表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第一章】死にかけ高校生のリトライ一週目
14/50

・第13話・出会った少女は放置気味で帰り道にて召喚術はアレで

 その日、竜樹は夢を見た。

 カラカラと音を立てる六面ダイスが二つ。真っ黒なテーブルで弾んだダイスの出目を見て、転がした当人が顔をしかめているのが見えた。それでいてしかめているはずの顔は輪郭しか見えない。引き結んだ口があるようであり、眉根を寄せた眉間が見えたようであるというのに。

 深々と溜め息を吐き出した誰かは、手元の書面へペンを走らせていく。

「またか。出る目、出る目、どれもこれも。またフラグが圧し折られた」

複雑に入り組んだアミダクジのような図柄の線が下へ下へ辿られていく。その道順を見てみると、図形の端へ端へと向かっていく。

「………これはどうしたものか?」

その瞳が残忍とも、憐憫ともつかぬ光を帯びた瞬間、夢から醒めていた。


 目が覚めたのは帰り道の途中。気付けばミスタオークに到着していた。セーラー服の襲撃にて到着が夕方となったが、当人はいまだ目覚める様子はない。縛られたまま宿屋の個室、それも二つ並んだベッドのうち一つを占拠したまま眠り姫。

 ちなみにもう片方は竜樹、床がメオである。

「ごっつ疲れたわー。もうおっちゃんに無理させすぎやわー」

「お疲れ」

ねぎらいと共に首筋を撫でる。ふかふかとした毛皮に指先が埋まる感触を楽しんでいると、メオが猫のようにごろごろと喉を鳴らす。

「あ、多分休眠状態だから起きないよ?」

相変わらず何が入っているのかまったく解らないトランクから謎の荷物を取り出すアルグレンテが呟く。

「また謎ワードが出てきたな」

「いや、とりあえず数日単位で起きないから気にしなくてよさげよ」

二部屋続きの大部屋であるが、反対側は女子三人で実にかしましい。煩いと言うと後が怖いので何も言わない。ここ最近で空気になることが女子集団に対する自衛手段だと気付きつつある竜樹であるが、そんなものでいいのかと悩みどころでもある。

 暇潰しがてら手の中で《波動弾》、青いビー玉サイズの球体状にオーラを練りながら、この後の予定についてアルグレンテに確認。

「明日には到着?」

「そーよ。やっと面倒な仕事も終わりだわー。今回ハード過ぎてほんとに勘弁して欲しいわー」

二間を繋ぐダイニングで他の二人とは別に荷物整理をするアルグレンテ。ぶつくさ言いつつも今日まで夜会だのなんだので実際にハードワークを重ねてきた彼女は、さっさと引き上げたいと呟く。

「あ、そういや召喚術を教えてくれメオ」

ビー玉サイズの青いオーラが瞬時に消える。残滓も残さない見事な制御術は訓練を始めて数週間の人間とはとても思えないレベルであるが、アルグレンテやメオは特に気付かなかった。というより、かたや霊獣、かたや魔術が主と、分野が違うのでその異常性を理解していないのだろうが。

 地獄の特訓と実戦を経て、かなり経験値を得ているようだが、竜樹のスキルやレベルは、未だに不明なままである。文字化けは直らず、これといった進展もなし。

 何か、実際にその真実を見た時、すごい嫌な技能が増えていたりしそうでなんか怖い。

「おおう、そういやそんな話やったな。そいじゃ、おいちゃんがちっとばかし教えたろか」

「あ、霊獣の教えとかすごい興味あるんですけど」

「ほな、お二人さんごあんなーいやな」

虎の顔にこれと解る人間臭い笑みを浮かべたメオは、その尻尾をゆらゆらと揺らした。



場所は他のダイニング。女子側個室と竜樹側個室には危険防止の為に施錠がされた。ちなみにスガホーも妃佐子は、自由時間とのことで宿の外へ買出しに出かけた基本的に彼女達メイドさんが部屋備え付けの台所で食事を作っている為、食材の買出しは必須なのだ。

 さて、教師面して二人の前に座るメオ。今はテーブルや椅子が脇に寄せられ、それぞれが床に直接座っている。

「ま、こないな格好で悪いけど、テーブルあるとどうも具合悪くてな」

「俺は気にしないから」

「私も別にいいわよそのくらい」

「ほんなら始めよか。まず、召喚術の基礎からおさらいしとこ」

さて、それでは召喚術について。

 他所から無機物、生物を問わず呼び出す技術。

「ちゅーわけやな」

「わー、ざっくり」

「最近、この虎が霊獣なのかすごい疑っているのよね」

不審げな二人の視線を受け、猫のように顔を洗うメオ。明らかに誤魔化している感はあるが、気を取り直したのか話を続ける。

「で、お二人さん、魔法陣ってどのくらい覚えとるんや?」

「えーっと、最小円単位で六系等七十種くらい」

「地系統が120で、他が10種類ずつくらい、無属性が三十くらいで、最小円から第六陣形まで」

「タッちゃんはえらい偏っとるもんやなー」

「いや、使う術式から覚えていったらわけわからんことになって」

魔法陣は図形を重ねて全体を構築する。その最小単位を最小円、そのまま図形の大きさで第一、第二、第三と最大で第二十陣形まで広がる。あとは火や水、環境や造形物を示す様々な図形や絵柄の組み合わせや描き方の中で、効果を発揮するものを一種ずつとしてカウントしていく。

 詠唱とは違い、魔法陣は厳密な相互の組み合わせや組み立てが重要となる。伝説の系譜、物理的な現象の構築、発生から実現までの手順。表現は幾らでもあるが、つまりは論理的な帰結が必ず必要となるわけだが。

「ほな、用意してもろたこの板見てくれるか?」

薄い木板にメオが爪先で図形を刻んでいく。歪な円の中、幾つかの図形が組み合わされる。

 書き方はさほど複雑なものではない。丸い大円の中を段階的に大きくなる丸が描かれたものは、意訳するのであれば『起動』、『接続』、『構築』、『選択』、『調整』、『発現』とでもいうのか。それぞれの図形を読み取っている竜樹とは別に、アルグレンテが全体からの推察を直接口にする。

「術式の『スイッチ』から『駆動』に繋がって、『発動』を経て『調整』と『出力』のあとに『顕現』に繋がっている、で合ってるかな?」

「ま、ぼちぼちそんなもんやな。これが基本形の一つやから、複雑にしたけりゃ幾らでもできるで? とりあえず、これは外周円と内円の間に、起動させる術式を組み込めばOKや。もう一枚用意したったからそれぞれ魔法陣に好きな特性持たせてみ?」

アルグレンテと竜樹は、渡された魔法陣を前にしばし考え込む。

 アルグレンテが小振りなナイフを取り出している間に、革鎧の隠しから露出させた尾を使って、瞬く間に刻み付ける竜樹。

 アルグレンテが『顕現』と表現した最終出力の図形から線が延び、不思議な人型の図形へ繋がる。

「なんやそれ?」

「確か、妖精、だったかしら?」

「うん、まぁ他にもちょっと幾つか図形を組み合わせているのだが」

「よっしゃ、とりあえず、うまいこといくかは魔力通してみてからやな。いっぺんにやると危ないから、先に出来たタッちゃんからやってみよか」

「あいよ」

体内で回路を切り替える。無論、この表現は竜樹のイメージだ。

体術に併せて用いるオーラを通すオーラ環とは別に、魔力を通す魔術回路へ起動。オーラと同じく精練作業に近い感覚、便宜上オーロックなどは『練る』と表現するもの、ヴィスラが『効率化』や『純化』と呼んでいた作業で魔力を最適化。

丑雄と比べれば竜樹の魔力総量は半分以下しかない。だが、怪獣病によって得た高い適性と、オーラと魔力、どちらを通す場合も発現や発生のロスを減らせる『右手』を始めとした怪獣化部位がある。

あとは、日本産の論理的思考。

属性を削ぎ落とし、魔力を圧縮する。

魔術式の回路を動かす為には魔力を流さなければならない。魔力を水に例えるなら、回路を駆動させるに足る量か質か効率が必要になる。

水量が多ければ物量で全体に行き渡る。

 水質がよければ過分なく全体に行き渡る。

 水圧を高めれば勢いにより全体に行き渡る。

 それぞれが魔力における量、質、効率とも表現できるだろう。

 効率については魔術式や魔法陣にも言えることだが、一定の法則や理屈で作ってある以上、そちらは省略や新論理による構築はそう簡単ではない。

 さて、魔力量の少ない竜樹は、溜めが必要だが魔力の精練、質の向上はできる。

 普段はそのうえで詠唱を用いて魔術式を発動しているが、今回は詠唱も不要であり、更に圧力、瞬間的な魔力の発動量を最大で発揮してみた。RPGでいうところの魔力を全消費するつもりで注ぎ込んだ瞬間、魔法陣が真っ青に発光した。

「あれ?」

「うわ、まぶし」

「って、ちょっと!」

回路を通して魔法陣が門へ変わる。

 途端に小さな影が飛び出してきたかと思いきや、ぼとんと床に落ちた。

 半透明な少女に似た型。掌に乗るくらい小さなそれは、崩れかけたゼリー状の体躯をぷるぷると揺らしながら弱々しく這う。

「ちょ、衛生兵―! 衛生兵―!」

「いや待ちぃや、タッちゃん、とりあえず魔力与えたって」

「ほとんど残ってないぞ!?」

「狼狽しとらんとオーラでもいいけんとりあえず身体守ったらんと」

「こうか?」

残滓程度の魔力を与えると、魔力が切れると同時にオーラへ切り替えて半透明な少女を覆うように放出する。感覚的には体を通して発生させた赤外線で暖めている感じだが、そのうちに身体の造形が安定していく。

 そのまま、安らかな寝息に変化したかと思うと、慌てながらもアルグレンテがタオルで小さな少女をくるんでいく。

「びっくりね。これってもしかして妖精の幼体? 初めて見た」

「やろな。それにしても、幼体なんて妖精領域の最奥に居るはずの存在やで? どないすればこんな基本の召喚魔法陣で喚びだせたん?」

「いやごめん、そういった細かなこと知らんので説明して欲しい」

さて、安定のアルグレンテ解説によると。

 妖精には成長段階がある。卵、幼体、成体、高位成体がある。

 女王と呼ばれる高位成体から生まれるものや、または自然界の特性が凝縮して命を得たものが卵であり、そこから幼体が生まれ、魔力やマナと呼ばれる世界に満ちた様々な力を吸収して成体へと成長し、さらに、一定の条件を満たしたごく一部の個体が高位成体、女王などと呼ばれるものへさらに成長する。

 そのうえで、高位成体より上位へ成長を遂げるものもいるという伝説じみた話もあるが、文献などにそれ以上の内容は残っていないので不明。

「まぁざっとした説明だとこんな感じなんだけど、卵は数百年前の賢者クラスが目撃したものが最後で、幼体についても同レベルよ。成体や高位成体はそれこそ最高位の召喚師でもいれば出会う機会もあるだろうけど、正直、存在を確認したのも場合によっては初よ?」

「へー」

タオルで包まれた幼体を赤ん坊のように抱えた竜樹は、いまいち理解しているのか不明確な様子で相槌を打つ。

「ひゃひゃひゃ。けど、よくよく数奇な運命やなぁ。ちょっと妖精を呼ぼうとしただけでえらい変なことが起きてまっとるし」

前足の上に顔を乗せたメオは、ぴくぴくと楽しげに耳を揺らしながら笑う。

「お嬢―、とりあえず晩御飯できたっちゃけどー」

「うーい。ま、とりあえず面倒見なさいよ。責任もって」

「ちょっと待て。せめてグレ子もやれ。そして失敗しろ」

「失敗前提とものすごいひどいやつね貴方」

とはいえ、アルグレンテも気にはなっていたらしく「ちょっとだけ」と言って召喚魔法陣を起動させた。

 淡い赤色の発光と共に魔法陣が水面のように波打つ。その表面を割って飛び出し、一羽の鳥が飛び出した。

 ちょっと赤みがかった鳩が。

 そのまま竜樹が窓を開くとどこかへ飛び去った。

「グレ子って召喚の才能ないな。多分」

「うっせーな!しまいにゃ泣くわよ!」

とかく、本日の成果が妖精の幼子が一人。

 サボテンを枯らしかねない自分がなんとかできるのだろうかと竜樹自身も若干心配になる展開であった。



 野菜と何の肉か解らないものの煮込みを食べたうえで竜樹は部屋に戻る。部屋には寝かせたままの少女と、タオルに包んだままの妖精。面倒ごとばかり積み重なっていくと溜め息を重く吐き出すものの、やる事もなく『収納の巻紙』を取り出す。

 娯楽がないというのも一種の苦痛だが、ありがたいことに不思議アイテムには事欠かない。

 中身の整理がてら、しまっていたものを取り出す。

 音楽自在の銀楽器、お手製の金属缶が二十ばかり、金属製のナイフが八つほと刺さったホルスター、衣服や小物が入ったトランク、傷薬を主とした医薬品や魔法薬の詰まった薬箱、食料の詰まった皮袋。あとは謎の小物入れが複数。室内で取り出すには差し支えのあるものが幾つかは出すのをやめた。

「金属缶はとりあえず無事か。しかしこれ使って大丈夫かな」

謎の金属缶の実験はしていません。材料費も安くないので。

 さて、金属缶が何かはさておき、荷物から本を取り出す。自身の所有している本というのはオーロックに貰った『スキル大全』と『テクニカフォーマル』だけであるが、どちらも暇潰しにはちょうどいい本である。

「あ、これできそう」

そしてスキル大全で調べていた召喚術関連のもので、スキル取得が可能なものがあった。召喚術の補強をするもので、比較的に融通が利きそうな効果が魅力的なスキル。


 スキル《儀式準備(ぎしきじゅんび)》。

 儀礼術式、召喚魔術式など、場を利用する術式の成功率に補正。召喚の事故や儀式の失敗がスキルレベルに応じて低下する。消費魔力はスキルレベルに比例して低下し、大魔術式、高等召喚術などの使用時にも効果は発揮される。


 なにこの召喚術を覚える前に用意しておかなければならなかったようなものは。とは思ったものの初召喚で予想外の失敗をしているので、さすがにこれは仕方ないと諦める。続いてスキルの取得条件が三つ。

 その1。召喚術、儀礼術式を1回以上成功する。

 その2。四属性魔術式のうち初級以上を取得している。

 その3。術式発動前に『場の操作』を規定回数以上行ったことがある。

 うん、結果としてその3だけ内容がよく解らない。その1は既に成功済だが、その2に該当する『場の操作』というものが解らない。解らない時のアルグレンテである。

「グレ子さーん、場の操作って何のことか解るー?」

「あ、考えることおんなじか。ちょっとこっち来なさーい」

「うーい」

再びダイニング。横になったままのメオもだらりと寝そべっている。

「さて、それでは場の操作について説明しておくと、特定の属性の影響を強めたり、術式の安定性を上げる為に魔術具を配置したりすることね」

「火属性を使う為に焚き火したり、水属性を使う為に水を樽に用意したりするのか?」

「おおまかにはそーよ。それで、やりたいのは《儀式準備》ね?」

「けど、樽用意するとか、焚き火とか、日常生活でいくらでもやっているような」

「要は、用意した環境を利用して魔術を使ったことがあるかってことよ」

「ふむ」

すたすたと個室とは別、台所へ入る竜樹。

 そこでは、四本腕を使いかなりの速度で食器洗いをしていたスガホーが、不思議そうな目でこちらを見る。いや、殻があるから目が見えるわけではないが何時もと同じく雰囲気から察して。

「蜂蜜ありますか?」

「あ、そっちに小瓶が」

「どうも」

突然の闖入に最後までぽかんとした様子だったが、一切手を止めなかったあたりが妙なプロ意識の芽生えを感じる。彼女はとてもよいメイドになるのではないかと思う。あと、スガホーに仕事を押し付けてあの褐色野良メイドはどこ行った?

 ちょくちょく駄目っぷりを見せ付けているような気がするが、あれで王女のメイドを勤めている以上、評価されるに足る行動をしているのだと思うが実際のところどうなのだろうかと竜樹は悩む。

 とりあえず戻ってきた竜樹の持ってきた品に対し、アルグレンテが胡乱な表情をする。

「………とりあえず、何するつもり?」

「要するに、媒体を使って術式を行えばいいわけだな。そう理解した」

「ものすんごい適当な解釈したっぽいけど、とりあえずそれでもいいとは思う」

巻紙経由で用意するのは羊皮紙一枚、火属性の属性石(低品質)が数個、そして台所からちょろまかした蜂蜜。そのうえへ最後に取り出したペンで先程の魔法陣を手早く描いていき、瞬く間に先程のメオが作成した召喚式の基本形魔法陣を一枚作成してしまう。

「で、えーっと、これに追記」

先程の奇妙な回路図じみた図形の重なりとは違い、今度は控え目に紋章じみた絵柄を一つと、その図形と線で繋がった白丸を追加する。

「その図柄ってハチ?」

「うん、蜂」

そして白い丸印の上に属性石を置いていく。何かボードゲームの準備や、カードゲームのカウント用のスコアパッチを置いていくのに似た感じがして若干楽しい。

「そういえば、ボードゲームってこちらにあるのかな?」

「ボードゲーム? チェスとかバックギャモンとか?」

「いや、それもだけど、それ以外にスゴロクみたいなものとか」

「スゴロク? なにそれ?」

「いや、知らないならそれは後で」

それにしてもチェスとバックギャモンがあるとか誰か同じ世界の人間が持ち込んだだろうか?

それとも例の異言語翻訳機能による意訳の可能性もあるが。

「ちょっと詠唱を加えてみるから黙っててくれ」

「おっけー」

 竜樹は用意が終わったことを確認し、詠唱を準備。

Sextae(ヘキスィタゴン) de(デェ) armento(アルミェント)。Trepidantibus(トレヴィタンティブィス) alis(サァリィ) tuis(トゥイス)(六角形から群れよ。汝は震える羽)」

言語がどこかのものに切り替わってしまう。悪いが英語も一学期が平均点ギリギリだった高校一年生では、自分が発した言語が何処に由来するのかも咄嗟には解らない。なんとはなしに音律からラテン語かイタリア語かと考えていると、魔法陣を挟んで対面に移動していたアルグレンテがぽかんとこちらを見ていた。

 しかし、それに構っている暇はない。詠唱に関連付けた魔力の流れを制御し、一気に魔法陣へ流し込んだ。

 青く輝く魔法陣の中央から何かが飛び出した。

 光の粒子を弾き飛ばして姿を現したのは大型の真っ赤な蜂だった。

「おぉ、冒険者ギルドにあった討伐依頼のやつと同じ種類だ」

ギギッ、と口元を鳴らす蜂はぶんぶんと何度か部屋を飛び回ると、ばちんと竜樹の服にしがみついた。

「これってデッドビー?」

若干頬をひきつらせながらアルグレンテがその魔物の名を呼ぶ。

「あ、なんかそんな名前だった」

「致死毒持ちじゃん!?」

火属性中位昆虫種デットビー。特性は致死毒。未治療の場合は数時間以内に死亡。その他、火属性の補助魔術式である《火力上昇(ヒーテッド)》を使い攻撃力を上昇させることもある。

「召喚獣だと解るように飾り紐つけとこうな。色は青にしておこう」

「いや待ってそんな危険生物とか制御できるの!?」

「んー?」

じっとデッドビーを見ると、蜂のつぶらな瞳も彼を見上げる。

「飛べ」

ぶーん。

「部屋を一周」

ぶーん。

「おつかれ」

ぶーんっ♪

「いや、約定とか交わしてないじゃん!」

竜樹の肩に着地した蜂に対し、思わずアルグレンテが突っ込む。

「あー、おいちゃんみたく会話ができんタイプは、基本的に召喚成功した時に結ばれとる」

「それ、召喚術のスタンダート?」

「まぁ、常識っちゃ常識やな。ただし、制御能力を超えたものを呼び出した場合はその例外やけど」

「それもそうか。見分け方は?」

「召喚者との間に相互の意思疎通ができなければ、っちゅーくらいかな」

「維持コストは?」

「んー、不死者や精霊なんぞの常時コストがない類は基本召喚コストだけやな」

「なにそれすごいわね」

「ただ、正直こうぽんぽん成功するのもおかしな話なんやけどな。正直、制約召喚と違って契約召喚だと難易度違うゆーのに」

「制約? 契約?」

「制約は期間や効果を限定する代わりに魔力や術式さえ整えば高位の相手でも召喚できるもの、契約は召喚者の力量を超えたものは召喚できんし、維持コストもあれば召喚の失敗も多い。ただし、一度契約すればずっと従属してくれるのがえぇところやな」

「それ、二回も続けて成功させてるの? このあっぱっぱーは」

「黙って聞いてたらあっぱっぱーってなんだ研究バカ」

「研究バカってなによ! 本望だけどね!」

「褒めてねぇよ」

しかし、メオは明らかに失敗した。

「しかし、召喚術というのは色々あるんだな。ところで、制約召喚で召喚した相手を倒せれば契約召喚の召喚獣と同じ使役化できるのか?」

「ん? あぁ、勝てればな。しかし、制約召喚だと相手側に契約がないから、本気で殺しに来るぞ」

「それは困るなー。あ、ちなみに制約召喚の魔法陣って?」

「あー、こないな感じやったかも」

「へー、あ、ちょっと俺用事があるんで、メオ、護衛よろしくな、あ、ビリーもここに居残りな」

そのままその夜、彼は帰って来なかった。ちなみにデッドビーの名前はビリーに決まったらしい。

 なにか、冒険者ギルド総動員の珍事があったとかなかったとか噂が翌日に流れていたが。

 幸福なことにアルグレンテ達は知ることはなかった。


次回は11月一周週末予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ