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いつかこの手につかむもの  作者: 高霧 蒼
見知らぬ世界
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05

 追求したいことが増えてくると、一体なにから手をつけたらいいのかわからなくなる。

 あれでもない、これでもないと考えてはみるものの、やっぱり頭が動かなくなってきているらしい。これはきっと疲れているんだ。


 ラルフさんが手配したという場所はホテルというよりは民宿っぽくて、もっと言うなら一軒家という感じに思えた。この宿を知ってはいたけど使うのは初めてだってシキは言ったけど、グエンやラルフさんには馴染みの場所らしい。だからここはシキよりもラルフさん達の人脈によって借りられた場所なのだと思う。

「今日はこちらをお使い下さい」

 宿の場所を確認するなり、少し出掛けてくると言ってどこかに行ってしまったシキの代わりにラルフさんが案内してくれたのは小さな部屋で、どことなく屋根裏部屋を連想させるような雰囲気があってすぐに気に入った。

「私達は両隣りの部屋を借りています。もし貴女に何かがあればすぐに駆けつけますので、少しでも身の危険を感じるようなことがあれば叫んで下さい」

「叫ぶって…。それに身の危険ってなに?」

「用心に越したことはない。という話ですよ、サヤカ様」

 そう言ってにこりと笑うラルフさんだったけど、やっぱりその目が伴ってはいない。なんでだろう? あまり歓迎されていない気がする。って、当たり前か。普通なら私、思いっきり不審者だもんな。

 でも、ラルフさんのこの態度は、多分それだけが原因じゃないと思う。なんだろう、このもやもや感。

「…あのー…」

「はい」

「もしかしなくても、私、歓迎されてない、ですよね?」

 このもやもや感をどうにかしたくて口に出してみたら、案の定というか、ラルフさんの顔つきが変わったのがわかった。

「…貴女は誤解をされているようですね」

「誤解?」

「はい。貴女はユウナ様の妹君です。そして私達は貴女を護り、ユウナ様のもとへお連れすることを前提として動いています。そこには個人的な感情など含まれておりません」

 あー…、つまりあれですか。個人的な感情を言うと「迷惑だ」ってことになるんですね。わかりました。

「お姉ちゃんの妹だからっていうのはわかりました。だけど、やっぱりラルフさんは私のこと嫌いですよね?」

 すると、今度は本当に「意外だ」という顔を見せた。いや、むしろその反応こそが意外なんですが。

「私に貴女を嫌う理由があるとでも?」

「え、だって、歓迎してないですよね?」

「ですから、何故そう思われるのですか?」

「目が笑ってないから」

 そう答えてラルフさんの目を見たら、少しだけ何かを言いかけて、そして諦めたかのような息を吐いてから微かに笑った。これは作り笑顔じゃない本当の笑顔だ。

「貴女を嫌っているのかという問いの答えですが、先程も申し上げたように、私には嫌う理由など存在していません」

「でも歓迎はしてない?」

「残念ながら」と、申し訳なさそうに答えたラルフさんに嘘はないようだ。うん、こればかりは仕方がないよね。でもやっぱりちょっとショックかなー…。

「ですがそれは、貴女の存在を否定するものでもありません」

「どういうこと?」

「個人的な感情で申し上げますと、貴女が現れたことによって増すシキ様の負担を懸念しているからです」

 少しだけ優しい感じの声になったラルフさんだけど、その内容まではあまり優しくなかった。

「貴女に万が一の事態が発生した場合、責任は全てシキ様が負わなければなりません。今、貴女の身に何かがあれば、シキ様はその全てを犠牲にしてでも貴女をお護りするでしょう」

(ああ、そうか)

 この人はシキが心配なのだ。だから少しでもシキの負担を軽くしたいと思っている。

「…つまり私は、みんなに迷惑をかけないようにすればいいのね?」

「端的に述べてしまえば、そうなります」

 申し訳ありませんと続けたラルフさんに、こちらこそごめんなさいと謝ると、ラルフさんは「貴女が謝る必要はないのですよ」と、今度はその声と同じ優しい笑みを浮かべた。それにまた驚く。

「ですが、貴女の自由までをも制限する訳にはいきません。それでは貴女に負担が掛かってしまう」

「自由ってことは、出歩くのはいいってこと?」

「貴女に窮屈な思いをさせるつもりも私にはありません。誰かと共に行動するのであれば、という条件が付きますが、今でなければ出来ないことや、訊けないこともあります。それらのことを知りたいと思うのが城に着いてからでは遅いのです」

「遅いって?」

「入城すればわかります。…夕食までは時間がありますし、外もまだ明るい。グエンを呼びますので、少しばかりの気分転換を兼ねた散策にでも行かれては如何いかがでしょうか」

 つまり、これ以上なにも答える気はないということらしい。だとしたら今のラルフさんにはなにを訊いても無駄だろう。

「グエンはどこにいるの?」

 このタイプの人を怒らせるときっと怖いだろうし、私も無理してまで話してほしいとは思わなかったからラルフさんの提案に乗ったら、少しだけほっとしたような顔を見せた。

 そんな顔をするなら、最初から私に関わらなければいいのに。って、シキが一緒にいるんだもんね。ラルフさんの言動からだけでも「そうもいかない」っていうのが伝わってきてたし。

「厩舎に馬を預けに行っています。もうすぐ戻る頃ですし、あれにも息抜きが必要です。少しの時間で構わないので付き合ってやって下さい」

 なるほど。こう見えてもラルフさんはちゃんと気遣いが出来る人なんだ。

 優先順位で考えれば間違いなくシキが一番なんだけど、私やグエンのこともちゃんと考えてくれている、…よね? 多分…。

「じゃあ、お願いします」

 せっかくの気遣いを無駄にするのも悪いと思ったから素直に頷いたら、わかりましたと短い返事を口にした。

「──ああ、そういえば一つ、言い忘れていたことが」

「言い忘れ?」

「はい。流石に私達の仕事についてまではまだお答えすることは出来ませんが、四年前のことであれば、ある程度ならばお答え出来ます」

 はい?

 仕事? 四年前? なんだっけ?

 ……あぁ、そういえばマーサさんのところでそんな感じの話をしてたなぁって、ちょっと一体どこからどこまで聞いていらしたんですかっ?!

「ですが、それはグエンから聞いた方が良いでしょう」

「え、なんでグエン?」

「私の客観で答えるよりは、グエンの主観の方が良いと思ったからです。彼はこの街の出身者で、当時はこの街の衛兵でもありました。きっと貴女が知りたがっている事にも答えてくれるはずですよ」


 ──と、いうことがあって今に至ると話したら、グエンに盛大な溜息をつかれた。

「…お前さぁ、それ、いいように流されてないか?」

 はい、まったくもってその通りだと思います。不甲斐ない。

「まぁ、ラルフ様はいつもシキ様の身の安全を第一に考えているし、それに関しては男女問わずに厳しいところもあるから、仕方がないのかもな。普段はとても優しい方だよ」

「うん、それはわかった。なんだかんだとは言ってても、ちゃんと気遣ってくれてるもん」

「本人に言わせると『仕事だから』になるんだけどな」

 そう言って軽く笑うと、グエンは表情を改めて口を開いた。

「それで、四年前の何を知りたいんだ?」

 何を? と訊かれて、ちょっとだけ考える。

「……どうしてお姉ちゃんが『優奈様』って呼ばれることになったの?」

「マーサも言ってただろう? この街にとって、ユウナ様は恩人なんだよ」

 マーサさんもって、あんたも一体どこからどこまで聞いてたんだ。…まぁ、いいけど。

「その恩人っていうのがわからないから訊いてるの」

「…あまり詳しくは話せないかもしれないけど、それでも構わないのか?」

 同じようなことをラルフさんからも言われたから大丈夫だと頷いたら、グエンは僅かに視線を泳がせて、小さく息を吐いた。どうやって私に説明したらいいのかと考えているのだと思う。

「……この国ってさ」

「うん」

一見いっけん平和なように見えるんだけど、案外問題も山積みなんだよ」

「例えば?」

「細かいものまで言うときりがないから省くけど、大きなもので言うと闇商人とか、権力争いとかになるかな」

 グエンの言葉を聞いて、ラシュは交易が盛んな街だとシキが言っていたことを思い出した。

 交易が盛んだということは、同じだけトラブルが発生しやすいということで、それらの問題を全て解決するというのは難しいのかもしれない。

「それで?」

「四年前の件はその権力争いが根底にあるんだけど、問題なのはその根底よりも、もっと厄介な物が持ち込まれていたことなんだ」

「厄介な物って?」

「火薬だよ」

 かやく? かやくってあの、花火とかに使われてる火薬?

「しかも大量のね。あれが全て使われていたら、この辺りは二日もかからずに廃墟になっていただろうな」

 ざっと見ただけでも相当な大きさであるらしいこの街が二日もかからずに廃墟になるほどの火薬ってちょっと想像もつかないんだけど、どう考えてもそれだけの量が集まる事態っておかしい。誰かが何かをしたがっていたようにしか思えない。

 でも、何を…?

「…まさか…」

 一瞬、とても嫌な想像が過ぎったのだけども、そんなはずはないと否定しようとした。けど、それでもやっぱり同じ答えにしか辿りつけない。

 このラシュという街は交易が盛んで、そして、一番国境に近い場所だとシキは言った。

 そんな街に、異様な量の火薬が持ち込まれていた。その結果、考えられる一番最悪の事態と言ったら、それは──。

「……戦争」

 ぽつりと呟いた私の声を拾い上げたグエンが小さく頷く。それは肯定を示すものだった。

「シキ様もその可能性を否定はしなかったよ。ラシュにはカシュミールやディアナン、それにロージナルといった国からも商人がやって来るから、最悪はそうなってたかもしれない。…それでさ、その…」

 そこで一度悩んで、結局は観念したような顔でグエンは続けた。

「ユウナ様が道に迷った先で、火薬の一部を見つけたんだよ」

 ………お姉ちゃん。

 相変わらず運が良いんだか悪いんだかわからない人だね…。

「まぁ、そこから色々とあって、七日も掛からない内に一応の解決は出来たし、ラシュが失われることもなかった。当時街にいた人間はそのことを知っているし、感謝もしている。だから自然とユウナ様と呼ぶようになったんだ」

 その“色々”な部分には触れないでおくよ。

 なんとなく予想も出来るし、シキの迷子になるな発言からも想像出来ちゃうから考えないことにしておく…。

「…ただ、全てが解決しているってわけでもないんだ」

「と、いうと?」

「わからない部分が残っているんだ。もしかしたら、シキ様なら何かを知っているのかもしれないけどな」

「シキが何かを隠してるってこと?」

「違う。さっきも言ったように、グウィンヴァールは他国の、特に商人の出入りが多い。それにシキ様は元々外交に強い方で、諸用で国境を超えることもある。行く先々で何かしらの情報を得ていたとしても不思議じゃないってだけで、別に隠しているとは思ってない」

 へー…。こう話を聞くと、シキって実はとても忙しい人なんじゃないのだろうか? とか思ってしまう。

「俺が話せるのはこれぐらいだと思うけど…」

「四年前ってことは、お姉ちゃんがこの世界に来た辺りってことだよね?」

「シキ様がユウナ様を連れて来た直後だったはずだから、そうだと思う。よくこの街のチビ達と遊ぶ姿を見たよ。チビ達の面倒を見るのは主にシア、…エリシアの役目だったから、人手が増えて助かったって喜んでた」

 四年前だとエリシアさんは十四歳ぐらいだよね? それでちっちゃい子達のお世話をしてたなんて偉いな。

「そういえばグエンの家族はどうしてるの?」

「どうしてるって?」

「だって、グエンとエリシアさん、この街を離れちゃってるんでしょう?」

「…ああ、そういうこと」

 するとちょっとだけ視線を足元に落として、心配ないと静かな声でグエンは言った。

「十五年ぐらい前だったかな。親父もお袋も事故で死んだ。今はこの街の教会に眠っている」

「──っ! …ごめん」

 私はなんて無神経なのだろう。悪いことを訊いてしまった。

「気にしてないよ。親父やお袋の代わりは何人もいたし、チビ達の世話も楽しかったしな」

 それと同じだけ大変だったけど。と、笑ながら続けたグエンにもう一度謝ると、右手で私の頭をぐりぐりと撫で回した。

 本人が気にしてないことをお前が気にしてどうする。それに薄情なようだけど、シアは勿論、自分だって殆ど両親のことなんか覚えてはいない。だからお前が謝る必要なんかない。とかいうような趣旨のことをグエンは笑ながら続けたけど、それでも少しだけ罪悪感が残った。

 知らないということで取り返しのつかないことになることもある。だから気をつけなくちゃいけない。

 そんな風にうじうじとしていたら、グエンが苦笑を浮かべるのが見えた。

「お前、少し休んだ方がいいよ」

「どうして?」

「昨日から色々あって疲れてるだろ? そういう時は余計なことを考えすぎるし、そうなると悪循環だ。それに明日からのこともあるから休息は必要だよ」

「…うん」

 グエンの言う通りだ。現に今、どうにもならないことでうじうじしてる。これは頭が上手く働いてない証拠なのだと思う。

「夕飯は部屋まで持ってくことも出来るからさ、部屋で横になってろよ」

 そう言いながら私を促すグエンに「ありがとう」と言ったら、グエンは『お兄ちゃん』の顔で「気にするな」と私に笑った。

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