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30:つぶれた苺




   『これ、食べてくださいね』




   そう言って、たくさんの苺をくれた

   白い皿にのった赤い苺

   三月の初めに君が摘みにいったのだろう

   熟れていて、美味しそうだった




   『早めに食べないと、おししくなくなっちゃうんです』

   『だから、今日の夜にでも食べてくださいね』




   笑顔で君は冷蔵庫の中に入れてくれた

   そして、そのまま他愛ない話しをして

   夕食を一緒に食べた

   食後のデザートにさっきの苺を




   苺を一つ、つまんでみる

   熟れている赤い苺

   それを握りつぶす・・・・・・

   赤い滴が腕を伝って、テーブルの上に落ちた




   『苺で遊ばないでくださいよ』

   『せっかくおいしいのを摘んできたんですから』

   『それ、ちゃんと食べてくださいね』




   『ちゃんと食べるよ』

   そう答えて、つぶれた苺を口の中にほうる

   甘酸っぱい苺の味が広がった




   君には教えない、教えたくない

   君には知らせない、知りたくない

   君には言わない、言わなくていい




   何度も訪れる夜に、当たり前の姿でいる

   床に転がるのは、男の死体

   脳、臓器、肉片、血・・・・・

   人間を奴隷として売り飛ばした哀れな男の最期




   君に見せたくない、見られたくない

   君に教えたくない、教えられない

   君に言わない、言いたくない




   今の僕を見たら、きっと君は離れていく

   つぶれてしまうかもしれない




   血の海の中、ただ呆然と立ち尽くす

   そして、つぶれた苺を思い出す

   僕がつぶしたあの苺を




   『・・・・で遊ばないでくださいよ』




   君の声が聞こえる

   あの時の君の言葉に、少しだけ修正をしてみる

   僕はきっと、こういう風に聞こえたんだ




   『人間で遊ばないでくださいよ』




   つぶれた苺の汁が血というのなら

   つぶれた苺自身は人間の体ということになる




   つぶれた苺は赤いまま

   君の言葉を僕は何度も繰り返す




  




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