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怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第一章】死にかけ高校生のリトライ一週目
23/50

・第22話・慟哭

 重たい瞼が痙攣するよう動いた。頭痛を堪えて瞼を押し上げると、赤い、夕焼けの始まった空が見える。遠く山々の輪郭が染まり始めた中、全身を包む倦怠感を堪え、身体をゆっくりと起こした。


 赤。


 その単語に意識が覚醒する。同時に全身を蝕む激痛に晒されるが、身体に伸し掛かる巨大な重しを押す。いや、押そうとして遅れて気付く。

「タッちゃん、無事っぃ、か?」

「………メ、オ!?」

焼けるように痛む喉に耐え、辛うじて言葉を絞り出す。

 上に覆い被さっていたメオの下から這い出すと、竜樹は自身の全身が黒く濁った血でずぶ濡れとなっていたことを知る。酸素を多量に吸い込んだその色は時間の経過を示し、まるで水溜りのように見える量は、メオから零れ落ちてしまった命そのものだろう。


「よぉ、無事やったな。おっちゃん、無駄死にかと思ったわ」


背中が大きく抉れていた。

 黒く艶やかな、青い縞模様が美しかった毛皮は爛れて焼け落ち、何かに溶かされたようぐずぐずに崩れてしまっている。骨や臓器が半端に晒され、破けた身体から今にも溢れ出そうになっている。


「いや、お前、それは」

浅い呼吸の中、煌々たる光を宿していたメオの瞳は濁りかけていた。

「あぁ、多分、あかん。堪忍な。起きるまで、頑張ったんやから、末期の台詞だけ聞いたって」

ぐるぐると脳内で考えが回る。認識が美味くいかない、ポーション、回復魔術、どれもない。

ポーションを取り出そうとして、魔術具であったあの収納の巻紙も破れてしまっていることに気付く。周囲を探してもどこかから飛んできたような人間の腕くらいしかなかった。


「待て。それじゃあ、こんな」

「長がぁ人生やったが、ま、最後にええことできたし、満足しとこ思うわ」

「だって、会ったばかりじゃないか。待て、堪えろ。僧侶とか」

「もう無理やって」


淡い、真っ白な輝きがぽつりぽつりとメオの身体から空へ昇っていく。蛍の燐光に似たぼんやりとした光と共に、メオの体が徐々に薄く、輪郭がぼやけていく。


「感謝している、まだだ。おいて」

「それじゃ、さいなら」

「あ」


そしてメオは光の粒子にばらけてしまった。

 まるで遡っていく雪のようで。

 そのまま姿は全て消えてしまった。


 呆然としたまま、しばらく動けなかった竜樹。

彼はそのまま、ふらふらとその光景から逃げ出すよう、立ち上がって周囲を見回す。

「アル、グレンテ。グレ子、グレ子ぉぉぉぉぉぉ!」

今更のように思い出した相手を呼ぶ。縋るように、願うように、祈るように。

 血に塗れたまま、荒れ果てた、木が薙ぎ倒され、更地のように変貌した中を走る。

 山肌を駆け抜けた先には、惨劇が再び広がっていた。

 人間の断片、手足や、臓器の一部しかない。掌、足。

潰れた鎧、折れた剣がばらばらと。

 その中、鎧の破片が特に多く積み重なり、折り重なるように多数の女性ゴーレムが倒れる中に、微かな人間の呼吸を感じ取る。

 ゴーレム達を掻き分け、中を確認した。

 誰かも解らない遺体の中、青白いアルグレンテをやっと見つける。


 だが、アルグレンテもまた、無事ではなかった。

膝から下も、右肩から先も、何処にもなかった。


まるで眠るように瞼を閉じたグレ子を手に抱えると、かつて傭兵らしきトロール達から逃げ出したあの時より、遥かに、ほとんど、重さを感じないほど軽かった。

「ああ、あ」

腕に僅かに力を込める。まるでガラス細工を扱うよう、丁寧に、そして全力で。

だが、返ってくるのは冷たい『もの』と成り果てた人間の感触だけだった。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 遠く、岳山領国の方向から世界を染め上げるような黒煙が上がっていた。

 全てが遅かったのだと、竜樹はただひたすらに悔しさに涙した。







 それから、どれだけ時間が経ったのか。

 夢遊病のようなぼんやりとした状態のまま墓穴を掘り、残されていた亡骸を埋め、弔った。

 たった一人残された竜樹は空を見上げる。

メオと話したのは明るかった頃だった。あれは朝だったのだろうか?

何時の間にか夕暮れへと変わり、そのまま瞬きする間に夜になっていたようにさえ思う。

 そのまま飢えて死ねばいいと半ば投げやりに嘆く。

 それともいつか空腹に従い、この場から立ち去れるのだろうかと他人事のように思う。


 しかし、竜樹は。

まるで消えるように意識の途絶えた身体を地面へ横たえ、やがて動かなくなった。

 なんて最低の結末だと、口元に自嘲だけが刻まれたままで。


 そして、呆気なく世界は滅んだ。


次回は1/9 18:00予定です

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