・第15話・ダンジョン探索『地母神の祠』 前編
異世界でモンスターが攻め込んだ際、都市部に進入された段階で逃げ惑う人々による地獄絵図が展開されるのではないかと思っていた頃もありました。ただ、よくよく考えてみれば異世界の人間だからって危険であれば知恵を絞るという点は変わらないようでした。
しみじみと竜樹はそう実感する。
まず、都市全域を囲む防御式。これは通常であれば高位魔術式を数百回単位で撃ち込んでも壊れない。そのうえで、今回のように巨大な抗魔能力をもつ存在により破壊された場合は、緊急警報によって都市全域へ避難指示。20区画以上に区分された都市の各エリアに必ず存在する地下避難路を使った王城への退避が開始される。
その経路を通ることが出来る人型、または小型の魔物に対しては、地下避難路を防御する物理的な防壁と、各防衛設備が物理的に排除に図る。王城内に到るまでの各分岐路は監視者によってモニタリングされ、閉鎖や罠の発動、騎士団による迎撃が行われる。
「その間、どうやってあの怪獣の足止めを?」
「無効化される魔術式は相手に触れた時だけだ。多少の足止めだけであれば、魔剣での剣技スキルによる牽制と、氷属性の範囲攻撃への抵抗を行うだけでそれ以上の脅威はない」
「氷の弾丸は?」
「切り払う」
オーロックに話を聞きながら、国の英雄レベルともなるとチート極まりないなと呆れる。
しかし、そう呆れた竜樹であるが、アルグレンテ達を守る為に囮となった時はまるで一緒のことをやっている。地属性魔術式による挑発、メオの風の方術による冷気への抵抗、体術スキルによる氷の弾丸の迎撃。この師匠にしてこの弟子とも言えるが。
ひとしきりの燃焼を経て、大通りの石畳はすり鉢状にガラス化していた。あの威力は怖い。
じっくり強火でとろけるまで。それでも残骸として巨人の骨格らしき肋骨やら頭蓋やらと思しき骨が残っていた。
何か、兵士の皆さんがゴーレムらしき人型岩石への指示や、魔術式で後処理を行っている。
あの骨だけでも怪獣病の元になりかねないので、周囲の人々は全身鎧装備であり随分といかめしい。というより、あれもまたアルグレンテの研究資材にされると思う。
いやー、病気って怖い。そう思うものの、竜樹は何も言わない。傍目には何かを考え込む表情のままぼんやりとした視線を作業する面々へ彷徨わせるだけ。
「………おい、あの近衛兵団の新入り、こっち見てないか?」
「………見んな。こっちの対応に落ち度がないかチェックされてんぞ。下手したら職を失うぞ」
「………怖ぇえ。なにあのガキ。眼を逸らさないのがすっごい怖ぇ」
「………あれだろ? 怪獣病を克服して近衛兵団に入った秘蔵っ子ってやつだろ?」
「………絶対に関わるなよ。下手に怒らせたら全殺しだぞ」
妙な噂が広がっていくのはさておき、近衛兵団の人間は現場の脇へ集まっていた。
黒いローブに赤い軽鎧、長仗を携えたヴィスラに、暗緑色の軽鎧に魔剣のオーロック。そして黒い虎を連れた両手に籠手を嵌めたような格好の竜樹。基本的に諜報活動の頻度も多い近衛兵団のメンツはこの三人しか集まらなかったらしい。
「にゃんこー、にゃんこー」
「はがががが」
メオがヴィスラに口元を引っ張られているが、そこらへんは放置。
「さて、王国軍の面々が対処を請け負ってくれた。我々は引き上げよう」
「王国軍?」
いまだ、岳山領の軍事事情が明らかでないが、近衛兵団、王宮騎士団、あとは王国軍と色々あるらしい。小国にしてはものものしいくらいだが、長々と戦争なんてものをやっていればこんなことになるらしい。
ヴィスラを乗せたままのしのしと歩くメオを引きつれ、オーロックと竜樹も並んで歩き出す。さっさと懐かしき寝床へ戻りたいものであったのだが、二人と一匹の前を数等の軍馬に銀の鎧を煌かせた面々が塞ぐ。
進路妨害に辟易したものの、黙ってオーロックに任す。そもそもが竜樹にとっては相手が誰かも解らないのだ。
「オーロック近衛兵団副官殿、報告について少々お時間をいただけないかね?」
そういえばなんで副隊長でなく副官なのだろうとしょうもないことを考える。また別に総隊長とか副隊長とかいるのだろうか。
「申し訳ないが、いずれ詳しい内容を報告させていただく。失礼」
躱し方がスマートだわー。この蛇顔の男前加減が半端ない。
そのうえで気付けば包囲網を抜けているあたりがすごい。え? いつ避けたっけ。
しかし、自分もまだまだ修練が足りないと思いつつ思わず悩む。
今後の展望に悩みながらもやっと軍務卿邸に戻ってきた。
懐かしいくらいの気配に思わずほっとしてしまうあたりホームシックだったのか。
「あれま。タツキもだべか? 無事か?」
ノリだけでついイフバルティカに抱きついてしまっていた。
残念ながら身長差があるので、顎のあたりが胸元に埋まってしまっていた。
「えーっと」
やらかしたとは思いつつ、なんか前もノリで失敗した気がするのを遅れて思い出す。
「まー、珍し。あっはっは。おかえりなんせ」
すっげぇマジリスペクト。イフバルティカ嬢の懐の深さに惚れます。
「ただいま戻りました」
「ほいじゃ晩御飯にしようか。さぁみんなもはよ入って入って」
背中をばしばしと叩かれながら、なんというか郷愁というか寂しさが満たされた感覚を味わう。
その晩の肉の煮込みは、やたら胃の奥に染みた。
ランプの絞られた薄暗い自室。銀楽器を掌で操りながら音を探る。まだまだ音楽と呼べるほどの熟達には到っていないが、ドレミくらいは鳴るくらいには安定してきた。これくらいではチューリップくらいしか奏でられないが。
「いいとこやな」
「だろ?」
床に寝そべるカーペット、否、真っ黒な体躯を丸めたメオはふらふらと尻尾を揺らしている。窓枠にひっついた死蜂ことビリーはまるで置物のように動かない。それでも、竜樹が指先を中空に向けると、楽しげにふらふらと飛んで来ては指先にちょんと足先で触れて離れていく。
つまびいていた銀楽器から手を外すと、現状について思いを巡らす。
ゲームで言えばルナティックかと思っていた現状もやや落ち着いている。
病院を経由して近衛兵団に入ったことで衣食住には困っていないし、怪獣病というハンデもあるものの、比較的に蔑視を受けることもなく平穏に過ごしている。オーロック&ヴィスラによる地獄の訓練による賜物か、戦闘力にもある程度の下地はできつつある。
あとは、不測の事態に備えて臆病なまでに準備を重ねていくだけの余裕はある。
「さしあたっては幽霊、亡霊系を殴れるようになっておくようになれば、か」
まいどお馴染み『収納の巻紙』を展開。中にしまっていた『スキル大全』を取り出す。
「これか。えーっと《サイコアーツ》って、これか」
体術スキル《サイコアーツ》。
念動力によるフィールドを手足に纏い、幽体などへの直接攻撃力を打撃へ与える。
使い方としてはその他にも内部浸透を行う特殊な波長打撃も可能。
地球でいう内功にあたるものか。
「えーっと取得条件は」
該当条件を確認する。
その1。波動系、念動力系スキルのいずれかを一つ以上所持。
その2。上記該当スキルで流体型モンスターを倒す。
マジでこの世界のスキル取得って面倒くさい。
流体型モンスターって、スライムとかでいいのか? 黄色ぶよぶよしたあの。
「波動弾で、なんとかなるか?」
うーんと悩んでいるものの、適当なところで切り上げる。今度、国の外で討伐依頼でも受けてみよう。
あとは召喚術の補強か。魔神に聞いた独自の技術体系を使えば、アイテムや、別の召喚獣の使役も可能らしいが、正直な話、竜樹としてはこれが召喚したいというものもなく、必要性があまりない。ただし、償還したまま放置気味となっている妖精の幼体、あれも放置したままではいかんのだが、詳しいものもおらずメオにも聞いたところ「召喚術知っとるからって、さすがに妖精のことは知らんわ」との答えに腕力任せに腹を思いきり撫でた。
そういえば、何故にビリーを召喚しようとしたのかもよーわからんと竜樹はふと気付く。
不思議すぎる。
もっと可愛い生き物でもよかったのではないだろうか。
いや、可愛い生き物を召喚して何をしたいのかも解らん。
だんだんとわき道に逸れているように感じてきた彼は、諦めて銀楽器を再び魔法陣へ触れる。
「あ」
「ん?」
そういえばと、思いついた。
明日試してみよう。
夢を見ていた。丑雄を訪ねると酒場で女をはべらせて豪遊していた。いささかムカついたのでぶん殴って帰った。そのあと通りすがりの街路でオーロックが馬車から美女に声をかけられていたので気付かれないように隠形効果最大発揮で泥だけひっかけて逃げた。
そこで目覚めてすごく物悲しい気分になった。
自分の器の小ささに涙が出そうである。
心の中に寒風のよう吹き荒ぶモテたいけどモテないという衝動がいかんともしがたい。
どんなに活躍してもお誘いの一つもない。
とりあえず、趣味の音楽は銀楽器のおかげで解決しそうだが、なんかオルゴールとか探してみようかと新しい目標がまた一つ増える。自動演奏楽器とかなら、この魔術やら錬金術やらの全盛である世界であればそこらにありそうだが。
悪夢の所為か目覚めた時間は朝早い。とかく、体に刻み込まれた習慣に従い、幾つかの動きを確認する。
衝撃系スキルの《インパクト》、《インパルス》、《パルス》、《ドレイク》。
波動系スキルの《波動弾》。
体術スキル《投擲》。
地属性魔術式《砂塵幕》、《砂礫波動》、《圧製》、《焼成》、《砂球弾》、《砂礫弾》。
ここで意外だったのが、明らかに発動可能な回数がスキルも魔術式も明らかに増加していたことだろう。竜樹が指折り数えて確認しても、護衛前と比べると、約1.3倍から1.4倍くらいには増えているように思う。経験値が上がってレベルアップでもしたのだろうか?
そのまましばらく汗をかくと、裏の井戸で汗を落として居間へ向かった。
飯の場には、大河国に居残りの二人を除いて、イフバルティカ、ヴィスラとオーロック、それに部屋から連れて来たメオとビリーが隣に居る。この一頭と一匹に関しては部屋へ上げても誰も怒らなかった。獣人なども居るからか、理性的な相手であれば獣に対しても寛大らしい。
「すー」
ヴィスラは隣に座る竜樹の膝を枕に寝ている。少しばかり首に負担がかかっているようであったので、抱え上げてメオの上に乗せる。あ、寝顔がすごい安らかな感じになった。あと抱える時に髪からすっげぇいい匂いがした。
「おいちゃんベッドやないのに」
「若い子がしなだれかかっているんだから喜んだら?」
「んー、それもそうかー?」
オーロックが処理の終えた書類を片付けていると、朝御飯がイフバルティカによって運ばれていく。
味噌汁、白米、何かの魚を使った焼き目刺し、小茄子と胡瓜の浅漬け。
ほくほくと白い湯気を漂わせる白米のなんと芳醇な輝きか。一粒一粒がまさに立っている。
世界観が振り切れた品物が目の前に並んだ朝食に対し、竜樹は何の躊躇もなく手を合わせた。
『いただきます』
「ふへ? いたあきます」
四人分の声と共に、朝食が始まる。朝というのはどこでも変わらない。
目刺しを頭から齧ると、塩気と共に魚の脂が甘みを伴って染み出してくる。口の中でほぐれた目刺しから鼻へ抜ける磯の香りが心地良い。塩気を味わいながらご飯をかっ込むのがまだ格別に美味い。
「おかわり」
味噌汁。赤味噌らしき汁に葱や人参と思しき野菜が浮いている。啜り上げた瞬間に熱さと共に口一杯に味噌の濃い味わいが広がった。絶妙な野菜の煮込み加減と、一息に飲めてしまうさっぱりとした口当たり。これもまたご飯を片手にお椀の中身が空になる。
「おかわり」
漬物。小茄子と胡瓜。あっさりとして少しの塩気がまた飯に合う。ちょっと醤油を垂らすとまた白米に合う。シャキシャキとした歯ごたえを味わいながら白米がまた進む進む。
「おかわり」
しばらく夢中で食べていると、何度目か、茶碗が空になった時に正気に戻る。
思わず箸を止めてしまっていたのか、
「あー、やっぱりお国の飯が一番だべか。よう食うよう食う」
楽しげなイフバルティカによっておかわりが盛られる。気付けば年季の入ったおひつの中、炊き上げられたお米はついに無くなりそうであった。
「イゾルテさとシュゼンさ戻らんち炊きすぎたかと心配ぇしただが、これならよかんべぇ」
「すいません。少しがっつき過ぎました」
「いんや兵隊さんが飯食うのは当然だぁ。こんだけ空っぽにしてもらやぁ作り甲斐があるってもんだよ」
イフバルティカ嬢の言葉に恥ずかしながらも竜樹が茶碗を受け取る。
怪獣病になって以降、燃費が悪くなっているのにも気付いていたが、かといって、白米が出た途端に随分と暴走してしまった。
「米はここらでも収穫されるので?」
「あぁ、山の一部を棚田にしてな。面積あたりの収穫量も多く、精米する前であれば保存も利く。軍の備蓄などにも重宝している」
「へー」
すごいな米文化。そして味噌あたりもあるということから極東移民という存在から文化を明らかに伝播させている感があるな。そのうち腰に大刀差したサムライくらいには出会えそうなくらいだ。
他の面々が食べ続けている横で、早々に器を空にして茶をいただく。
緑茶まで完備とはイフバルティカ嬢の気遣いが痛み入る。
「あぁタツキ、今日、明日は休暇だ」
そのまま一息ついていると、同じく食事を終えたオーロックが茶を啜る。片手間に脇に置かれていた皮袋が投げ渡された。
「報酬だ」
「なにかたくさんありますね」
「イゾルテとシュゼンが別件で動けず、護衛を続けた分も含めて、な。あとは報告にあった襲撃犯の各個撃破での追加分も含んでだ。周囲に対し、近衛兵団の力を知らしめることもできた」
示威行動まで勤めたつもりはないが、結果オーライであればそれはそれで。
そのまま嵌めたままだった腕輪も外される。久方ぶりに手首が楽になった。
「そういえば、自動で音楽が流れる道具って何かありますか?」
ふと、朝に思いついた質問についてタツキが尋ねる。
「例えば?」
「えーっと、オルゴールとか、知りません?」
「自動演奏装置か。昔、小さな魔法石一つで三日三晩動く演奏機を見たことはあるが、あまりそういったものに詳しくなくてな。街で聞いた方が詳しいことが解るだろう」
やっぱり技術のレベルが解らん。これだけあればテレビや電話くらい出来そうなのだが。
いや、技術傾向から考えると、テレビなどの娯楽文化が生まれるには何かの要素が足りないのか。単なる関心や興味の問題などだろうかと竜樹が短く考える。
そのうえで隣に座るヴィスラが口元をべちゃべちゃに濡らしていたので、タオルで拭きながら話を聞く。休日についての補足説明についてだが、オーロック曰く近衛兵団は基本的に休める時に休むとのこと。働き詰めの朱善などは半月近く旅行に出掛けるようなこともあるらしい。
ちなみにイゾルテは、休日なく別の仕事へ狩り出されるそうだ。随分とサボっていたことがバレたようだ。割を食っていた朱善の溜飲は下がるだろうが肉体的疲労は簡単に回復しそうにない。
そんな間に、隣ではメオに対して何か硬そうな肉塊のようなものをイフバルティカが割れた大皿に盛って渡していた。
「これ、何の肉ですか?」
「ん? なんかラウンドオーガが丸々一体分投売りされとぉで、ちっとばかし買ってんだべ」
「あー、そうですか。アレですか」
おそらく竜樹が首狩ったあの個体の可能性が高いが、本人はただ黙して何も語らない。
そのまま一番食べるのが遅いヴィスラが「ごちそうさま」をしたのを最後に、朝御飯のお時間が終了した。
大通りから門を通って外へ。黒の革鎧に腰にロッド、面頬までのフル装備に鞄を背負った竜樹が靴の具合を確かめて歩き出す。隣をメオがのしのしと歩き、背負い鞄にとまったビリーは一見すると何かの飾りにしか見えないレベルで微動だにしない。冒険者らしさ満点の格好だが、その手には国の周辺を示す地図が握られている。
「山林の奥へ進むと、古いダンジョンがあるそうだから下りてみよう。山岳神信仰の神殿だったそうで、なんか隠し部屋とか山ほどあるらしい」
「いや、それってギルドの嬢ちゃんの話に聞いたまんまやけど本当に大丈夫なん?」
「ヤバくなったらメオだけ逃げてもいいぞ?」
「そーいう言い方すなって。なんや逃げたら逃げたで後味悪いやん」
「うん、そう思うだろうから釘を刺している」
「悪辣っ!?」
そのまま山中に続く登山道の成れの果てへ踏み入る。
草木と土の濃厚な香りが鼻へ届く。そして周囲からは獣の気配もした。
猛烈な勢いで生い茂る草木に嫌気が差すと、木々の上に竜樹は跳び上がる。
幹を足場に三角跳び。そのまま滑るように枝の上を走る。
「置いてかんといてぇな」
それに並行してメオが空中を走っていた。
「あー、うん、ちょっとダンジョンまで乗っけていってくれ」
「いや聞かんの? なんで空飛んでんねん! とか」
「道術?」
「ちょこっとしかしとらん話をよう覚えとんな」
不思議技能とはいえ、この世界では驚くだけ無駄だ。
とっととメオに乗って移動すると、山中にぽかりと洞窟が口を開けていた。
ダンジョン。語源が地下牢というのは豆知識未満の話だろう。こちらの世界では、遺跡などが魔力溜まりや魔物の巣となることを指すらしい。魔力溜まりとは、要は変な場所になってしまう状況。ゾンビが湧いたり異空間化したりするらしいが、そんな自然災害がそこらへんで起きているあたり、そりゃあスキルくらい生み出されるだろうなと竜樹は一人納得する。
人の気配洞窟の中に入ると、途端に足元で異音がした。
「ん?」
がこんという鈍い音と共に、通路全体に松明が点っていく。どんな魔術具だと思ったものの、それはそれとして何か浮き足立つものを感じた。
「メオ」
「ん?」
「やばい。若干ワクワクする」
「ふははははは。男が冒険に心踊って何が悪い?」
にやりと、やたら人間臭い笑みを浮かべたメオと共にダンジョンを潜る。
ここは『地母神の祠』遺跡。遥か過去に信仰されていた地母神信仰跡地であり、現在は深い深い奈落のような地下遺跡と化している。
「記帳開始」
手元に用意した羊皮紙へキーワードを唱える。同時にうっすらと大まかな階層の輪郭と開始地点が浮き上がり、記載が開始された。
アイテム名『自動地図』。名前の通り、ダンジョンなどの地形やルートを記載する道具である。冒険者ギルドで十枚綴り銅貨3枚と比較的安価に販売されている一般的なアイテムだが、土地の魔力を利用している為、魔力の濃い場所でしか利用できない。
移動距離から換算した第一階層の広さは30km前後。西側の出入り口から北東へ広がっているが、左右にも広い。
うすぼんやりとした松明の灯りを頼りに、奥へと進んでいく。
光は弱いものの、怪獣病の身体強化によって夜目も非常に効く。
暗所だというのに、煌々と部屋の隅々まで見えた。
「んで、タッちゃん、ここは何の施設なんや?」
「昔の礼拝堂、いや、祭壇みたいな場所。らしい」
数千年前にあった土着信仰のご本尊が最下層に安置されており、その影響か魔力溜まりとして広範囲に魔物が『湧いて』いるらしい。
湧く、というのは、亡霊系統や物質系統の魔物が周辺の影響で発生したり、別の場所から魔物が迷い込む、または、次元の穴というようなものを通して魔物が引き込まれるような状況のことを言うとのこと。
「で、魔物の中にミミック系がいるらしい」
「あー、そらアタリが出たらオイシイわな」
ミミック。RPGではお馴染みの宝箱に擬態して人を襲うアレである。
しかし、根本的にそれは逆の話なのがこの世界。まずミミックありきでダンジョンに宝箱があるのだ。
ミミックは箱型の殻をもつ魔物で、探索に失敗し亡くなった冒険者の装備や、その他、自然物などを内側に取り込み、真珠のようにそれらのアイテムや装備を元にもっと強い武器や道具を生み出す性質がある。
これは物質系モンスターであるミミックの生態に由来するもので、強いミミックは魔力量が多い。魔力量が多いと、取り込んだアイテムや装備品も影響を受けて強くなる。だから、ダンジョンにある宝箱の装備は強い、という流れが生まれるわけだ。
ここでまた疑問が、なんで物を取り込むのかということだ。これは本来的には内側に取り込むというのは捕食行為であり、普段はそうやって洞窟内の生き物を取り込んで生きているのがミミックという生物である。だが、たまに取り込んだ無機物は消化できずに残ってしまう。その所為でアイテムが体内に生成されるのだという。
そのまま何らかの要因でミミックが死んだものが宝箱、中身が生きているのが現役ミミックとなる。こういった事情から、ミミックがいなくなったダンジョンは、基本的に一回アイテムを回収してしまうと再ドロップはない。
で、ミミックが居て、尚且つ魔力溜まり、下に行くほど魔力が濃くなるということは、潜れば潜るだけでレアアイテムに遭遇する可能性があるのだ。
「それやったら、なんでこんな閑散としとるの? 街からも近いし始終潜りに来る常連とかおりそうなもんやけど」
「それは一般道が土砂崩れで埋まっていて、通常ルートじゃここに来られないのと、その土砂崩れで森の中にも中級以上のモンスターがうろうろしていて危険だから」
「だからあんなルート通ってたんか」
「ん。だから今はほとんど独占できるわけだ。ごく一部の高位冒険者になら遭遇するかもしれんが、そういった類は最下層付近でキャンプを張っているだろうから出入り口近くの上層じゃ会わないだろうし」
「はー、いろいろ考えてんのなぁ」
ちなみに最下層の引き篭もり冒険者達だが、それはこのダンジョンの特徴に起因する儲け話があるからだ。
発見されていないダンジョンの最下層、そして数多存在する隠し部屋。
下層に進むほど構造が複雑化し、隠し部屋が数え切れないほどある。その所為でいまだ最下層に辿り着いたものがいないのだ。そして、隠し部屋のような隔離された空間の場合、やつらが居る。そう、高位ミミック、キングだのカイザーだのマスターだの最上級クラスがごろごろと。
それは狙うだろう。
「さて、無駄話の間にもお客さんですよメオさん」
「あらー、ごっついやつばっかやな。ここはこう、綺麗なおねーさんとか無理やろか?」
「期待薄だな」
上層というのに大挙して現れるのは岩ヤドカリ。全長2m前後の巨大ヤドカリで、基本は雑食。人も勿論食う。
群れで襲ってくる巨大な鋏で武装した集団に対し、竜樹は何の躊躇もなく踏み込む。
「せい」
グシャリと、ハエタタキの音を数百倍にすれば聞こえるのではないかという耳障りな甲殻の破砕音が聞こえた。拳骨一つで背負った大岩を刳り貫いた殻部分ごと、まとめて叩き割る。相変わらずの馬鹿力であるが、本人的にはまだ余力がある程度の一撃である。
「ふむ。これならどうとでも」
「往生せいやー」
声援だけのメオだが、元々手伝う必要性がゼロであった。
ロードローラというか、ブルドーザーというか、拳撃一つで次々と丘ヤドカリ達が葬られていく。耐久性と腕力が特徴のモンスターではあるものの、残念ながらその二点を完全に上回る相手では無力な獲物と成り下がるだけだ。
振るった爪は握り潰され、押し潰そうと大挙して突進すればアッパー一撃で吹き飛ばされていく。何か透明な体液が飛び散っていく中、ほんの数分の惨劇によってヤドカリ達は全滅していた。
「よっしゃ、次行こう」
「これ、ダンジョン内から魔物がおらんくなるとちゃうか?」
その懸念は今後次第だろう。
燃え上がる炎。焚き火というか、キャンプファイヤーレベルの炎に炙られ、丘ヤドカリが香ばしい匂いを漂わせている。
硬い甲殻を素手で割り、中身にかぶりつく。剥き身から熱い汁が滴った。
「いや、美味いは美味いんやけど」
同じように砕いた丘ヤドカリから中身を食らうメオだが、竜樹が焼いたヤドカリへ手を伸ばしていくスピードの方が速い。瞬く間に焼いていた十数匹分の丘ヤドカリが彼の腹の中へ消えていった。
ちなみに、残りは全て新アイテム『階層型収納袋』という見た目は革箱にしか見えないものに入っている。これもダンジョンの魔力を使ってアイテムを収納するアイテムで、基本的にダンジョン内でしか使えない。ダンジョンを出ても、滞在時間に応じてしばらくは持ち運べるらしい。
それならダンジョンで魔力を溜めた品を貸し出しすれば儲かるのではないかと竜樹などは思うが、電気の充電とは違い、ダンジョンから出た瞬間から魔力が減っていくのでそういったことは出来ない。魔力が全てなくなると、箱が破裂して中身が溢れ変える。
「さて、腹ごなしも済んだし、そろそろ行こうか」
「まだ三層やしな」
一層にて丘ヤドカリの大群を皮切りに、順調に下へ進んでいる。
その間に、大蝙蝠のモンスターであるハイバットを叩き落し、背中の甲羅が全て溶岩で構成されたコータルトータスを砕き、動く炎ことパイロウォーカーを掘り起こした土を土砂の如く浴びせ、ほとんど皆殺しの様相で下へ下へと三層まで降りてきていた。
「魔物って言うほど怖くないな」
「ちなみにタッちゃんの怖い基準ってなんや?」
「ヴィスラの魔術で大地が割れ、空から隙間なく炎の雨が降り注いだ時は死を覚悟したね」
「聞かんかったらよかった」
どう考えても危険に対する恐怖感が薄れているのは指導者の所為です。本当にありがとうございます。
さて、そういった皮肉はともかくとして、順調に進んでいるのは確かである。目下、懸念材料であった不死系などの魔物派出て来ず、加えて、硬いだけなら拳骨でなんとかなるという極端な相性。
そのうえ、背後からの奇襲をしかけた洞窟蜥蜴に対しては、竜樹の尻尾が荒ぶり、一気に活け造りまがい切り身にバラされてしまった。スキルレベルの上昇した謎スキル『振動操作』によって周辺の大気流動による反応を察知し、しかもタイミングを見計らった『隠形』スキルの発動で相手が竜樹という目標を一瞬だけ見失ってしまう為、襲撃をのらくらと躱していく。
何か、野放しにしておくと危ない存在になりつつあるような気がしないでもない。
こう、夜討ち闇討ちのようなことばかり得意そうになっている。
「ひとまず、今日は何処まで行くつもりやの?」
「潜れるところまで。明日帰ればいいよ」
「なんかものすごいこと言われたよーな」
砂をかけて火の後始末をすると、竜樹が探索を再開した。
第四層。主に出てくる魔物は丘ヤドカリとケイブリザードのみ。戦闘はさほどの脅威を感じなかったものの竜樹が小部屋の中で立ち止まる。
「隠し部屋だ」
「何処や?」
竜樹がふんふんと鼻先を動かし、何かを探る。その様子に匂いを探しているのだと理解したメオは、動きを止めてその様子を見守った。
「ここかな」
何の変哲もない土壁を竜樹が何度か掌で叩く。ぺたぺたという音が繰り返されたかと思うと、部屋の端を右拳、黒い外殻に覆われた手で殴りつけた。バリバリという異音と共に部屋の角が壊れ、その隙間へ掌を捻じ込む。
「よっと」
そこで恐るべき腕力が真価を発揮する。
部屋の西側の壁全体が横へとスライドしたのだ。
あまりの光景であるが、続いて現れたのは変色し、苔で覆われた巨大な木製の扉。取っ手を掴んで引っ張ると、篭った空気の饐えたような臭いと共に、部屋が解放された。
「初の隠し部屋だな。探られていると思うか?」
「いや、こんな黴臭ぁかったら、誰も入っとらんと思うんやけど」
「メオ、先に頼む。閉じ込められないように細工しておくから」
「………おっちゃん盾にせんといてぇよ」
ぼやくメオを先行させ、竜樹が扉を細かく観察する。留め金や魔術的なしかけがないことを確認すると、何を思ったか扉の取っ手を再び握る。
「ふっ………!」
力を込めた途端、掌から黒い色が染み出す。取っ手を侵蝕していく黒が何なのかは一見しただけでは解らないが、自身の掌を離した竜樹は、何かを理解したように数度うんうんと頷く。
「『侵蝕』はこんな感じか。使えそうだな」
何か、ヤバい実験に満足したマッドサイエンティストの雰囲気を短い間とはいえ漂わせると、誰に気付かれることなく竜樹はメオを追った。本当に周囲に人がいなくてよかったな。通報されるレベルだった。
さて、第四層隠し部屋の中。
真っ暗な部屋であったが、同じ装置によるものか、謎の松明によって部屋は照らされていた。
六畳一間程度の狭い部屋に、崩れた木材の残骸と、足の折れた机が放置された光景が何か物悲しい気配を演出している。
「机の引き出しは無理か。歪んで開かない」
「そら残念や………」
即座に机が素手で千切られる。材質が段ボールか何かのように手で引き裂かれて引き出しが取り出された。
「え、えげつなー」
「持ち主に会う事があれば謝るよ」
「いや、無理やろ。年代的に」
サイズの大きなハードカバー本が四冊。ナンバリングが「NO.1」から「NO.4」まで。連番の意味を考えつつページを開くと、竜樹が口元だけでにやりと笑う。
「大発見」
「なんや?」
えげつない笑顔をする竜樹に一瞬メオが動きを止める。それでいて好奇心に負けたのか、竜樹が開く書面を覗き込んだ。
「遺跡補修計画書? なんやこれ?」
「遺跡遺跡って言っていたが、さすがに国の傍にあるだけあるな。岳山領国成立前の前の前のそのまた前くらいの国の調査隊が入ったらしいが、そこからなんか補修計画というか、工事の話が持ち上がったらしい」
遺跡というのは古い時代の建物や設備の成れの果てである。
それが現在まで残っているという歴史上、こういったこともあるわけだ。
「年号とか解らんが、おそらく数千年前」
「気の長い話やな」
「けど、なんで改修なんて話が出たんだろうな」
「やー、人間の考えることなんて大抵簡単やろ?」
知った様子でメオがふんふんと紙を嗅いでいる。風化していない理由が気になるらしい。
「財宝の独り占め?」
「いんや」
「文化保護?」
「いやようわからんけどそれも違うと思うで」
凶暴野卑な獣の顔をするメオ。笑顔とは本来的に威嚇する為のものだと竜樹も思い出す。
「恐怖や。埋めだけじゃどうともならんヤバいものを塞いだんやろ」
「それは解らん。塞いだ、ってところは事実らしいが、理由が見当たらない」
計画書については、最下層、全30階層という嫌な事実と共に、その上の階層である29層から30層までを第二十円までで形成される巨大な魔法陣と共に、物理的な施工、なんとか鉱石やらなんとか工法で、主に石、それも石櫃を思わす岩盤じみた固いもので塞いでしまったらしい。
魔法陣の書式や図式は見たが、複雑過ぎて何の為のものかも解らなかった。そもそも解説らしき文章も専門用語が出てくるとさっぱりである。こちらの技術体系そのものがさわりしか理解できないというのに、拾い出した単語だけでも「エーテル」やら「第五元素による構築」だのに「ダークマター」から「トラペゾヘドロン」に「Theインビジブル」となんのことなのか。
簡潔に言えば地下という閉鎖環境で岩盤ぶち抜くような技を使えるはずもなく、物理的に最下層に行くのは無理という話だろう。一体、最下層には何があるというのか。
「こら、最下層には行けそうにないな」
「いや、行くだけならなんとかなるぞ」
「え? どやって?」
「《地中移動》ってスキルだな」
「そんなんできるん?」
「距離さえ短かったら地面に属すもの、石にも潜れることは確認済だしな」
「いしのなかにいる、とかならへん?」
「なんだそのネタくさい台詞は」
「ネタてなんのことや?」
ただ、そこまでして地下に下りる必要があるとも今のところは思えないが。
「とりあえず先行ってみよか? まだ序盤も序盤やし」
「そうだな。にしても、四冊あって半分は日誌じみたものだったな」
「あ、そういうの重要やろ? ほら、危ない時に書かれとった暗号で先に進めたり」
「だからそういうゲーム的なお約束を何故知っている?」
謎のコントを行いながらも、二人はダンジョン探索を続けた。
第五層、第六層、第七層、第八層はスルー。メオに乗った竜樹が《隠形》スキルを活用し、そのまま通り過ぎた。宝箱も未だにないのでちょっと竜樹もガッカリ気味である。敵も四層までと同じものが大半であったが、三種類ほどの新しいモンスターは出た。
スカルナイト。盾とマント、剣や斧で武装した骸骨のモンスター。不死系。
トライクサ。三つ頭の食虫植物。造形はブラキオサウルスに似ていた。植物系。
マッドデーモン。泥の体を持つ二本角の人型で下級魔術式を使う。悪魔系。
次第に敵が強くなっているようにも感じたが、メオが爪を振るうだけで進路を邪魔した個体は撃破された。サンプルというわけではないが、倒したものは階層型収納箱へしまう。
そのまま第九層に到達すると、メオがぴたりと足を止めた。警戒に姿勢を低くする様子に、竜樹も腰の革箱こと階層型収納箱から戦利品を取り出した。
撃破したスカルナイトから回収した「さびたてつのけん」こと鉄の両刃剣である。
大きさはツーハンデットとソードより一回り小型の長柄。
その得物を手に次の部屋に跳び込んだ。
「いやぁぁぁぁぁぁケンゴ! ケンゴォ!」
「諦めろ! あれじゃ助けらんないわよ!」
広い部屋に巨体が一体。中ボスなら十層で出ろよ。とか思ったものの、このパターンだと十層には大ボスが十九層と二十層でも同じパターンで、二十八層にラスボス、最下層には裏ボスですね。わかります。
さて、そんな楽観している暇もなさげだがどうする竜樹。
目の前の巨体は、なんか巨大な円筒型の水槽に、なみなみとスライムらしき黄色いゲル物質が満たされているような造形をしていた。その水槽に透明な手足が生えている。なんだこの魔物。
その足元には大怪我をしていると思しき男が三人。あ、誰が「ケンゴ」君かは知らないが、女性にガン無視されているあたりに残り二人へ親近感湧く。
助太刀したくなる程度には。
「メオ!」
「おうさ!」
疾走する黒虎から跳ぶ。音もなく空中を舞った竜樹は、その手から大剣を投擲した。
透明な手が攻撃を弾く。続いてメオが放ったらしき咆哮に乗せて暴風がスライム水槽に叩きつけられた。それに対し、スライム水槽はというとバランス一つ崩さない。
だが、一人と一匹分の二発で距離は詰められた。
「イン、パクトォォォォ!」
久々の衝撃波スキル基本技が放たれた。
正面から直撃した直進する衝撃波は同じく透明な水槽によっと防がれてしまった。
抗魔でも耐魔でもない。単純な物理的強度の可能性が高い。
頭の中で算盤を弾く竜樹。身体に染み込んだゲーム感覚が、相手の防御力と攻撃力、スキルによるダメージの算出値を想像する。
「ふんぬ!」
スキル補正なしの前蹴りが巨大な水槽を蹴る。空中であることと体重差でさほどの威力は発揮されなかったが、反動で地面へ着地した竜樹は、そのまま足元に倒れた人影を次々と背後へ投げる。
「ちょ、無茶しなさんな!」
慌てたメオが風の方術で爆発的な上昇気流を生み出す。風圧の壁で受け止められた男達がゆっくりと地面へ降りてくると、軽装の鎧をまとった女性達がすぐさま駆け寄ってくる。
「じょーちゃん達、あと頼むわ」
「と、トラが喋った!?」
「それより早く手当てしないと!」
後方の作業を他所に、竜樹は上から振り下ろされた拳を避ける。ほんの数歩で距離を稼いだ彼は、腰からロッドを抜いた。
「《石壁》!」
こつんと地面を叩くと、突き出すように石壁が地面から生成された。
そして壁を盾に尾を振るうと、壁から足元から切断された。
ロッドが戻されると同時、腰溜めに力が込められる。
「せぇ、の!」
右手の指先が石の表面を抉り、重たい石壁が片腕で宙に持ち上げられる。
その石壁が手裏剣のように回転すると、空中を高速飛翔した。
相変わらずの超級腕力である。
直撃した石壁に対し、さすがにスライム水槽としても意表をつかれたらしく、轟音と共に防御した左腕が砕けた石壁ごと吹き飛んだ。
あの魔物の名前が未だに解らないが、なんてモンスターなんだ?
疑問はさておき、竜樹の目の前で非常事態宣言発令。
スライムが淡い発光を示したかと思うと、砕けていた左腕が断面から再生していた。
「あのスライム、再生用の材料も兼ねているのか!?」
いくらなんでも謎生物過ぎる。いや、造形から考えるとゴーレムと同じ人為的なものの感じがしてやたら嫌な予感がする。
揃った両腕が竜樹を捉える。すると、続け様にスライムが『射出』されていた。
必死に回避すると、足元で弾けたスライムが地面を溶解させていく。こんな出鱈目な相手にどう戦えというのか。下手に水槽を割ると、近接戦の最中だったら骨も残らないくらいの急速溶解だった。
「あー、よし、じゃあこれでどうだ」
しかし竜樹は慌てずに掌を振り上げた。
「《砂塵幕》」
突如として地面から吹き上がった砂煙によって彼の姿が隠される。
咄嗟に射出を躊躇したスライム水槽であるが、その間に彼が黒殻の尾を動かし、地面へ魔法陣を刻みつけた。
「《石材採取》」
魔力量に比例して術式効果が竜樹の足元から四角い石の柱が石筍のよう生成される。それぞれが地面から切り離され、傍目には石材が突然生み出されたようにしか見えなかっただろう。
魔法陣によって継続して石の柱の生成は続く中、そのうち一つを両手に掴み上げる。
「さて、全力でいってみようか」
効果はより大型の石壁をぶつけた時に確認している。
槍投げの槍のようなフォームで細い石柱が飛翔した。
着弾音、衝突音、激突音。
なんと表現すべきか解らない音と共に、砂塵を貫いて飛来していく石柱が、バキバキと水槽に亀裂を広げていく。ついにはダムの決壊に似た光景と共に水槽が砕け、中からスライムが流れ出てきた。
そのまま砂塵の中からスライムの襲撃を警戒しながらも一歩踏み出した竜樹だが、空気に触れた途端にスライムは徐々に溶けていってしまう。溶解条件が酸素に触れることだったのかと遅れて気付いた頃には、ほとんど握り拳大のスライムが蠢くだけになっていた。
黄色くか弱い存在ではあるが、即座に竜樹は《波動弾》を打ち込む。飛び散った染みと化し、その命をスライムが失ったことを確認。やっと戦闘体勢を解除した。
周囲に魔物の気配はなく、どうやら倒れていた面々も命を拾ったようだ。
さて、あの人達に事情を一応聞いておくべきかと唸る。
正直、とっとと帰ってもいい気もしたが後々面倒臭くなるのも嫌だったので対応はしておく。
女性人に抱きつかれたメオを羨ましく思いながらも、正直どうでもよくなりつつある自分を竜樹は叱咤して動く。
この世界はなにかにつけてイベントが起きるんだ?
次回も多分・・・11月?




