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怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第一章】死にかけ高校生のリトライ一週目
21/50

・第20話・かろうじて直葬ではなく直送

 焦げた景色から胸の詰まるような悪臭が漂う。潰された遺体からはドロドロと黄色い脂が臓腑と共に地面へ広がり、転がった腕の断面からは筋繊維がぶらぶらと垂れ下がっている。一人として生き残りはないのか、悲鳴も、助けを呼ぶ声も、家畜の鳴き声さえ聞こえない。濃厚な死の気配だけが、その場にわだかまっていた。

 現場を取り仕切る隊長格から指示が飛び、遺体の弔いと生存者の確認が始まる。

 崩れた家の中からは、誰かの使っていた食器が砕けて散らばり、破れたぬいぐるみが泥にまみれる。武装した男達の足音だけが、乾いた空気の中で反響していく。

その惨状を見た時、竜樹には膝が震えるのを堪えるだけで精一杯だった。

 獣を殺した。命が掛かっているかもしれない闘いにも挑んだ。

 だとしても、怯えたことはあっても恐怖した回数なぞ数えるほどだった。

 努力はした、だがそれだって実力のある師に寄る点が大きい。

 丑雄さんほどの研鑽もしていない、朱善ほど必死に生きていない。今までがあまりに恵まれていたのだと嫌でも思い知らされる。その薄っぺらいバックボーンが、こんな時に足を止めてしまう。

 怪獣被害の光景は歳若いギルドの人間の多くが物陰で嘔吐を繰り返すほどであり、慌ただしい昨日の出発から明けて翌日、怪獣の檻の総勢200名弱と、同行する岳山領国の数名を伴い岳山領国近くの山村へ到着した直後に見たものだった。

 そのまま俯きそうになる竜樹の背中を、白く細い手が思いっきり引っ叩いた。革鎧越しであり掌の方も痛いだろうに、容赦ない一発であった。

「しゃんとしなさいっ。野ざらしにしていいもんじゃないっしょ」

「ごめん」

王族でありながら怪獣病研究者の一人として同行したアルグレンテは、竜樹をどやしつけると自身も軽装の全身鎧、肌が欠片も見えないボディスーツのような格好で作業する面々に加わる。

 その姿に後押しされるよう、その腕力を発揮した竜樹もまた、瓦礫を押しのけ遺体やその破片となってしまったものを拾い上げていく。

 南無阿弥陀仏。南無妙法蓮華経。

宗派も持たない竜樹は、咥内で噛み潰すようにひたすら念仏を唱え続けた。



 数時間で弔いも終わる。竜樹の剛力によって墓穴も短時間で掘れたおかげだろう。

詳しく村の様子を調べたおかげで、怪獣の進行方向も割り出すことに成功する。

 接収、というより、住人のいない村の中、比較的に形の残っていた家の中で開かれる地図。

「岳山領国か大河国方向か。どちらかというと、大河国へ寄っている様子はあるけど」

岳山領国側代表、我等がアルグレンテ王女の言葉に対面の青白い顔の女が頷く。

「ふむ、進行速度から考えれば半日あれば追いつけそうだね。擦れ違ったのは痛かったが」

 彼女がかの銀冠のハーロットと呼ばれる錬金術師。討伐ギルドにゴーレムを提供し、運用ノウハウの指南を行っていたそうだが、準備が間に合わず今回は彼女が率いて動いているという。

二つ名の元にもなった銀色の髪飾りが長く波打つ髪の間から覗いている。両手にも銀色の金属製グローブに服装は上から下まで黒。気のせいか、黒シャツに黒いスラックスに黒いチョッキという格好は、色こそ違うが近衛兵団の服装に似ている。

 長い白銀の髪、臙脂色の瞳と青白い肌は、服装との退避でより白く見えた。

 あとは体が柳かというぐらい細い。乳なさそうだなという失礼なことをアルグレンテの背後に控える竜樹は感想として抱く。

 怪獣の噂から最初の挙動までの迅速さは見事の一言。オーロック氏から怪獣討伐ギルドへ連携が行われ、そのまま四半時間も経たぬ間に数百人が足並み揃えて大移動である。しかし、斥候による事前の位置把握にも引っかからず、擦れ違うように破壊された山村に辿り着いた。

 捕食している数から、さほど小さいはずもないのだが、見つからないような特殊スキルの持ち主の可能性も多分にある。

「で、どうすんの? こっから先は大河国方向ならある近いところに二つ、岳山領国側には一つある。確率的には」

「村が多い方に向かう、とは思うがね」

部屋に入ってくるのは全身鎧の男。中年に差し掛かった頃合だが、鎧が気になるのかしきりに位置を直している。その鎧もまた、いつぞや見た黒い全身鎧に似たツナギじみた肌の露出が一切ないものだ。色合いは眼の覚めるような真っ赤なものという違いはあるが。

「どなた?」

「今回の怪獣討伐部隊の総隊長だよ。ったく、いまさら責任者の面々が初顔合わせってのもどうかと思うよ」

「激しく同意」

なんか今の一言でハーロット女史に親近感が湧いた。懐かしい気がした。

「一応名乗っておくが、マクシミリアン・トーラス。戦士だ。そっちは王女と護衛、で、銀冠は挨拶したのか?」

「ざっとだけ。ハーロット・ムスターファ、錬金術師、各ゴーレムの製造担当。はい終わり」

「いや、あぁ、もういいやいいや」

乱れた金色の短髪を掻き回した男は、抱えた兜、ほとんどヘルメットじみた形のそれを放り出す。肘置きの折れた椅子に座る姿にもどこかダレた雰囲気を感じさせた。

「昨日の今日で即時行動できたのはよかったがそれも空振りって正直どうなんだか。斥候が見つけられなかった時点で嫌な予感はしてたんだよなぁ」

愚痴を零しつつも、地図の上を指先でなぞっていく。

「大河国からの我々と合流する前後含め対象にぶつからないってのはなんでだと思う?」

「予想とまったく別方向に移動を開始したか、または、姿を隠蔽する能力をもつかというのが可能性としては高いかとは思うがね」

そこでふと、小さく竜樹が手を上げる。

「僭越ながら発現の許可を」

「はい、脳みそ筋肉護衛、発言を許可します」

「さりげに侮辱されたことはいつまでも覚えておきます。とかく、今の類推にご意見に一つ」

「何かあんのか? 護衛さん」

「姿を隠蔽して今まさに待ち伏せされている可能性は?」

「いや、さすがにそれはないな。本隊には感覚の尖ったメンツがいくらでもいる。さすがに狙われればある程度の距離でも反応するぞ。たとえ姿が見えないだろうとな」

うわぁ、戦闘職の人ってこれだから怖いとか思ったが竜樹は言わない。言っても無駄だから。

「じゃあ、感覚の鋭い人間、斥候が得意な人間で周辺探索、あとは、隊を分けて各町へのルートを塞ぐ? バラけるのは危険だけど、発見しないことにはどーしょーもないし」

「そう。探るなら一番確実」

アルグレンテの言葉にハーロットも同意を示す。

「仕方ねぇ。それなら隊を二分、あとは斥候部隊を幾つかのチームに分けて散開する。連絡手段としては連携としては閃光弾を使う。発見を示す赤、合流を示す青の二つか」

「魔術具で相互に会話するのは?」

「隊長格はともかく斥候隊の各員までに回せん。あと、即応や連携にも問題がある」

「ま、それもそうね。よし、うちからもコレを斥候に出しとく」

コレ呼ばわりされた竜樹は嫌々ながら一応聞く。

「王女、自分は護衛ですが」

「そこんところはハーロットっちと一緒に居るからだいじょーぶ。はいこれ」

何か手渡される。掌大の真珠に似たそれは、奥にちらちらと光る火種のような光が見えた。

「これは?」

「見るの初めて? 転送珠。割るか魔力通すと指定した場所まで転移魔術式が発動するの」

「好きな場所に転移は出来ないので?」

「それだと高いのよ。第一、今回は緊急避難用だから自由転移とかする必要ないし」

「その代わり、今回は数を用意してある。斥候部隊には各チーム単位で一個は配備した」

「つまり、そのくらい危険なわけで?」

「うん、死にたくなかったら頑張ろうね。下手したら、帰る所が無くなるから」

背筋が冷える。笑っているようで笑っていないアルグレンテの言葉に、村の光景を思い出す。

 既に滅んだ村がある。生きることの出来なかった人達が居る。

 急にこの場所に立つことが怖くなったのに、そのくせ逃げ出すこともできない。

「………俺が死んだら、泣いてくれますか?」

顔こそ平静を装う。けれど、言葉尻が震えていたようで情けない。

「うん、一時間だけなら、泣いたげる」

それでも、彼女は頷いてくれた。荒く乱れそうな呼吸を深呼吸一回で落ち着けると、顔を守る面頬の中、奥歯が軋むほど噛み締めた。

「では、行ってきます」

「うん。ま、逆に見つかんなくて困ってるくらいだから気楽に逝ってらっしゃい。あと、外で待ってるあの美人さんも連れてって。正直、ここらのこと知らんでしょ?」

「了解」

踵を返し、竜樹は作戦本部(仮)から退出した。

「若いな。しかも経験不足ですって顔に書いているようなガキじゃねぇか。人材不足か?」

マクシミリアンが非難するように不機嫌な声をアルグレンテへ向けた。言外に若手を雑に扱うような人間とはつるみたくないという雰囲気バリバリで舌打ちのおまけ付き。

「舐めないで。うちの成長株よ。正直、なんか探り出すと思うから、戦闘準備しときましょ」

「そんな便利なスキルでも持ってんのか?」

「んー、違うわね」

自信満々にアルグレンテは微笑む。

「信頼よ。あのヘタレ未満自己評価失敗気味なヤツへのね」



 外へ出た竜樹は、頭の中で状況を整理してみる。移動距離は約半日、馬車での移動であり、荒れていたとはいえ通常の山道を馬車移動してきた。距離を考えれば馬車の時速が30キロ弱と仮定し、それが四時間で距離は120キロ。小学生でも計算できる。

 そして縮尺は信用できそうにないが、地図から類推するに村同士の距離は一番遠いものから80、40、10くらい離れていた。つまり移動距離は一定ではない。なんなら低下しているのではないか。 地形や天候といった要素もあるにはあるだろうが、それよりもだ。

 理屈は不明だが人を喰うと大型化する怪獣、それがいまや山だのと言われる大きさともなれば、怪獣のタイプによっては移動速度が落ちるのではないか? そもそも、怪獣の行動原理は人を喰う為だったか? そうでないなら、そもそも、村が連なっていたここまでの移動ルートと今度は同じ方向へ動くのか?

 そういった諸々を一人考えて「うーん」と竜樹は唸った。

 情報が少な過ぎる。いや、アルグレンテ達はこの村の周囲に的を絞っていた。

 そこらへんの考えから読み取るに、どっかで休憩していると考えて居るのではないのか?

 そうだとすると何処だ?

 環境は山の中、山林が広がり山村があって山道がある。ここまで来るのに、標高こそそこまででないものの、山一つ越える必要だってあった。

 山の反対、裾野のとある場所にはトローヤの出身であるインドラの村。今居る村人の居なくなってしまった村は、つい昨日までチャンドラと呼ばれていたが、ここから最初の村までは隣の山の麓まで………

 そこで村の跡地であるこの場を観察してみた。

 井戸、廃屋、町の広場を使って人員の確認を行っている怪獣討伐ギルドの面々。

「あー、ま、くらいか。目安にはなりそうだな」

自分の中でとりあえずの結論が出たのか、竜樹は何度か頷くと、視界にはいない相手を探す為に嗅覚を使う。

 そのまま、村はずれへ向かって歩き始めた。

 場所はすぐに解る。つい先程まで作業をしていた場所だから。

作りたての大きな墓。深い穴に亡骸を幾つも弔ったのが随分と前のようにさえ感じる。

記憶がストレスに反応して忘却をさせたがっているのかはさておき、出来立ての墓の前には、祈るもののいないはずの墓標を前に人が立っていた。今回の討伐にも同行したトローヤは、合掌したまま瞼を閉じていた。

「何か?」

眼を閉じたままの言葉に、竜樹は一瞬口ごもるも、気の効いた言葉も思い浮かばず用事を口にした。

「周りを探索する。良かったら手を貸して欲しい」

「うん、解る、した」

振り返る彼女の視線から逃れるように眼を逸らす。間を埋めるように下手くそながら言葉を探した。

「知り合いが、ここに?」

「いた。山ばかりの狭い場所、だ。誰もが顔見知りだった」

「生まれも育ちもこのあたりなのか?」

「そう。召喚術教わった、したのも村の先生」

「そうか」

空中に燐光を伴う魔力によって陣が描かれる。

 陣を光が突き破ったかと思うと、赤い眼をした黒い巨大な山羊が出現した。

「レオナール山羊(ゴート)。森の眷属、乗る、速い」

「いや、うん、ええと、お願い、します」

ここで美女と二人で山羊にタンデムとか異世界すげぇと度肝抜かれるあたりがまだまだだと思う。竜樹さん咄嗟の状況に関してアドリブ効かない場面ばっかりでがっかりです。そのまま走り出した山羊の上で、慌てて竜樹はトローヤに方向を伝えると、彼女は怪訝な反応をしたものの山羊はくるりと方向を変えると、森の中へ跳び込んだ。



 山の中、小川の傍で魔法陣を刻む。蜂の図柄を中心に、大きな召喚陣になる。

「ビリー、おいで」

呪文ともいえない呼びかけに応え、赤い蜂、デッドビーの召喚獣ビリーが姿を現す。その大きさは猫や犬と同じほどだが、青いスカーフを首に巻かれたビリーが竜樹の前へホバリング。大きな魔法陣からそれだけでなく、次々と蜂が姿を現し、その数は20体にも及んだ。

「これは?」

「群れの形成、かな」

虫などの一部のモンスターは群れを形成する。召喚時にその群れを形成し、中心となる契約済みの召喚獣に配下や眷属を制御させる術式が群体召喚や部隊召喚と呼ばれる技術。トローヤの契約したレギオンなどの場合は、術式に群体化が含まれたもの。

 そして今、ほとんど初だというのにビリーを長とした群れの形成が見事に成功していた。

「召喚術は理論が解り易いのがありがたいな。図形で制御するというのも実にいい」

回路図やプログラム言語という概念を知っているだけでも技術に対するアプローチや理解までの時間が変わってくるのは確かだろうが、ぶっちゃけ何かスキルでも取得しているのではないかというレベルで竜樹は召喚術に慣れ過ぎである。

 そもそも魔神の知識に加え、トローヤから教わった武器召喚の基本術式までが組み合わされているあたり、そろそろ竜樹流召喚術式とでも呼べそうな独自式までが生まれつつある。

 マジでチートくさいが、異世界人は大体こんな感じなのかもしれない。奇術師などという通り名で知られつつある丑雄を思い出しつつも、竜樹は契約によって結ばれた魔術的なバイパスを使って思念を赤蜂ビリーへ渡す。

「ビリーを長に以下、20匹をベータ1号からベータ20号と命名」

 羽音が一瞬だけ音程を変えたかと思うと、その口元からガチガチとモールス信号に似た音が聞こえた。顎を鳴らす独自のコミュニケーション手段に対し、短く頷き返す。

「じゃあ、探索開始だ」

蜂が四方に飛び、統制のとれた動きで周囲へ散らばっていく。基本ぼっち気質な彼にとってはあまりに有用な能力であるが、これがまた仲間作りとかに支障を与えるのではないかという懸念があって正直心配。

 そんな彼の動きに、何を感じたのかじっとトローヤが竜樹へ視線を向ける。

「心当たり、でも?」

「そんな気がする、くらいのものだが」

怪獣がどこまで生物的な特性を備えるかは竜樹も知らない。むしろ、知っている人間の方が少ないだろう。そのうえで、状況から簡単な予想を立てただけだ。

「見つからないなら動いていないか今までの経路と別のところに居る。そのうえで、ここまでに明確な足跡や移動跡のようなものがないので前者、動いていない可能性を選ぶ。スキルや怪獣自体の特性で痕跡が残らないっていうのなら、その限りではないだろうが」

時折視覚をリンクし、飛び回る虫達から周辺の様子を集めていく。

「かなり大きいというその身体なら、それなりに開けた場所が必要になる気もする。加えて、飯を食ったら今度は喉でも渇くのではないかとも思う」

そこまで話し、竜樹はニタニタと品のない笑みを口元にだけ浮かべた。

「それで水辺でも必死こいて調べてみようと考えた、という実に単純な話」

話し終える頃、保険があるとはいえ危険に自分から突っ込んでいることに遅れた竜樹が気付く。

 見たこともない怪獣に怯えているのは、過去の記憶か、それとも村の姿からか。

 巻き込まれたくないと嫌悪した。それでいて胸が締め付けられるほど焦った。

 多分、この世界に来て初めて他人の心配をしているように思う。

 イフバルティカ、名前も知らない酒場の人、それに領事だの何だの、知り合いはむしろこちらの世界の方がよっぽど増えたように感じる。

 冷えたご飯の無機質な味わいと遠く聞こえる喧騒ばかりが耳に残る日常と、喧騒の渦中でアルグレンテやオーロック、メオと騒ぎまわり、あったかい食事で一日を終える日々。

 隣に立つトローヤを見ると、同じように魔法陣から赤マントの黒騎士達が大挙して呼び出し始めている。

 下手をすると斥候の人数より多い数の暴力が広範囲の索敵を始めると、トローヤと竜樹の連携によって、瞬く間に周囲の情報が収集される。

 小川、木、林、森、斜面、窪み、湿地、崖、他にも要素が幾つも重なっていき、地形情報に加え、同じよう壊滅した隣村との間に位置する場所を観察していた竜樹が、ついに一塊の巨大な存在を発見した。

「………あー、見たら正気度を失いかねんなこれは。ダイスロール次第ではSAN地直送」

沢沿いの湿地、全身を半ばまで窪みに埋めた巨体、蜂の目を通して発見した姿に、竜樹の顔色が見る間に悪くなる。すごく気分が悪くなってきた。

「スラング?」

「まぁ、その通り、うちの故郷で馴染み深い類の表現だが要約すると非常に気色の悪い姿をしているという意味合いだ」

イソギンチャクに似た頭部、六本腕の湿り気を帯びた身体。両生類を思わす全身の質感だけでも見る者によっては嫌悪感を催すが、それに加えて、背中には蛸を思わす触手が複数生えていた。

 そのサイズは圧巻の40m越え。

「戻ろう。動き出す前に対応検討しないとこれは危ない」

急ぎ、死赤蜂(デッドビー)のビリー達を償還すると、レオナール山羊に乗って引き返した。



 とんぼ返りしてきた竜樹達に対し、アルグレンテが嫌そうな顔をする。

「え? 見つけたって? 召喚術で? いや予想してたけどなんかちょっと嫌。有能過ぎてちょっと警戒したくなってくる」 

「いらんこと言ってないで斥候の招集と戦闘準備の指示伝えてくださいよ」

「うーわー、マジで元一般人? そこらへんの指示とか普通思いつかないわよ?」

「ですからいらんこと(以下略)」

とりあえずアルグレンテを通して照明弾による招集指示。

 食べかけのサンドイッチを口に放り込んだマクシミリアンと、まだ熱いコーヒーを手にしたハーロットが疲れた顔で集まってきた。

「マジでもう見つけたってのか。うちのギルド来ないか?」

「ジョーク言って居る場合じゃないと思います。沢沿いの地形に沿って隠れていましたが、おそらく休眠か何かの状態で目視でないと解り辛かったようです」

あと、大きさがとんでもなかったことも併せて伝える。

「なるほど、気配察知に頼りすぎたか。今回は失敗したな」

サイズと位置、それに個体の特徴を伝える。全員が揃って顔を強張らせていく中、詳しい位置を竜樹に同行していたトローヤが細くしていく。

「沢の位置から、こちら側が今居る村、なりまです」

「周囲は川に足場の悪い湿地の斜面、大部隊の展開どころか戦闘も難しいか。なんとか平地へ誘導できないか?」

「南側、山裾にしばらく下りれば広い場所ある、ります。ただし、誘導するにも、あの大きさの怪獣に捕まらず、山岳地帯で動ける人間が、一定数必要、なはすです」

「運動能力が高くてでも動き回れる人間か。岳山領国側のメンツで誰かいないか?」

「今回のメンツだと、そっちの格闘家まがい(タツキ)くらいね。本当に危険であれば援軍を要請する予定ではあったけど、基本的に岳山領国としては援助が精々で実働部隊を動かすのは難しいわよ。それは現状的にギルドにも解るでしょ」

「まぁなぁ。ギルドが援助国にオンブにダッコじゃ立場ねぇってのも解っているが、正直、こっちのメンバーで大型の怪獣と正面衝突は避けたいわけだ。戦闘のたびに全滅は困る」

「そんなに危険で?」

「既に大型化している怪獣なうえ、さらに山中で多対一の利点を活かせそうにもない現状だとな。こっちは部隊運用前提で特化した一騎当千の英雄はいないんだよ。良く言えば計画的かつ狡猾に、悪くいえば絡め手と反則技で袋叩きにしないと被害が際限なく出る」

地球防衛軍が某光の巨人なしに戦おうとしている状況か。それは難しいだろう。

 しかも秘密兵器だのビームの出る戦闘機だのはない。魔術とスキルという対抗策は一応あるが、青い怪獣の時も魔術は阻害されたしスキルも硬い外皮だけでガードされることが大半だった。英雄クラスが二人がかりでやっと叩きのめされたレベル。

「退きますか?」

「難しいところだな。退いたら退いたで、また後手に回ることになる。叩くべきだが」

悩みこむマクシミリアン。黙り込む王女と錬金術師。

 深刻そうな顔に、出来そうなことを提案はしてみる。

「やれって言われればやりますよ? 一応は人を乗せて飛べる召喚獣居るので、相手の攻撃手段にもよりますが、短時間なら囮くらいはなんとかなるのではないかと。ただ、一人を追うくらいなら、200人居るこの村に来るんじゃないですか?」

「ありえるな。むしろ、山の裾野ほどでないにしろ、瓦礫を撤去してここを主戦場にすべきか」

「その通りだ。最低限の範囲はゴーレムを使って撤去済だが、戦場となるなら塹壕と周辺の整地も一部行っておく。戦うなら、ここしかないな」

「けど、そしたら村、人住めなくなる、なるないか?」

「だが、ここで守らないと近隣全てが滅びかねん」

「そう、でます、か」

若干の諦観を滲ませ、トローヤは頭を垂れた。納得はできない、ただ、変えられるだけの方策もない。無力というのは何時だって苦く辛い。

 隣に立つ竜樹も表情こそ変えぬままであったが、微かに顎が強張り、奥歯を噛み締めていた。

 本人が気付いているかは定かでないが、ハーロット達は急いで計画を詰め始める。

「報告のサイズだと山と変わらん大きさだ。決を採ろう。個人的には賛成に一票」

「対象を確認できている以上、やるべきか。同じく賛成に一票」

「んー、正直、嫌な予感がバリッバリなのよね。ただ、逃げても戦ってもろくな結果になりそうではないのは確かよね」

保留したいのか、否定したいのか、アルグレンテが視線を彷徨わせる。

「《シーレーン》で牽制しつつ効果のある攻撃を探る。併せて、《タルカス》を使って抑えよう」

「魔剣は各部隊に二振り、あとは各部隊連携で高位魔術式を組み立てるか

「鱗はない代わりに、弾力のある蛸だのイカだのそっくりな表皮は再生力が高そうね。正直、接近するのは遠慮したいタイプね」

「にしても王女殿下はちっとばかし口調が砕け過ぎじゃねぇか?」

「緊急時にそういったことを気にしないの」

「然様で」

ガトリングだの大砲だのを積んだ砲戦仕様の女性型ゴーレム《シーレーン》による弾幕。

 その隙に接近した剣士達による魔剣を含めた連携剣術による先制、足止め。

続いて風属性派生である雷の魔術式による多重攻撃。

 そのうえで隊長格による追撃。

 順序の確認から位置取りの計算まで、ゲームと違って前段階からが長い長い。

 それでも手際がいいのかやれるだけの下準備は済んでいたのか、瞬く間に案をまとめるとマクシミリアンが外へ出て行った。

「で、囮は彼でいいのか?」

ペン先、これまた輝くように綺麗な万年筆が竜樹を指す。面頬で隠された仏頂面で肩を竦めた竜樹より先に、アルグレンテが嬉々として答えた。

「いいわよ」

「そろそろ怒りますよ王女」

「グレ子でいいわよ。ハーロットとは長い付き合いだし、そこらへん気にしないのも知ってるし」

「じゃあグレ子、お前は逃げんのか?」

その言葉にアルグレンテの笑顔がより深くなる。眼鏡の下の美貌が、それこそ女神じみた威光を秘めていることを思い出す見事なスマイルであるが、それと同時にやたら薄ら寒い気分になる。

「何処へ? 千人くらい食べられると周辺国家が幾つか滅ぶんだから、ここで叩かないとね」

「叩けると?」

「叩けなければどちらにしろ終わりよ」

「………ああ厭だ厭だ。隣の部屋には地獄、奥の棚には煉獄がのさばっている。天国ばかりはこの世じゃ売り切れときた」

「誰の言葉?」

「俺の。時世の句の代わりです」

がしがしと髪を搔き回した竜樹が珍しく眉間に皺を寄せてみせる。

「とかく、こっちも出来るだけの用意しておこうとは思う。しかし魔剣とか一本くらい貸してくれんもんか」

その言葉にハーロットが超反応。即座に竜樹へ視線を向けた。

「使えるのかい? 魔剣が」

「いや、逆に、魔剣じゃないと使えない理由が」

武器破壊能力について説明する。加えて腰の魔剣を示す。

「つまり、剣術を使えるわけではないと?」

「まったく。初級の『スラッシュ』くらいです。むしろ投げる方が多いくらいで」

「むしろ投擲が半端ないわよ。暴れて居る怪獣病の人間を街路樹ぶち当てて制圧したことあるし?」

「なるほど。それなら、これを投げられるか?」

どこからかハーロットが謎の球体を取り出した。黒くて硬くて大きさは掌サイズ。砲丸かと竜樹が何気なく持ち上げる。

「これを?」

「………重くないのか?」

「いや、重くは。ただ、なんか疲れる気はします」

難しい顔のハーロットに対し、竜樹は何かやらかしたかと不安げな視線を向ける。

「怪獣病って皆がこういった馬鹿げた存在なのか?」

「よくわかんないけど、この男は怪獣病の所為で腕力がハイパーなこと意外にも、師匠筋とかがおかしくて常識ぶっとんでるもの。暗黒騎士(オーロック)と悪鬼の魔女(ヴィスラ)の二人だし」

「納得した」

「いや、結局これなんですか? すごい怖い前フリっぽいのが不安極まりないのですが」

準備の段階から戦は始まっているとのたまったのは誰の言葉だったか。

 嫌々ながらも怪獣との戦争は待ってくれない

 投げっぱなしにも程がある扱いに対して、厭な予感ばかりが募っていく竜樹はへの字の口元を隠すよう面頬の位置を直す。

「タツキ」

「なにか?」

「あぶなくなったら貴方だけでも逃げちゃって」

「………このタイミングで言うなよ」

あ、今退路が塞がれました。むしろ逃げるなって釘刺してくれた方がなんぼかマシだ。

 信頼っておもたい。あと、この球体が何かも教えてくれなかった。

 とりあえず投げろと言われたが、爆発とかしないだろうなと二人に対する不信感を覚えた。



 それが最後に味わった平穏の記憶。



次回も十二月中の予定?

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