27:瞳に映るのは『今』だけ
カタカタと窓を鳴らす嫌な風
灰色の空には、何もない
ラジオから流れるニュース
ヒトラーがまた、国を占領したという報告だった
きっと、ここも危ない
もうすぐ無くなってしまうだろう
だから、ここを離れる
何処へ逃げても、安全なところなんて無いけど
生きるために逃げなくてはいけない
家族と荷物をまとめて、家を出る
火薬の匂いのする風が、通り過ぎていく
バタン、と閉められた玄関
もう、ここには帰ってこられない
あなたともお別れ
あの楽しい日々を思い出にして
過去を振り返ることはない
あなたはもう、過去の人だから
公園で遊んだことも
街で買い物をしたことも
誕生会を祝ったのも
一緒にクリスマスを過ごしたことも
全部、過去のこと
思い出にしなくてはいけない
だから、思い出に置き換えて、時々思い出す
それだけで、充分
今までのこと、全部、覚えてるから
二度と帰ることのないあの家
バタン、と閉まった時の音は風に消されたのに
妙に大きく、耳に届いていた
家を振り返って、道に生えている草を掴み、風に流した
思い出の場所にさようなら、と告げて
過去のことは振り返らない
瞳に映るのは『今』だけ
別れを告げた場所は、思い出の場所。
過去のことも、思い出になる。
だから、過去は振り返らない。