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怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第一章】死にかけ高校生のリトライ一週目
15/50

・第14話・魔神によるチャンスタイムと青い脅威

 クラパーチ・ディアボロス。虫のような外殻に包まれた悪魔種で、背中を覆う甲羅一面に飛翔と耐魔の効果を持つ魔術式が刻まれた特異な種族。近接戦闘の凶悪さから出現地では『悪魔の喧嘩屋』とも呼ばれている。一方で、弱い相手と戦闘意思のない相手に対しては攻撃を行わないという特徴を併せ持つ。

 ロッキンドラゴン。鉱石の外皮を持つ中位ドラゴン種。ドラゴン種には低位、中位、高位、最高位とある中で中位種に位置する。空気中の窒素を化合させた爆圧型のブレスと、鉱石を利用した魔術式を用いる。

 カトラス・ゼロ。刀身で形作られた無機物種。捨てられた刃物に精霊が宿った存在。

「ふむ」

購入したばかりの本、別冊モンスター図鑑『危険種族特集号』なる本を見ていた竜樹は、目の前の羊皮紙に魔術式をペンで付け加える。

「これでいいかな?」

目の前の魔法陣は鋭角な線が幾本も重ねられている。羊皮紙の淵に線がかかるほど巨大に書かれた円の中には、メオに教えられた制約召喚の術式を中心に何をすればそうなるのかという言うぐらい無作為な線が幾重にも重ねられていた。

 場所はミスタオークから少し離れた山林の中、少し開けた野っぱらの中央。

 そこには、何を考えてか種族的特徴を示す図柄、羽、鉱石、器、魔物といったものが、形を損なわないレベルで無数に書き連ねてあった。

 召喚術式のレベルが足らず対象が絞れないことを逆手に取って何でもいいので強い種族を呼び出そうという無茶振り。そして図形の上に持っていた属性石の残りをまとめてばら撒く。

 術式の上へ無作為にばら撒かれた石がまたランダム性をさらに上げた。

「さて、あとは魔力全投入いってみようか」

そこにアルグレンテが居れば「死にたいのやめなさいよ!?」などと言って止めるだろうか、幸いというか残念というか、ここには彼しか居ない。ビリーすらお留守番を命じてある。

 そして魔力総量は少ないが、その所為かはさておき魔力を一回で全投入できるという阿呆のような制御能力の高さは、練り込んだ魔力を一気に解き放った。

 量は全投入でも中級魔術師の一発分、質は練りこまれたもので純度が上級の一歩手前、効率

は限りなく無駄だらけの術式の隅々まで行き渡る潔いほどの抽出速度。

 身体に支障が出ない最低ラインを残して放り込まれた魔力は、魔術式を勢い良く起動させ、回路が焼け付くほどの勢いて相手先との場を結ぶ。

 青い光を帯びた魔法陣がとてつもない閃光を発生させた。

 同時、光の中から声がしてくる。

『我は亜神、あらゆる傷を負わず、いかなる武器でも傷を与えること叶わぬ者』

重々しい声。それは張りがあり高音と低音の重なった奇妙な聲。

 男のようであり、女のようでもあった。

『召喚者よ。貴様は何を望む?』

未だ姿の見えぬ相手に対し、竜樹は僅かばかり考え、思いついたように答える。

「嫁が欲しい」

『………何を望むと?』

「すっげぇ美人で乳がこうズドンとあって、あと、性格すっげぇよい感じの美女の嫁さんが欲しい」

『………すまぬ。さすがにそれは無理だ』

閃光の残滓、そしてどこから発生したのか冷たい煙が一陣の風に吹き払われ、その場に召喚された存在の姿を月明かりの下で露わにする。

 黒檀を思わす体躯に凶悪な印象を与える白い紋様が描かれた全身、目鼻もないつるりとした顔には仮面を思わす絵が描かれている。その体躯は竜樹の三倍くらいありそうだった。

「あぁ、いや、ごめん。呼び出しておいて無茶なお願いをしてこちらこそ申し訳ない。そのかわり今の台詞忘れて。あと、呼び出しておいて申し訳ないがどこの神族に属す方ですかはい」

『あぁ、バラモン魔神族に属すヒラニヤカシプという』

まったく知らない。というか、こんな素人が書いた術式で神様出てくるとかこの世界どうなっているんだ。

「えーっと何の神様?」

『ふむ、我が司るのは不死だ。世界を全て手に入れたことがある。ただし、遥かな時の彼方でのことだがな。今となっては空想に等しい無力な存在、亜神でしかない』

「はー、なるほど」

よう解らんがなんか弱った神様か、神だったもの、もしくは神様もどき的な存在らしい。

ふと、そこで考える。

「いや、さすがに神様を使役できるとは思えんし、できればお帰りいただけますか?」

『そうさな。だが我も魔神、貴様に望みを一つ叶えよう。ただし、制限はあるがな』

「制限?」

『一回だけだ。一回だけ、好きなことができるようにしてやろう』

「一回って言うと、世界を手に入れたいって叫ぶと、それだけで世界の全てが俺のものになるとかもあり?」

『それもできる。ただ、効果が大きければ時間は一瞬だ。その願いが叶った瞬間、瞬きしたあとには終わっている』

「えー?」

ある程度の現実に沿ったものでないと魔神のサービスが叶ったかどうかさえ解らない。

 しかしそこで天啓を得る。このタイミングでこのチャンスはこれをやれってことだと。

 ただし、それをやっていいものかとものすごく真剣に竜樹は悩んだ。

「すいません魔神さん、願い事について相談させてください」

『なんだ?』

少しばかり話し辛そうであったものの、心を決めたのか竜樹が口を開く。

「今、自分は召喚術を試しています」

『そのようだな。我の召喚も偶発的なものだったのだろう?』

「その通りなわけだが。それで、次の召喚、その一回だけを俺の望む形で成功させることってできますか?」

『内容にもよる。我は力も衰えておるゆえ、特性に関わることでないと少しばかり運にも頼ることになる』

「じゃあ、例えば俺を不死にしてくれって言うと?」

『致死攻撃を確率で防ぐくらいだな。心臓を刺されそうになった時などに2割で助かる』

「逆に下がってない? 八割死にますよその状況」

『必ず死にかねない状況で2割だが?』

「いや、それはさすがにいいけど、例えば、例えばですね」

深呼吸し、躊躇っていた内容をついに喋る。

「望む通りの相手を召喚して使役とかできますか?」

『………使役した相手との間に、本当に愛が生まれると思うのか?』

「はっ!?」

魔神に諭されるという非常にレアな体験をしながらも、ふと竜樹が思い至る。

「すいませんが、召喚術について知識を授けてもらうってのはありで?」

『よかろう。我も仮とはいえ魔神である。知りうる限りを教えよう』

むしろ、それこそを望んでいたのではないかという節があった。

 魔神とて矜持というものがある。不完全な望みを叶えるより、己が持ちえるもので望む形を叶える方が心地良いと感じる。それを知ってこそいないものの、相変わらずの超感覚、単なる勘レベルの反応で察知した竜樹は知識を魔神へ問うた。

「物品の召喚についての知識が欲しい」

『ほう』

魔神の指導によって召喚術を学ぶという無駄に豪華な状況の中、本人は気付いていないが召喚術の秘奥と呼ばれる技術を幾つか授けられながら知識を書き留めていく。

『あとは我が名を示す印を教えておこう。本当に困った時に呼ぶがよい』

「なにから何までお世話になります」

『よい。久方ぶりによき召喚者であった。研鑽を忘れるではないぞ。さらばだ』

やたら世話好きな魔神との交流は短かった。

 そのまま光の粒子として消えていく姿を見送ると、気合を入れ直した竜樹が一人頷く。

 学んだばかりの召喚術の練習に励むこと小一時間。魔神の召喚に変な自信と妙な理論の思いつきによって嫌なエンジンがかかってきた竜樹であるが、ストッパーは周囲に誰もいない。

「魔神を再召喚できるとして召喚対象を例えば別の、召喚者を寄り代にするなんかで………」

その後、期待を裏切らず何故か森の中で大爆発が起きてしまったのはどうなんだろうか。

そこらへんは発生源が逃亡した為、仔細を知るものはいない。

 夜間に冒険者ギルド総動員という大騒ぎと発展したのだが、井戸レベルの深さが開いた大穴を発見したのみに留まり、魔術的な作用か物理的な爆発による結果かさえ解らないまま迷宮入りとなる。

 出発前、危険がないようにと竜樹がこっそり穴を埋めておいた。



 明けて翌日。未だ眠り姫となっているセーラー少女を後部座席へ押し込み移動の準備を始める。昨日はミスタオークまで竜樹が走ってついてきたのだが、竜樹が乗ろうとするとメオの居場所が足らないのである。元々、三人ギリギリ座れる後部座席に旧メイドと新人メイド二人とセーラー服、助手席にメオという状態である。ちなみにメオの巨体をどう押し込んでいるかと思うと、全部は入らず半分以上が助手席からはみ出して車外に前足は放り出される格好である。

「護衛が離れるとかありえんのですが」

「いや、正直メオだけでもいいけど? かわいいし」

アルグレンテからの冷たい言葉に対し、仕方ないとばかりにメオへ指示を出す。

「メオ、悪いがちょっと戻っててくれるか?」

「しゃーないな。ほな、着いたら呼んでな」

「おう」

竜樹の掌から青い魔力の粒子が広がったかと思うと、発動した償還術式によってメオが虚空へ消えた。透明になりながら青い光として飛び散っていく様子は幻想的であるが、消した本人は

然して気にもせず早々に乗り込む。ちなみに、同様の手順で幼体妖精もビリーも償還している。ありがたいことに、償還している間は幼体にも影響は出ないそうだ。

 しかし償還された間は何処に居るのだろうと正直悩む。召喚獣が住むそういった世界があるのだろうか? それって何界?

「おのれモフモフ成分を消しおって」

「いいからさっさと車出してくれ。さっさと帰りたいんだから」

「横暴な護衛め」

ぶつくさ言いながらも自動車のアクセルを踏み込んだアルグレンテによって門へ。

門番に身分証を見せて早々に抜け出す。

 悪路をぐいぐいと走り出す車に対し、後部座席で体重の軽い二人が跳ねた。

「それにしても、王女に指示を出すタツィキさんって何者なんでしょう」

「いんや立場も経験もないふつーの近衛兵っちゃ。あれはあーいうもんやと思う他なかよ」

「そういうものですか」

「そうとしか言えんやろ。あんな腕力だけの阿呆」

相変わらずの酷評を受けながらも、行程は何の問題も無く進んでいった。



 中途休憩。今回は比較的にアルグレンテが加減してくれたおかげか妃佐子も無事である。無骨な金属製の水筒からお茶を飲んでいる面々から離れた竜樹は、ぺれぺれと銀楽器を鳴らしていた。

 感覚野を広げて音の流れを拾う。

 常人には決して聞こえない高音域が周囲に広く広く広がっていき、円を歪にする何かが居ると場所を絞り込んでいく。魔物と思しき存在が数体、街道に近い位置であるようだが脅威度は低い。

 それよりも気になったことがある。

 複数人の人間が草叢で立ち止まっているような気配、それを岳山領国首都手前ではっきりと捉えた。

 待ち伏せかは断定できない。冒険者などという風来坊だらけの世界である以上、無関係の人間が魔物狩りしてたところで何の不思議もない。

「ふむ」

ただし、用心するに越したことはない。

収納の巻紙から銀楽器と入れ替えたものを用意。使う機会がなかったあの金属缶を取り出した。ラベルを確認していき『雲型試作品』と日本語でばっちり書かれた品を一つ確かめる。

 この金属缶、実はアイテムの一種であり、それぞれの効果が違う。

その中でも『雲型試作品』は竜樹がオーロック協力のもとで開発した防御用アイテムである。

「グレ子、は運転しているから無理か。スガホー、これ持っておいて」

「これは何ですか?」

「防御用のアイテム。蓋を捻りながら押し込むと術式が発動して遠距離攻撃を防ぐ、はずだ」

「ちょいちょい、タツキちゃんってばこれ試した?」

「いや、試したことはないが、一応オーロックさんに効果のほどは保障してもらっている」

「うーわー、信用できるんだかできないんだか微妙なくらいね」

難しい顔をするアルグレンテに対し、半笑いの竜樹は肩を竦める。

「御守りくらいに思っとけばいいさ。基本的にはこっちでなんとかするつもりだから」

「正直もう襲撃にはウンザリなのよねぇ。また来ると思う?」

「さぁ?」

「頼りになんねー」

「あ、あの、いざという時は使わせていただきます」

「いや、そんな身構えなくてもいいから」

口をへの字に曲げるアルグレンテの背を押し車に戻る。今まで会話に加わっていない妃佐子であるが、車の後部座席で遠くを見たまま動こうとしない。まだ酔ってはいないようだが、余裕がなくなるくらいにはヤバいらしい。

「妃佐子も限界近いな。いそげいそげ」

「いや、吐くなら言ってね。車の中はさすがにヤバいから」

にこっと笑うその額には脂汗が滲んでいた。

 どんだけ車酔いに耐性がないんだこの娘っ子は。



 目標地点付近へ接近。草叢から人影が出てくるさまが一瞬見えた。

 さて、どう対処しようかと思う前に、アクセルが床まで踏み込まれ、エンジンが甲高く咆哮した。

「え?」

何か柔らかい皮袋が吹っ飛ばされるような嫌な音が聞こえた。

「あれ? なんかいた?」

「いや、いたかもしれないけど」

「ま、いいや」

わざとだろうけど何も言えない。

それに、あんな思わせぶりなタイミング車の前に出ればそうなるだろう。

こんだけヴォンヴォンとエンジン音ぶちまけている車に気付かなかったはずなかろうし関係者だろうなと一人納得しておく。

「あ、大丈夫そうだから。さっきの缶を返して」

「今、ひとを」

「大丈夫。軽装とはいえ革鎧つけていたからしんでないよ。多分」

「いや、え? うーん」

ツッコミ不在につきオチは特になし。

 妃佐子さんは遠くを見たまま未だにぴくりとも動きません。



 さて、ダイジェスト的に短かった帰り道も終わり。ついに、懐かしき門を守る守衛のいない門をくぐって都市へ入る。雑多ながらも賑わいに満ちた岳山領国の首都へやっと帰って来たはずなのだが、薄ら寒い。

 どこか埃っぽいくせに、濃密な山林からの風がどこからともなく通り抜けていく。

 あぁ、この空気だと、新たな故郷の様子に思わず気を抜いたものの、不信感に警戒レベルを上げ、感覚野の範囲を広げる。

 そのまま表通りを抜けて屋敷前に停車した車から竜樹が降りると、残った女子メンバーに対して敬礼。

「護衛任務終了。ってなわけで、帰っていいもんか?」

命令書の達成確認欄にアルグレンテからサインを貰うと、書面を収納。

「はいはい。んじゃ、またなんかあったらよろしくね。あと、召喚獣については報告忘れないようにね」

「了解。にしても」

「何?」

「人通りゼロって、お祭りでもやっているのですか?」

「え?」

気付いていなかったのかよと竜樹が心中でツッコむ。

 雑多な喧騒がない、どころか、外出している人影が欠片もないのだ。

「これはヤバそげな気配がすんなぁ」

地響きが遠く聞こえてきたあたりで、嫌な予感しかしない。

 ずしん、ずしんと、繰り返される足音に対して収納の巻紙を広げた。跳び出してきた魔術用の金属ロッドを受け止める。

 同時、ロッドの先端で空中に描かれた青い魔力の軌跡により魔法陣が描かれ、二次元的な図形が波打つように白く発光していく。その内から黒い巨体、黒虎のメオが姿を現す。相変わらず物理法則を無視した顕現だ

「あらま、なんかヤバそげな気配するな」

「メオ、戦闘準備。何かくる。アルグレンテは二人を連れて引っ込め」

「ちょ、何よ?」

「スガホー、いいから二人とも引っ張り込め。後部座席の眠り姫もな」

「えぇっと、はい、解りました」

「にゃー!? ちょっとちょっと!」

四本腕を駆使して王女と捕虜を抱えて屋敷内へ走っていくスガホー。細腕のわりに腕力があるようで少し驚く。妃佐子も慌てて構える。

「いや、お前は護衛だろ。戻れ戻れ」

「あ、危なくなったら逃げるっちゃよ!」

 さて、避難した背中を見送り、足音の正体を待つ。

いきなり街角から巨大な人影がぬっと姿を現す。

 青い外殻の人型。見上げるほどの巨体はいつぞやのラウンドオーガの更に倍はでかい。目算で8m超、ゴーレムかとも思ったが、大きく開いた口元から熱い呼吸が漏れ出ていた。あんな凶悪な顔のゴーレムが居たら居たで嫌だ。

 トカゲを思わす顔に、二足歩行。直立するゴリラじみた体格。鉱石を焼き固めたような外殻は冷え冷えとした青をしており、そこから妙な気配、シンパシーとも同族嫌悪とも似た何かを感じた。

 脳内のギアというかリミッターが一気に切り替わる。

全身の細胞が過去の経験に従って全力を命じているのが直感で解った。

これは、あれだ。

 怪獣。

「話し通じると思う?」

「無理やな。構え」

恐怖に全身が強張るものの、頭の奥は不思議なくらい冷静だった。怪獣というだけで拒否反応を起こすほど繊細な心でなかったおかげか、単に、あの時の恐怖に比べれば目の前の存在をさほど恐ろしいとも思えないだけか。

経験ってすごい。殺されかけたり炎の雨の一つを浴びたりすれば多少怖いことでも耐えられるようになるらしい。

考えて居る間にも巨大な咆哮が浴びせられる。巨大な拳も振り上げられた。

 硬い相手では衝撃系スキルは効果を発揮しない。波動系統はまだ溜めがないと使えない。

 初っ端から牽制技の各種が制限された。

「やばい。相性が悪い。殴るくらいしか思いつかない」

「ええから避けぇ!」

左右へ跳躍した竜樹とメオだが、続けて横殴りの拳が襲う。

 同時、青い巨人の体躯から真っ白な煙が噴出した。

「冷たっ!?」

「言うとる場合か!」

ロッドを使って魔術式を構築、地面へ魔力を通すと、そのままアッパーの軌道で杖を振り上げる。

「《砂礫弾(ペッパーガン)》!」

小さな石が続け様に地表から飛び出す。鋭い先端が散弾のよう飛び散るが、まず青い外殻に当たる前に砂と砕け、続いて白い煙、冷気によって重く湿って一気に地面へ落ちた。

「抗魔や!」

「外側が硬くて魔力弾くとかマジでチートだな!」

しかも近付くと瞬時に凍らされる。打つ手が現在ゼロになりました。

「………間違いなく怪獣だな。最悪だ」

「なんやそれ!?」

だとしたら危険度が更に跳ね上がる。下手に血だのに触れれば怪獣病が広がる。

 青い巨人を迂回するように再び集まったメオと竜樹は、現状に対して追ってくる巨人を引き離さない速度でダッシュを続ける。引き離すと別のところに向かいかねない状況を案じてだ。

「どないする?」

「オーロックさんならなんとかできそうな気がするけど、居たならとうに終わっている気もするなぁ」

「誰それ?」

「俺の師匠。魔剣ぶんぶん振り回して剣霊召喚する人」

「怖ぁ」

「あと闇の魔術とかぽんぽんぶっ放すな。正直、あの人が居て隣の国との諍いが停戦にしかならなかったのが未だに不思議だ」

「余裕あんのは結構やけどそろそろくるで!」

咆哮と共に巨人の周囲に魔力が集まる。空中で氷の礫が生まれると、マシンガンのように飛来してきた。

「メオ!」

「任せとき!」

阿吽の呼吸は召喚獣にとっても利点の一つだろう。即座にメオの背に跳び乗ると《パルス》と黒殻の尾を使って続け様に叩き落した。

そのまま勢いを増したメオが、若干巨人との間に距離を開けた。

「遠距離攻撃もできるとか隙がないな。クラスで隠れ人気の真面目で眼鏡な委員長かあの野郎」

「言っとることは解らんが屋敷からも離れたしそろそろ逃げよーや! あの氷攻撃連発されたらさすがにしんどいで!」

「なんか考える。それより、どっかに人の気配ない?」

「もうちょい上から匂いはする!」

岳山領の街は大きな山を削って中腹あたりから山頂までを完全になくし、ほぼ平たい土地にしてしまっている。ほぼというのは、地質から隆起を取り残すことが難しい場所、ちょうど王城の位置が小高い場所になっているのだ。東側に端っこの延びた目玉焼きを想像し、西側の端っこに黄身、王城があるような光景を想像すれば具体的な立地になる。

「あー、なるほど、王城にお籠りさんか。とりあえず適当に撒いてそっち行こうか。次の角曲がったら全速で」

「あいよ!」

家々の立ち並ぶ住宅街を曲がり、また大通りに出た。ぐるぐると方向を定めないよう広さのある道を進んでいたが、急カーブと共にメオが低く体勢を沈めた。

「掴まれ。落ちたら拾いにはいけんからな」

「解った」

メオが加速する。暴風が舞い散り、圧倒的な速度で景色が背後へ流れていく。今までの加減した走りとは次元が違っていた。

 身体を前に倒し、必死にしがみつく。咆哮が一気に遠ざかるか、今度は目の前に誰か居る。

「む?」

「あ、メオ緊急停止」

「んああっととととと!?」

悲鳴なのか奇声なのかよく解らない声を上げて爪が路面を削る。

 剣を構え、深い暗緑の胴鎧を身に纏った立ち姿はオーロック。

 鎧やら籠手、ブーツを含めて全身が暗く深い緑で包まれたオーロックに対し、黒の上下の竜樹は、その近衛兵の一般服で虎に乗った格好。なんだこの光景。

「あ、ただいま戻りました。これ召喚獣です。走りながらでも?」

「構わん。こちらではあの青い怪獣が人を襲っているので討伐を始めるところだ」

指示された方向、また市街地へUターンする経路をメオとオーロックが併走しながら会話を続ける。現在、都市部で一切の人間がいないのは、避難を優先させたからという。あの怪獣が出て被害がゼロ近いという時点でどんな手腕なのかと驚くやら呆れるやら。

「通常の魔術式は効果が無いが、街中では大規模魔術を使うこともできん。剣霊だと血飛沫が飛び散るだろうし、あの青い外皮がどうにも具合が悪い。放散する冷気から多人数で囲むわけにもいかん」

いや、街の被害さえ気にしなければ軽く殺せるように聞こえたが、そこのところはどうなんだろうか。

「それだけ前提条件があると、手詰まり感半端ないですね」

「何か案はあるか?」

「落とし穴」

「やつは地中移動能力持ちだ。だから今まで見つからなかった」

「あとは大質量や燃焼による撃滅、くらいですかね」

「つまり?」

「潰すか、燃やしましょう。物理的に」

「採用」

空気を呼んで黙っているメオだが「こいつらアカン」と本気で恐怖していた。

 異世界という事情をさっぴいても、竜樹はオーロックの洗礼によって常識の置き去り感がすごいことになっていた。

 ちかちかと掲げた剣を陽光で反射していると、城の方角から同じく光の明滅が返ってくる。

「今のは?」

「戦闘開始の合図だ。後詰でヴィスラも待機している」

「成程」

他の面子も遊ばせているわけではないということかと竜樹が納得する。魔術師は抗魔で防御も無効化される以上、前線で一緒に戦うのは危険だから城側から危険な時は遠距離攻撃でのフォローが入ると。

「上空で固める。少し時間がかかるぞ」

「遠くに魔法の発生地点を指定するやり方今度教えてください」

「今度な。すまんが足止めを頼めるか?」

「やってみます。メオ、喋っていいぞ」

「あ? ほんまに? まだ説明しとらんかったけどええの?」

「そのくらい会った瞬間に解る人だから大丈夫」

「さよですか。メオですよろしゅうに」

「あぁ、タツキを頼む」

相変わらずの関西弁似の訛りでメオが挨拶する。

 そのまま踵を返すと、立ち止まるオーロックを置き去りに、メオが走る方向を修正。

「で、どないするん?」

「足止めだけならどうとでも。そういや、メオって殴る蹴る以外になんかできる?」

「一応、同系統の獣系の指揮と仙術が幾つか使えるけど」

「仙術?」

「こっちで言う魔術や。やれることは限られとんのやけどな」

「例えば?」

道術(どうじゅつ)縮地術(しゅくちじゅつ)、あと、方術っていう技で風が操れる」

「ほー、で、具体的には?」

「いや、さすがに悠長に話す時間はなさそうやで」

速度こそ調整していたものの、青い怪獣が目の前である。

 片手に構えたロッドを通して地面へ再び魔力を通した。

 魔力を水のような流動体として意識し、なるべく遠くへ伝える。しかし、地面という媒体に対して命令を伝える魔力の流れはそう簡単には伝わらない。

 なんてったって魔力の総量がいまいちなんですもの。

「《落とし(ホールフォール)》」

 それでも戦闘中に使えるとオーロック氏に評価されるだけの技量はある。

 拳を振り上げた青い怪獣に対し、踏み出した足元へ落とし穴が開いた。

 怪獣の臑までが穴へ落ち込み、一気にバランスを崩す。

「あとは足払いからコンボ連打で」

「いやいやちょっとおい」

メオの動揺を無視し、ロッドを腰のホルスターへ差すと、振りかぶった腕から拳へオーラを込めていく。

 衝撃系スキル《ドレイク》の発動。中射程、長槍と同じほどの射程をもち、人間の五歩から十歩分の距離に衝撃を発射する。発射後も技量によっては軌道修正ができるのが特徴で、足を抜こうと怪獣が片足へ力を込めた瞬間に足首を横方向へ払う。

ぐらりと傾く青い怪獣。トカゲじみた凶悪な顔に微かな動揺が見て取れた。いや、怪獣の様子から思考が少しでも読み取れるとかどんだけだ竜樹。

加えて、両脚だけでは無理と素早く掌を地面へ着こうとすると、先程と同じく《ドレイク》が見舞われ、手足の動きがスカされてしまう。ほんの一瞬、力が集まる寸前に動きを妨害することで次の行動止める謎の技術。

以前にミスタオークのゴーレム戦で見せたバランス崩しの第二段である。

「散々走らせたから冷気の発散もちょっと衰えた感もあるな。ほっ」

「うわ、えげつな」

いちいちメオの反応が失礼だが、少なくとも助力してくれていることはすぐに解った。

背中に乗った瞬間からかもしれないが、何らかの術式で風を操り、冷気を左右に散らしてくれているのがメオである。そのおかげで中距離攻撃の位置に居ても、冷気ダメージによる追加効果が発生していない。

そして全力で《ドレイク》連射する。《インパクト》より体に負担が大きく、クールタイムの終了と同時に連発している状況では、既にいっぱいいっぱいになりつつある。

経過時間にして数分。

全身から大粒の汗を滲ませた竜樹が肩で息をしていると、不意に頭上が陰った。

「メオ、すまんが、風を使いながら下がれ」

「あぁもう世話が焼けるなぁ!」

下から掬い上げるようにメオが背中へ竜樹を背負うと、ついでとばかりに怪獣の顔に暴風を叩きつける。魔力はすぐに散ってしまうものの、舞い上がった砂礫によって僅かばかり動きが阻害される。

 そしてメオが瞬時に距離を離すと同時、巨大な塊が怪獣の直上から落下した。

 太陽が遮られ、怪獣とは別の巨大な冷気が周囲の温度を瞬時に低下した一瞬の後。

 地響きと、とてつもない激突音が街全体に響き渡った。

 上空で形成されたのは奇しくも青い怪獣と同属性、巨大な氷塊、いや氷の塔だった。

 水属性の派生、氷属性の《氷山塊(アイスバーグ)》。

 通常は氷の壁などの作成を行うアイスクリエイト系の上位にあたる魔術式。

 しかし、それを空中、上空の水蒸気などを集めて巨大なものを作成して真下に落とすという力技としてオーロックは放った。抗魔で防げるのは魔術的な要素を含む『現象』までで、魔術式にて『生成』された氷塊までは防げない。

 そして、単純な質量、密度は怪獣を完膚なきまでに圧殺せしめんとする。

 物理法則無視はお約束であるが、オーロックによって生成された氷の塔の密度はそれを差し引いても異常だった。竜樹がすごくふつうにおもえるくらいに。

「………あれ、溶けると思うか?」

「………いや、溶けるんちゃうかなぁ?」

とりあえず、討伐には成功したようだった。

 おそらく。

 おそらく?

「あー、嫌な予感しかしねぇ」

自身の予感に従い、メオから下りた竜樹が下っ腹に力を入れる。丹田に力を込める。

 LPというかスキルポイントはがっつりゼロ付近のままだが全身の筋肉に力を込めて倦怠感を振り切る。MPは若干残っている気がするが、それだけでなんとかできる気は全然しない。むしろ、本能が「いいからはよ逃げろ」と訴えかけている節がある。

 そして予感が実感に変わると氷の塔が砕けた。

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

咆哮が轟く。全身を砕かれながらも、コールタールじみた黒い体液を垂れ流して前進する巨体は未だ強い渇望を滲ませる。

 一体、何を望んでいるというのか。

 食欲か。暴虐への愉悦か。またはそれ以外なのか。

 必死に足を動かす青い怪獣を前に、立つのは遥かに小さな人影と虎。

 戦力比がどう考えてもおかしい。

「メオ、オーロックさんは?」

「さすがにあれ出して動くのは無理なんちゃうかなぁ?」

「それもそうか」

血の流出と反比例で冷気は目減りしている。精々が出血を凍らせ負傷を広げない程度で、周囲を凍てつかせるほどの威力はない。身体全身を覆っていた鱗というか、装甲も、罅割れだらけで肉が覗いている。

「メオ、なんか奥の手とかない?」

「足一本なら、なんとか………」

そこまで考えていると、ふわりと茶色い球体が王城の方向から漂ってくる。大きさはかつての世界で見たアドバルーンサイズだが、その数は総計四つ。

「あ、逃げていいみたい」

「え?」

茶色い球体が巨体の上に縦に並ぶ。某有名な落ち物パズルゲームを想像する光景だが、手の届かない位置に茶色い球体があることに怪獣がいらだったように腕を振り回していた。

 そして怪獣を中心に魔法陣が地上に出現していた。透明な結界が巨体の周囲を覆い、怪獣とバルーンを囲い込む。

「いや、あんなもんデカブツが触れたら壊れるんちゃうの?」

「あー、あれは多分、単なる釜だから」

「なんやて?」

赤から白へ。真っ白な炎が一瞬にして火柱を上げていた。その熱気たるや、周囲に散らばっていた氷の塔、その破片が瞬く間に溶けていく。結界の外に漏れる余波だけでだ。

「いや、魔術じゃ燃えやせんやろ?」

「あれは単なる加熱だから燃えるよ」

「何のこっちゃ全然わからへんのやけど」

「いや、単純な話だから」

お気づきの方は多いだろうが、先程の茶色いアドバルーンは水と風の魔術式で球状にして飛ばされていた油である。

その、ぶちまけた大量の油を種火代わりに、外側から風や地属性の魔術式でその他の集めた可燃物や酸素を複雑に攪拌し、温度をマグマのちょい上レベルまで上昇させているのだろう。

「あれも錬金術の応用とか言われるんだろうなぁ」

「いやいやいや、わけわからん。それ魔術式やろ? なんで効くん?」

「あー、説明難しいけど、とりあえず魔術式で火をつけた焚き火みたいなもんだよ。種火は魔術式でも、そのあと燃え続けているのは薪のおかげだろ? その薪の火は魔術的なものじゃないから、抗魔じゃ防げない」

「わかったようなわからないような」

不完全燃焼感は拭えないが、正直、命が助かったことにほっとする。無理矢理動かそうとした体は、未だにクールタイム中なのか若干だるい。

 この世界に来て以降、妙に好戦的になっている気もするが、どうでもいいかと緩く笑う。

 やたら天気のよい晴れ空の下で何をやっているのだろうかと一人見上げながら脱力した。


次回は十一月下旬予定です

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