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いつかこの手につかむもの  作者: 高霧 蒼
見知らぬ世界
9/35

08

 誰かに付けられているような気がする。


 ラシュを出た辺りから薄々と感じてはいたが、特に強く意識したのは川に差し掛かった頃からだった。

 目立った気配があるわけではない。だからと言って、気のせいで済ませられるほど単純なものでもない。

(六人──いや、七人…?)

 どのような状況下であろうとも、その気になれば正確な人数を割り出すことなど容易たやすい。だが、下手をすれば不利になり兼ねない条件がこちらには揃っている。

 正直な話、ルークを待たずにラシュを出てもいいのかと迷いはした。それでも振り切り、進まなければならない理由が存在してもいる。

(このまま何もなければ良いが…)

 だから今はそれを願うしかない。

 背後に感じる不穏な気配を警戒しつつ、前を行くサヤカ達へと意識を向けた。


 * * * * *


 川が目印代わりになる、と言っていたグエンの言葉に間違いはないようだった。

 周りの景色は相変わらず森だったけど、川に沿うような形で色々な花が咲いていたり、これから向かう方だと教えられた道の先には、今日泊まる予定だという教会らしき建物の頭が少しだけ見え始めていた。まだ距離はあるらしいのにそれが見えるということは、相当大きな建物なのだろう。

 横を流れるこの川はザーフィア湖からのものだとグエンが教えてくれて、昼食を兼ねた休憩の合間に近寄って手をつけてみたら、やっぱり冷たくて気持ち良かった。しばらくはこの川に沿って進むのだという。

 休憩を終えて再びグエンの馬に乗せてもらい、左手に川を見ながら進んでいると、突然シキが馬を止めて今まで進んで来た道を振り返った。それに合わせてグエンは勿論、ラルフさんの馬も止まる。

 何かあるのかな? と、シキを見ると、その顔には少しだけ緊張感のようなものが浮かんでいることに気がついた。

「どうかしたの?」

「──いや、なんでもない」

 いや、だからなんでもないって様子じゃないから訊いたんだけど。明らかに不自然だよ?

「気のせいだったようだ」

 先を急ごうと続けたシキにグエンは頷くと、何事もなかったかのように手綱を引いた。

 前の方には休憩を取る前と同ようにラルフさんがいたけど、私達を先に行かせるとシキに並ぶ。そして小声で何かを話し始めたけども、その内容までは流石にわからなかった。

 こういう感じで話す時って、大抵の場合は他の人に聞かれたくないような内容だったりするんだよね。

「…気にするなって言っても、やっぱり無理だよな?」

 不意に、グエンが溜息をつきながら私にそう訊いてくる。

「え?」

「シキ様とラルフ様。気になってんだろう?」

 そう軽い口調で私に話しかけるグエンの声にも、多少の緊張感が見え隠れしている。一瞬にしてさっきまでの穏やかな感じをひそめてしまったようだった。

「…なにかあるの?」

 だから自然と私も声を潜めてしまう。

「わからない。だけど、こういう時のシキ様は信じた方がいい」

 シキを信じていないわけじゃないけど、不安を感じるのは仕方がないと思うの。

「こういう時って?」

「人がいる気配があるって時かな。あの方は探るのがうまいんだよ」

 つまり、他には人影すら見えないこの森の中に、私達以外の誰かがいるってことになる。

「それって…」

「流石に敵味方の区別や、個人の特定までは無理だろうけどな。それでも、特に姿を見せない相手がいるってだけでも普通じゃないってのはわかるだろう?」

 この世界での常識がどんなものなのかはまだ理解しきれていない。だけどこの状況が普通じゃないってことぐらいは理解出来る。

「…うん」

 用心に越したことはないと言われたけど、一体どうすればいいのだろう。

 そんな私の不安が伝わったのか、グエンの馬がブルルッと小さくいなないた。これは多分、背中に乗せている私を心配してくれているんだ、とか勝手に解釈してみる。動物ってそういうのに敏感だって言われてるもんね。心配させてごめん。


 ──と、その時。


 後ろの方で何かがヒュンッと鳴ったと思ったら、直後にはそれを叩き落とすような音と、馬の興奮した鳴き声が聴こえて反射的に振り返った。

「シキ様!」と言うラルフさんと、「落ち着け」と言いながら左手で手綱を掴んで自分の馬を制しているシキの顔には緊迫したものが浮かんでいる。そして、シキの右手には鞘に収まったままの剣が握られていた。

「落ち着け」

 普通ならば落馬してもおかしくないと思うような状況下でもう一度シキが声をかけると、徐々に馬が落ち着いていくのがわかった。馬の足元には折れた細い棒みたいな物が落ちている。きっとあれが音の正体で、シキが鞘ごと振り下ろした剣で落とした物なのだと思う。

「シキ様!」

 シキの様子に張り詰めた声を上げるラルフさんの右手は剣に添えられていて、いつの間にかグエンが私を包むかのように身構えている。

 そしてシキは興奮の冷めない馬を器用になだめながら地面に落ちた物を確認すると、「ルーク!」と、いきなり大きな声で誰かを呼んだ。それには当然返事などない。

 それに苛ついたのか、シキは右手に広がる森の方を睨み付けると、

「ルーク!」

 と、もう一度、だけど今度は怒鳴りに近い声で誰かを呼ぶと、今までは静かだった木々の隙間から白い馬に跨った男の人が現れた。

 その口元には微かな笑みが浮かんでいて、手には弓と二本の矢が持たれている。何を考えているのかわからない笑顔っていうのは、きっとこんな感じなんだろう。

 …と、身構えていたら、

「腕は鈍っていないようだな? シキ・アデライード」

 ……とか、いきなり砕けた感じで口を開いたから一瞬、時が固まった。その中でシキだけが動いているような感じ。

「これは一体何のつもりだ? ルーク・グラナティス」

「ちょっとした挨拶をしただけだ。他意はない」

 他意はないって、え?

「お前の挨拶は洒落しゃれになるか」

 馬鹿だろう、お前。

 呆れながらもそう吐き捨てたシキに、「ひでぇな」と笑ながら日の光のもとへ出て来たその人の髪は、遠目からでも良くわかるぐらいに明るい金色をしていた。身体的なものは、多分シキとあまり変わらないと思う。二人が並ぶと見事なまでに対照的な色合いだった。

 相手の姿にふっと肩の力を抜き、剣を元の位置に戻すシキを見てグエンも力を抜いたようだったけど、まだ警戒心だけはあるようで、私を包むかのような体制までは解かれるに至ってはいなかった。そして、ラルフさんの顔には警戒と困惑の色が入り混じっている。

 そんな私達の混乱を余所よそに、なぜか当人たちの間では当然の如く話しが進んでいく。

「万が一、当たりでもしたらどうするつもりだったんだ」

「その時はひたすら謝る」

 ……きっぱりと言い切ったけど、そんなもんでいいの?

「それに、初めからお前しか狙ってない」

「狙うなよ」

 物騒な発言に即答出来るシキとこの人の関係って、一体なに?

 まさに茫然という言葉が合うんじゃないだろうかという状況だったけど、それでもシキの雰囲気が少しだけ柔らかくなったのを感じ取る。それはグエンやラルフさんにも伝わったのか、二人の警戒も完全に解けたようだった。

 そしてシキに「ルーク」と呼ばれた人がラルフさんに「すまなかった」と短く声をかけ、続いて私の方に顔を向ける。

「驚かせて悪かったな」

「…あ、はい」

 いきなり声をかけられてびっくりした。

「シキが女を連れてるって聞いたもんだから、少し興味があったんだ」

「えっ」

 女って、…どうしてそうなった?

「ルーク、彼女は…」

 即座に反論しようとしたシキに「わかってる」とだけ返して私達のすぐ傍まで来ると、彼は何かを見定めるかのように私を見下ろした。青にも紫にも見える瞳の色がとても印象深い。

「お前がサヤカ?」

「えっと…」

 背中越しでグエンから感じる空気が変わっていくのを意識しながらも、相手の顔をじっと見る。

 …なんだよ、この人も随分と整った顔立ちしてるじゃないか。って、だから気にするところが違うよ、自分。

「ルークだ。シキとは古くからの付き合いでね。お前、ユウナの妹だろう?」

 んんん? ってことは。

「お姉ちゃんの知り合い?」

「まぁね。元々ユウナを保護したのは俺とシキだし、ユウナが城に行くまでに何度か話したこともある。それよりも、この道を進んでいるってことは、今夜はレイリーズに泊まるのか?」

「レイリーズ?」

 それ、どこのことだろう?

 知ってる? と、グエンを見ると、ちょっとだけ何かを思い出すような仕草をして、

「多分、レイズ教会のことだ」

 と、教えてくれた。

「多分? その教会がある場所が、レイリーズ?」

 続けてグエンに問うと、今度は困ったような顔をした。知らないってことらしい。

 そのグエンを見て何かに思い当たったのか、ルークが苦笑を浮かべた。

「多分、今はその呼び方を知っている方が珍しいと思うかな」

「なんで?」

「昔は教会の辺りに街があったんだよ。だが今は廃墟になっているし、それ以前に、レイリーズという呼び方自体が一般的ではなかったんだ。今でもそう呼ぶのは王都の人間か、元からレイリーズに住んでいた者ぐらいだろうな。一般的にはレイズと呼ばれていた」

「じゃあ、その街の跡地にあるから、“レイズ教会”?」

「そうなる。この辺りで寝泊まり出来そうな場所といったら教会ぐらいしかない。だからそこに向かっているのかと思ったんだ」

「その教会に」

「もういいだろう」

 泊まるらしいと言おうとしたら、いきなりシキに遮られた。そのシキの後ろで、ラルフさんが複雑な表情を浮かべている。

「早く進まなければ日が暮れる。先を急いでいるんだ。邪魔をするな」

「邪魔ってなんだよ? 俺がいつ、どこでした?」

「今、ここでしているだろ」

「お前…、それが不眠不休でここまで来た俺に言うことか?」

 あ、ルーク、寝てないんだ。って、そうじゃない。

「そんなの知るか」

 うわぁ、ばっさりと言い捨てた。

「少しは知れよ!」

 あー…、これ、どうやって収拾つけたらいいんだろう…? このままだといつまで経っても終わらないと思うの。どうしたら…、と、ちらりとラルフさんを見ると、私の視線に気がついたラルフさんが小さく頷くのが見えた。言いたいことをわかってくれたらしく、

「失礼ですが」

 ラルフさんの張り詰めた声が響いた。

「先程シキ様が申し上げたように、このままでは日が暮れます。サヤカ様に野営を経験させたいと言われるのでしたら別ですが、そうでなければ今は先を急ぐべきかと。それぞれ言いたいことがあるのもわかります。ですが、場を改めて話し合われては如何いかがでしょうか」

 やっぱりこういう時のラルフさんは強いと思う。

 言葉は丁寧なんだけど「文句は言わせねーぞ」っていう響きが混じっているし、少しでも反論したら倍にして返されそうだから、あの笑顔が逆にこわい。

「……そうだな」

 そう答えたのはルークで、肩の力を抜くとがらりと表情を変え、

「それで? 俺はどうすればいいんだ?」

 と、シキに向かって問いかけた。

「当然、来るよな?」

 あぁ、シキさん。あなたのその笑顔もとても素敵です。

「当然って、…まぁいい」

「え? ホントにそれでいいの?」

 意外にもあっさりと了承したルークに意表を突かれたら、ルークは「ああ」と頷いた。

「今からラシュに戻るのも面倒だしな。それに、この辺りでの野営はあまり好ましくない。それが戦えない女連れだとなれば尚更だ」

 言われれば確かにそうだ。どんなに私が気をつけていても相手は待ってなどくれない。いざとなったらやっぱり私が足で纏いになる。

「だから護衛は一人でも多い方が良い。違うか?」

「…違わない」

 改めて自分の立場を認識してしゅんとしてたら、ルークがぷっと吹き出した。なんでー?

「ユウナと違って、お前は素直だな」

 聞いてた通りだ。とか笑うルークに、シキが呆れたような顔をする。ってか、お姉ちゃん、一体なにを話したの?

「さて、進もうか。シキ、俺はどこに付けばいい?」

 これまた見事なスルーをどうもありがとうございます。うぅ…。

「俺と一緒に後ろだな。ラルフ、グエン、お前達は予定通りに進め」

 シキの指示を受けた二人が同時に頷くのを見届けると、ルークは「あとでな」と私に囁いた。

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