楽器の音色が聞こえた。

「あ」

竜樹が唐突に窓枠へ靴裏をかける。

異世界に来て不足していたもの。

喧騒の途切れた時に訪れる静寂、肌に馴染んだ『音楽』という要素の欠如。

自身を鼓舞するリズムも音程も拍動もない生活にうんざりしていたのかと、ある意味で納得する。

聞きなれたエレキギターの音色が聞きたい、誰かの歌が聞きたい、引っ叩かれるようなドラムの音で鼓膜を揺さぶられたい。

 最後に聞いたのが怪獣に襲われる寸前だったことを思い出すと、日常の生活から引き剥がされた要素に対し、何も考えずに身を乗り出す。

そんな衝動に突き従ってしまった次の瞬間、銀貨の入った皮袋を革鎧の隠しに放り込むと何も考えずに跳びだしていた。街の雰囲気、初めての異世界の都市に対しそろそろ我慢も限界であったりもしたが。

 夜の街の中、黒い革鎧は溶け込んでいく。


次回2014/09/28予定です

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