・第2話・おそらく別の
頭が天井かつ三階の床を突き抜けたはずだが、ほぼ無傷という竜樹。
呆然としたまま慌てた三人に救助され現在に至る。
食堂の片隅、コーヒーというには色の薄い液体を並べた四人は、竜樹からの提案で顔を突き合わせている。
「まぁ、ご多忙なところ悪いですが、少しお話を伺えますか?」
「それよりあの、ごめんなさい、勘違いであんなことを」
「いや、別にそれはいいんで。無傷だったし」
罹患の影響か状況の異常さに対しての焦りか、人付き合いの苦手な竜樹が口火を切る。
元々が状況についての情報は喉から手が出るほど欲しかったこともあり、ある程度の苦手意識なら我慢できるくらいの危機感は持ち合わせている。
ちなみに、竜樹を除いた三人は、外見上、明らかに怪獣病と解るほどに変異した部位は見受けられる点は少ない。竜樹の右手ほどあからさまな特徴がないとはいえ、場合によってはさっきの巨大化のような能力も使えることは覚えておくこととする。
「南雲 竜樹、高校一年生で。収容されてから二日、出会ったのは全身が黒い全長3mほどの左右に牛のような太い角を持った怪獣。鎖骨と腕を持ってかれたはず、です」
「目代塚 丑雄。東南大学病院勤務の医師で、収容から一週間。研究室に保管されていた個体、2m前後で三対の腕をもつ人型の化物に胴体の三割がた砕かれた」
ぼさぼさの黒髪を後ろで束ねた無精ひげの壮年の男、丑雄の言葉に続き、渋々といった様子で褐色の少女も口を開く。色黒というより褐色の肌に切れ長の眼をしたヤンキー的な雰囲気をしており、ハーフか何かだろうかと竜樹は彼女の言葉を待つ。
「鯨尾 妃佐子。農村育ちの鞍手士官学校高等部課程1年、化物は黒か図体の角付き、たぶん、そっちのが言ったのと同じやと思う」
最後に、背の高い少女、とはいえ、身長3m近い巨躯だった数時間前とは違い常識の範疇、精々が170cm前後の子が口を開く。理知的な面差しに青白い肌、黒髪をショート程度の長さで揃えており、美女ではあるがどこか怖い。
「カノク・アセルリテ。西トラテ村で怪獣に会って、私だけ生き残りました。怪獣の姿は長碗の人型です」
最後の一人の名乗りに三人分の視線が集中する。
「あ、他所の国の人でしたか。すいません」
ぼんやりとした表情のまま訂正する竜樹ではあったものの、不思議そうにカノクと名乗った少女は首を傾げる。
「国? では、貴方はこの岳山領国とは別の?」
「あ、ちょっとすいません。そっちの二人集合ー」
なんとなく厭な予感に眉を顰めながらながらも食堂の隅に集まる三人。
「出身地について確認ですが、自分は九州生まれの大阪育ちなんですがめじろ、めぐろ、めじじろづかさんは?」
「丑雄でいいよ。僕は東京だ。北千住の方に住んでいる」
「北千住?」
「足立区で隅田川と荒川の間の所だよ。それより、鯨尾君は?」
「龍臥国の端っこにある玖須地方って農村っちゃけど」
「ん?」
「ん?」
男二人の顔が強張る。
「すいません、じらおさん、出身地をもう一度」
「言い辛かなら妃佐子でよか。龍臥の国の玖須だって言いよろうもん」
「………ちょっと待て、おい、竜樹君、市町村合併でそんな街の名前になったところは知っているか?」
「いやいや、いや、ちょっと待ってください。自分の国の名前を確認しときましょう。俺は一応、日本なんですが」
「安心した。僕もだ。で、鯨尾が」
「龍臥」
「ん?」
「龍臥って言っちょろうもん」
二人同時に走る。
休憩室から持ち出した地図帳と書かれた本を開く。
「世界地図の形が違うとか丑雄さん!?」
「どうしようもないなそれは竜樹君!」
唐突な事態に速攻で心が折られた二人であった。
世界地図を見たところ、ある程度の造詣に似通ったところはあるものの、見知った国の名前は一つもないという状況に竜樹の腹の底からやたら深い溜め息が漏れだしていく。世界地図との相違点と言えば、大陸が二つほど多いことと、日本の大きさが通常の世界地図の倍ほどの大きさをしているところだろう。
「これが、私の出身国で龍臥、隣が道明大王国、で、そのうえが帝国と聖王国、で、西が今居る諸王国家圏やね」
龍臥が日本、道明大王国が中国、ロシアのあたりが聖王国、西と指定されたのがイギリスやらのEU国家周辺全ての東側。帝国がEUの西側から南へ大きく広がるような場所。大雑把であるがその代わりに内容の把握が楽だ。カノクの説明に頷きながら、見覚えのない大陸を指差す。
「で、この大陸とこの大陸は?」
「レムリアと黒大陸のことですか? 地理学は一般的でないとはいえ、今まで世界地図も?」
「………見る機会がなかったので」
竜樹が肩を竦めながら応える。
太平洋の中央にあるのが黒大陸で、フランス領の南方地域があったあたりにあるのがレムリア。高校生ということもあり、たまたま覚えていた世界地図の状況との合致を脳内で整理する。異世界の只中に予備知識なしとはあまりにハードルが高過ぎる状態だが、更に難易度を修正している要素が病気の人間として隔離されていることと、その症状が一目で解るほどの状況であることだろう。ゲーム的にはルナティック辺りの難易度であり、せめてハードかノーマルくらいに竜樹としては設定を変えて欲しかった。
テトリスのように問題が累積する状態で思考を逃がす場所を探す。
「そういえば、さっきの大型化する能力は?」
そして話がカノクの披露した先程の能力に戻る。
「あれは怪獣被害者が得る固有スキルのうち一つです」
スキルとかいう概念があるのかというツッコミはさておき、ありがたいことに、または残念ながら、この世界にはスキルや職業、それに種族や信仰といった『剣と魔法』系の世界観が用意されているらしい。
「怪獣病の生存者で、固有スキルの発現が確認されたのは八割といったところです」
医術士という治癒魔法と補助魔法、及び薬学にも精通した職種に属す元冒険者というカノクは、馴れた様子で説明をまとめていく
怪獣被害者のうち、汎用スキルとも呼ばれる『硬化』、『再生能力』、『身体強化』、『学習強化』と『魔法被害低減』、など、彼女曰くごく一般的なものと、固有スキルという『巨大化』や『外殻展開』、『ブレス』、『地中移動』などを発現するものに別れるとのこと。
第一種は病気を理由にした汎用スキルの取得や固有スキルの発現が最も低い。
第二種は汎用スキルを一種類以上を必ず取得。固有スキルは二割から三割程度が発現。
第三種は、汎用スキルを五種類以上、固有スキルも必ず一種発現と、ある種の研究者が狂喜乱舞している状態だという。
「ある種の?」
「そう。この施設の管理をしているあの女性研究者、確かマハディ・サイクラノーシュ嬢のことです」
「あぁ、そんな名前なんだ。ところで、そのスキルとかってどうやって確認するの?」
「経験者であれば勘。冒険者であればスキルか道具。あとは、鑑定士か占い師の力を借りるか、教会や職業訓練所、冒険者協会やある程度以上の組織も無料で調べてくれますね」
「へー。それじゃ、巨大化能力をカノクさんが解ったのは勘で?」
「まぁ、経験というか、身体強化系のスキルを取得したときと似ていたので、あとは実際に使ってみて」
「じゃあ冒険者でない人間には無理か」
「そうですね。ですが、ここには感染者が前職問わず押し込まれています。鑑定士の人も探せば居ると思いますが」
その言葉に丑雄が口を挟む。
「あぁ、それなら知っている。昼前に煙草を貰った相手が多分それだったかな」
意外なところで話が繋がるが、それと同時に妃佐子が立ち上がる。
「私もう用がないんならここらで失礼してもよか? コーヒーごちそうさま」
「あ、うん、色々とすいませんでした。今度、龍墜のことでちょっと話を聞かせて欲しいのでお願いします」
「時間があればね」
竜樹の言葉に気のない返事を残し、妃佐子はその場を後にした。
「私はご一緒してもいいですか? 出来れば、自分の能力も知りたいので」
「どうせ暇だしどうぞ。丑雄さんはどうしますか?」
「どうせ暇だしな。だらだらしてるとどうも気分が鬱屈しちまうらしい。付き合う。あと、敬語苦手そうだし、あんまり気にしなくていいぞ」
「そりゃすいません。ともかく、案内よろしくお願いします」
ぞろぞろと連れ立って歩いていった先は同じ階の喫煙所。灰皿の並ぶ場所で髭の長い仙人のような老人が新聞片手に煙をふかしていた。
「ん? あぁ昨日の小僧か」
「小僧はやめてくれ。こちとら三十路越えてるってのに」
苦笑いする丑雄に対し、前歯の抜けた老人は笑う。
「で、今日は何だ? 煙草ならてめぇで買えよ?」
そこで事情を話す。老人は眉根を寄せたものの、手にしていた新聞を置く。
「まぁ、暇だし、そんくらいならな」
懐から取り出したモノクルをはめ、老人はカノクを見る。
「とりあえず、最近に取得したスキルだけでいいか?」
「えぇ、お願いします」
「お願いします」
「頼む」
カノク、竜樹、丑雄が、それぞれ片眼鏡越しに観察される。
「んー、そっちのお嬢さんは4つってところだな」
身体能力が大幅に上昇する『巨大化』を皮切りに、『肉体再生』、『抗魔資質』、『神経節』がカノクの取得した能力。
「んで、そっちの小僧が、っと、すげぇな。八つだ」
呪文を用いない放出系攻撃が可能な『ブレス』を始めに、『身体状態異常無効』、『毒物付加』、『毒物生成』、『修学』、『生体強化』、『オーラ治癒』、『魔術素養(極)』が丑雄。
「えー、そっちのガキもすげえな。12」
『怪獣化』、『地中移動』、『隠形』、『神経節』、『耐魔(範囲)』、『振動操作』、『ブレス』、『咆哮』、『吸収』、『侵蝕』、『硬化』、『戦闘技術修練(極)』が竜樹。
「おー、一人勝ち。それで、例えば『神経節』ってどんなスキルで?」
「知らん。一般的でないうえに固有スキルだ。ワシのようなそこらの鑑定士じゃスキル傾向、戦闘か生産か、受動発動か能動発動かも解らん」
ちなみにパッシブが自動発動、アクティヴが能力を利用するという意思や行動に反応するものと分類されるとのこと。
さて、スキルが解ったとはいえ、これといって有用なものはなさそうだった。第一、使い方が解らないのではこれといって意味もなかった。
肩透かしをくらった気分ではあったものの、自分にも何がしかのスキルが使えるのだということに丑雄と竜樹は安心した。スキルすら使えないとなると、無理ゲーどころか生きていくことすら難しそうな世界なのは間違いない。
「とりあえず、ここを出て首都の鑑定士に頼むか、冒険者にもなって『鏡の腕輪』でも手に入れることじゃろうな」
「鏡の腕輪って?」
「自分のスキルだけですが、装着後に取得や技能レベルの上がったスキルを逐次記録や鑑定してくれるアイテムです」
「どちらにしろ、ここを出てからの話かぁー」
「らしいな。残念なことに」
諦めとも疲労ともつかぬ溜め息を吐き出す竜樹に対し、肩を竦める丑雄。慰めるように二人に声をかけるカノクに対し、鑑定士の老人はさも退屈そうに再び新聞を読み始めた。
結局、その日はそれでお開きとなった。
丑雄に関しては今後の相談にまた集まることを話し合い、カノクについては、さしさわりのない挨拶だけで別れた。
その晩、あの女性医師?が顔を出した。
未だ名前も不確かな彼女は実に楽しそうにこう嘯く。
「士官に興味ない?」
どうにも、厭な予感がするものの、この世界でツテのない竜樹は素直に彼女の話に耳を傾ける他なかった。
次回は2014/09/24 19:00予定です
第一話が重複投稿されてしまったものを修正しています
ご指摘ありがとうございました
感想への返答については、やり方をこれから覚える予定です
見切り発車はご勘弁を