・第3話・国の話とか初バトルとかはじめての魔術とか
地下闘技場とか滾るじゃないかと一人うんうんと頷く竜樹は準備運動を行う。かの女性により士官の話が持ち出された翌日、入隊テストという名の餌によって地下に設置された広い地下施設に連れてこられた彼はラジオ体操を繰り返す。
体操中にこの数日で解ったことを整理する。
現在地が諸王国家圏という場所の岳山領国というところ。諸王国家圏というのは、元々小国家間の戦争と紛争が続き王様も定まらず、南西に位置する『帝国』と、北西に位置する『聖王国』の二大国家も手を出せないまま現在の小国乱立の状態が徐々に形成され、一定の安定を得た場所、らしい。
五十年以上前までは諸王国家圏全体が血で血を洗う戦争も数多く発生していたそうだが、諸王国家圏の中でも独自発展を遂げた『学術公国』と『法制統合国』の二強が力を持ち、海洋貿易の利益を争っていた『南海国』と『南方国』間の戦争が『南方国』側の勝利で数年前に集結したことで小康状態となっている。
その中で現在も断続的に戦争状態が継続しているのが岳山領国と大河国。
なんでも水源を理由に停戦や休戦、講和もできないままかれこれ40年近く争いが継続。日本などという平和極まりない国で育った人間として竜樹としては「馬鹿じゃねえの?」と正直思っている。
ただ、このあたりは国境が全て海の上という点と、水資源に恵まれた国という特色からそこらの切迫感をうまく理解できていないというあたりの話もあるにはあるが。
そこらへんの事情から、他の国では差別や蔑視の風潮が強い怪獣病の人間や魔物の雇用にも積極的であるのは幸運なのか不運なのか。
あと、気になったので龍墜国についても一応調べた。
こっちの世界の日本にあたる国だそうだが、国交は限定的で、国の現状は貿易を行っている国でも仔細は不明とのこと。ただ、その一部が移民として各国に村落を形成し『極東移民』として点在しているという。
独自の薬学知識や製鉄技術、魔術や宗教を有し、小国出身のはずなのに大国に仕官する人間をあしらうほどの戦闘技術をもつ恐るべき異邦人という噂が多い。もっと端的に『頭の構造がおかしい民族』というか表現もされているようだが。
その中でも『タタラ衆』という製鉄集団や『スサ族』という傭兵集団は畏怖をもって知られていた。
タタラ集は元々が道明大王国の人間と龍墜国の人間の混血者が大陸の知識と龍墜国の鉱物などを元に秘伝の製鉄技術を編み出した鍛冶師集団。その技によって武装した一軍は国の興亡に関わるという。
スサ族はいわゆる傭兵を家業として行う一族で、祖先を神と崇め、スサ流とかスサ拳法とかいう門外不出の戦闘技術をもって大金と引き換えに戦力を提供している。その強さたるや一騎当千、帝国の武将が率いる中隊を、四人家族がフクロにしたことが過去にもあったことが記録にも残っていた。
ただ、信仰の相違から、宗教が力をもつ聖王国に雇われることはないとも。
あとは世界最強の農耕民族の住む樹海国の話から、道明大王国と諸王国家圏の間にある大草原、砂嵐の止まない大陥没砂漠など、様々な土地の話があったが、この先の身の振り方について参考になりそうな情報はいまのところなかった。
士官話がうまくいかなった時に治安のよさそうな学術公国か、法制統合国にでも行ってみるかと、その程度に考えているくらいである。
それにしてもストレスばかりが蓄積する。状況がというか、この世界は雑音ばかりが多すぎるのではないか? いちいち耳について困ることが多いが、ラジオもインターネットもテレビもない以上それは仕方ないのか。
あぁイライラする。
さて、そういった思考の整理の中、遠くから聞こえる足音を竜樹の鋭敏な聴覚が拾った。
音の大きさと反響の具合からもうしばらく接近に時間がかかると予測。そういった身体能力の尖った変化にも慣れてきた。
低下する際は困るものだが、上昇する際は存外に簡単に慣れてしまえるものらしい。ここらへんは本人の資質や考え方によるところが大きいのであるが、その点を自覚はしていない。
そして長いラジオ体操を終えた竜樹は幾つもの足音を前に、僅かに重心を落とす。
今の自分が本気を出すとどうなるかついでに試そうと、わりと腹黒いことも含めて考え始めていた。
金属鎧に金属ヴァイオリンのような武器を構えた一団を従え、あの女性医師が姿を現す。その隣に並んで背の高い痩身の男、不健康そうな青白い顔で、こちらを凝視してくる。その顎から首にかけて白い鱗が並んだ外皮が形成されており、相手も怪獣病であることを知る。
「えー、女医さん、とりあえず何をすれば?」
「彼と時間制限なし一本勝負。死んだら負けよギブアップ有効デスマッチで!」
とてつもない投げっぱなし感である。加減なしのスープレックス並の状態。
困るというか困惑するというか、そういったレベルを通り過ぎて若干諦めを含んだ表情で竜樹は顎を搔く。
「いや、うん、もういいや。やってみよう」
思考放棄気味ではあるものの、深く息を吐き出し戦闘態勢に移行する。初バトルという単語に思い出すのは小さい頃にやった某モンスターを使役して戦う携帯ゲーム。ライバルとの最初の戦闘は、3回に1回は負けるので、そのたびにリセットしていた思い出。
あれとは違い現実の闘いには、鼻の奥を濁らせるような乾いた空気の中、肌へ伝わるざわめきに似た空気の乱れがひしひしと伝わってくる。
「アルグレンテよ、この闘いに勝てば、よいのだな?」
灰色の外皮の男はひどく畏まった物言いで女医を見る。
「あるぐんて?」
「ううん、ちがくてアルグレンテ。アルグレンテ・ヴァン・アーデルハイトなので」
竜樹の疑問にうんうんと頷いて答えるアルクレテ。
「ん? マハディサなんとかとかいう名前じゃないのか?」
「あ、それ偽名」
「何故?」
「ひみつ」
「はははははははははは! 人の女と軽口をたたくのはそれまでだ! では小僧、生憎だが我が大天空 朱善の愛が為、尊くも哀れな犠牲となってもらうぞ!」
そんな緊張感のない会話を遮り、突如として肩を震わせ哄笑を響かせた灰色の男は、びくりと一歩退く竜樹を尻目に長広舌を披露する。
「我が忌まわしき力の封じられた右腕の力を披露してしんぜよう!」
うわぁ敵が厨国二千年系の人だけどどうしようとか脳裏でドン引きする。
しかし残念ながら異世界という特色上、その能力は幻でも妄想ではなかった。
朱善の右腕が水平に振り被られると同時に右腕全体を真っ白な鱗が包まれる。肥大と伸張を重ね、変形後の太い首をもたげた巨大な存在に対して唖然というより嫌悪に顔が歪むのをなんとなく理解する。
「どんなトランスフォームだそれは」
ツッコミに対して答えは返ってこない。
龍とも蛇ともつかぬ体が右腕の先から伸び、胴回りは2m前後、全長は十m近くあるのではないかという長い身体で重たげな頭蓋を持ち上げている。角と牙を誇示する外見はどちらかといえば龍だが、三角形の細い顔形は蛇に近い。その威容は数人の冒険者がパーティを組んで討伐する中ボス以上の風格を間違いなく備えている。ネトゲであれば序盤の初見殺し筆頭のイメージ。
「それでは、お互い一応いのちはだいじにでよろしく! はじめ!」
アンドラス、いやアルグレンテの掛け声で蛇の巨体が徐々に近寄ってくる中、難しい顔をしていた竜樹は突然動いていた。
この時のことを後にとある相手が問い質すのだが。
竜樹曰く「何かが囁いた」や「できそうな気がした」という電波系の答えを返すのだが、いまのところ、そういった彼の内心を知るものはいない。
解るのは、人間と思えぬ速度で竜樹が走り出していたことだけ。
で。
人と思えぬ速度で跳躍し、人と思えぬタイミングで壁を蹴っての三角跳びを披露し、人と思えぬ勢いで急転直下の強襲を行う。
その足先がうねった蛇体に阻まれる。強固な鱗と硬い筋肉が打撃に抗い、攻撃を弾いた。
「まだか」
右腕を振りかぶる。黒い外殻に包まれた腕は籠手より人間的でありながらも、どこか獣じみた獰猛さが秘められたもの。
振り下ろした攻撃が今度はいなされる。巨体とは思えぬ柔らかさで打撃が逸らされると、逸れた拳が地面にぶつかり、固められた土が砕けた。散って吹き荒び、砂煙と化す。
腕から生えた蛇の上に立ち、蛇の動きだけで移動する朱善。しかし後退より早く人影が跳び出す。
「素人ではないのかこの小僧!?」
舌打ちと共に朱善が左腕を前に差し伸べる。指先から先、空間に突如として描かれる紋様を幾重にも重ねた魔方陣が盾となり竜樹の右腕による打撃を防ぐ。勢いを殺された竜樹が慌てて体勢を立て直すより早く、渦を巻く蛇体のとぐろが竜樹を拘束していた。
「降参、参った」
ぐるぐる巻きのまま力を抜いた竜樹は、盾と思しき魔方陣を消した朱善の蛇体に縛られたまま床に転がされる。
「戦闘能力は申し分ナッシングぽいのでおけね。というか、怪獣病の変化が大きいほど戦闘力も高いとかズルっ子ね」
アルグレンテの言葉に竜樹は肩を竦める。
「いや、色々とツッコミどころがあるんだけどアールグレイさん」
「アルグレンテね。で、皆さん、どなたか彼が欲しい部署の方は?」
背後の鎧達は護衛ではないらしく、何かの交渉を始めるアルグレンテ。
「いや無視すんなグレ子、あと蛇の人もそろそろ離してください」
「誰ぇが蛇の人だ! 我が名は大天空 朱善だ!」
「ハンドルネームとかですかそれ」
「いや、自前だが。寺の次男で祖父の命名だ。手の名前もそのまま大天空寺」
「うわー、どーでもいい情報―」
とはいえ、寺出身者の彼も日本出身であり、わりかし地味な感じで同胞を見つけた竜樹であった。
中庭の隅、岩を前に竜樹は右掌を開く。黒い指先が岩に触れた瞬間、全力で握る。五指が岩に触れた瞬間、頭の奥でカチリとスイッチが入るように何かの感覚が反応し、指先が岩の中に減り込んでいた。
感触がない。まるで温度のない水に触れたような僅かな抵抗を指に感じながら手首まで潜り込んでしまった右手を引き出すと、岩には傷一つつかず掌は引き抜かれていた。
「それが『地中移動』だな。スキルレベルが低いと移動ができる範囲は数mが精々。手までなら岩や土、砂くらいの地面に近しい対象なら、今みたいに透過できるわけだ」
傍で説明しているのは朱善で、傍には丑雄も座り込んでいた。
次に、脱力した状態から全身を周囲から隔離する薄い布を意識する。するとほんの一呼吸の間だけ竜樹が消えた。いや、気配が希釈されたように周りの人間には感じられた。
「それが『隠形』、スキルレベルがあがれば隠れるレベルがあがって時間は長くなり効果も増加する」
そのまま幾つかスキルと呼ばれていたものが発動しないか試すと『振動操作』を使うと相手が痺れる程度の振動が伝わり、『ブレス』を使うと口から青い炎が焚き火程度の威力で出た。あとは『硬化』を使うと身体が僅かに硬くなったが服の強度はそのまま、『咆哮』を使うと周囲の人間が揃って耳を塞ぎたくなる程度の大声が出ただけ、『吸収』は触った砂の体積がほんの数g減って『侵蝕』は掌で触れた場所が黒くなるだけ、あとのスキルは受動的なものなのか発動条件そのものが解らなかった。
つまり『怪獣化』、『神経節』、『耐魔(範囲)』、『戦闘技術修練(極)』が解らなかったことになる。
「うん、貴様は腕力以外に使えそうな能力が今のところないな」
「自分でもすごくがっかりした」
ちなみに丑雄も試してみたものの『毒物生成』によって何か異臭のする水が掌からちょっと出ただけだった。
「………スキルレベルとやらが、それだけ低いわけか」
難しい顔で丑雄は唸った。
ここまでで有用なスキルはこれといってない。
朱善によると、スキルについては受動、能動という分類の他、常時と発動時、戦闘系と非戦闘系、無条件発動や条件発動などでも分類できるらしい。
「非戦闘系のものには生産スキル、錬金術や薬学に被服といった生活系、精錬や掘削に鍛冶などの工業系、伐採や林業や建築に農作に養鶏やら養豚やらの飼育を含む農業系といったあれやこれやがあって、そういったものがあれば飯に困ることはなかったのだがな」
とはいえ、怪獣病の影響を受けて症状が発動している関係上、どうしても戦闘系のスキルや能力に偏ってしまう傾向が強いそうだ。ただ、幸いなことに身体能力の向上に加え、技能の取得にもある程度の補正があるようだ。
「ただ、俺達のような、異世界から放り込まれた人間にしてみればそんな能力云々より元の場所に戻せといったところだが」
そう締め括った朱善が呟くも、何か竜樹と丑雄の反応は鈍かった。ぼりぼりと頭を搔いた竜樹は、悩むように首を傾ける。
「どうした? 貴様は帰りたくないのか? たとえ異世界であり、特異な能力があるとはいえ、未発達な社会である以上、命の危険は大きいのだぞ?」
「いや、こっちの話というよりむこうの話でちょっと悩んでいて」
瞑目するよう瞼を閉じる竜樹。
「いや、まぁ、うん。話としてはよくあるものかもしれないのだが」
ぶつぶつと頭の中を整理する為に話を口に出していく。
親の再婚。竜樹の出産後、元々病弱であった彼の母は亡くなり、片親で育てられた経緯がある。彼が生まれたのは父が24歳と若かったこともあり、早期の再婚についての話も親類などからあったそうだが、竜樹の父は一人で育てていくことを選ぶ。
高校生となった今もその理由が母への愛か、それとも失ったことによる哀しみによって再婚に拒否感をもっていたかは定かでないが、父の両親や近所に住む知人、米屋のなんとかさんやらお向かいのなんとかさんやら、とかく、地方都市特有の地域の力によって現在に至る。
そして中学卒業の前に、父により再婚についての相談を受け、春休みには義母となる人間との初顔合わせ。その相手は19歳の女子大生だった。
「この歳で独身の身にしては腹が立つ話だね」
丑雄の言葉はさておき、同じ高校一年生という朱善は訳知り顔で頷く。
「ふむ。母と呼ぶには些か躊躇いのある年齢であるのは確かだがな」
「いや21歳差とか何処で見つけたんだよお父さんと言いたくなった。というか言った」
ちなみに、出会いの理由は父の勤務する会社へアルバイトとして彼女が働き始めたのがきっかけらしい。
とかく、そういった関連上、正直、自分は戻らなくてもいい気分ではあると竜樹は呟く。
「片親ということで苦労をかけていたからな。嫁さんができるなら、自分がそこまで心配する必要もないだろうからな」
どちらが親なのか解らない達観具合に、丑雄達は呆れるやら感心するやら反応に困った。
「なんか苦労してんだなぁ竜樹君も」
「ふむ。しかし、それならそれでお前達は病棟から出たらどうするつもりだ?」
「え? 出られるの?」
そもそも、この病棟は怪獣病の被害者が二次的な感染源となることの防疫、他の病気を併発することによる罹患者の死亡や重傷化を防ぎ救命などを図ることが主な目的だという。あとは人材として有用な者を優先的に国の管理下に置くという側面もあるそうだが。
「それが昨日の?」
「あぁ、私は近衛兵をやっている。強制ではないが三食困らず給与もいいぞ」
「そういえば丑雄さんはどうするので? 前の世界で医師だったらしいけど、こっちの世界って無資格で営業しても?」
「いまのところ検討はしているけどね」
「法的に問題ないかは知らんぞ。そもそも種族が違うものも多いから同じやり方が通用するかどうかがさっぱりだ」
「え? やっぱ亜人とかいるので?」
「あれを見ろ」
朱善が指し示した先、中庭の片隅では、数人の子供達が輪になって何かをこつきまわしていた。
背の高さや体躯は他の子供達と同じだが、その顔は鰐というより蜥蜴にしたい顔をしていた。長い尾が丸められ、まるで亀のよう蹲っている。
「リザードマン。総数も多いトカゲの亜人だな。岳山領国では亜人への差別は少ないが、貴族階級以上だと蔑視する傾向をもつものもいるな。あの子供達を主導しているのもどこかの家のおぼっちゃんだろう」
そういった説明の間に甚だ不機嫌そうな竜樹は動いていた。
蹴り回している足を無視して自身よりは小柄なリザードマンを引っ張りあげる。突然の乱入に子供達が虚をつかれたものの、立たせたリザードマンの子供を背後に庇う竜樹に対し、敵意をもって向き合う。
「弱い者イジメは感心しないが、何か理由があるのか?」
「リザードマンなんかあの怪獣の子供だろ! しかえしして何が悪いんだ!」
正面に立つ長い金髪をした子供の言葉に、しゃがみこんだ竜樹は困ったような言葉を返す。
「それは違うだろう。リザードマンはリザードマン、怪獣は怪獣だ。関係ない」
「嘘だ! だってあいつらの外見なんてそいつとそっくりじゃないか!」
一応の筋はあるようだが、それでも周りの大人が注意しないものなのかと悩む。
かといって、背後で怯えるリザードマンを再び突き出すような気分でもなかった。
「なぁ、蛇と蜥蜴って、見分けつくか?」
「バカにしてんのか!? 足がないのが蛇で、あるのがトカゲだ!」
「そうだな。じゃあ怪獣は病気を撒き散らして無差別に家や街を壊すけど、リザードマンは話が通じて文化があって普通に暮らしている。それでも同じものか?」
そこで金髪の言葉が詰まる。理屈をもって対してくる大人に対し、自分の論理があまりに幼い考えだと無碍に否定されてしまった今、具体的な反論に思考がおいついていないのだろう。
周囲の子供達がこそこそと話し合う中、ついには顔を赤くした金髪がわめきたてた。
「うるさい! きさまはボクをバカにしているのか! こうしゃく家のボクが言うことが正しいんだから、だまってそのトカゲからはなれろ!」
そう言って竜樹を突き飛ばそうとするものの、元々自重が違う。どれだけ力を込めても、彼は動かなかった。
「位高ければ徳高きを要すなんて言葉があるが、これは偉い人間は偉いからこそみんなの見本として正しいことを行わなければならない、という意味だ。お前の公爵家とやらの話だが、偉いから全ての我侭を通せるなんて親が教えたのか? 間違ったことにはきちんと「ごめんなさい」というべきと言っていなかったのか?」
「うるさいうるさい!」
力任せに竜樹をどかそうとする金髪に対し、怯えたリザードマンが竜樹の後ろに隠れる。
ぴくりとも動かない竜樹に、ついには金髪が振り上げた蹴りがその肩へ当たった。しゃがみこんだまま微動だにしない竜樹は、瞬時に金髪の頭を左手で鷲づかみにした。
「あとな、相手に攻撃をしたら反撃されても文句言うなよ? 殴ったら仕返しが返ってくるんだ」
平素、無表情に近く地味ですらある顔立ちは、眦が僅かに吊り上がっただけで負の気配と威圧感を増す。子供達が悲鳴を上げて逃げ出した。逃げ遅れた金髪がじたばたと抵抗すると、竜樹はそのまま手を放す。
「くそ! きさまなんてここを出たらまっさきに倒してやるからな! かくごしろ!」
「おー、言い負かせるようになったら相手をしてやるからなー」
捨て台詞を残しが逃げていく金髪の子供を見送ると、昼日向の中庭は静かになる。
残ったリザードマンに振り向くと、泣きそうな顔で竦みあがったように動きを止めていた。
どれだけ怖かったのだろうさっきの表情。
「怪我は?」
「な、ないよ」
ところどころ泥汚れのある病院着をはたき、少しでもマシにする。立ち上がってみると以外に上背があり、先程の子供達より頭一つ分高かった。
「ま、あんまり卑屈にならないようにな。悪くないときはきちんと抵抗するか、助けを求めるといい」
穏やかな言葉遣いに驚いたのか、数瞬ぽかんと彼を見つめたリザードマンの子供は、何度か確かめるよう彼の顔を見たあとに、嬉しそうに声をあげた。
「………うん! にいちゃんありがとうな!」
元気に駆け去っていく背中を見送り、相変わらず何を考えているのか解らない様子で竜樹が二人のところへ戻ってくる。
「で、何の話だったっけ?」
「いやお前、意外なくらいに面倒見がいいな。若干驚いたのだが」
話の腰ががっつり折られたことに呆れながらも、丑雄が笑う。
「そうですか? もうちょい悪辣な物言いや態度でも示そうものならボッコボコにするつもりでしたが。いやぁ、合理的に子供イジメられるとか思ったのに残念」
「すごい聞きたくない答えが返ってきたよおい」
「いや、それが本気かしらんが、ともかく貴様等の今後についてだが」
「大丈夫。場合によってはこの世界の先輩に頼るから」
「断る! 美少女なら可ではあるがな!」
などと馬鹿馬鹿しい話で最後は〆となるはずだったが。
「そうだ、貴様達、試しに魔術を覚えてみないか?」
思いつきのような朱善の言葉に、明日の予定が決まった。
剣と魔法の世界に相応しく、魔術と呼ばれる技術体系がこの世界にもある。ただ、異能と分類される超能力などの特殊スキルや、錬金術師の生成スキル、さらには、亜人の種族スキルなどと比べると一般的で、ごくごく普通の村人でも初級の治癒魔術が使えるものもいるという普及レベルだという。
「ところで、近衛隊の人間が、こんなことしていていいの?」
「まぁ俺や貴様等のような異世界出身者は、特殊スキルの発現率が高いことや、そもそもの学識があるから官僚や戦力として期待できることが多いらしくてな、そこらへんの投資と取り込みを狙って俺がここに居るわけではある。大いに感謝するがいい」
朱善の言葉に、予想していた二人は短く方を竦める。
「話を続けるが、魔術と錬金術は体系化された技術ではあるから、覚え方や資質の判断方法は意外と簡単だ。この大天空 朱善にかかれば、半日で一つ取得とお手軽レベルアップを約束しよう!」
「いや、厨二発言はとりあえずいいから朱善さん」
「厨二? なんのことか」
「素かよ彼の反応は」
三人のやりとりはさておき、資質を確認する為とのことで、相変わらず中庭の隅を溜まり場にした状態で鞄から布袋が取り出される。
「ここらへんで一番一般的なのが属性結晶識別だな」
取り出されたのは、何かの鉱石の塊が七つ。それぞれが赤、青、緑、茶色、灰色、黒、白で、形はどれも歪で掌大のものだった。
「こっちの赤、青、緑、茶色が四台元素を司る属性結晶で、赤が火属性結晶、青が水、緑が風、茶色が大地、そして灰色が無属性、黒が闇属性、白が神聖属性だな」
「まぁ、大体で解るけど、それぞれの属性の特徴は?」
「あぁ、回復や補助、攻撃など、実際はどの属性でもできるが、得意分野となると属性次第だな」
何か分厚い謎の書物を手に、朱善が解説する。
火属性。攻撃から火種まで汎用性が高く、実際の効果として発言しやすく水属性と並んで初級の取得が容易。高位になるにつれ、破壊力に秀でた攻撃魔術が得意となる傾向がある。
水属性。回復から貯水まで汎用性が高く、実際の効果として発言しやすく火属性と並んで初級の取得が容易。高位になるにつれ、復元力に秀でた回復魔術が得意となる傾向がある。
風属性。疾風の発生や補助魔術の発現を得意とする。高位になるほど範囲が拡大し、移動魔術など特殊なものが得意となる傾向がある。
地属性。土壌の改良を始めとした大地や鉱石に関わる魔術を得意とする。高位になるほど精度が向上し、継続した効果を発揮する魔術を得意とする傾向がある。
無属性。魔力そのものによって効果を発揮するものなど、属性の優劣や影響、干渉を受けない魔術を総称する。他に比べて特異な魔術が多い。
闇属性。夜や暗所で効果が倍化するものなど特殊なものが多い。聖属性とは強く相関し、相乗することはなく無効化し合う傾向がある。高位になるほど弱体化や状態異常を得意と傾向がある。
聖属性。浄化や結界の作成など特殊なものが多い。闇属性とは強く相関し、相乗することはなく無効化し合う傾向がある。高位になるほど健常化や能力向上、状態回復を得意と傾向がある。
「まぁ、これが大体の傾向だが、火属性や闇属性でも回復はできるし、聖属性の状態異常もある。魔術そのものも国や技術体系によって系統や傾向が異なることも多いし、とりあえず使えるものから覚えていくのが普通ではあるな。あとは、水に対する氷、土に対する鋼といった派生属性と呼ばれるものも一部にある」
そして説明を経て実戦編。
判定用の属性結晶は、手にした人間が魔力を通すことで発光。適性がない時は消灯、魔術を発現可能なレベルで明滅、魔術を実用可能なレベルで常灯。取得前の人間の反応としては明滅以上であればその系統の魔術が利用可能となる。
「そもそも魔力の流し方が解らないのはどうすれば?」
「イメージ、としか言えないな。感覚的には体内電流を魔力に置き換えると理解しやすいのではないだろうか」
朱善の言葉に従い、試しに火属性結晶を手にしてみる。
イメージとしてはインド密教や修験道におけるチャクラの感覚を考えてみる。体内に循環用の管があり、経由する点がある。その循環経路のうち、掌を出口として結晶を流れの一部として巻き込んでいくような想像。
そのイメージに奇妙な実感を伴った瞬間、赤い鉱石は不安定に明滅した。
石の流れと自分が一つに繋がったような感覚が掌から身体の芯にまで残ったようであった。
「火属性に適性、あとは、一度で可能となるあたり、才能はありそうだな」
竜樹は聖属性を除いて全ての属性が反応、最も強い反応を示したのは地属性が最も強く、続いて闇属性だった。あとは風属性が僅かばかり強めに反応した。
同じように試した丑雄は全ての属性が反応し、そのうえ火、水、地、風の四大属性全てが強い反応を示した。
「強い反応が二つ以上の属性で出るのは珍しいな。明滅は適性が少しでもあれば出ることも多いが、おそらく地属性への適性は怪獣病の影響があるな。自分も水属性への高い適性は怪獣病による可能性が高いらしい」
「じゃあ、丑雄さんは?」
「才能だろうな。このおっさんの」
「うわー妬ましいー」
「いや、そうは言うが君の場合は初期ステータスからして既にチートだろう」
「右腕振り回すだけで『怪力』か『破砕』系のスキルが自動発動している可能性もあるぞ。まぁ、怪獣病そのものが複合スキル的なものもあるからそれっぽい、以上のことは解らんが」
聞かないふりをした竜樹が朱善の持ってきた本へ視線を落とす。
そのまま幾つかの初級呪文を唱えてみたところ、竜樹は二つ、丑雄に到っては十数個の魔術が魔術書を読み込んだだけでそのまま利用可能だった。
「才能で済むかこんな反則」
「丑雄さんってばマジチート」
「君達はそんなに人を仲間外れ扱いしたいのかこの野郎」
魔術や技能スキルに対して鋭敏な感覚を示すのは不思議なことに怪獣病罹患者特有のものであるらしいが、かといって、やはり丑雄は規格外だろう。
「一個使えればあとは練習をしていれば使えるものも増えるだろう。二人に初級用の魔術書を貸すので、あとは中級に手が出せそうであれば出来る限り用意しよう」
馴染んでいるのか。慣れてしまっていくだけなのか。
実感もなく、日本とは違う空気、濡れたような冷たい風の中で今日もまた一日が終わろうとしていた。
次回は2014/09/25予定です