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怪獣狩らないと滅ぶ世界について  作者: ザイトウ
【第一章】死にかけ高校生のリトライ一週目
12/50

・第11話・初任務が以下略 その4(延長戦)


 襲撃だらけの一日が明けて翌日。夜会もつつがなくとはいかなくとも無事に終わり、とっとと引き上げた竜樹達はぐっすり快眠のうえ朝を迎えていた。

宿のフロント、簡素なテーブルセットに向かい合って騒動鎮圧の立役者こと竜樹が茶を飲む。

 対面に座る朱善の話というのは、昨日の一件、夜会に乱入してきた男の話。

 捕縛された際には元の人間の体躯へと戻り、アイテムやら縄で固定されたまま輸送されていく様しか見ていないのだが、むしろ周囲に散乱していたガス灯や街路樹の山に四苦八苦していたそうだ。大河国の兵士の皆さんごめんなさい。

 とかく、男は大河国で保護という名の軟禁されていた元患者だったそうで、朱善や暫く顔を見ていない巨女ことイゾルテもその件の調査に回っていたらしく、実情を探る為に四苦八苦していたそうだ。それは近衛兵団の仕事なのかと竜樹が正直な疑問を口にする。

 竜樹もまた忘れていたが近衛兵団は裏の顔、諜報部としての特性を持つ。敵を知り己を知れば百戦危うからずといったものかもしれないが、防諜という特性を兼ね備えている以上、多少の激務となることも仕方ないのか。

 いや仕方ないの? マジで?

 その防諜についての最近のトレンドが怪獣病罹患者を使った間者や暗殺者といったものらしい。ただし、そこは異国や異世界から流れてきたものも多分に含まれる怪獣病罹患者の特性から、技術だけ取得されてそのまま逃亡されるような間抜けな国もいるそうだ。

 それが隣国ともなればあまり笑えないのも事実だが。

 そのまま犯罪組織に加担していたのが今回のケースらしい。怪獣病は病状や取得したスキルによって様々な能力を得て、突如としておそろしい脅威に変貌を遂げるのだから国防という観点からはたまったものではないだろう。

 ぶっちゃけ、街中でモンスターだの魔獣が出るのと変わらない。

 しかも、昨日の一件から公的に怪獣病の人間を護衛として使っている岳山領国の立場も微妙なものになりかねない状況である。襲ってきたのが怪獣病なら、それを叩きのめしてしまったのも怪獣病である。周辺国では多くが「感染こそしないものの、異質で迷惑な病気」くらいに思われていたものが、実利や脅威を伴うものだと認識されてしまったのだ。

 怪獣に加えて怪獣病も加わりてんやわんやな訳であるが、その中でもアルグレンテのおかげで病状の研究と人材としての確保が積極的に進められた岳山領国に対しては、それこそ「今回の件も自作自演による国力のアピールではないか?」といったものや「怪獣討伐ギルドの結成の裏でそんなことをしているなどと、何か二心があるのでは?」といった疑念がもたれてしまう。

このあたりでは比較的に岳山領国で怪獣病の被害者が多かったなどのまっとうな理由もあるのだが、政治の世界ではそれだけでは通らない。

 よくもわるくも『バランス』だの『国家間の信用』だのといった建前でおためごかしな干渉や交渉がこれでもかとアプローチされているそうな。

「今もイゾルテはその犯罪組織、まぁ面倒なので我々は『秘密結社Ⅹ』などと呼んでいるが、盗賊ギルドなどへの協力を求めたりしながら、追跡中といったわけなのだよ」

秘密結社Xの命名はおそらく朱善の趣味だろうなと思いつつも、話自体は真面目に聞いていた竜樹が宿の従業員にお茶のお代わりを頼む。

「それで、我等怪獣病の立場や扱いは今のところどんな感じで?」

「どこも静観するつもりのようだ。自国内で怪獣への対処ばかりにかまけて、怪獣病の対処なんぞおざなりであっただろうからな。今は自宅の状況を確認するだけでも手一杯だろうさ。まぁ、馬鹿な国がいなくてよかった」

「そこらへんはゴタゴタが片付いてからの話か」

「あぁ。ただ、こちらも怪獣病への対処を進めてはいるが、怪獣病患者全てに対して保護と勧誘以上のことはやっていないから、それ以上はつっこめないだろうな。ただ、そういったおかげで周囲に対して無用な警戒はされない代わりに、国から出て行った怪獣病患者を勧誘する分には何の制限もできないといった痛し痒しといった部分もあるのだがな」

「ま、手厚い保護に自由の保障、ここまでされれば、義理堅い人間ならもしもの時に手の一つも貸してくれるかもな」

「理想論に過ぎないが、王女にも考えがあるのだろうさ。我々は我々の仕事をするだけだ。自分で選んだ以上、己の誇りや責任に殉ずればよかろう」

さも決まったとばかりにキメ顔をする朱善であるが、竜樹は温度のない声で言葉を返す。

「………俺、ほとんど強制だったけど」

「強く生きるのだな。後輩」

なんか現状についてアドバイスもないまま投げっぱなしにされた。

 とにかく、一応の連携とその他の連絡事項を伝えると、朱善は引き上げていった。

 近衛兵団って人材少なすぎる気もするが、そのうちに新キャラとか増えていくのかな?

 それもどうせ野郎ばっかりだろうなぁと嫌な予感に首を振りながら竜樹も部屋へ戻る。

 そして、話に出なかった話題。

 何故、あの場を襲わせたのか。

 これは未だに謎のままだというが、竜樹自身はそれよりも気になっている点があった。



 宿泊先の部屋の前では妃佐子が何故か仁王立ち。この間にあった襲撃の一軒を彷彿とさせるが、部屋に入ろうとした瞬間に「死にたかないなら他所で時間を潰してきぃ。2、3時間くらいは絶対に戻らん方がよか」とのお言葉と共に背中を押された。その顔に何かひたすらに疲れた表情が浮かんでいたことが気にはなったものの、素直に竜樹は外へ向かう。

「あら、タツィキさん、おでかけですか?」

そこでスガホーと遭遇。この荒んだ人間関係の中で、殻の奥から向けられているであろう穏やかな眼差しが本当に救いです。マジでスガホー女神とか竜樹は心中で絶賛する。

「お時間あるようであれば出掛けませんか? 今、お部屋では何か話し合いがあっているそうで」

「え、いや、うん、そうだな」

脳内で「トラトラトラ! 我デートに遭遇せり!」などといった電文が飛び交う中、顔には一切出さないよう、竜樹は懊悩とあれやこれやを考えつつ平静を保つ為の努力を続けた。

美女と一緒なだけで緊張するさ男の子だもの。



 さて、王女。

 外で中学生カップルでももう少し馴れているだろうよといった様子のスガホーと竜樹などが出掛けていくことなど露知らず、七面倒な顔合わせになったものねと苛立ちを隠しつつ視線を動かさない。

 黒を基調とした飾り気のない礼服。岳山領国の王宮騎士団が身に纏うものであるが、その胸元は大きく盛り上がっている。アンダーフレームの眼鏡の下からは怜悧な視線、騎士団でも二人しかいない女性王宮騎士の一人であるクビラ・ディエン・オーディアン団長補佐は、目の前に座るのが王女と知りながらも態度は変えない。

 しかし筋肉の上に女性的な部位が重ねればそりゃそんだけ胸も盛り上がるだろうさちくしょうめ。悔しくなどないと王家のプライド的なものと共に見下してやる。絶対に悔しくなんてないからな!

 そういえば、態度を変えないといえば竜樹もだが、あれは例外的なものである。怪獣病罹患者でこの国の人間ではないというあたりもだが、不思議なくらい気を遣わずに済むのだ。互いに何かの歯車でも合致しているような気分だが、兄弟でもいればあんなものかと感じている。

 それとは違い、目の前の相手は徹頭徹尾同じ態度である。

「ご理解いただけましたか? 王女殿下」

「はい。ただ、私も護衛役が不在となると困りますので、すぐにと言うのは承服できかねますが」

クビラの要請とは、怪獣病罹患者にして近衛兵団所属、さきほど浮かれて外にふらふら出て行った竜樹の引き渡しであった。引き渡しというと犯罪者じみていて聞こえは悪いが、他の言い方だと引き抜き交渉的な勧誘である。

 相手は岳山領の王宮騎士団。近衛兵団が国内要人の護衛や国の内外における諜報を担うものに対し、王宮騎士団は名前の通り王宮、王家直属にして国を代表する最強戦力を有す集団を指す。

 彼等そのものも一定の権力を有し、国内に関して如何なる貴族や大商人にも強制的に取り調べなどを行うことが可能である。ちなみにこの国に限らず取り調べといっても拷問などは特にない。技能、スキルとして読心術が実在する世界だからさもありなん。

 非正規組織や私的なものを除けば拷問など必要もない。ただ、そういった技能がある反面、スキルの発動や利用に関しては法制上で明確な制約が数多くあるとのこと。

 そんな彼女等が竜樹のリクルートというのは解らなくはない。腕力だけでも正規の騎士や戦士を軽く凌駕しているし、戦闘の勘働きについても申し分ない。たかだか《投擲》スキルだけで同じ怪獣病、それも変異していた男を倒したという功績は大きい。加えて、あのオーロックの直弟子であり、ヴィスラの生徒である。本人の知らないところで色々な付加価値がプラスされているあたり幸運なのか不幸なのか。

 しかもこの女、外見のわりにしつこい。交渉熱心とも言うが、それを王女相手に行っているのは如何なものか。

 アルグレンテ個人としては竜樹なら護衛として手元に置いておきたいくらいではある。裏表こそありそうだが悪意は少なそうな珍しい人間で、愛情をもって育てられたか、元々の性根によるものか善人の部類だろう。

 何を考えているか解らない反面、何か考えたうえで悪事をわざわざ働こうとする様子は特に無い。それこそ「面倒くさいし」でそういった誘いも断りそうな変人のイメージしかない。

 そのうえで、戦闘力もあり、平均以上の知性もある。勘や反応がいまいち鈍いところもあるが一緒にいて疲れない。

 改めて考えてみると、あの時に恋人の可能性をそこまで拒否するほどの男ではないような気もしてきたアルグレンテである。ただ、結論としてはやっぱりないわー、的なものに落ち着くが。

「ですので、彼は実に………」

そんな考えを余所にクビラの長広舌も絶好調で話は未だ終わりそうにない。

 仕方なくアルグレンテは溜め息を噛み殺し、画面を続けることにした。



 巨大な檻の前に座り込んだ竜樹は中に居る存在と視線を合わせる。諸王国国家圏では奴隷制度はないので中に居るのは勿論人間や亜人などではない。巨体を丸めたまま前足の間から瞳を覗かせる毛玉、黒狼と呼ばれる中型の魔物で、全長が4m、頭頂までの高さが2m近い。捕獲されたうえで魔獣調教師(テイマー)職の人間がある程度の慣らしを行っている使役獣とも呼ばれる存在で、高値で売買されるという。

 檻の手前にある頭を何度か撫でていると、狼側から鼻先を寄せてきた。ビロードのような滑らかな毛並みに指先を埋めていると、ごろんと巨体が腹を見せた。

「すごいですね」

「そうなのか?」

へっへっへと舌を出す巨体の腹を撫でていると、檻の周りを見回っていた人相の悪い男が走ってくる。

「小僧、危ねぇからあんまり手ぇ出すんじゃねぇぞ。怪我したらこっちじゃ責任もてねぇんだからな」

外見より随分と人のよい男の心配について、短く詫びると狼から掌を離す。少しばかりせつなそうにも見える顔をした狼に苦笑いすると、その場から移動した。

 ここは使役獣の並ぶバザールである。小柄なものから大柄なものまで数え切れないほど並んでいた。その中をふらふらと散歩する竜樹に付き添うよう、スガホーがその後ろに続いて歩いていく。

「報酬貰ったから何か買えるかな?」

「使役獣をですか?」

「子供の頃から憧れがあったから。生まれた家では世話できなかったからペットとか買えなかったからなぁ」

小さい頃の風景が脳裏を過ぎる。

 誰もいないマンション。遠く誰のものとも思えない声が聞こえるも、室内には何の気配もなく差し込む夕日が痛いほどに赤かった。すかすかの冷蔵庫には調味料とペットボトルのお茶が精々、睨めっこするように本やゲームをするばかりの時間。

 帰宅路に会った猫がふいと顔を逸らした瞬間、同じ方向を見て。

 はっと、記憶から生還を果たすと、殻の奥からぼたぼたと涙を流したスガホーが隣で肩を震わせていた。

「………なにか、口に出していたとか?」

「あの『おかーさんいなかったから、ひえたごはんをあたためて』とかの辺りでもう」

涙が止まらなくなったという。

「とりあえず墓まで持っていって貰える?」

「望まれれば来世でも黙っておきます」

ハンカチなどというシャレたものを持っていた為、彼女の涙を拭おうとするも、顔のほとんどが殻で覆われている為にどこから拭うのだろうと正直に困った。仕方なく殻の下から漏れ出る何かをしばらく拭っていると、そのうちに涙は止まっていた。

 中がどうなっているかかなり気になるが、見るのは見るので若干怖い。

 結局、落ち着くまで檻を眺めるふりを続ける。

 スガホーの様子が落ち着いたところで今後の話になる。そういえば、近々冒険者ギルドの紹介で解呪専門の魔術師を紹介してもらえるとのことで、彼女との旅もそろそろ終わりである。

 思えば出会いからして連鎖イベント的に喧嘩、奴隷、ゴーレムの三連で、ゴーレムなどはあんな派手なもの、中盤でもなかなかないぞと思うものだった。

 いや、中盤とか序盤とか尺度が間違っているあたりはどうしようもないが。自分とは別に勇者がもし居ても、仲間入りイベントなどもなくこっちの異世界転移翌日に世界が救われていたりもするだろうし。

こういった話を思い浮かべるあたり、未だに異世界で生きているという実感がないからだろう。

とはいえ、顔見知りの人間の新しい門出を祝うのは竜樹にとっても悪い気分ではなかった。

絶対にこれ「ご恩は一生忘れません」と社交辞令的な文言のあとにガン忘れされて二度と助けてももらえない系だろうなと少しばかり寂しくはなるが、助けた人間が救われるというのはよいものだ。

「助けていただいたのが近衛兵団の方と聞いた時には驚きました。皆さんには見ず知らずのモンスターである私にも優しくしていただいて」

「まぁ、諸王国家圏では亜人への風当たりもあんまりないらしいし、王女も偏見のない人だから。運がよかったんだな」

腕が四本あろうと、仮面じみた貝の殻に似た身体的特徴があろうと美人っぽかったら問題ないのさ。という言葉はきちんと飲み込む。

「いえ、それでも、貴方に助けて貰えなければここにはいません」

頭一つ高い位置からの声に僅かに視線を上げる。真摯な瞳、こそ見えなかったが、彼女が真剣な顔をしているだろうことは鼻から下の部位などだけでなく、その言葉からはっきりと伝わってきた。

「本当にありがとうございました。タツゥキさん」

相変わらず巧く名前は発音して貰えないが、ふっと、竜樹の肩から力が抜ける。

この世界に居てもいいと認めてもらえたような感覚。オーロックに送り出された時に感じた時と同じ、誇らしいような、気恥ずかしいような、複雑だが嬉しさをたくさん含んだ気持ち。

思わず涙声になりそうなことを堪えると、話題を変えるように話を接いだ。

「ほんまえぇ話やったなぁ。おっちゃんも思わず聞き入ってもうたわ」

「ん?」

「え?」

「お? あっ」

何の気なしに立っていた檻の中、見知らぬ虎を注視する。

体長こそアムールトラを一回り大型化したようなものだが、その毛皮が黒地に青い縞模様という非常に特徴的な模様をしていた。ブラックタイガーと聞くと海産物を想像してしまうが、毛並みが輝くように鮮やかで、青い線も夜明け前の空そっくりで非常に深く美しい青をしていた。

「おいちゃん喋れるの?」

「こら失敗したな。ま、ニイちゃんらから悪い匂いもせぇへんし、これもまぁしゃあないっちゅうこって」

虎が関西弁を喋っている。いや、虎だから関西弁で合っているのか。

 色々な混乱をなんとか堪えると、しゃがみこんで竜樹が中の虎と視線を合わせる。

「虎?」

「うん、まぁ虎やな。百年ばかし虎やっとる」

さらっと凄い話をされたようだが、魔獣やらはそのくらい生きて普通なのか。

 そこをスガホーに聞くと、恐る恐る頷く。

「はい。霊獣、神獣であれば数万年生きるものも居たと言い伝えにはあります。ただ、それらは目撃例も霞を掴むようで真偽も定かでありません。実際の魔獣は長くとも四十年と言われています。それも使役獣というより愛玩動物として買われていた場合が、です」

動物園の動物は野生より長生きする。それは通説ではなく事実だが、生きるということはそれだけ難しく多様だとも言えるだろう。ただ、その話が本当であれば、この虎は普通の生き物と違うか嘘つき虎ということになる。

「ま、嬢ちゃんの言うとる通りやで。ま、神獣というにはちっとばかり階位が足らんが、いわゆる霊獣の一種と思ってもらってもかめへんよ?」

やたらフレンドリーな霊獣も居るものだな。

「けど、そんな霊獣がここに居るんだ?」

「山林でサル酒飲んどったら大鼾かいて寝入ってまって、そこを網で一発よ。やー、情けない限りやわ」

サル酒とはいわゆるサルが作った酒というか、山林の樹で果実が自然発酵した酒らしい。冗談のような話であるが元の世界でも酒の泉や酒の樹といった話で、酒の起源も天然の酵母やアルコールを元に再現するところから始まったという。かくいう日本も、古語だとサル酒とは果実酒を指したもので、猿が木の洞に溜め込んだ果実が自然発酵、酒になったものを古代の人が飲んでいたのが猿酒の初めであったという伝説がある。

 この虎もまた極東移民の文化、この国でいうところの龍墜の国にあたるものに触れている節があるが、そこらへんはさほど重要ではない。聞くところによると龍墜文化はそこそこ一般的なものらしい。

 論点はそこでなく、この虎がかなりすごい生き物だというところだろう。

「いや、おっちゃんもな、できれば早々に出たいとこなんやけど、どうにも脂ぎったおっさんの敷物にでもされそうで困っとった所でな。できれば、そっちの人のいいにいちゃんにこうてもらえへんかなーってな相談なんやけど」

肉球のある両前足を揃える黒虎。どうしたものかと頭を悩ませる竜樹だが、その視線はふらふらと揺れる虎の長い尻尾から視線を離せないままだった。

 懐を確認すると報奨金。護衛の大儀をきちんと果たしたと、輸送と会場での護衛分に活躍の評価額が上乗せされた銀と金の貨幣が多数。

 貨幣価値に対する認識が未だ曖昧な彼は気付いていないが、今だけであればそこらの豪商の財布並の価値のある貨幣が詰まっていたりする。

「けど買ったあとどうするんだ? そのまま逃げて払い損になりそうだったら、どうにかして殺したあとに今度は俺が毛皮剥ぐぞ?」

「ものっそい怖いことさらっと言わんといてーや。飯さえ食わせてくれて、ちこっと酒くれりゃなんも文句言わん。恩は恩、きちんと返すつもりや」

ふんと鼻息荒く言い切る黒虎に対し、何故か嘘がついていないことだけは確信できてしまう竜樹。一体何の魔術かスキルかは定かでないが、スガホーの感情がぼんやり解ったりするのと同様、黒虎の言葉の真偽もなんとなくといったレベルなのに解ってしまう。

 なにか変なスキルが目覚めたのかという疑いはどうでもいいとして、まず、この虎の値段を知らない。

「あまり高いと買えないからな」

そう念押ししていたものの、虎の価値は金貨3枚だった。霊獣であるなら破格に近い値段だが、対応してくれた先程の面相の怖い男の話だと「どんだけ躾けても反抗的であとは腕のいい冒険者にでも依頼して捌いてもらうとこだったとさ。いっそ懐いたんならもってってもらう方がなんぼかマシだろうよ。ただ、売ったあとのことは知らんぞ」とのこと。

さすがに「ほんまにギリギリやったんやなぁ………」としみじみ語る黒虎の背には哀愁が滲んでいたが、檻から解放されると同時、猫のように大きく伸びをする様子はどこか愛らしい。

「ほな、世話ぁなるな」

使役獣の登録と共に書いた書類の控えを『収納の巻紙』にしまう。あとは使役獣の印ということで、使役獣売りから真っ赤な首輪をもらった。何の革かは不明だが、防具に使えそうなくらいに硬い。

首輪を固定し、黒虎の背を撫でる。同時に、その毛皮と立派な体格に対し、ムラムラと竜樹の中の衝動が盛り上がってくる。

「あぁ、頼む。ちなみに背に乗ってもいいか?」

「ええよ。ただ、毛ぇ抜かんようには気ぃ遣ってな」

許可と同時に飛び乗る。視界が乗馬の時と変わらないくらいに高かった。黒虎の体躯があちらの世界より数段よいことが関係しているのだろう。

「スガホーも後ろに」

「え、いいんでしょうか?」

「野郎乗っけとんやから美女がいかんわけあらへんよぉ」

さすがに驚きつかれたのか、特に反論もなくスガホーが黒虎の背に乗る。鞍を用意すべきかを考えるレベルで騎乗が楽しい。手綱もなく動いてくれるとは楽過ぎて申し訳ないレベルである。

「ところで名前は?」

「あ、そいや名前いるな。山じゃ黒虎の親父としか呼ばれとらんかったから、なんか気の利いたの頼むわ」

「じゃ、メオ」

「メオ? ええなそれ。意味はなんかあるんか?」

「どっかの国で猫って意味」

「………ニイさんも大概やな」

「ま、酒買って帰ろう。そろそろ日暮れだ」

「お、やっぱりいい人に買われたもんや。こら幸先いいで」

「現金なところは少しばかり好感もてるよ」

こっそりスガホーが「さすがにちょっと、ついていけません」などと言っていた気もするが、そこらへんは気にしたら負けである。何に負けるかは定かでないが、とにかく今日の散歩はそこそこよい買い物ができたのでよしとする。

 霊獣青刻黒虎のメオと共に、竜樹達は引き上げていった。



 二人と一匹で揃って帰ると、アルグレンテと見知らぬ女性が何かを話し合っていた。そしてメオと一緒に部屋に入った途端に飲みかけの紅茶を吹き出す。そりゃあ驚くだろう。だが、遅れて気付いた竜樹が「噛まないので安心を」とだけ呟いて個室へメオを案内。

「あれを、御しきれる自信は?」

「………申し訳ありません。少々、再検討と報告のうえ改めます」

話し合いが終わったらしく片方が引き上げていく。せっかくメオを引っ込ませたのにと不満げな竜樹だが、笑顔のまま額に青筋を浮かべたアルグレンテが説明を求めてきた。

「それで?」

事情説明を求めるアルグレンテへ簡潔な答えが返ってくる。

「護衛の報酬で買った」

「返してきなさい」

「きちんと世話もするから」

「あんな大きいもの面倒見切れないでしょーが!」

オカンと子供の会話そのものだが、本人達にそこらへんの自覚はないだろう。

「大丈夫。話せば解る虎だから」

「話が通じないから虎なのよ!」

「タッちゃん、なんや儂のことで迷惑かけとんか?」

どうやって扉を開いたのか、顔を出したメオの言葉にアルグレンテが動きを止めた。

「貴方、まさか霊獣?」

「嬢ちゃん博識やな。霊獣やっとるメオや。気軽にメーさんと呼んでくれてもいいんやで?」

竜樹にしてみるとうさんくさい関西弁を喋る虎だが、一般的に霊獣とは一種、お眼にかかることもない生きた伝説の一種である。ただし、この世界の伝説というのは、ドラゴンを始めとして場所とタイミングを選べば命を代償にわりかし遭遇できるものでもあるが。

「まさか、魔獣商が霊獣を?」

「なんか山で酔っ払っていたら捕まったんだそうな」

「なにその霊獣うさんくさい」

話していて竜樹もそう思った。だが事実だ。仕方ない。

「毛皮にされるか料理にされるかの瀬戸際でな。タッちゃんにはほんまに感謝感激雨あられやわ。この恩はきっちり返させてもらうんでよろしゅうに」

「いや、だからって霊獣が人に仕えると?」

「まぁ、恩もあれば酒とメシさえ保障してくれとるからな。獣の身としてはそれで十分やで」

黙考。難しい顔で考え込むアルグレンテ。虎の背後に誰か別の人間が隠れているのではないかとも思うが、かといって霊獣がそんな奸智に関わるとも思えないという思いもある。ただ、酔っ払って捕まえられる霊獣とかやっぱり怪しいのだが。

「ちなみに竜樹、この獣に勝つ自信は?」

「メーさんの実力次第かな。ま、単純な腕力で不意打ちされてもギリギリ相討ちには持ち込めるかと思う。逆ならまず間違いなく鍋にできる」

「タッちゃんが言うと本気でそうなりそうでおっそろしいな。けど、信用できへんなら契約でもしよか? そしたらおまけで召喚術も使えるようになるで」

「え? 召喚術?」

ここで空気になっていた竜樹が食いつく。あまり暇なのでメオとアルグレンテの会話の間に買った酒瓶を見比べていた。

「メーさん、辛口と甘口は?」

「ま、辛口やな。こりゃ晩飯が楽しみやなー」

「あ、そういえば肉狩ってこないと。とりあえず、契約ってどのくらい時間がかかる?」

「一応、血と誓約書があればすぐにでもできるで?」

「霊獣に召喚術、ちょっとばかりうさんくさいにもほどがあるんだけど」

「そんなもんやて。出会いは必然、きっかけは突然。流れは自然に、やて」

「誰の言葉だ?」

「昔の知り合いがよう言っとったんや」

「で、グレ子、この獣飼っていい?」

「………あーもう、契約に成功して召喚獣にできたらいいわよ」

「やった」

「話の解る美人さんは大好きやで」

勢いとは恐ろしい。そんなことを思うが口には竜樹は出さなかった。



 用意するもの。ある程度の広さがある部屋に羊皮紙、契約者の血を混ぜたインク、魔法陣。ここで注意するのは魔法陣を描く際は魔力を帯びた塗料、または粉末を利用して造形を描き、紋様は簡易であれ召喚術式の理論に従うこと。

「うん、なんのことか解らん」

「いや、諦めるの早過ぎるやろ。大体、初級とはいえ魔術式使えるんやから八割方きちんと理解しとるやろ」

かいつまんで説明すると、魔術式には発動方法が幾つかある。魔法陣、詠唱、記述、形象模式など。魔法陣は、そのまま魔法陣は図形と文字で魔術式を組み立てたもの。詠唱は口頭で術式や呪文を読み上げるもの。

 基本的に一般的なものはこの二つを指す。竜樹が主に使うのも詠唱に属すものではある。

 記述。これは魔法陣に近いが、紋様や絵画、文章などで術式を形成。その為に隠蔽などが容易な反面、記述に独自の知識や技術が必要となる。

 形象模式。造形などに意味を盛り込む。模型や道具などに魔術式を練りこむようなもので、オーロックの扱う無明流ではニンジャや修験者のやるものと同じような印を扱う。しかも剣舞やら剣先での印を使うので、短時間に怒涛の連撃を放つ。

 さて、その中で魔法陣。

 広げた大きな紙面上に、アルグレンテ所有の魔術式用の属性石の粉末入りチョークを使用。ちなみに属性石は属性結晶より純度の低い鉱石の一般的な呼び名であるが、川や森で簡単に見つかるので重宝されている。

 さて、使う石は闇属性の属性石の練りこまれた黒。属性石とは別に精霊石というものもあるらしい。そろそろこの世界の設定にもついていけそうにないが、いちいち覚えるのも面倒なので横に置いておく。

「これで?」

「おお、これならええな。じゃ、こっち来な」

「東の形式? 正直、象形文字らしきものがアレンジされていて契約用のものである以上は読み取れないわね」

そう呟くアルグレンテにこっそり謝る。言語理解の技能によるものか、術式も何故か理解できた。日本語の知識に加えて、何が作用しているのか不思議なくらいだったが気にしたら負けだろう。

「じゃ、やろか。えーっと、タッちゃんは肯定すればいいただけだから。ただ、今後、新しく召喚やら使役やら覚えたら、今度はタッちゃんがこれやらなあかんからな」

「解った」

魔法陣の上にメオが立つ。魔法陣と竜樹の魔力が反応するよう燐光を放つ。

「我は盟約により、汝、召喚者にて使役者へ命を預くる」

「肯定する」

「使役者の死、または解放の言葉をもって契約の(つい)に到るまで、何人からも御身を守り、如何なる令にも命を以て応えよう」

「肯定する」

途中で「ちょ、ちょっと待っ」とアルグレンテの言葉が聞こえたようだが、既に儀式は終わっていた。青白く、そして煙とも水とも違う光の渦。それが飛び散ると竜樹の手首と、虎の頬にうっすらと楔を思わす紋様が記され、そして消えた。

「ほい、これで契約完了や」

「簡単なんだな」

「ちょ、その前に、今の約定だと命令を守れなければ死ぬなんて誓いがあったけど、本当によかったの?」

「あー、ま、そこらへんは自分の目を信じるわ。駄目なら駄目でしゃーないし」

「え、それって俺は?」

「使役者は召喚獣が死んでもどうともならんよ。ま、戦力の低減くらいは痛いかもしれんけどな」

「しかし、約定まで考えないといかんのか。召喚術も難しいんだな」

「そういう話じゃないけど、いやもういいわ。正直疲れた」

諦めたアルグレンテに、メオが楽しそうに笑いかける。

「ま、これでええやろ? 儂は安心してゴロゴロできる。嬢ちゃんはそれなりに役立つ護衛が増えた。ええとこだらけや」

「あ、そうか。じゃあメオ、命令する。アルグレンテを守り、彼女の命令に従え。ただし、命令権は俺が優先、自身の命、召喚者の安全、彼女の護衛に反すること、その他にメオの良心に反するものにも従う必要はない。以上を命令の達成と俺がみなすまで続けること」

「あいあい、主命確かに承ったで」

「頼む」

「や、さすがに会議も夜会も終わったんだし、そこまで気にしなくてもいんじゃない?」

今となっては妙なくらい警戒を解かない竜樹に対し、若干訝しげにアルグレンテが問う。

「いや、ちょっと気になることがあって」

思案顔をする竜樹。僅かに眉根を寄せているだけだがやたらに目付きが悪い。

「結局、一連の騒動って、誰を狙って?」

「そりゃ、私、でしょ?」

「そうなんだ、そうだったんだ。少なくとも傭兵とトロルに関してはそうなんだが、最後だけグレ子の他に、何か若い人間を狙っていた」

記憶を辿る。

 あの若い人間、特徴はイケメンで金髪、細い体躯をしていたが、それだけの情報で相手を特定できるはずもなく。

「あ、それって、大河国の第一王子じゃない? 髪がカールして笑顔がウソ臭い感じの」

さすがのアルグレンテクオリティ。あまりの知識に度肝を抜かれる。あと、笑顔がウソ臭かったかは知らない。

 なんでも、和平政策の一環として今回のギルド結成にも出席していた経緯があると。

「ますますね。けど、第一王子狙うとか、だいぶキナくさくなってきたわね」

「いや、王女狙っているあたりで大概だろう?」

「わたしは王位継承権でいけば三位よ? 殺したところでそこまで影響は出ないわ」

「え? この嬢さんお姫さまなんか?」

「一応、とある国の第三王女な。けど、失敗が重なっている以上、そろそろ強いのが出てくるぞ。イベント的に」

「イベント? 何の話かわかんないけど、まー今までのが様子見、ある程度の実力のある手駒、実力のある手駒のうえ逃げられない環境ってわりかしきちんと段階踏んでるわよね。ここまでやって駄目なら、諦めるかそろそろ出せる手札のうち一番強いのがきてもおかしかないわよね」

「帰りの護衛には朱善が加わるとしてどうにかなると思うか? 正直、ここらの強さの基準って、どのくらいのものなのか掴みかねている部分はあるのだが」

「んー、貴方だと中の上ってくらいだけど」

「えー? ないない。だってオーロックさんとかからどんだけ手心加えられても傷一筋つけられないレベルだし、ヴィスラさんなんかだと完全に遊ばれていますですよ?」

「言っておくけどあの二人は下手したら勇者とか英雄レベルよ? この近辺でも国の最強戦力でない限り、あれほど強い相手はいないから」

「いや、初めて聞いたんですけど。なんでそんな人が新兵の訓練を担当していたのか」

「たまたま?」

「適当過ぎるだろうそれは

「まーまー、それはともかく、ちっとばかり野暮用とか頼まれてくれない?」

「どんな?」

「んー、それはね」

にまにまというあまりよろしくない笑みでアルグレンテは笑う。

「せ・ん・にゅ・う」

「うーわー、予想外なのか予想通りなのか正直わかんない」

多才で地位と名誉と美貌があるとか何処の完璧超人ですかとかツッコミの入る王女は、悪巧みに嬉々として竜樹を引き込んでいく。

「ところで、さっきから見ないけれど妃佐子さんは?」

「ひみつー」

なんとなく彼女も既に巻き込まれているんだろうなと、直感で竜樹は悟った。



 全身黒い格好に覆面を追加。どこのニンジャですかという格好となった人間が宵闇に潜るよう進む。潜入調査という突然にして大いなる無茶振りではあるものの、残念ながら《隠形》能力が向上している竜樹には可能なようである。屋根伝いに影となり闇となり進んでいくと、音もなく地面へ着地。ここまで気配を消していると、ちらりとも視線をよこさない。

どれだけ高性能なのだろうかこの身体は。それとも今までの経験値による成長か。

 潜入対象は大河国内の岳山領国領事館。分厚い壁の奥に背の高い建物が並ぶ様相は、監獄のようであり、亀の甲羅のようでもある。

 潜入のセオリーなど知らない。そんな訓練も受けていなければ、むこうの世界で見知ったセオリーが通じるとは思えない。そこまで解ってもいるものの、どこか、鬱屈した守りの体勢に亀裂の一つでも入れられそうなものであればと願ってもいる。だから動いた。

 いつか、アルグレンテの背に刃が突き立つ瞬間。

 それを見ないで済むなら、多少は面倒に付き合おうとも思えた。

軽く口腔で溜めた音を放つ。魔術的な結界や感知が用意されていれば音は歪み、聴覚がそれを拾う。この『音』も物理的な要素だけでなく、口から放ったものに薄いオーラを載せている気がする。気がするだけなのに、それが事実だと感じる。

屋敷の外から探っただけでは防御系の術式もなし、感知系の魔術式が二つ三つあるが、どれも赤外線センサ的な魔力の波動に触れたものに警笛を鳴らすたぐいのもの。才能と魔術的素養はどうやら関連するらしいが、そういった警笛、警報を司る風系の魔術式は大体の位置関係を竜樹は探ることができた。元の世界の知識におけるセンサの配置、相互に干渉しないように発生地点同士の間に僅かなりと隙間があることもなんとはなしに解る。

 一息、跳躍し、高い壁を飛び越える。そして雑草ばかりの庭へ着地すると、獣の気配、魔獣や猟獣の類が配置されないことを臭いから確認、屋敷の窓から死角になる位置を選び、探知術式を避けて建物へ接近。こんなことをさも手馴れたように出来るのだからスキルってこわい。

 人の気配はそう多くない、十人以上、二十人以下、ただ、気配はあるが臭いのしない物音が幾つか。

 気配の一つ、四人ほどの集まりのうち、見知ったものがある。鋭敏な嗅覚と聴覚が相手を捉える。染み付いた煙草の匂いと足音から感じる体重60kg前後、長身で毒を潜ませた男性。

「丑雄さん、なんでここにいるのですやら………」

無精髭の中年イケメンだが、なにやら妙な様子である。四人に対して残り12人くらいで囲んでいる。対比が明確過ぎて、今後の展開が予想出来すぎる。

 溜め息を飲み込む。そして駆ける。二階の窓を尾で切り開いて進入。警報はなし。魔術的な防御はやはり最低限のようだ。ただ、そのまま床の材質を確認。石だ。そして石は土の一種である。そしてこの男は《地中移動》技能所持で、それも地味にレベルが上がっている状態。

 足首からついに、全身を沈めるに到った。

 そして潜って一息に移動。

 水中より音も気配もないが、水中より周囲の気配が解りやすい。

 そして一階の天井に背中だけ貼り付けた状態で《隠形》。

 周囲の様子が非常によく見える。どうも屋敷の出入り口、吹き抜けとなっている場所。

「領事殿はいらっしゃいますか?」

主人公。まさに主人公といった様子で丑雄が肩を竦める。左右には仲間達と思しき三人。なにか見覚えがあるようなないような気もする筋骨流の禿頭、ローブに面積の少ない水着じみた格好の美女、全身タイツに胴鎧を追加したような変な格好の美少女。

 なんだろうあれ。サーカス?

 そんな疑問を竜樹はとりあえず脇へ置く。対する領事こと痩せぎす神経質そうなおかっぱ頭の中年は、忌々しそうに彼等を睨む。

「アポもなく侵入された方に話すことはない。早々にお帰り願えるかね?」

周囲を囲む揃いの鎧を着た警備兵らしき者達が長剣に手をかける。幾人は手に短杖(スタッフ)を構え、魔術行使の前段階、魔力の充填が準備済の状態。ただ、背後に扉を背にしている人間を殲滅するには魔力量が少々不足気味に感じる。

 弱いわけではないが、建物の破損が嫌なのか用意された魔術式の規模が少し小さい。

 何かのレリーフのよう天井に張り付いたままの姿勢も難しいので、近くのシャンデリアへ移動し、光源の影へ潜む。このシャンデリアも蝋燭ではなく魔力で光っているあたり異世界だとしみじみ実感した。

「ご質問にお答えいただければすぐにでも失礼させていただきます。ネミング・ウェイ領事館補佐、領事殿は何処に?」

「領事殿は不在だ。それが何か?」

「然様ですか。それは何時からで?」

「それを君に教える理由はない。帰りたまえ」

けんもほろろ、といった感がある。

「………はぁ、単刀直入に申し上げますが、この数週間、領事殿がこの建物から外に出たのを見たものはいない、その事情について教えてくれませんか?」

「雑務が重なっているだけだ。これ以上居座るなら衛兵を呼ばざるをえないが」

「是非お願いします。我々も単に押し入ったわけではありません。彼女の妹からの手紙を渡そうと面会を申し込みましたが、門前払いをされまして。体外的な窓口を司るはずの領事館がそのような対応では困るのですが」

「なら、手紙を預かろう。業務の邪魔はこれっきりにしてくれないかね?」

「ご本人から受領のサインが必要なのです。少々手荒だったことは謝罪しますが、領事と会わせていただけませんか?」

「冒険者風情に直接の面会を許すわけにはいかん。暗殺者でない保証があるのかね?」

「ありません。同時に、警戒するのはともかく、面会者を制限する権限が貴方にあるのですか?

 領事へ確認のうえ、彼女の妹、ロゼッタ・シルバーストーン嬢からの手紙を預かっている旨をまず、お伝え願いたい」

なんどめんどっちぃ話だろうかと竜樹が溜め息を吐く。大人の交渉といえばその通りだが、いちいち話がまどろっこしい。聞いた限りだとあのおかっぱヘッドが領事を軟禁して好き勝手でもやっているらしい。

 あのおかっぱもさるもので、実力行使には一切出ていない。それくらいの知恵が回るらしいが、その所為で強硬手段にも出辛いのだろう。あぁいう小技が得意な人間ほど嫌なものはない。むしろ暴力で解決しようとする人間の方が解りやすい。

 音も気配も置き去りに廊下へ着地。建物の奥へ更に入り込む。背の高い建物の場合なら誰もが想像するものだが。

「やっぱ塔の上だろう」

ですよねー。ぼそっと竜樹が言ってしまったが、そうですよねー。

 ともかく、無用心なことにフロアに大多数が出払ってしまっていて警備の人間が皆無というのがおいしい。階段裏の物陰に隠れて銀楽器を装備すると、軽く音にもならない高周波じみた音を放つ。屋敷の上下を繋ぐ階段は音が通りやすく、建物の状況がすぐ解る。

 そして予想通り、上層に歩哨、または見張り役とでも言うべきか、二人も残っているのだから確定だろう。

 護衛の配置は臨機応変にしないと重要な場所が探り出されてしまうらしいが、その実例を見てしまうと若干の興醒め感を味わう。なんか物足りねぇとも思うが、早々に用事が済ませられるのであればそちらの方が楽だし。

 そういったあれこれを考える間にも二階から上って数えた数が約五階。高層建築物の少ない大河国では珍しいくらい背が高いが、構造自体は簡単で助かる。

 さて、歩哨が立つ扉より少し離れて曲がり角。

懐から取り出したるはガラスの小瓶。アルグレンテお手製の痺れ薬である。試験管サイズの小瓶が革製のホルスターに八つ。

昔、学術公国に留学していた時に学んだ錬金術とのことだが、あんまりお姫様が物騒な特技ばかり覚えるのは如何なものかと今後が心配である。

さて、それでは投擲。

竜樹が手首の振りだけ、それも片手でガラス瓶を寸分の狂いもなく二人の鼻先へ直撃させた。気配のない投擲に避けるどころか直撃する瞬間まで気付けなかった二人は、一瞬で目を回し、それぞれ床に昏倒した。

二人が床に膝をぶつけるより先に受け止めると、これみよがしに腰へ下げてあった鍵を奪う。そのまま二人はドアノブごと鍵を握力で壊した別の部屋へ放り込んだ。

頑丈そうな錠前を鍵で解除。重々しい鉄製の扉が動く。どうも、要人の保護、または見た目通りの監禁場所として使われていた場所のようだ。

 無言で扉を押し開けると、扉の傍で気配。魔術的なものではないが、これは。

 床に身を投げ出すようにして飛び込む。息詰まるような圧迫感のある空気。魔術式封じが部屋全体に張られているようで空気中に紫色の小さな燐光が舞い踊っていた。綺麗な反面、寝る時には困りそうだ。

 振り下ろされたのは椅子。速度こそそれなりだが、重たそうな椅子を頭部にでも受ければ常人は気絶どころか首が折れかねない。慌てて身構えると、椅子を下段から振り上げるよう構えた人影が軽く立ち位置を変える。妙に闘い馴れた様子に驚くが、それを行っているのが妙齢の女性というのに更に驚く。

 眼の下に刻まれた隈といい、乱れた髪といい、多少の疲労が見てとれるが、その美貌が損なわれてはいない。

「貴様、誰だ?」

「近衛兵団です」

「諜報部か」

「そのようなものかもしれません。確認ですが、領事殿で?」

「そうだ」

両手を挙げて戦う意思がないことを示す。それに対して相手も椅子を捨てた。重々しい溜め息を吐き出すと、乱れた髪を掻き上げ、乱れた髪の奥から鋭い視線を向けてくる。ピジョンブラッド色の瞳、赤黒い瞳孔が、やたら物騒な、剣呑な光を帯びていた。

「で、そんな相手が何故ここに?」

威圧的に高圧的。関わる美女が全体的にこんな方ばかりなのは何故なのだろう?

 そう思うも、それを口にはしないかしこい竜樹は、床を指す。

「俺は別件で用事がありましたが、とりあえず外の空気は如何で?」

「エスコート慣れしてない人間のようだけど、我慢しよう」

「然様で」

階下ではヌカクギ的なやりとりが続いているようだが、そのおかげで色々助かった。

「それじゃ、お手を」

「ふん」

ツンデレどころじゃないが、いいですよ美人なら。

 とっとと逃げ出そうと窓を開くと飛び降りた。

「え?」

何か疑問符が抱えていた女性から聞こえたが、あんまり気にせず窓枠を足場に勢いを数度殺して地面へ着地。最近、身体能力が普通であった頃の事を忘れつつあるが、そこらへんは仕方ない。

 領事さんを下ろそうとすると、領事さんがしがみついたまま動かなかった。あ、そういや窓から下りることとかなんも言ってなかった。しっぱいしっぱい。

「下ろしていいですか?」

「こ、この馬鹿! 窓から好き勝手する相手がいるか!」

うん、美女の罵倒。そっちの趣味はないので竜樹は覆面の奥で視線を逸らすと、聞かないふりをする。

「ごめんなさい。いやぁ、びじょを抱えてまいあがってしまいました」

「そんな嘘で誤魔化されるかっ。この非常識め………!」

ふらふらと地面に着地した彼女に肩を貸す。残念ながら彼女の方が背も高い為、半ば背中にのしかかるようにして彼女が肩にしがみついている状態になってしまった。

 あぁ胸に! 胸に! 結構なボインに密着しています。

 それを覆面の奥に隠しながら、領事館の表側に回りこむ。

「すいませーん、領事さんを監禁された方はどなたですか?」

「あれだな。岳山領国の恥さらしめ」

扉を開きながらご指名。唖然とした周囲の人間が舞台劇のよう揃って振り向く。

「きみっ、たっき」

丑雄の呟きに対し、口元に指を当てて沈黙を要求する竜樹。

「仕事中なんで、後にしてください」

「いや、お前、どこに勤めてんだよ一体………」

「生まれた国風に言うと、公務員です」

「色々どうなんだと思うよその表現は」

なにかを諦めた様子の丑雄に対し、肩から手を放した領事殿がおかっぱヘッドを睨む。

「貴様は解任する。領事を監禁とはいい度胸だな。言い逃れができるとは思うなよ?」

領事さんマジかっけー。惚れるわー。などと思いつつ竜樹は左手の籠手の具合を直す。

「仕方ない。少々手間だが、殺せ」

なにやら補佐官から命令が放たれる。傭兵達が指示に従って長剣を抜いていく。

同時に瞬殺された。

 無詠唱の魔術式で《気圧弾(エアダン)》の連打。それも顔を中心にえげつないくらいの威力で叩きつけられていた。

「姉さん!」

「ロゼッタ!? そんな格好で!」

領事へ抱きついた全身タイツさんが妹君だった。あ、この人って、酒場の騒ぎで助けられていた子だ。気付かなかったわー、つーかこの髪カツラだったのか。

「お逃げください! 補佐官殿!」

今度はあの小太りが出てきたよ。しかも秒殺で《気圧弾》の餌食になった。

「くそっ! 役立たず共め!」

そう言って逃走を図ろうとした男へ《気圧弾》が着弾。しかし、半透明な盾の形として防御術式が空中に展開されると気圧弾が防がれる。さすがに親玉ともなると用意がいい。

 だが、続けて放たれた単なる石の塊が背中の中心に命中し、一瞬で補佐官とやらは半殺しになった。

「美味しいところを奪ってしまい恐縮です」

投擲した石の破片、砂を手から払い落とした竜樹が然して気にした様子もなくうそぶく。

「いや、あのサイズの岩がなんであの速度で飛ぶんだ?」

丑雄のツッコミはさておいて。

なんやかやあったらしいが通りすがりの諜報部まがいが解決してしまったこの事態。詳しい話は傭兵と補佐官を縛り上げたあとに領事の口から説明された。

「改めて、領事のゼタ・シルバーストーンだ。妹のロゼッタにも手を貸してくれたようで助かった」

ゼタ嬢曰く、領事館の補佐官に突然監禁されたとのこと。

「殺されなかったのは何故だと思います?」

「私が魔術師だからだろう。無力化以上のこと、例えば殺される段階ともなれば巻き添え覚悟での自爆技が一つや二つは用意できることくらいは察していただろうからな。ただ、その場合は街が無事かは保障できかねる点が難点だが」

この領事超怖い。

 さて、このような蛮行に到った経緯は不明だが、とかく、おかっぱ補佐官は山岳領国へ輸送。そのうえで尋問にかけられるとのこと。

「あ、すいません。あと、びょういん、近くにありますか?」

顔色ブルー極まりない朱善が何故かそんな説明をしに登場していた。なんか、あの男は監視されていたらしい。ちなみに、近くの草叢で例の巨女、えー、確かイボンヌ、いやイゾルテ嬢は寝こけていました。初日に会ったっきりだったので、竜樹も名前を忘れかけています。

さて、領事より進呈されたふしぎなくすりで体力ゲージを回復させた朱善。連続服用は危なそうだが、この世界のポーションは効き目が強過ぎて怖いな。

「さて、それでは前倒しとなったが仕事を始めるか。すまんがお前も手伝ってくれ」

「了解」

竜樹が頷くと朱善は連れ立って奥へ進む。

「領事さんもご同席いただけますか?」

「解った」

わー、今度は朱善がかっこいい。というか、今日何しに来たのだったか忘れそうでどうしようとか竜樹は思っていたが、口には出さない。

そのまま今度は家捜しが始まった。秘密の地下室が見つかった。

「ゴーレムか」

「へー、ひのふのみの、たくさんあるな」

ミスタオークで見たものとは随分と違う。こちらは工業製品じみた画一的なもので、どちらかといえば先日のおひろめひろばで見た寸胴ロボのようなタイプに近い。重装歩兵、固い外殻をもつ全身鎧のようなもので、人間より一回り大きい2m級。

あの男を逃がしたら暴走ゴーレム軍団との連続バトルに突入しかねなかったらしい。

「いや、それはないな。これはアンティークゴーレムだ。一斉起動はさすがに無理だろうな」

「アンティーク?」

朱善曰く、古代遺跡の類から発掘されるオーパーツの類らしい。

 現行のものとは仕組みや能力が大きく違ったもので、現状では再現できない特殊能力を備えたものなども多いとか。

 その反面、起動や操作も手間がかかる、癖があるなどで、簡単に動かせるものでもないという。

「で、なんでアンティークって解るので?」

「なんというかな、最近のはロボっぽいのやアンドロイドのような外見だが、古いのは良くも悪くも機械人形、といったイメージを受けるからな」

要約すると外見の違いらしい。

 確かに、工業製品的なイメージを受けるものと、工芸品的なイメージを受けるものと、朱善とは比較的に似た感じに分類できそうだった。

「ただ、ここに資料などはなさそうだが、他所を探そう」

「具体的には、どんなものを?」

「裏帳簿や、計画書のようなものがあれば上々だが、馬鹿でなければそういったものはないだろうな。ただ、資料の類があれば根こそぎのつもりで頼む」

「ガサ入れだな」

「ガサ入れさ」

変な単語の多さからか、ゼタ領事は竜樹達が隠語か暗号で会話でもしていると思っているのか会話を神妙な顔付きで聞いていた。単に、異世界の知識がないと解らないからだが、それはそれで立派な暗号ではある

 補佐官執務室。変なツボやデザインの妙な剣が飾ってあるなど、少々、趣味を疑う部屋。

 本棚の物を置く棚などがあり、朱善、そして領事がそれぞれ部屋の中を探し始める。

 竜樹はというと最初から銀楽器装備のうえ耳を澄ませる。

 胴の位置にある魔法陣に指先で触れ、音を鳴らして反響音確認。本棚の奥行きと本の厚みの間に違和感があることに早くも気付いた。歪んで奥に詰まったような場所に対し、楽器を巻紙の中へしまうと、すたすたと近付いていく。

「この棚壊していいですか?」

「あ、あぁ、構わないが」

本を取り除き、本棚の背面、厚みを右手の指先で抉る。そのままバリバリと金具やしかけを握力だけで壊すと、壁に埋め込まれた金庫を発見した。

 薄型、本棚に隠すにしては最適な形のものだが、取り出されてしまえばあとは鍵付きの箱である。隠蔽工作や発火装置、魔術の気配がないかを一通り調べると、おもむろに隙間に蓋をむしりとった。

「お前の症状は少しおかしいな。腕力だけでチート過ぎる」

「いや、それなら下に居た丑雄さんも凄いぞ? 今って通り名が『奇術師ウィシオ』だと」

なにそれ素晴らしい的な輝く笑顔を見せる朱善であったが、それをスルーして竜樹が中身を取り出す。文脈としては部下に出す視察の指令書のようなものに見えるが、残念ながら記述用の暗号表がセットになっていては無意味だ。

「どこかとのやりとりだな。取引、商業的な売買についてかな? やりとりしている商品については暗号表にない単語で隠されているようだが」

書類を机に並べた竜樹の肩越しに覗き込唸る朱善。続いて、領事も難しげな顔で書類を見る。

「虫の名前だな。蜘蛛の赤、青、緑、蜻蛉の青、緑、赤、その他にも蝶やら蜂やらか」

「特定の商品を分類分けして国外やその他の場所とやりとりしているようだが」

「分類か。現状だと昨日の一件と同様かな?」

思案げな竜樹の言葉に、朱善が目を見張る。

「怪獣病か!?」

赤、青、緑がそれぞれ第一種、第二種、第三種の岳山領国の定めた症状の分類で、蜘蛛、蜻蛉などは襲われた怪獣による分類だろう。そして、岳山領国の領事補佐官が斡旋している再就職先が犯罪組織とは困ったものだ。

 だが、謎の集団の仔細も解らず、その資料からはそれ以上の成果は上がらなかった。

あとは先程のゴーレムを発見した岳山領国と大河国の境にあるという遺跡の情報や、ゴーレムの売買に関する計画などが書かれたものも幾つかあったが、どの資料も執拗な暗号化が繰り返されているものも多く、この場での細かな把握は諦めた。

 結局、家捜しの資料をまとめた朱善が先へ引き上げていった。あぁやって仕事熱心過ぎるから頼られているのだろうな、とは思ったが何もできずに見送る。

 あとは涎の痕がある残念な美女ことイゾルテが補佐官を見張っていたと丑雄達と入れ替わりに仕事を始める。数人の人間と共に馬車へ彼や雇われ冒険者が連行、残された丑雄さん達も引き上げていく。

「俺達は『銀の剣』という宿屋に泊まっている。暇があれば来い」

そして残される領事と俺。

「護衛は?」

「不要だ。早々に引き上げろ」

気遣いを速攻で拒否された竜樹も、その場を逃げ去った。

 モテないのも雑な扱いも馴れているからいいけどね! とか思いつつやさぐれた。  


次回更新は十月最終週です

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