・第十一話・誰にとっても別れは唐突で
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乾いた空気が荒野を通り過ぎていく。
高熱波、粒子兵器、それらに焦げた土地の焦げ臭さが吸い込んだ呼吸に混じり深いだった。
火星戦線と呼ばれる紛争が始まった四半世紀が経過していた。
物資がない、人がいない、あるのは広い広い不毛の大地だけ。
そこで少ない物資をさらに少なくしながら奪い合っているのだから溜息しか出ない。
砂にまみれ、長銃を携えた青年は、砂避けに巻いたテープなどの具合を確かめ、ゆっくりと岩陰から立ち上がる。
「ポートナム。敵影は?」
『光学測距で見た限りでは誰も』
「不毛だな」
『哨戒を開始し120時間が経過しましたが、通過したのは渡り鳥だけです』
「………不毛だな」
隣に佇むのは、細身のボディをした機械兵。
火星原産の培養炉搭載型で通称を後続者。
人体模型に強化繊維の用装をかぶせた格好は、パッチワークのぬいぐるみのようだった。
観測機器の光学レンズの眼、発電用の培養炉による主機関、義肢用の植物性ラテックスの身体、軍用簡易住居用の天幕が元のクロスメイル。
人型に作ったのではなく、人型でしか作れなかった。
兵士、召使、作業員を兼ねるアルデバランが一体は、茶色の外装に外套のようクロスメイルをかぶせられ、ともすれば遙か過去に居た移動民のようだった。
観測と砂塵防護用の頭巾の位置を直し、ポートナムと呼ばれていた赤い瞳のアルデバランは短くアラーム音を鳴らす。
「時間か。引き上げよう」
『マスター高槻、の命令を受領。哨戒モードを終了します』
ポンチョ似た屋外仕様の外装から砂を払い落とし、タカツキと呼ばれた青年が立ち上がる。
今日も雲ひとつない快晴だった。
遠く輝いたのは人工衛星だろうか。
そこまで考えながらもフードの位置を調整していると。
「44えwgvgbghghhgghgghM09876!!?」
突然走った巨大なノイズ音に、耳に固定していたインカムを落とすタカツキ。
背中のラックから大型のパルスキャノンを展開したポートナムも火器管制(FCS)を全起動する。
『高周波ノイズ確認。大型生物が地中を移動している可能性高』
「最後の最後で畜生が」
舌打ちと共に後ろ越しに固定していた折り畳み式駆動機『百足』を開く。
平べったい多脚式移動機械に足を乗せると、手元のコントローラーで走行を開始させる。
砂煙を上げ走り出す『百足』が離れていく間も、轟音は地面を揺らし、その範囲は徐々に徐々に広がっていく。
そして姿を現すのは極大の巨体。
ポートナムの測距から弾き出された全高はおよそ300M。見上げた先、頭部の様子がまるで岩山の先端並の高さだ。タカツキのイメージとして一番近いのは二足歩行の鯨だろうか。少なくとも、鯨は苔の生えた岩盤じみた表皮はしていないし、もっと小さく四肢ではなくヒレがあるはずだが。
「なんだあれは………!?」
「データベースに該当あり。火星入植当初に討伐された現住生物、通称怪獣です」
「怪獣!? そんなものとうに滅んだだろうが!?」
咆哮が音響センサに悲鳴を上げさせる。
移動を始めた存在に対して、人間ごときではあまりに無力だった。
その日、火星の居住区の半数が亡びた。
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映画館の座席で突然立ちあがったような気分と共に、意識が定まる。
彼等にとって見覚えのある景色がそこにはあった。
真っ白な、何もない空間。白い地平と白い空。
そしてかつて見たアドミラルを名乗る貌のない存在。
「失敗か」
「………失敗?」
「数えるのも難しいほどの、な」
アドミラルのつぶやきに、思わず言葉を返したのはおとなりにいた相棒。
鉄の身体の俺と、全身に怪我一つない竜樹は床の上。
二度目ということもあり、一人と一体は疲れた顔のまま床に座り込んでいた。
「俺達は、貴様の駒だったのか?」
「いいや、駒ではないさ」
それは自嘲だ。俺のことでも、達樹のことでもない。
目の前の相手もまた、無力感に打ちひしがれていた。
「お前はここまでだ。怪獣には勝てないだろう」
それは絶望的な最期通知だった。
だが、その言葉を聞いた瞬間にも、竜樹は僅かに瞑目するだけだった。
「そうか」
それは、挫折と呼ぶにはあまりにも理不尽な状況だろう。
望外の幸運であった魔王との共闘、それでも勝ち得なかった怪獣達。
二度目の失敗で、再び失った異世界での生。
「それでも、だ。お前の努力が無駄となることはないだろう」
「そう、願いたい」
「帰るといい。お前には、その場所がある」
それを最後に、達樹の姿は薄れ、青い燐光と共に弾けて消えた。
その横顔は、悔しそうでありながらも、どこか安堵しているようにも見えた。
それでおわり。
あまりにも、あっさりしていた。
それだけで、竜樹という存在は、世界の輪っか、仕組みの中に戻っていた。
けれど。
あのバカは少しばかり頑張りすぎたのだ。
普通の人間はここまででも十分だろうと思う。
それはさておき………。
「そして俺だけ残らされているわけですけどパードゥン?」
いや、メタルボディの謎存在に至っている俺が、何処に帰れるかと考えて絶望したが。
どっちかというと俺単体だとモンスターとして狩られる側にしか見えない。
「さて、ジロウマル。君にはもうしばらく付き合ってもらおう」
『いや俺も解放してくれよ何とかさん!?』
「それはできない」
『ま、まさか』
こ、この野郎、瑞々しい張りのあるこの金属ボディが狙いか!? このおにちく!
「まぁ、大体当たりだ」
『え、マジで?』
というか心読んだよこの野郎はまた。
「君がいることでまた、一歩進める。いつか、あの理不尽を駆逐し、滅ぼす存在が」
『いや、俺じゃ無理だろう』
「君だけではな。ただ、伴星は一人ではない、使い魔、妖精、機兵、さらにもっと」
その言葉を聞き、ぞっとした。
アドミラルというこの存在は、こんなことを延々と繰り返していたのだ。
主人公、勇者、英雄、どんな言葉でもいい、その世界で最強になりえる存在を導く存在を集めていき、いつか、あの理不尽を倒すべく様々なアプローチを繰り返して。
主人公そのものを集めない理由は、『あれでは倒せない』と何かを理由に識っているからか。
時間も、世界も、なにもかも無視して襲ってくる存在に対して、戦い続ける存在。
俺達は一体何だ?
「決まっているだろう?」
そして、アドミラルの顔から仮面が外れる。
「俺達もまた、怪獣さ」
凡庸な、どこにでも居そうな男の顔は、異形の甲殻に半分を覆われていた。
どこから湧いて出るかも知れない理不尽な存在との戦い。
解りやすい表現をすると、俺らは二週目だが、あちらは気が狂うほどの繰り返した周回プレイの途中なのだろう。スライムで魔王が倒せるまでレベリングしているような、最弱が最強を狩り尽くせるようになるなる日を待つような。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを見ている。
ただまぁ、二回も抗おうとした相棒に免じて、やれるだけやってみるさ。
そう決意し、俺の『二回目』が始まった。
アドミラルに続き、何度で終わるのか解らない道を歩き出しながら。
次回は明日予定です。
ラストです。




