・第12話・怪獣の少女は扱いが雑とか文句言わない方向で
宿の自室、今まで自分の使っていた隣のベッドに朱善を竜樹が放り込む。ついにノックアウトして大鼾をかく朱善に先程渡されたのは、昨夜の資料のうち、アルグレンテ襲撃に関するものであった。仕事が早いが勤勉に過ぎる気はした。あまり無理をしていると長生きできなさそうだな。
要約すると、再戦に乗じて怪獣病患者や研究資料の強奪を狙っていた経緯があるらしい。
怪獣病に価値を見出しているあたりはアルグレンテと一緒だが、利用方針は非合法一辺倒あることはなかなかに業が深い。組織名は結局解らず『秘密結社X』という朱善の呼称でもういい気分がしてきた。
再戦に関しておかっぱヘッドの補佐官に加え、協力者がいたそうだか不明。読心術とか天啓的なものでさっさと真相が解らないだろうかと思うくらいのややこしさである。ただ、国に連れ戻された補佐官がそういった拷問でないにしろ、尋問が実施されるとのことで、うまくいけば襲撃の主犯だの計画の全貌だのは見えてくるだろう。
仔細は寝こけている朱善に投げておこうと思う。
さて、状況はシンプルであるべきだと竜樹は考える。
開戦希望はなんとか将軍。それに加えて秘密結社Xが関与していると思われる謎の勢力。
対して、アルグレンテ王女、大河国第一王子は襲撃された側。
なので、味方は守る。敵は倒す。それで十二分だ。
あー、考えたら疲れた。
竜樹が部屋に戻ると、帰宅準備を始めていたそのアルグレンテが難しい顔をしていた。
「何か?」
「解呪能力持っている人がいないってのよ。どうなってるの?」
「すみませんお嬢。さんざん探したっちゃけど、どうしても」
同じく難しい顔をした妃佐子が唸る。昨日の不在はどうやら別件だったらしい。
しかし、妙だな。ドラン氏の話では国の首都ともなればいておかしくないという口ぶりだったがと竜樹が眉をひそめる。
「何故?」
「それがわかんないのよ。ギルドに依頼を出して解呪できる人間がいないか募集かけたし、施術院にも頼んだけど、手の開いている人がいないって」
「………ふむ」
「いえ、お気遣いには感謝しますが、そこまでご面倒をかけるわけにも。あぁ、けどこのままお世話になるのがお邪魔であればどうぞここに置いていってくだされば」
「そういうこと言うもんじゃないわよ。こっちは気持ちよーく、みんなハッピーな感じで解決したいのよ。わかる?」
「そうっちゃ。だいたい、もうスガホーも身内やもん。呪い解けても一緒に仕事しようや? 海ち言うてもそげん簡単に帰れんやろうし」
「お二人とも、ありがとうございます。こんな、私幸せで」
女子三人の友情に涙している中、なんとはなしに某奇術師を思い出した竜樹は、アルグレンテの許可の下に外出した。
「どないする?」
「待機で」
「さよか」
メオに指示を出して退出。
いや、さすがにそこまで万能じゃないとは思うものの、奇術師こと、ウシえもんならなんとかできそうな気もした。
冒険者ギルド指定の宿屋の一つである『銀の剣』は盛況だった。その一室に滞在していた丑雄はありがたいことに部屋に居た。
「つまり、その呪いを解けばいいのかい?」
顎に手を当て、丑雄が考え込む。
「できますか?」
「まぁ、三つくらい手段は思いつく」
さすがウシえもんである。アルグレンテとは別方向に高スペック。
「できそうなのは?」
「魔術式による正統派の解呪そのものは無理だ。なら残り二つ、俺に出来そうなのは魔力の過剰供給による呪いの品の破壊、逆に対象との魔力干渉を遮断して、一時的に呪いを無効化しているうちに物理的に品物を壊す。といったところか」
「どっちが確実だと思いますか?」
「後者だな。強い魔力がある品だと、魔力の過剰供給だけだと破壊が難しい可能性がある。ただ、壊すのが難しいぞ。呪いで物理的な強度も上がっているだろうからな」
「異世界の物理法則って複雑過ぎて困る」
「それはまぁ、馴れるしかないと思うよ? 正直」
近衛兵団という揺りかごのあった竜樹と違い、冒険者としてこの世界での生活を始めた丑雄では、やはり経験値が違うらしい。単純な戦闘技能については訓練漬けだった竜樹もそれなりだが、実戦で戦い続けているであろう丑雄には勝てそうにない。よくて相討ちかとも想像する。
怪獣病関連の能力を自分でも把握しきれていない部分もあり、いまいち自信がもてない理由もそれだろう。
「それで、ちょっと協力をお願いできますか?」
「責任はもてないよ?」
「それはまぁ、本人にも説明してみますが、如何ほどで?」
「いや、お金はいい。昨日の協力で相殺としておいてくれ。ただし、手に負えそうになければ専門家を呼ぶべきだがね」
まー、男前。頼みに来てなんだが、中年イケメンと共に宿を目指して踵を返した。
丑雄が仕事の旨を仲間に伝えてくるのを待ち、徒歩で移動。
移動中の話といえば、専ら今までの生活についてである。
竜樹がオーロックとヴィスラの話をすると、丑雄が驚いた顔をする。
「近隣では結構な有名人さ。例えば他所だと『煉獄のセンチネル』だの『盗掘屋シェロウ』だの、国に所属の魔術師やらフリーの冒険者やら、有名人には事欠かない世界だが、今みたいな二つ名がある人間は、基本的にヤバい人間らしい」
「まー、ヤバいのを否定はせんですが、それじゃ奇術師ウィシオも?」
「そこらへんの二つ名も正直慣れるぞ? まー、有名税で優遇も面倒もあるから、良し悪しもあるけれど。それで君、ギルドで騒ぎになっていた時、いたよね?」
「あ、気付いかれていた?」
「巻き込むのもアレなんで声はかけなかったけどね。あの時、僕が何やったかは?」
「多分、風属性の魔法を使って空気中の酸素濃度を幾分上げたかな? くらいは」
気圧を上げると耳の奥に痛みを感じたり歯が痛んだりすることがあるが、酸素濃度はよほど感覚の鋭い人でもなければ気付かない。無味無臭、何時も吸っているものが毒物に化けるのだから、科学知識がなければ理解すらできないだろう。
「正確には酸素分圧が人体に軽い負担をかけるくらいに上げてフッと下げる感じか」
簡単そうに言っているが、普通の物理法則から考えると不可能な真似である。魔術と科学が合わさると、本当に不適切なものになってしまう面があるらしい。
「ただ、科学知識を全面的に信用しない方がいい。呪いがかかっただけで物理的な強度が変わるなんて序の口だ。人体は化学的な反応じゃなくヒットポイントで動いているし、世界は原子ではなく古代的な意味合いの『元素』で動いている」
「頭痛くなりそうだから聞き流しても?」
「そうしておくといい。僕だって、検証したうえで試していることなんぞ片手もないよ。出来そうだからやったら出来てしまった。そもそも、実証する為の『過程』があやふやなんだ。同じ結果が出せるのか、そもそも同じ結果になっているかは、主観的な判断だけで、数値的な正確さとは錬金術師でもなけりゃ考えもしていない」
「あーはいはい。にしても」
「何だ?」
「病院居た時はもう少し穏当な性格じゃなかったですかね?」
「環境が人を変えるんだ。この世界で生きている間は、あまりに穏当だと淘汰されてしまうよ」
「お仲間といる時みたいに、荒っぽい口調の方が馴染めますか?」
「女性には紳士な方がモテるから、場合にもよるけどね」
「とりあえず滅べイケメン」
軽い蛇足に流れつつも、話を元に戻す。
「で、話は戻すけど、さっきの二人は『暗黒騎士オーロック』と『悪鬼の魔女ヴィスラ』と呼ばれていたらしい」
「やだ、なにそれかっこいい」
「数年前までの戦争で戦局を変える英雄として活躍していたそうだよ。ただし、大河国側にも対抗するだけの戦力として『怨嗟の呪術師』だの『魔戦士』だのが居たらしいし、戦局も様々な要因から降着が続き、結局は停戦という決着にしかならなかったと」
おそらくヴィスラの呪いはその『怨嗟の呪術師』によるものだろう。なんとなく比較すると解るのだが、スガホーのものと比較しても尚酷いのが彼女を支配しているもののように思う。
「そんな戦局にも関係した『怨嗟の呪術師』も停戦時に瀕死の重傷を負い『魔戦士』は国を捨てて逃げただのと噂もあるらしい」
「キナ臭い話ばっかりですね。ところで、丑雄さんはこれまで何を?」
「ひたすら戦っていた気がするなぁ」
冒険者稼業に染まっていく経緯は、なかなかに波乱万丈だったと丑雄さんは語る。
退院はしたものの、竜樹とは違い、国に仕えることも任意であった為に断ってしまった。
情勢も状況も解らないまま一国に仕えることに危機感を抱いた丑雄は自身の魔術的素養に賭け、そのまま冒険者として活動することを選ぶ。登録料は退院時の祝い金で賄えたことから、退院して次の日には依頼を受け、魔物の討伐を始めていた。
そこはチート極まりない全属性適性かつ魔術素養抜群の丑雄さん。ほんの二日で初級クエストを卒業して中級クエストを受諾できるクラスである三級と呼ばれるものへとんとん拍子にレベルアップ。この冒険者階級、一般的にクラスは数で現されるが、下から第五級、最上が第一級を越えて、零級である。
五級が初心者、四級が冒険者見習い、三級が中級者、二級が上級者、一級が超上級者、そして零級が最上、英雄の階位である。
現存の零級者は数えるほどで、冒険者登録していないものの、オーロックなどは間違いなく一級、または零級にあたるとのこと。
四級から三級へ上がるには、村落へ襲撃した際に大きな被害をもたらす類のそれなり以上に強力な魔物を倒す必要があるらしいのだが、それも丑雄による自作の魔術式で窒息死。
「まぁ、生かすより殺す方が楽だということは、前々から気付いてはいたがね」
お医者さんが言っていい台詞ではありません。むしろ、お医者さんが言うからこそ真実味があって物悲しいやら恐ろしいやら複雑な気分になるのだろうが。
「あと、魔術で火属性を使う時も、風属性の術式を絡めて発動すると、威力が段違いだな。まだ中級までしか使えないが、それでも他と比べるとかなりの差がある」
この男もある意味で割り切ったのだなと、若干感慨深く竜樹は話へ耳を傾ける。話はそろそろ仲間との出会いに差し掛かろうとしていた。
岳山領国でのクエストを主に引き受けていた丑雄だが、大河国への護送任務へ参加することとなる。老齢だったチームの牽引役、リーダーを失ったとあるチームにスカウトされたことがきっかけだった。
当時、といっても数週間前だが、新人ながら出世頭とも囁かれていた丑雄は、熱心な彼等の勧誘によってチーム『イスカンダル』へ所属することとなる。チーム名にもなった元リーダーであるヨハネ・イスカンダル老にも認められると、請け負った護送中の盗賊の撃退にも成功、無事に任務を全うした。
「途中で出てきた盗賊がな、総攻撃など仕掛けてきたものだから、こっちは無我夢中で盗賊弾の頭まで含め叩きのめしてしまった」
どうやらそのおかげで、竜樹達が大河国に移動する時は平穏だったらしい。
結局、そのあとに、今の『イスカンダル』のメンバーと今に到るまで共に行動していたとのこと。
「そのうちに何故に前の世界に居たのかと最近では思うようにさえなった。まぁ、何処に居たところで、先立つものがないと、その日の衣食住に事欠くからな。日銭稼ぎに精を出す日々さ」
そこまで話していると、宿に着いた。
「さて、それじゃあ案内するが、まぁ、他言無用で」
「呪いにかかっていた相手のことを話して回るほど無作法じゃないつもりなんでね」
「そりゃよかった」
さて、連泊の続いた宿屋へ竜樹達は入った。
さて、すっかり荷物の整理も終わり、トランクの上に腰掛けたアルグレンテと鞄を抱えた妃佐子を観客に、椅子に座り向かい合う丑雄とスガホーは真剣な顔をしていた。嵌った首輪に刻まれた呪いの術式を眺める丑雄は、その術式から何かを読み取ったか、それとも魔力の気配から何かを感じ取ったのか、手首の有輪から魔術式を輝かせると、首輪へ掌を向けた。
「遮るものよ、生に反しては死と同義であり、死に反しては生と同義であるさかしまよ。虚として絶息と成せ。《乱魔》」
呪いを構築する術式が、がちんと歯車を軋ませるよう効果を停滞させる。
「長くは無理だ。竜樹君、頼む」
「了解」
竜樹が首輪を掴むと、最近では服飾じみた扱いとなっていた尾が革鎧の隠しから姿を現す。瞬時に先端が先鋭化、瞬きの間に十数回という連撃を見舞い、僅かばかりの亀裂を生み出した。
そこへ左右から全力で引っ張られてしばし、まるで金属の延べ板が千切られるような異音と共に、ぶつりと首輪は千切れていた。
「あとはそれをこっちへ」
「え? あぁ、はい」
丑雄に渡された首輪の残骸はそのまま何かに腐食されるよう、たちどころに崩れ落ちた。
「危険物処理終了ー。報酬って銀貨とかでいいですか?」
「2、3枚にしとくよ。ディナーを豪勢にできれば十分だしね」
懐から取り出した4枚ほどの銀貨に丑雄は皮肉げに笑む。
「さて、呪いをぶっこわしてしまったわけだが、そちらのお嬢さんはどうするおつもりで?」
「私は」
喉へ詰まる言葉。葛藤や、悩みが彼女にも押し寄せているのだろう。
それでもはっきりと口にした。
「宜しければ、今しばらくの間、アルグレンテ様の下で働かせてください」
「よし雇った!」
わっと騒がしくなる三人を尻目に、疎外感を味わう男二人と獣一匹だが、揃って廊下でも出ようかと視線だけで打ち合わせ。
ただ、その視線が同時に一方向、窓へ向いた。
「なんか来よるな。タッちゃんと同じ気配がしとんねんけど」
「そうなると危険?」
「僕もヤバいと思う」
即座に。
メオが下から掬い上げるように女子三人を背に乗せ逃亡を図る。
前に出た丑雄が無詠唱にて防御壁を展開。メオ達を庇う位置で引っくり返したテーブルを構えた竜樹達へ、破砕された外壁の破片が弾丸のように飛来した。
「派手過ぎんだろこれ」
ぼそりと呟いた竜樹の視界には、燦然と輝く太陽を背に、真っ黒なセーラー服姿の人影が佇んでいた。
黒いセーラー服にストッキングにパーカーに長い黒髪と、黒尽くしの中、真っ赤なスカーフだけが鮮やかに映る。
無愛想だが綺麗な容貌は、左頬が金属片に似た殻で幾重にも覆われていた。
妙に無表情な彼女が向けた掌。その表面に幾何学的な白い紋様が浮かんだ次の瞬間、猛烈な衝撃波に襲われ、重たげなテーブルに巨大な凹みが穿たれる。
「竜樹!」
無詠唱で放たれた火球が、直撃の前に床へ急降下した。セーラー服の足元には何時の間にか黒い紋様が現れ、丸い魔法陣を描いていた。
「斥力と引力か」
「相変わらずどっかから情報を受信しているんじゃないかってくらい察しがいいわよね」
わざわざツッコミを行うアルグレンテを背に庇いながらも、広がる黒い魔法陣に触れないよう僅かに下がる。直径はまだ6mといったところだが、置いてあった木製の椅子が瞬く間に床の上で潰れ、壊れた木材に変わった。
引力。一定方向に引っ張る力。
斥力。一定方向に弾く力。
彼女の足元で生まれた紋様が白を中心に、外周が黒に変化する。
黒い魔法陣の上の空間へ接近すれば地面へ叩きつけられる。白い魔法陣の上だと弾き飛ばされる。
「白黒の間で立ち止まると、一番酷いことになりそうだな」
「ものすごい恐ろしいこと言うよねタッキーってば」
「タッキー言うなっての」
「で、どないしよか? タッちゃん」
「メオさんはとりあえず三人乗せて退避で」
「あいよ」
喧嘩を売られた状況と要因は不明としても、的であればそれ以上の理屈と理由は求めない程度に竜樹も順応こそしてきたものの、何か考える素振りのうえ、彼女へ視線を向ける。
「そういえばアンタなんで襲ってきたんだ?」
聞くんかい。わざわざ、隙作るなよ。
「仕事だから」
応えてはくれるらしい。
「それならうちに来たら? 三食絶品の賄い付きで公務員、怪獣病でも差別されないぞ?」
その代わりに地獄の訓練は科されるがな。とは竜樹も言わない。
「………食事?」
「絶品だぞ。白米もある」
そこで突然会話が止まる。ぴたりと動作が止まった相手に対し、怪訝な様子で竜樹が彼女を観察する。
「あはははははははははははっはははははははは!」
思わず「うひぃ」という情けない台詞を洩らした竜樹。口元だけに笑みを貼り付けての哄笑に怯むものの、脳内の冷静な部分でメオの足音が離れていくことを確認し続けている。
「明日の餌の心配していられるほど、余裕なんてないわよ馬鹿が!」
何が琴線に触れたのかは不明だが、足元の黒い魔法陣の範囲が広がった。
「ぐっ!」
巻き込まれた竜樹の足が床に減り込む。
難を逃れた丑雄であるが、明滅する腕輪の魔術式を見る限りは、何度か『得意技』を試しているようだが成功していないらしい。さりとて通常の魔術では魔法陣によって展開された引力の領域すら超えることができない。
「くそっ! 竜樹君、退けるか!?」
「いまんところ無理」
竜樹は言わずもがな。局地重力、範囲に捉えられると同時にやたら目の細かい魔術式が彼の足元に集中するよう描かれ、完全に動きを封じられてしまっている。
「魔法陣を基点………範囲は魔法陣上………効果は単一………」
さりとてそこで諦めないのが竜樹。また悪巧みでも思いついたのか、分厚く頑丈な高級木材で形作られた床から足を引き抜くと、僅かに一歩踏み出す。
「絶妙な加減は素晴らしいが、襲撃場所は選ぶべきだったと思う」
右拳にオーラが集中する。青白い燐光を伴う拳が床へ下げられると、放たれた《波動弾》が床を貫いた。続けて左拳から《インパクト》が見舞われ、風穴が一気に広がる。
「ふんぬ!」
穴から下層に逃げ込んだ竜樹の体から重量が軽減される。魔法陣を起点としている以上、下には影響されないという仮説が証明された。
だが。
「竜樹君! 避けろ!」
頭上から続け様に鉄球が襲撃。天井を貫通して降り注ぐ拳大の鉄塊による嵐を避けると、二人の死角に位置していることを確認して尾を体からほどく。自由になった尾の先端が俊敏に動いたかと思えば、鋭く変形した尾が天井へくるりと円を描くこと数秒。
ごとんという異音と共に、少女が下層へ落下してきた。
驚きに硬直する彼女に対し、足元から背後に回り、首筋に絡んだ尾が瞬時に圧迫を行う。
「経験値で言うと俺よりもうちょい足りないか」
一瞬にしてブラックアウトしたセーラー少女に対し、破いたカーテンで迅速に縛り上げていくあたりは外道にしか見えなかった。
「丑雄さーん、鎖とか持ってないー?」
「………一応、拘束用の手錠はあるが」
訂正しよう。外道にしか見えないのではなく、容赦なく外道であった。
久しぶりの熟睡であったようだが、朱善の目覚めは少しばかり悪かったらしい。隈の消えない顔のまま濃い紅茶を飲むと、重い重い溜め息と共に後ろ手に拘束された女子高生というマニアックなシュチエーションを見る。
「岳山領国へ連れて行きたまえ。正直、ヒステリー気味な女などたくさんだ」
「毎回毎回おつかいクエストばっかだよマジで………」
あっちこっちと移動を繰り返すばっかりである。
「いや、いいけど。そろそろイフバルティカさんの料理食いたいしどうせ戻るし」
人一人担いでのそのそ歩いている姿は人攫いとしか見えない。
「すいません丑雄さん、ちょっと予定が押しているみたいなんで今回はこれで」
「気にしなくても大丈夫だから。まぁ、そっちに行くこともあるだろうから、その時にでもゆっくりご飯でも食べよう」
「あざーす」
「俺もまだ仕事があるのでね。すまんが引き続き護衛を頼む」
「了解―」
挨拶もそこそこに慌ただしく駆け出す竜樹。そういえば何処まで逃げたのかと四人の気配を探ると、遠く車が大河国の門を越えようとしていることを目撃する。というか視認だけで通りの端まで見えるとか相変わらずチートである。
『お達者でー』
そこへ音も気配もなくメオの声が脳内に届く。
「ちょっと待て何かテレパシー的な通信方法とかあるなら教えておけよ!」
『いや、聞かれへんかったし』
「とりあえず置いていくなよ!?」
気絶したままの人間と共に隠形にて気配を消した竜樹は、全力で走っていく。
余談だがアルグレンテの方がセーラー服の少女よりウェイトが勝っているようだが、懸命な竜樹はその事実を心の中へとりあえず押し込むことにした。
次回は十一月初旬予定です




