魔王たちの懇談会
コツ、コツ、コツ。ヒールを鳴らして歩く音が廊下に響く。一つの大きな扉の前に立つ。にっと口角をあげて、両手で思いっきり扉を開けた。勢いよく開かれた扉には、亀裂が入っていた。
ガタンッと椅子から転げ落ちるように扉に駆け寄ってくる男が一人。赤色の短髪が特徴的な、がたいのいい男だ。年齢は二十代ぐらいだろう。そんな大の男が、亀裂の入った扉を前にしてその場にへなへなとへたり込んでしまった。扉を開けた張本人は、やっちまったと言う顔でかたまっている。
「もおー! 何度目だよ僕の屋敷の扉壊すの! 何枚扉破壊したら気が済むわけ? て言うか壊すごとに亀裂が大きくなって行ってるんだけど!」
「ごめーん……。いやぁ、懇談会くるとつい気合が入ってさ」
扉に亀裂を入れた張本人である少女は、見た目は八歳ほどに見える。ペロリと真っ赤な舌を出して反省しているのか反省していないのかわからない態度。緑色の髪と瞳が特徴的な、例えるなら妖精のような少女だった。着ている服も白に緑色の模様のないったシンプルなワンピース。履き物が少し高めのヒール靴じゃなければ、立派な子供だ。見た目は。その実、齢百五十越えのロりババアである。その名はララウ。別名「南の緑魔女」。
精霊魔法を得意とする、見た目は妖精中身は怪力女。その可憐な見た目に騙されてはいけない。
ララウに怒っているのは、この屋敷の主であり「西の赤魔王」と呼ばれる男、グデ。炎魔法を得意とする。見た目は赤色の短髪に茶色の瞳。身長百九十近くの筋肉もりもりないかつい男だが、中身は女よりも女らしい趣味を持ったヘタレ男。その趣味と言うのが、テディベア作りと刺繍、それからドレス作りと実に女らしい。その見た目がいかつい男でなければああちょっとカマ入ってるのねぐらいで済まされたものの、見た目がごついだけに何こいつ……と言う目で見られては仲の良い「東の青魔王」に泣きつくヘタレなのだ。そのヘタレっぷりにはほかの魔王たちも呆れるばかりである。
そんなヘタレを慰める係が、「東の青魔王」であるナオ。穏やかで優しい性格で、皆のブレーキ役。特に一旦泣きだすと癇癪を起こすグデと、気合の入れすぎでよく物を壊すララウを止めている。見た目は中肉中背の、黒髪に空のような青色の瞳。水魔法を得意とする。まるで仏のようなその優しさにほかの魔王たちはこいつ魔王やってて大丈夫なんだろうか……と心配されるほどだ。
「相変わらずの怪力だなー。ララウは!」
いかつい大の男が泣いてそれを同じ年ぐらいの優男が慰め見た目は八歳ぐらいの少女がしょぼくれていると言う阿鼻叫喚のような中一人ケラケラと楽しそうに笑っている十歳ぐらいの少年。「北の白魔王」、ヒョウである。白なのに魔王。矛盾しているような呼び名だが、その呼び名は彼が氷魔法を得意とするところからきている。
まるで道化師のように、いつもニコニコと笑みを絶やさず、何を考えているのかわからない。よくララウをからかってはグデの屋敷が破壊される。懇談会はそう言う感じの繰り返しだった。ちなみに、ヒョウは実年齢十歳の正真正銘の子供。
「うっさいわね、ヒョウ。大体あんたはいつも人が気にしてることを……!」
「えー。でも本当のことでしょ?」
「キィー!」
怒りっぽいララウがヒョウの挑発に簡単に乗って、大の大人でも運ぶのは大変であろう大きな椅子を片手で持ち上げヒョウを追い掛け回す。
「ああもう! 二人ともやめなさい! また屋敷が壊れてグデが泣いてぐずるでしょうが」
怒りながら椅子をぶんぶん振り回してヒョウにぶつけようとするララウに、それを笑いながら華麗にかわし続けるヒョウ。グデは亀裂の入った扉によりかかっておいおい泣いているし、ナオは幼稚園の先生になったような気分だった。
そこに、ナオにとって救いの神が現れた。亀裂の入った扉が、ゴゴゴ……と唸りながらゆっくりと開かれる。立っていたのは、魔王たちをまとめる大魔王だった。
黒色のマントを羽織り肩には一匹のカラス。カラスが威嚇するように「ガー!」と鳴く。
「何だここは……幼児の集まりか?」
「大魔王様ぁ……」
「ナオ、お前はよくやっている」
憧れの大魔王に褒められ、ナオは感極まって瞳を潤ませる。
大魔王は次に、扉の亀裂の入ったところに手をやる。すると、みるみるうちに亀裂が元通りになって、重厚感のある扉が復活した。それを見て、扉によりかかっておいおい泣いていたグデが涙をぬぐって大魔王にお礼を言う。
次に、広い客間の中を走り回っている片や本物の子供、片や偽物の子供二人の首根っこを摑まえる。
「ぐえっ」
「ぎゃっ」
突然首根っこを掴まれて宙ぶらりんになる二人に、大魔王は凄みのある声で言った。
「ヒョウ、いくらララウが好きだかと言ってしつこくからかうのはよくないぞ」
「ララウ、すぐヒョウの挑発に乗るな。そしてグデが泣くからあまり屋敷を破壊するな」
大魔王は、二人を床におろしてからララウの手から椅子を取り上げ元の位置に戻した。椅子を戻す際に引きずったりしないところを見ると、丁寧な性格なのがわかる。
ララウが大魔王の言葉にヒョウをじっと見つめると、ヒョウが顔を真っ赤に染めてララウからぷいと顔をそむける。耳まで真っ赤にして、ぽつりと呟いた。
「からかってごめん」
ララウが、意外そうに目を丸くした。けれどすぐに、ニッコリと笑って言った。
「許してあげる」
「何だよ、偉そう」
「わたしはあんたよりも百何十年も長く生きているんだからね」
「……年の差がどんだけあっても、諦めないからな」
ヒョウが真っ赤な顔でそう言うと、ララウもつられたように頬を少しだけ赤く染めた。傍から見る分には初々しい子供のカップルと言ったところだが、中身はロリババアとショタの組み合わせで中々複雑である。
そんなこんなで、いつも通りの懇談会だった。