・第8話・デンジャラスアタック
次回投稿まで時間が開く可能性があります
話としては第三章までを予定していますがしばしお暇を
妖精憑きになってしばらくたちますが、だんだん人間をやめている感じがする気がします。
なんか二階から落ちた気がするのだが、頬を擦り剥いた程度で済んでいるあたり本当にどうかしちゃったのではないかと悩む。
悩むというならそれだけでは足りないが。
状況は解らない、騒ぎは起きる、相手は謎の力を振り回すのにこちらは武装一つない。
あれ? 詰んでね?
そもそも、妖精の被検体とやらになったとはいえ、無能力者のまんまではお荷物極まりない。
瀝青ちゃんに守ってもらえないと何回か実際に死んでいる気はした。
………死か。
あんな危ない力を好んで振り回すあたり、正直わけわかんねぇなあとはしみじみ。
暴れるだけの何が楽しいのだか。
いや、暴れることが目的というと語弊があるようにも思うが。
傍迷惑なのはどっちもどっちか。
無駄な思考の間にも食事の準備は終わる。
味噌汁だの炊き立てのご飯だの卵焼きだのを用意していると、ソファーで寝ていた瀝青ちゃんが眼を醒まし、何故か床に毛布をかぶって丸まっていた九薙嬢もまた起き上がっていた。
そういや学校どうなるのか、とも思ったが、このまま通学すると絶対に迷惑をかけるだろうからと諦めた。
皆勤賞狙っていたのだがなぁ。
ともかく、抵抗手段が何か欲しいがどうするか。
お客さん用のお椀にご飯を盛りつつそう思う朝。
「醤油」
「はい」
「ねーむーいー」
「二度と起きないでいいからもう眠っていて欲しい」
これが日常になっているのもどうかと思う。
かといって、それが厭じゃないのもどうなのか。
黙考の間も日常は素早く作業は手早く流れていく。
朝の後片付けをしていると、ノートPCを操作していた九薙嬢が手を止める。どうも、先程からSNSのページを見ていたようだが、タイムラインが三つも四つも画面上で並列に動かされているあたりがヤバい。
「んー、多分、妖精憑きのメンバー、見つかったかな?」
本当にヤバい人だった。単につぶやきを眺めているだけでどうやって見つけたというのか。
背筋がうっすら寒くなるレベルの謎技能だが、真相を聞けばちょっとした裏技でしかないかもしれない。
「単なる会話の履歴だけでどうやって?」
「んー、話題の傾向と意味の解らない単語の数?」
九薙嬢曰く、話題の傾向、いつ何処で誰といった条件付けを基本に『こっちの情報』と合致するような話をしている相手の判別。そのうえで仲間内にしか解らない通称や仮称での話が多く、内容の不透明なグループ活動を行っている若年層をターゲットに探ったという。これだけ聞くと、なにか誰にでも出来そうな気もするが、地方都市とはいえ数千から数万単位の人間から洗い出しを一人で片手間にやっていたのだからものすごい恐怖である。
パソコン一台とSNSの検索エンジンだけを使って、どれだけの計算やら条件付けやら類推やら脳内でシミュレーションしたらこんなことができるのかにわかには信じ難い。
「ゲームの話に偽装しているけど、フェアリー、チーム、バトル、その言葉から続けられる会話が現実世界とリンクしていた。一昨日の話、襲撃に関してもパーティと言い換えられているものの、翌日のやりとりでボロを出している」
「あぁ」
その点については心当たりがあった。
山中とはいえ、あれだけの騒ぎがありながらネット上にも一切の話題に上らなかった火災。規制されたその情報について、不安感から情報のやりとりを行ってしまったのだろう。どうも九薙嬢やら瀝青ちゃんが関連する組織の罠の一つだったらしく、つい他のメンバーとネットを通じて話し合ったことをこうやって発見されてしまったらしい。
いや、それも閉じられた仲間内での話し合いだったはずだが、非合法的な手段でも使って炙りだしたとしか思えない。ネットって怖い、というかやはり廃スペックに九薙嬢が怖過ぎる。
「じゃあ行ってみようか」
そしてフットワークが軽過ぎる。
食事もそこそこに出勤していた瀝青ちゃんを呼び戻せないか考えたが、そこらへんは間に合いそうにない気がした。
「とりあえずトラックにしておこう」
何か淡々と計画を立てながらガリガリと錠剤を摂取しているあたりが怖い。
あとトラックを用意して何を始めるつもりなのか問えないくらい怖い。
「総員準備」
庭からガチャガチャと物騒な音がした。
急展開過ぎる気もするが、そんなの今に始まった事でもなかった。
思えば騒ぎの最初の時点で誘拐までされているので、さすがにちょっとやそっとで驚かなくなってきた感はある。
「それと、そろそろ妖精の力が使えるんじゃない?」
「え?」
「馴染んでくる頃だもの」
非常に厭な、いや、まっとうに有用なことを教えてくれたようだが。
腕力で喧嘩をするより、随分とこわいことになりそうだ。
そして大きな車輪が動く。
黒いワゴンの数は一台減ったが、今度はトラックが家の前に横付けされていた。
場所は郊外の廃棄工場。都市部と違って、解体や撤去もされない向上などバブル期を境に腐るほどある、というのは九薙嬢による説明。他の面々とは別に、
ゴムスタン弾と電気銃が猛威を振るう。
青少年の悲鳴と怒声の中、警察の特殊部隊に『そっくり』な格好をした面々が蹂躙に近いことを行っていく。
なんだろうこのチート感。
顔を隠す為に黒いパーカーを深く被ったまま後ろに続いているが、正直、九薙嬢の言う「彼等で対応できない人間が出たら丸投げする予定」という反応に困る事態に、本当になるのだろうかと懸念しているレベルである。
それだけの猛威が現在進行形で振るわれている。多少の異能があろうと火力の前には無力だとまざまざと見せ付けているようだ。
例えば火炎を放つ妖精憑き。集中砲火で一瞬にしてフルボッコ。他にも氷を出す妖精憑きは氷を壁に多少頑張ったが、音響閃光弾で他と一緒に無力化された。変り種で砂嵐を操る妖精憑きもいたが、弾丸を防いでいる間に、強化樹脂製の盾による強烈なタックルが見舞われた。
例えば巨大なコンクリート製の人形を動かす妖精憑き。ゲームのように部隊が薙ぎ倒されるかと思いきや、単純な横薙に関してまるで劇団員のように揃って飛び退き、視覚から銃撃するという見事なコンビネーション。考えてみれば特殊能力があることを前提に動いているのだから、だれも驚いたり虚をつかれたりすることがないわけだ。
それなら鍛錬している方がどう考えても勝つだろう。
そう思っていた時が自分にもありました。
「っし!」
青白い刃が空間を薙ぐ。途端に数人の隊員からか細い悲鳴が聞こえた。
「っはっはっは! 行くぜ連撃マッハスラッシュ!」
金髪に髪を染めた猫目の青年が槍を振るう。先端が青白い刃をした先端がまるで幻影のように人やものを摺り抜けていく。その次の瞬間、ライフルのストラップが切れ、女性隊員からも悲鳴が漏れた。
「狙ったものだけ切れる能力、だと………!?」
「ふはははははは。よく気づいたなクソ野郎どもめ」
こちらの呟きにきっちり応えくれるナイスガイだが、なにそれこの能力オトモダチになりたいわぁと思った。
「まさか女性隊員の下着の紐だけ」
「いや、普通気付かないから。ちょっとひいたから」
冷静な九薙嬢からの声を無視するも、スカート姿の彼女は然して気にした様子も無い。
「大丈夫なのか?」
「あぁ、下はボディスーツだから」
よく解らない格好だと思うが、そこんところにツッコんでいるわけにもいかない。
とかく、再度槍を構えた青年に対し、銃弾が殺到する。
「っと」
それを易々と躱すあたりが驚きだった。
なるほど、あのくらいになると、通常の銃火器では対応できないわけか。
狭い部屋を跳び回り、しかも槍が鞭のよう先端をしならせ縦横無尽に奔る。そのたびに銃の引き金は動かなくなり、女性の悲鳴がたまに聞こえる。
とりあえず何故に下着のラインを狙い澄まして切り落としているのかはさておき、なんかこう、緊張感のない戦場だな。あ、閃光弾が投擲された瞬間に切り払われた。
使い方によっては恐ろしい兵器のはずだが、相手の狙いは絶妙である。冗談じみた女性への攻撃も狙ってのものだとしたらタチが悪い。命どころか怪我一つ負わせずに無力化していくのだからしたたかだ。
大きな人的被害の一つでも出ればゴム弾から実弾に切り替えた可能性もある。
だが、たかだかパンツの左右だの武器の破損だのでは良くも悪くも大火力で吹き飛ばすというのに抵抗が出てくる。
節度ある闘争というのは、ブレーキが存在する為に最悪な状況を生まない代わりに打破する手管も制限されてしまうという
「あ、しが!?」
驚きの声もさもありなん。おそらく、ごく少数の筋繊維を傷つけて力が入らないようにしているのだ。地味な能力かと思いきや、やはり相当に上手い。
筋肉痛レベルの肉体損傷で数人が戦力外通告。確かにこれは、逆に異能者、妖精憑きでないと対応できないだろう。
「おし、行け」
「もう少し具体的な指示は?」
「施設逃げ出した時みたいな感覚でこう、コスモ的な」
九薙嬢からの抽象表現がヒドい説明。
どうすればいいのやら非常に困る物言いであるが、さりとて思い当たる節はある。
端的には「なんか出ろ」と叫んでいたあの時。
こう、喉元まで出た呼吸が、そこから音にならない声が漏れたような奇妙な感覚。
内側からせり上がる何かに対し、あの瞬間にはまだ名前がなかった。
それを身振り、手振りで引っ張り出せという感じでいいのだろうか?
自分自身ですらよくわからないものへよくわからない理屈をつけつつ、脳内のイメージを単純化してこう、ファニーでありながらイグジスト的なこうイメージの顕現化を行ってみる。いや、行おうとした。
その途端。
脳の内側を煮詰めたような異様な感覚と共に、周囲の空間に何かが溢れ出す。
まるで脳を起点にマイクロ波が荒れ狂っていくような言葉にするにも内容のないものについて、追いついた感覚が、ある程度のまとまったイメージとして脳内で形にできなかったいろいろなものをある程度の言葉として組み立てていく。
こう、皮膚感覚が伸長される感覚、風の動きだけで数十m先の人が吐いた息まで読み取ってしまうような互換の拡大。
しかもその広がった感覚の先にまで手が伸びてしまうのだ。
この、具体性のないイメージだけの内容が、唐突に形を得た瞬間、あたりには呼吸音すら憚るようなまったくの無音が支配していた。
「………うわぁ。ヤバい。これはSAN値が下がる」
敵側の金髪少年の心が、誰にだって何にだって止められないまま零れ出ていた。
正直、相手の槍がすごい羨ましくなったのは確かだ。
おぞましいという感覚とは若干隔たりはあるものの、形容に困る能力の具現化が頭上に謎の姿として存在していた。
「名前、つけるとしたら絶対にゲイザーかエヴリアネね」
「いや、名前とかいいから」
とかく、膠着した場に突如として現れた襲撃者側の妖精憑き。
そしてその能力が人型として姿を世界に形を成す。
等身大、身長160cm前後の長い髪をしたシルエット。
陽炎のような、形があるのに質量がないような。
それでいてまるで雪のように肌にやわらかく触れる冷たさが存在感として伝わってくる。
雪像が動き出したような真っ白なその姿は、雪を固めたように色もなく熱もなかった。
その彼女は長い髪の奥から微笑む。まるでそれは、いや、それこそ。
そこまで考えて懐に手を当てると、あのしょっちゅうどこに居るかも忘れている風来坊がいない。慌てて黒く小さな人影を探そうとするも、そんな暇はないようだ。
低い姿勢で飛び込んできた金髪が、横薙ぎに槍を振るう。
奇襲としても一流の動き。ただし真っ白な女が即座に反応した。
白い風が吹き荒ぶ。氷の礫や雪の粒が混じる風圧に押された彼がたたらを踏んだ瞬間、咄嗟に跳び蹴りを見舞っていた。
ごく一般人だった自分が。
妖精憑きは身体能力が向上するとのことだったが、思考速度に身体が追いつくというのは妙な気分であった。考えに神経が反応し、そのまま手足に寸断なく届く。ここまでスムーズに動くのであれば、体を鍛えてみればよかったと心底思う。
そしてその一撃が相手の額に叩き込まれた。
まるで予想しなかった速度での一撃に対し、さしもの同じ妖精憑きの彼も反応できなかったらしい。
ただ、黙らせた途端に何かの作動音が聞こえた。
遠く、別のビルで爆発。
「………爆発オチは多用するもんじゃないでしょうに」
九薙嬢の場違いなセリフ。
ただし、それを悠長に聞いている暇がないこちらは、気絶した面々を担いで走り出していた。
何時の間にか白い人影は消えていたし、なにしに来たのかそういや全然わからないままだ。
置いてけぼりのまま事件ばっかり次へ次へと進んでいきます。
おうこら説明しろ。
「説明しよう。妖精憑きの力を使う若者達を捕縛。支援者を炙り出し、その目的を探り出すのだ」
「うわぁ。きちんとした説明があるなら先に言えよこのアマ」
いい具合におくすりの抜けかけた九薙嬢の言葉にツッコミ返す。
再び爆発。今度は隣接するビルのようだ。
それにしても盛大な爆発だが、地方都市とはいえこれもまた騒ぎにはならないのだろうか?
だがしかし、気にしている暇はない。
爆炎が戦闘していたビルに延焼を始めている。
慌てた部隊の面々が連携して猛ダッシュする中、施設を飛び出して数秒。戦っていた廃ビルもまた爆炎に包まれた。
背中を焦がしながらも、部隊の面々含めとっとと逃げ出した。




