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怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第一章】死にかけ高校生のリトライ一週目
20/50

・第19話・休日その2で『チャイナドレスと召喚術』

 道端の空樽に座り行儀悪く露天の串焼きを竜樹は食べる。

 バレルボア。太い樽を思わす鈍重な猪型の魔物で、重たい、硬い、馬力に秀でていると、初心者キラーとしてほうぼうで嫌われている。その代わりに中級にも差し掛かった冒険者にかかれば美味しい食材として狩られ放題であるが。

 そのバレルボアの串焼きを口へ運びながらのんびりと通りを見る。こんなに穏やかな気分は久方ぶりである。やれ怪獣病だ、やれ護衛任務だ訓練だと、異世界に来て以降、随分と必死にやってきた。

 冒険というのが如何に面倒臭いかしみじみに思う。

「うんまいなぁこれ」

「もう一本いるか?」

同じく、隣には首輪付きのメオが串ごと肉を食っている。

 今日はこのままお休みにしようかと思っていたが、不意にメオが顔を上げた。

「タッちゃん、あれ」

「あぁ」

目線の先には男と女。ここまでなら愁嘆場ですか? 痴話喧嘩ですか? といったものである。

 しかして、女性は美女、男性は複数で囲んでいるともなれば、あまり楽しげな光景でもない。

 しかもチャイナドレスである。早くもタイトル回収である。

 すらっとした体躯ながら筋肉の張りが見るものには解る八頭身。乳ボーン、尻ポーンで、編み上げた漆黒に近い赤髪をシニヨンにしてまとめている。京劇役者を思わす目元に赤い化粧があるのが印象的だが、その美貌もまた、牡丹とも芍薬とも言えそうな凛としたものである。赤いショールのようなものが揺れるたびにからちらちらと覗く白い肩も、華奢には見えるが、か弱くは見えない。

 知り合いの美人といえばグレ子もだが、あれは内面の残念さ加減が外見の評価を二段階くらい下げてみてしまう。眼鏡装備で真面目な顔している時は文句なしの美人だとは思う。

 あと、ヴィスラさんこの間会ったミニ秘書のヨルダさんやイフバルティカもタイプは違うが明らかに美女だよなと心の中で呟く竜樹。

 そんだけ居るなら誰かにアプローチの一つもかけろよ。言っておくが何時の間にか一目惚れされているとか基本的にないからな。腕力と物ぶん投げるだけのステータス頼りで正々堂々と活躍することなんてなく、丑雄さんみたいに格好のよい真似なんてしてないからな!

繰り返すが、基本的に! ただモテるとか! 異世界来たところでないからな!

 なんか脳内に木霊す呪いを無視しながら竜樹は行動開始。露天のゴミ箱へ串と袋を捨てると、メオに急かされるような格好で音も無くチャイナさん達へ歩み寄っていく。その間にも聴力の感度を数段階上げた。

「なぁ、ちっと酒に付き合ってくれるだけでいいんだよ?」

「そうそう、多少酔っ払いのお茶目はあるかもしんねぇが楽しいぜぇ」

あ、これはアウトだ。ディス・イズ・ゴロツキ。

 しかし大男、腰巾着、下品な男と、見事に三人の個性が見てとれる。色々とどうなんだろうかとこの配役に疑問を訴えかけたくなるが、とりあえずメオをちらつかせながら一声かければ場もなんとなるのではと気楽に考え口を開く。

 しかし美女の方が早かった。

 単純な拳撃三発で男達が一斉に浮いた。

 そのまま崩れ落ちる面々を前に、呆気にとられた竜樹は呆然とメオと視線を合わせる。

「………手助けいらんそうだから行こうか」

「………タイミング悪かったら恥かいとったな」

一人と一頭でうんうんと頷きあうと、その場を離れようとする。

「待つ。そこな男、召喚師か?」

女性の視線がぴたりと黒い革鎧越しに竜樹の心臓を狙ったような錯覚を受ける。

蛇に睨まれたなんとやらで動きをつい止めてしまったものであるが、それにしてもチャイナドレスがパッツンパッツンに見えるくらい素晴らしいスタイルの各所から金属の匂いがする。隠されているであろう暗器に対して、怖気によって体温が少しばかり下がる。さっきの拳撃といいなんかこの人すごく怖い。

「はぁ、一応、召喚術も勉強中の若輩ですが」

「そちらは?」

「あ、メオいいます。霊獣で黒虎やっとります。はい。」

思わず敬語で応えるメオ。

しかし、霊獣とはいえ最近は普通に喋っている。周りの反応もさほど驚いたりすることもないのだが、比較対象がオーロックさんやらイフバルティカだとあまり参考にならない気もする。

さて、相手の目的も解らない為にある程度の距離をとって向かい合っているものの、竜樹としては早々に立ち去ってしまいたい。面倒ごとに首を突っ込もうとしたことを既に後悔しているというか、ぶっちゃけせっかくの休みなので食べ歩きに戻るか、保留にしている各研究やら訓練やらの続きをしたい。

そう思いつつも、腰の魔剣、その柄に肘を乗せたまま竜樹が相手の反応を待つ。柄尻の凹凸に右手の黒殻の角をひっかけてあるので、場合によっては僅かな挙動で抜き打ちが出来る。

「我、トローヤ・ティリンヤクスシャ。召喚師。手を貸せ、欲しい」

我、とは古めかしい表現だが、妙に言語がつたない感じがした。妃佐子やイフバルティカの訛りとも違う為、また遠方の人間なのかと心中で首を傾げる。チャイナだしなと竜樹は脳内で勝手に納得。

「報酬は払う。実力者は歓迎すう」

携えた懐中袋から取り出した手の中には、砂金の粒が握られていた。



 金が欲しいわけではない。いや、あれば嬉しいが、基本的に竜樹は酒も女も賭博もやらないし、装備は黒革の全身鎧一つっきり、武器は基本的に街売りの製品は武器破壊能力の所為でまともに使えない、しかも回復薬は支給されるが使ったこともない、道具の開発や技術の習得も恵まれすぎた環境の為に金を使う機会そのものがないのが竜樹の生活である。

 たまに外で飯を食うか、メオの飲む酒を買ってくるくらい。

 それでも異世界の技術に対する好奇心は抑えられない。

 あと、召喚は性に合っているのか結構好きである。怪獣病の能力補正がなければ、召喚術師になっていたかもしれない。

 考えてみればこの腕力も何時まで使えるのやら。

 病気は何時か治るものである。

 とはいえ、黒殻がとれた瞬間に傷から血が噴き出して即死という嫌なイメージも浮かんだ。

 さて、そういった嫌な脳内シミュレーションはさておき、都市の外、山岳部でも珍しい平地が続き、草叢の広がっている場所へ二人と一頭は移動していた。

以前、ヴィスラによって地獄の魔術攻撃に晒された場所に似ていた。

 一面焼け野原だったものを地属性と地属性派生の木属性でたちどころに回復させてしまう光景を見たのも随分前のことだ。剣術や格闘術と魔術の巨大な境を目撃したような気分になったのだが、今回は召喚用の魔法陣が謎の粉を使って地上へ描かれている。

 それも風か地の魔術式によるものか、まるで透明な筆が地上を撫でていくように粉がひとりでに図形を描いていくような光景だった。その粉が鼻に入るのか、メオはかなり離れたところにいる。

「何を召喚するつもりで?」

「レギオン」

「レギオン?」

トローヤの説明によると《群隊(レギオン)》は集合体型亡霊の魔物であるらしい。

 戦場などで未練を残した亡霊が周辺の魔力や戦場の淀んだ空気と共に集まった存在で、最大のものになると数百体もの亡霊騎士を展開してくるという闘争心の集合体、らしい。どんなものなのか竜樹には想像できなかった。

「亡霊専門の召喚師みたいな?」

「そのもの。亡霊の塊。亡霊が集まる。した混ざりもの」

 彼女の依頼は、冒険者ギルドを通していない為に依頼というよりお願いのようなものだが、内容としては「しくじったら後始末を」とのこと。

 最初から手伝えと言われないあたりに、少々拍子抜けした。いや、一人で解決できる自信があるのだろう。本当に保険程度にしか竜樹は思われていないらしい。だからこそ適当に強そうな竜樹をみつくろった印象がある。

 こう、相変わらず竜樹に関わる女性は男前の多いこと多いこと。

そう考えた途端に脳内で『可愛い子は滅多にいないだろうけど、可愛い子ぶる女の子なら娼婦街にいけばいくらでもいるけどー?』という夢も希望もない台詞がアルグレンテの声で再生された。いや、あの女なら実際にそう言う。

ぼんやりしていた竜樹を余所に、トローヤの準備も終わる。

魔力が魔法陣へ通されていき、独自のアジアンテイストな呪文ガ凛とした声で唱えられた。

急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)東嶽大帝(とうごくたいてい)御願(おんねが)(たてまつ)る。地に(はく)、天に(こん)、還らざるものへ声を届けよ」

魔法陣が反応し、中央が水面のよう揺らぐ。陽炎のように空間が歪んだ刹那、中央からアブクのように黒い塊が浮上してくる。

 そして黒い塊が完全な球体、まるで磨き上げられた水晶のような歪みのない球体であることを確認できるようになると、禍々しいまでの黒が内部で蠢いている様子まではっきりと見えた。

 あれだ、金魚蜂の中に濃い泥と鮒を入れて泳がせているような不安定な揺らぎが球の中から見える。

『我等はレギオン。汝、何を望み我等と言を交わすか?』

何重にも重なった声がうわんうわんと響く。どうやら相手は話せる相手らしい。

怨念に凝り固まった邪悪な存在というより、高い知性を伺わせる。

「我、トローヤ・ティリンヤクスシャと盟約し、その力を託しくれまいか?」

『この力、なんとする?』

「悪を討つ。倒す、せねばならん相手がおる」

『ならば三つの盟約を誓え。我等レギオンの誓いは『闘争』、『尽忠』、『総員火の玉』である』

不可思議な口調の女に、騎士団の唱和じみた声の連なりが応える。妙な光景であるが、なにか三つの盟約といった誓いの中で、妙な単語が混じっていたような。

「誓おう。して、何により証を示せばよい?」

『我等が認める『闘争』を示せ。ゆくぞ』

あ、イベント戦闘だと竜樹が空気の急変を悟ると同時、黒い球体の中央に巨大なしるしが浮かぶ。燐光を伴う赤い光が描き出した線は翼を開いた双翼、二対の翼を持つ龍の紋章だった。

 そして黒球の表面から何かが突き出した。あの球体って材質はゼリーですか? そんな質感がすると途端に美味しそうに見えた。水ようかん食いたい。

 しかし、出てきたのは爪楊枝ではなく銃口だった。

 咄嗟にトローヤが回避運動したのを確認し、竜樹も射線上から離れる。

 草陰から招き猫のよう前足を動かすメオのところへ跳び込むと、背後では続けざまに爆竹じみた破裂音が響き渡った。

「………最近の騎士ってのはハイカラだな」

「あれって銃か? おいちゃん初めて見たわ」

第三者であり傍観者である一人と一頭は結構な余裕である。竜樹は銃が恐ろしいものであると同時、今の動体視力だと射線を見切ることもできるということを理解しているのであまり驚かない。メオは年の功というか、経験値が人間と段違いなので危機感のアンテナ精度が高く、まだ大丈夫だと本能的に察知している。

 退避の間にも黒い球体から跳び出してくる黒い騎士達。赤いマントをなびかせる姿は威風堂々たる全身鎧姿。大口径の銀色マスケット銃を担いだ銃兵。それに大盾兵、斧槍兵、剣兵、魔術兵とぞろぞろと出てくる。いやいやいや、どう考えても多い。数が多過ぎる。

「滅んだ大国かどこかの師団が亡霊にでもなったのか」

「いや、レギオンってこわすぎやろ」

保険で済むのかはトローヤ次第だろうな。

 草陰から彼等を伺っていたのだが、彼女の背後から巨大な人影が立ち上がる。

 輝く魔法陣から立ち上がる巨体。

「ドロテア! 在れ!」

「かしこまりましたご主人さまぁ!」

トローヤの声に応え、メイド服を着た巨体が兵士を薙ぎ払った。

驚きにいつもの鼻水ブーした竜樹であるが、ポーカーフェイスのままそれを拭い去る。

「なにあれ?」

「ゴーレム、やないの?」

3mはある巨体にメイド服。マネキンが動き出したようで、石工じみた真っ白な四肢を振り回すたびに騎士が吹き飛ぶ。銀色の長大な編み上げ髪が振り回されると、それがまた鞭のように人垣を叩きのめしていく。

あぁそれは逃げる。むしろ逃げるべきだろう。レギオンから現れた黒騎士達が一斉に蜘蛛を散らすように散開した。

 そのうえで何時の間にか球体が消えている。いや、黒い球体もまた一体の騎士へ変身していた。真っ赤な兜飾りに金のモール、手には旗を携えた指揮官だけは、怯むことなく。腕を振り、周囲を鼓舞するよう旗をなびかせた。

その瞬間に、散開していた面々から巨大な火炎弾が炸裂した。何時の間にか銃を構えていた銃兵を中心に、陣形が形成されていく。気付けば銃口から紙袋を滑り込ませている。

「あ、やば。メオ、防御呪文」

「え?」

「あれ、油を発射するつもりだ」

連続して発射される魔術式による弾幕に対し、再び生物のように動き出したおさげ髪が鞭のように自在に火炎弾を叩き落していく。しかし、足止めとしては十分だった。

 何か水が弾けるような異音。粘り気のある濁った液体が、髪の防御を抜けて巨体へと浴びせられる。

「やんっ、なに?」

「ドロテアっ下げ!」

しかし間に合わない。

 今度は火炎弾ではなく火炎放射が見舞われる。髪の防御ごと焼き尽くさんばかりに焔が猛る。

「ああああああああああああああ!」

「償還せ!」

焔に包まれたゴーレムが姿を消す。同時に別の魔法陣から球体が跳び上がる。

「イクスプローラーフラワー! 笑え!」

哄笑のような鳴き声が反響する。ボールというより円盤、ホイールのような存在が回転し、騎士達へ向かっていく。

 そのまま回転していたタイヤもどきが、続けて爆発する。

 植物系モンスターでも異質な存在、イクスプローラーフラワー。

花弁がタイヤで種を内包する人間の笑顔じみた柄の中央が本体、ホウセンカのように遠くまで飛ばす為に炸裂する性質があるが、種の被子に揮発性の強い油が含まれており、それはそれは巨大な花火となるらしい。

轟音に耳が悪くなりそうだった。首を竦めた竜樹は、残存戦力を数えていく。

 大楯兵が前に出て爆発を抑えたが、陣形そのものは崩れた。そこに数体のE(イクスプローラー)フラワーが殺到して一気に押し込んでいく。

「トロイメライチーム! 出で!」

『Hay!Hay!Hay!』

魔法陣から飛び出すと同時に数体のバーニア付きゴーレムが飛翔。声の揃ったアメリカンな掛け声共にバーニアの吹き上がる音が轟く。両腕に装着した大砲から炸裂弾が続けて打ち出された。

 それにしてもすごいな。一体どのくらい契約しているというのか。

 そのまま戦線が潰されるかと思いきや、飛んでいる機体へ生き残った魔術兵から電撃か見舞われた。レギオンも強い。レギオンも頑張っている。

 とはいえ、気付けばトローヤが指揮官の前へ踏み込んでいるのが見えた。

 そこで巨大な剣を振り抜かれると、一撃で指揮官が両断された。

 なにあれこわい。

 とかく、本当に見ているだけで終わってしまった。

竜樹は安堵すると同時に「儲けたな」とぼそり呟く。

「タッちゃんはもう少し頑張らんと女にモテへんで?」

「モテなくてもいい。平々凡々………いや、やっぱモテたい」

「せやろ?」

雑談をしていたメオと共に駆けつけると、おそらく契約を終えたレギオンがその姿を消していた。

「お疲れさん」

「感謝する。無事に終わった」

地面へ突き立っていた武器が赤い光の粒子へ変化し、そのまま消えた。

 武器さえ召喚術とは。

「今の武器は?」

「召喚術式。元々あるものを呼ぶ、寄せた」

「どうやって?」

言語疎通は少しばかり難儀したが、トローヤは快く術式を教えてくれた。

 お礼を口にするも、彼女は左右に首を振る。

「助け、受けてもらった。感謝」

本当に、この世界はいい人と悪人の差が激しい。流派の秘奥とかではないのだろうか?

「知らない。他の召喚術式学ぶ、ことない」

少なくとも自分は他には噤んでおこうと竜樹は思った。この人すこし心配。

「それでトローヤはこれからどうするんだ?」

「軍務卿、という人間は知る、いるか?」

「軍務卿って、近衛兵団の?」

「肯定する。関係する者でも、知り合い、いるないか?」

「何か?」

「戦力の補強、済んだ。伝えねばならない、ことある」

「巨大、おおきなカイジュウがあらわれた。助ける、いる」

竜樹の眉が僅かに震えた。

 これを運命というのが、必然と呼ぶのかは解らない。



 困った時にはホウレンソウ。もしくは、困った時のオーロックえもんとも言う。語呂悪い。

「オーロックさんいますか?」

「どうした? 今日は休日のはずだろう?」

そう口にするオーロックさんは、何時もと同じく書類仕事。

 この人は一体いつ休んでいるのかが不思議で仕方ない。

「軍務卿に御用がある方を連れて来たのですが、このまま連れて行っていいのか判断に困って」

「客人の名と内容は?」

「えー、トローヤ、なんとかさんで、怪獣についての話のようですが」

「私が会おう。タツキが何かを感じたのであれば、ホラやジョークとも言い切れない」

「すみません」

そのままオーロックの執務室へトローヤを連れて来る。

 楚々たる美貌の美女ではあるものの、頭を下げたあとは例の言葉遣い発動。

「インドラの村、住む、トローヤ・ティリンヤクスシャ言う、ます」

「その言葉遣い、契約者か」

「肯定するを、正しいです」

なにか、言葉遣いからオーロックが察したらしい。さすが博覧強記。

「契約者?」

「召喚師の中でも召喚獣との大きな契約によって特殊な力を得た者のことだ。対価として自分のもつモノを支払う。例えば、言語能力」

「他にも、味覚、聴覚、腕、足、眼、愛、悲しみ、怒り、喜び、どこか、無くす」

「それはまるで、いや」

言いかけて途中で止める。

何故なら怪獣病のちょうど反対のようにも思った。

 こちらは無理矢理に与えられる。

 あちらは自ら失ってしまう。

「それで、怪獣の話とは?」

「それは、走っている」

「走る?」

「違った。こちらへ向かって、来てくる」

「………捕食数は?」

「解る、いるだけで百人規模の村が三つつ」

「四百弱か。怪獣の檻に依頼をしたうえで総力戦だな」

「え? この間みたいにヴィスラさんと二人がかかりでなんとかならないので?」

「この話が本当であれば脅威度が違う。もしもに備えておく必要が出てくるレベルだ」

オーロックの説明では怪獣の強さ、それは捕食した『人間』の数で変わるという。

ここで言う人間とは知性を持った存在であり、ドワーフからエルフ、魔物まで問わずに喰った数だけ力も、大きさも比例していくという。

 今回、岳山領国で暴れていた怪獣は40人前後、だそうだ。

つまり十倍以上は強い。あれの。

「あのレギオンでも足止めにもなりそうにないな」

「思う。そう。だから、手を借りる。したい」

 話を聞いたところ、進行ルート上に彼女の村が位置しているという。町に来た行商人の忠告から事態が判明し、現在は村人の多くが周囲の国などへ協力を求めて奔走しているとのこと。それなら怪獣討伐ギルドである怪獣の檻を頼ればいいのではないかと思ったが、トローヤに聞いてみたところ「なにそれ?」といったレベルの反応が返ってきた。

本格的な活動が始まった数週間足らずではそれも当たり前かと溜め息。

 進行方向上にあって、なおかつ怪獣に対する研究も進んでいるのが岳山領国ということで、彼女も急いで来たという。

「岳山領国へ向かっているのなら大半は山や森を通るな。その村より前の位置で、大人数を動かせるような場所はあるか?」

「難しい」

山岳部が多いということは大部隊を配置する隙がないということだ。少数精鋭による対応ができれば可能かもしれないが、そう簡単な相手なのだろうか。

「相手の大きさは?」

「実際に見てはいない。けれど」

絶対に続く言葉は嫌なものだ。これは予感ではなく確信である。

「山くらい、大きい、らしい」

どうやら本当の大怪獣と争わなければならないらしい。

 そしてその言葉にオーロックはあからさまに気配を変える。

「竜樹、頼めるか?」

「戦えと?」

「最悪、状況だけでも調べて欲しい。だが」

重々しい言葉に抗うよう、短く間が置かれる。

「生きて帰れ」 


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