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怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第二章】妖精憑き高校生から始まる別視点リスタート
37/50

・第11話・卑怯卑劣にハメ技上等

 その道具はなんというか、オカルトだった。

骨格模型の上半身、頭蓋肋骨脊髄のみ、両腕も肩から先がないものの心臓のあたりに拳大の真っ赤な石が埋め込まれており、その周囲を何か電子機械が詰まった電子演算部品的なもので取り囲まれている。

これ何?


「あー、機兵の中身。コア部分。なんとか破損機体から部品かき集めたけど、二体しか作れなかった」


 九薙嬢が説明してくれたものの、結局これが何に必要なのかわかりません。

 ちなみに総重量が約200kg。そりゃあロボにでも組み込まなければ動き回るのは無理だろう。材質的には一応タングステン合金やら珪素やらの複合物だのらしいが、含有物の一部が既存の科学では解析できないとも。だからこれ何?


「人型にしたのも、なんかそういった形じゃないと上手いこと制御プログラムとかみ合わなかったからだけど、完璧にオーパーツなのよね、これも。使用用途は妖精憑きの能力制御装置」」


 人間から妖精ひりだす時点でオーバーテクノロジィ極まりないとは思っていました。

 そして、ドライアドなんたらはこの機会を使うバイパスみたなものを構築するものだったわけだろう。魔術っぽい話だが本当にオカルト的になってきたな。


「仕方ないじゃない。主任研究者がどっから知識を引っ張ってきたか知らないけど、どう考えても科学とは違う知識体系のものだもの。それこそオカルティズムに片足つっこんだものでも有用であればどうでもいいじゃない」


 

 九薙嬢の割り切り方がパないです。

 そして、主戦力となるはずの速成妖精憑きが未成年三人、機械が二つって、もしかして俺が仲間ハズレなフラグですか? イジメいくないですよ!?


「いえ、これが貴方の分。動作可能な機兵が辛うじて二体居たから、メインアタッカーにそちらを回してあるもの」


その説明のあと、緩衝材でぐるぐる巻きにされ、ヌイグルミじみた外見になった骨格模型の制御装置が軽トラに積み込まれた。移動手段が途端にローテクになりました。いや、4WDではあるけど、これ、道路しか移動できそうにないけど。


「あ、追いつかれたら諦めて」


とても心温まるアドバイスをいただきました。こいつブン殴っていいですか?


「その時は、傍でこの妖精制御装置 を管理してる私も諦めることにするから」


前言撤回しまーす。これ駄目だ。絶対負けたらいかんフラグだ。

死んだらものごっつ酷いbadendルートだ。


「細工は流々仕上げを御覧じろ、あとは戦うだけ」

「憂鬱だ」

「愚痴は言っても逃げないのがね」


 そりゃあそうだろう。自分が逃げればここで見た何割かは死亡確定だろうから。

胸ポケットからずり落ちそうだったアランヤタを押し込み直し、緊張に強張る身体を叱咤する。

英雄じゃないと自身に百回は言い聞かせる。それでも全身から力が抜けない。

卑怯者であっても外道にはなりたくないものだと、姿形も解らない相手に向けて、手加減してくれねぇかなと祈った。



 時刻は夜。具体的には19時過ぎ。

街灯に照らし出された軽トラ荷台での待機開始から十五分ほど経過しました。場所はちょっと小高い住宅街の路地、

某中間管理職のおっさんによって現状と作戦は通達済みである。

まず現状。

対象はドローンによる偵察で発見済。海浜沿いの工業地帯で巨大な人影を確認し、停電騒ぎを偽装。夜勤の皆さんが働いていた工場も強制的に停止し、市営バスを徴用してとっとと追い出しました。怪獣さんは獲物がおらずざまぁみろと言った具合である。

次に作戦。

 前衛に妖精憑きの先輩二名が先行し、攻撃を開始するとのこと。顔を合わせてもいない相手に鉄火場を押し付けるようで気が引けるが、戦闘経験が天と地ほどにも違う以上、邪魔にならないように出番を待てと言われれば待つしかない。

 先輩方の能力はそれぞれ女王蜂(アペ・レジーナ)天体儀(コルプリスカ・レスティス)

 女王蜂が異能者製造能力。

 天体儀が、支配下にある球体を操作する能力。

 うん、女王蜂ともかく天体儀の能力が全然わからん。

 ぶちのめせればいいとは思うが、どちらも集団戦に向かない為に個別に散開した状態で待機している。女王蜂側は従えた異能者の中でも能力的に秀でた数名でチームを形成し、攻撃に備えているらしい。

 顔も合わせたことがない相手ということもあり不安要素も山盛りであるが、喧嘩なんて始めるまでそんなものだろうと無理にでも納得する。

 しかし、後方支援については『鷹の眼』を使えばなんとかなるだろうという判断含めて自分が最後尾を担っているわけだが、こっから能力を使った攻撃ってできるもんなのかは不明瞭。

 能力使った回数が一回っきりとか、ぶっつけ本番にもほどがある。

 遠距離からの援護攻撃でもあればとも考えたが、なんか相手方はミサイルとか効かないそうである。なにそのチート。いや、そうでもなければ妖精憑きが主戦力を占めるなんてことになってないってのも解っているが、ないない尽くしで涙が出る。


『こちら明星(アケボシ)、対象を確認。準備終わった奴は返事頼む』


年若い男の声でヘッドセットから声が聞こえた。相手は天体儀こと妖精憑きの先輩。

こいつ絶対にイケメンだよ。声からしてイケメンだよ。

 とにかく、いよいよ始める時間となったようだ。


冬将軍(ふゆしょうぐん)いけます」

蜂蜜(はちみつ)も了解』


こちらのコードネームのあと、続けて少女の声で答えが返ってきた。

 心臓が痛くなるような一瞬の間。


『よし、行動開始だ』


中間管理職こと守上氏の号令に従い、遠く盛大な爆裂音が轟いた。

 千里眼じみた『鷹の眼』の能力で司会を飛ばす。

 鳥が空を進むよう、閉じた瞼の裏に鮮明な夜空が広がっていく。


 その視線が巨大なライトに照らし出された倉庫街に踊る巨躯を捉えた。

 その姿は、見ただけで正気が失せるかと思った。


 身の丈のほど二丈八尺。およそ8m強。伝説より少しばかり大きい。

 人に似た体躯は長い腕と捻じれた双角。全身が隆々たる筋肉に覆われ、赤黒い表皮に黄色や青、白の斑模様が這い回るよう混じり合っている。

 その瞳は人より巨大で、青い焔を宿すようほの暗く輝く。

 その口は牙が並び、爬虫類に似たそれはてらてらと濡れている。

 その名も『酒呑童子』。


 その目の前に立ち塞がっているのは一人の青年。

 赤い髪に大きな銀のピアスが耳元で輝くカレは切れ長の瞳が特徴的なイケメンさん。

 その隣に瞳を備えた黒い球体が浮遊している。おそらくあれが彼の妖精らしい。 

 どこかで見たことがあるような気もするものの『明星』であることは解る。

 彼の周囲で白い光の粒子が舞い踊ったかと思うと、虚空から銀色の巨大な球体が出現。

 え? なにあれ?

 そんな人間の倍はありそうな煌めく巨大球が消えたかと思うと、飛び跳ねる巨体、酒呑童子へ突如として空中を加速し、次の瞬間には直撃していた。鋼同士がぶつかりあうような轟音が響き渡るものの、何の痛痒もない様子で球体へ酒呑童子が組み付く。 

 ここだけ見れば特撮撮影にしか見えないのだが。

 だからこそ、ここから先は見たくなかった。

 円盤型に変形した銀球が丸鋸のよう回転、鬼の首を一瞬で跳ね飛ばしたかと思いきや、ボールのよう弾んだ頭が首の断面へ戻る。そしてくっつく。

 まるで下手なクレイアニメのような理不尽さ。そのうえで今度は鬼の姿が歪んだかと思いきや腕が伸長した。鞭のようにしなる一撃を、回転する球体が辛うじて受け流す。

 千変万化、鬼の王にて統率者。

 いや正直、どうやって倒すのか、これは。

 明星もまた変化を続けて反撃を行う。円盤、棘鉄球、鎖付分銅、あげくの果ては分裂し、増殖し、球体の数が爆発的に増加していく。

 なるほど、天体儀。

 明星という彼を中心に形成されていく球体の様子は、確かに天体模型に似ていた。

 変化する球体を多数統率するという単純にして凶悪な能力。球体そのものの強度もさることながら、自在に形を変え、連動して動くことで相手によれば易く圧殺できるだろう。

 ただし、今回は相手が悪い。

 跳び抜けた再生能力、図体に比例しない敏捷さと肉体の変質能力。

 重要器官の場所は自在に動かされ致命傷を与え辛く、しかも連続攻撃は攻撃の間断の間に塞がる。一度、巨大化した球体による攻撃を打ち込もうとしたが、大型化に伴い、攻撃速度が落ちる為、他の攻撃に絡めても躱されてしまう。

 作戦を知らなければ、焦れていただろうな。


『目標地点まで対象を誘導。撃て』

『了解。ギリギリで離れて』


明星の声に蜂蜜の言葉が重なる。

 周囲から異能による攻撃が一斉に放たれ、水だの炎だのが舞い踊る。

女王蜂の能力は異能の製造。つまり、正確には異能を与えているわけでなく、本人に備えている異能の芽を開花させると同時、その異能を彼女自身も使えるというチート技能。制約としては、同時に別の異能は利用できない、オリジナルより劣化するといったものもある。

 ただし、異能の組み合わせを行うそういったものが途端にエグい。

 増幅混合同時の発動によって連続して砲弾と化した攻撃が加えられていく。

 一言で言うと燃料気化爆弾によるピンポイント爆撃から液体窒素に似た極低温の凍結攻撃。

 そのうえで空間をひっぱたくような轟音と共に雷霆が落ちた。

 自然災害のオンパレード。少なくとも、こちらが出来そうな極低温攻撃まで加えた連撃によって無事だとぬかすのであれば、正直、手の打ちようがなさそうだが。


「………うげ」


そこで思わず呟いてしまった。

助手席でノートPCを弄っていた九薙嬢が荷台に座っていたこちらを振り向く気配がした。


「攻撃の余波でドローンじゃ映像拾えないけど、見えてるの?」

「ずるずるの肉塊状態だった鬼が紐みたいな肉繊維をが縦線と横線を編み直すように再生している」

「最悪」

「マジでな」


視界に映る異常な映像に怖気を堪える。

 そのうえで、あれをどうにかしなければならないのか。

 そう思っている間にも追撃が始まっていたりもします。

 今度は炎攻撃をメインで行い、焼却炉のど真ん中のような真っ白な炎が燃え盛っている。

 加えて巨大な鉄球が頭上から降ってくるというコンボも混じる。

 それでも足止め以上の効果がないように見え、怖気と震えが背中を這い回っている。


「そっちでも見えてます?」

「真っ白な輝きがカメラを焼きそうな様子なら」

「あんな超火力でも死なない相手をどうにかしろと?」

「出来ないと順番に皆殺しだからね。言っておくけど核攻撃も効かないから」

「あー、物理攻撃完全無効とか完全チート」


 膝が強張って痛い。それでも諦められない。

 遠景から瞳を切り替えると、彷徨わせた視線は胸ポケットでアランヤタと合う。

 ぞっとするほど黒く深い色に塗りつぶされた瞳は、まさに深淵を思わせた。

 深淵を覗く時、深淵も。

 奥歯を噛みしめてもう一度異能を確かめる。青い粒子が周囲を舞った。

死ぬのも怖い、力を使うのも怖い、失うのも怖い。

 あぁ嫌だ嫌だ。なんでこんなことをやっているのか。


「俺は、何時動けば?」

「正直、二人で手におえなければ、ってレベルのリザーバーだったけど」


はい今まさにその状況です。最悪じゃねぇか。

多少の風だの雪だのが使えるだけでどうしろというのか。


「いける?」

「行き、ます」

「じゃ、


軽トラのエンジンが入る。

 同時に、人型筐体の機関も始動させる。

 周辺に放出されていた青い光の粒子がその機関へ吸い込まれるように見えると同時。

ドクンと、心臓と違う何かが身体の内側で震えた。

 次の瞬間には謎の空間に放り出された自分がいた。


 周囲は紫の宵闇に巨大な月。

 いや、いやいやいやいやいや。なんですかこれ精神とか時とかの関わる部屋ですか?

 こういう結界とか白昼夢とかですか? 予想外過ぎるのですが。

 そして目の前には人間サイズのアランヤタ。

 その手に構えられた氷の剣が振りかぶられた瞬間、あ、オレ死んだ、と思いました。


 次の瞬間、死んだ方がマシな激痛に胴体を貫かれ、目の前に広がっていた景色が元に戻っていました。おかえり俺。

もう、ヘッドマウントディスプレイ上で見ていた映画を連続で切り替えられたような気持ち悪さに無意識に口元を抑える。気絶したくても痛みに意識を引っ張り戻されるという最悪の状況の中、詰まりそうになった呼吸を咳き込みながら取り戻す。

死ぬかと思った。いや実際に心臓止まりかけた。

 痛いとか冷たいとかキツいとかしっちゃかめっちゃかで、何がどうなったのかまったく解らなかった。ハンドルを握っていた交喙さんがバックミラー越しにこちらを見ていたが、何も問題ないことを確認してギアを切り替えていく。冷静過ぎてむかっ腹もたたないですよもう。

 そして身体を確かめていると、傷こそないものの、何か、脳髄の中に変な感覚が刻み込まれていた。

 自転車の運転技能が勝手に植えつけられたような気持悪さ。

 頭の中に、『死の(イアムス・モリトゥス)』の使い方がラーニングされていた。

 なんとなく、妖精の意味と、機関の意味も把握した。

 妖精は発動機兼外部記憶装置。

 機兵は増幅装置兼外部リミッター。

 そして人間が主制御装置兼入出力デバイス。

 この一式が揃って初めて高出力の異能が発揮できる構造なのだろう。

妖精がいないと能力をどっから持ってくるか解らないし、機兵がいないと力のフィードバックらしきあの光景の中で死ねる。

だって、今の白昼夢は、機関による増幅をきっかけで発動したのと同時、斬られた瞬間に遮断らしき反応を機兵が示したことで痛かった気がするレベルで済んだのではないかとも思う。

 でないとショック死していた気がするのですよね。なにこの能力。

 こんなものを何度も味わえばそれは死にたくなるだろうな。回数制限的な意味はそこか。

 理屈の解らない技術を使うのがこんなストレスとは。

 これ、魔法とか使える世界に言ったら頭がおかしくなるんじゃないか? 

それとも折り合いがつけられるものなのか。

 とにかく、攻略本のスキル解説ページ的な情報は手に入れた。射程と威力と効果が解れば、あとは最適解を得られるように状況を整えるよう努力すればいけると信じたい。


「なるべく早く現場へ。燃費が悪そうだから、どれだけ力になれるか不明だが」

「能力、解ったの?」

「機兵のエンジン動かしたら突然に」

「あぁ、そのパターンか」


おい解ってたらなら忠告しておけよ。

いや、パターンが幾つもあるなら違っていたら余計に不安になるだけだか。

 博打ばっかでみんな心臓いてーだろーな、まったく。

 意識の集中に伴い青い光が雪のよう身体から溢れ、そして機関へ吸い込まれていく。

 繰り返しその発生と吸収を行っていると、それが光のラインとなり、そのまま光が消えた。

 吸収速度が発生速度を上回ったことで、光の粒子が見えなくなったのだろう。

 確か、発生の第一段階、収束の第二段階と、進んだことになるはず。


 端的に言えば、この能力は氷を生み出し、極低温の暴風を放つだけのものではない。

 その『根幹』にあたるものが異能であるのだ。


 だからこそ『冬』と、どこから拾い上げた情報にはそんな名前がづけられていた。

 あれだろうか? 中二病設定でいうところのアカシア年代記的なものからの電波っぽいインスピレーションなのだろうか?

 この世全ての情報が書いてある媒体があるなら見たいよーな見たくないよーな。


 さて、ジョークが言えるくらいに脳みそは冷静だと再認識できた。

 いや、ジョークが言えるくらいに脳みそは冷徹だと再認識してしまったのか。


 自分ってものが薄っぺらいと、この判断そのものがなんかの影響を受けているのではと不安になる。妖精的なものの毒電波に害されてないだろうかと超心配になる。

 んー、それも違うな。それも認識の誤りだ。


 影響されるのが当たり前なのだ。人間なのだから。


 頭の中に浮かぶ顔がある。うろ覚えで、ともすればぼんやりとしたイメージくらいだ。

 本人を前にしなければ、その輪郭の仔細すら脳裏に描けない。

 それこそ今、軽トラを運転している相手であったり、こんな騒動が起きる前から一緒に暮らしていたりしてもだ。そんな相手のことを守りたいと、泣かせたくないと腹の奥で決意したのだ。

 まったく、自分も男の子だということなのだろう。

 頭は冷えている。そのうえで胃の上、みぞおちの下あたりに熱を感じた。

 練り上がった感情と異能を、見えないラインで繋がった機関が制御してくれている。

 あとは、照準を定めるだけだろう。


 そういった思考の最中にも、轟音へ近付いていく。

 次第に戦場の雰囲気、ごたごたと落ち着かない空気が大気を震わせる衝撃と共に伝わってくる。あぁ煩わしい。


 急カーブを曲がった軽トラの荷台で、ひょいと空中へ機関を積んだ機兵のなれの果てが持ち上げられる。空中には何時の間にか出現したアランヤタの化身、雪でこしらえたマネキンのような姿が空中に顕現した。


 そして鉄火場に到着する。

 紐状に伸びた肉の繊維が触手のように周囲へ展開された酒呑童子に対し、それこそ球体の数が数百にも届いているであろう明星が競っている。円盤状に潰れた球体が触手の束を切り払っていた。

 間断に火炎弾だの石の槍だのが飛来するが致命傷には至らない。広範囲攻撃では再生速度に敵わない、単発の連射では決定打にはなりえない。千日手というものかもしれないが、基礎の持久力が不足している。

 ジリ貧だ。


 そこに颯爽と登場する期待の新星、でもあればよかったのだろうな。

 こちとら能力覚醒という名の素敵な白昼夢を体感したばかりのペーペーである。

 背中には冷や汗、身体には怯えが張り付いている。

 とはいえ拳が握れれば殴り込みには十分だろう。


『一旦交代だ。暫く釘付けにする間に解決策でも頼む』


無線でそう伝えると同時、軽トラの荷台から飛び降りた。


「九薙嬢も下がって、たぶん、巻き込む」

「え?」


路面へ着地する寸前、暴風が吹き荒れる。

 そのまま風に乗って空中へ舞い上がると、戦場の真上に到達した。

 冷たい空気を吸い込み、短く呟いた。

 

「死の(イアムス・モリトゥス)


空気が凍てついた。

温度が瞬く間に下がる。

 真っ白な風が満ちる。


そこは冬だ。世界全体を塗り潰す輝きと、吸い込んだ冷気で喉が焼けるように痛む極寒の季節。死が満ち、生がなりをひそめ、ただ厳然と悲鳴すら消え、時すら失せたような静寂の空間。


 白雪の美女、アランヤタが変化した彼女も、後ろから機関を抱えたまま追随してくる。


 ガリガリと体内に何かの『溝』が穿たれていくのを感じる。

 抉られ、奪われ、目減りしていく。

 MPだがSPだか解らないが、気を抜くと脳味噌から意識だとか魂だとか呼ばれるものが消え失せていく恐怖を感じる。こんなものを抱えてあの二人は戦っていたのか。


 機関と離れられる距離の感覚は大体5、6m、他の二人と比べても恐らく極端に狭いだろう。ほとんど機関が全力で唸っていることから、どれだけ燃費の悪い能力だというのか薄ら寒い。

 いや、実際に他の人間はそれはそれは寒いだろう。

 自分にはまったく解らないが。

 

 そして、極寒の風と雪が吹き荒れる中、あの鬼と視線が合う。

 肉塊の中から浮き上がった目玉がこちらを捉え、瞬く間に肉が編み上げられて人型を取り戻してく。そのまま崩壊した肉体がひとまとまりになる光景はホラーというよりSFだろう。それもB級の。

 そのまま下半身を取り戻そうとした刹那、空中から掌を差し伸べる。

 これは照準だ。射線を定めた先へ冷たさが極低温まで極所へ集中していく。

 起点、鬼。温度、絶対零度。

 理論下限であるマイナス270度近い極低温が撒き散らされる。瞬時に熱量の奪われた酒呑童子も凍った傍から再生を試みるも、こちらの能力との相性は最悪に近い。高ダメージの物理攻撃や弾数による圧殺を狙った異能の乱れうちと違い、こちらは『ただ冷たい』だけだ。それこそ、物理法則を軽く凌駕する程度に。

 そして死の冬の特性はそれだけでない。


「古き軍勢(ヴェテル・カルタゴジーネム)っ!」


 着地と同時に声高に叫ぶ。こうやって高ぶらせた意識の能力を乗っけないと、ろくに機能が発揮できそうにない予感さえある。

そして次なる能力に対し、アランヤタの抱えた機関が更に甲高い駆動音を響かせる。


既に積もりつつあった薄い雪の層から、長大な槍と身体が姿を現す。人似て人でない3m近い痩身の影。濡れた雪の下より300近く姿を現した。

雪像というより、氷の兵士、甲冑じみた歪な外皮をした者達が一斉に行進を始める。

 もう少し余力があれば、この百倍は出せそうだが高望みできる状況でもない。


「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」

 

腹の奥から絞り出す。指し示した先へ殺到する兵士達が、氷柱じみた氷の槍で突き刺す。

 極低温による行動制限ののち、兵隊が数量で押し潰していく。

 球体を有機的に万単位操る能力や、与えた能力と同等の異能を収集していくものと比べれば地味ですらある部類だろう。ただし今回に限っては相性の勝利だ。蹂躙していく兵士達に連携によって、一気に押し潰していく。

 あとは、トドメの一撃だ。


「お、おぇ」


とはいうものの、現状でも一杯一杯で、これ以上の真似を出来そうにないのだが。  

 胃の奥が煮え滾るようにきつく、額を突き破ってマグマがあふれるのではないかと思うほど脳がクラクラする。これ、能力使い終わったら死んでないか? フラグとか山程乱立してそうで怖い。


 とはいえ、広範囲に荒れ狂う吹雪だの極低温環境だのは完璧な制御不可。

 ぶっちゃけ、この状況で他のメンツが巻き込まれてないかすら把握していません。 

 出来る限り九薙嬢とは離れたが、残り二人も無事なのか。

 とかく、長くは維持できない。三枚目切るしかない。

 取り逃したら他のメンツに任せる。つーか、鼻血が滝みたいに溢れてきた。どっからの出血だこれ。痛み、皮膚感覚なんかも鈍ってきたのがマジで怖い。


 既に触手の塊じみた変貌を遂げた鬼に対し、こっちは勝手にHP激減中。


 それでも20mは離れているであろうこっちに触手の束が叩き付けられる。

 数人の兵士が槍で切り払っているが、当たれば一撃即死の貧弱ボディのこちらは余波だけでショック死しそうです。帰りたい。すっげぇ帰りたい。


だから、帰るところを守らないと。いけないんだ。


 機関の駆動音はあまりの過負荷に悲鳴じみた高音を上げだす。

 制御系も増幅系もそろそろ限界だろう。燃費悪いなこの能力。

 しかもこの力を使うのであれば、もう少し踏み込まないと当たらないだろう。


 兵士達と共に、ぜぇぜぇと青色吐息も極まった感じで踏み込んでいく。

 走ると脇腹痛い。

薙ぎ払おうとする触手に一体の氷兵から首が吹き飛んだ。

氷の破片だけで顎の皮膚が削げた。

肌、というより自身を包む『冬』の届かない領域から出た瞬間、血液ですら空中で凍りつき、赤い球体として地面へ落ちていくのが殊更に異常に見えた。

破片どころか触手が雪崩のように襲ってくる。地面ごと抉りとる連撃の嵐、雨粒一つで命の消え失せる暴風雨の中で、喉に呼吸が張り付く。

それでも、相手に手が触れる距離踏み込む。


「凍る、(ドゥラトゥス・トウニィテルウィ)

 

 舞い踊っていた雪の一粒。

 そこを起点に、氷の柱へ冷気が変じた。

 巨大な氷柱は暴れる触手の塊、再生も敵わない相手を内側に飲み込んでいく。

 そのまま氷は形を維持できずに、取り込んだものごと微細な霜が如く砕けた。


 これでも鬼が死んだという確証はない。

それでも死んだ方がマシになっていないといいなぁと思いつつ意識が失せていく。道の上、瞬く間に存在を昇華していく雪が逆回しのビデオのよう青い光になって消えていくのを横目に、情けなくも自分は崩れ落ちていた。


 それが覚えている最期だった。


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