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いつかこの手につかむもの  作者: 高霧 蒼
見知らぬ世界
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03

 サヤカの様子を見る限り、この湖で休憩を取ったことは正解だったようだ。

 最初は馬に乗るという好奇心がまさっていたのだろう。

 初めての場所に興味を見せる小さな子供のように辺りを見回していたサヤカだったが、距離が進むにつれて疲れが見え始め、次第に俺にその身を委ねるようになった。

 それが湖の岸辺に着くと一変し、今は元気に走り回っている。本人なりに、それなりにはこの状況を楽しんでいるようだった。

「気持ちいい!」

 同時に、このグウィンヴァールでは一番美しいと言われている湖の冷たい水に足首の辺りまで浸かり、その疲れを癒しているようにも見える。

 無理もない。ここに到達するまでの道は足場が悪く、幾ら鍛錬を重ねた騎馬兵であったとしても根を上げる者が出るような道なのだ。

 本来ならばそのような道ではなく安全な迂回ルートを取るべきなのだが、一刻でも早くに城に戻らねばならない事情がある為に、サヤカには可哀想な事だが、あの道を選ぶより他にはなかった。

「このままサヤカ様を伴い続けるには無理があるのではないでしょうか?」

 ふと、俺と同じ様な姿勢でサヤカを見ていたラルフが口を開く。

「今は気力で耐えている様にも見受けられますが…」

「判ってはいるが、ユウナの行動が読めなくてね。ただでさえあいつは目立つんだ。国境付近にまで来られて騒ぎを起こされても困るしな」

「それは、そうですが…」

「可哀想ではあるが、サヤカに我慢してもらうしかない」

 そう続けた俺の言葉にラルフの薄いブラウンの瞳が気の毒そうに細められ、水辺ではしゃぎ回るサヤカへと向けられた。

 ラルフに釣られて同じ方向に顔を向けると、視界の端でサヤカを見守るグエンの姿を捉えることが出来た。その表情には複雑なものが混じっているようにも見えるが、あれはおそらく、いつかサヤカが転ぶのではないと思い気が気でないのだ。

「…サヤカ様に無理をさせたことがユウナ様に知られたら、きっとまた騒がれますよ?」

「あー…、まぁ、その時の対応はお前に任せた」

 その光景を思い描きながらうんざりしつつもそう告げると、途端にラルフの顔が嫌そうに歪んだのが見えて、力なく笑うしかなかった。


 * * * * *


 湖での休憩時間をたっぷりと堪能してから再びシキの馬に乗り、交易が盛んだと言っていたラシュという街に着いた頃には、多分、お昼の時間は完全に過ぎていたと思う。

 慣れない移動手段に疲れが増してぐったりしてたら、シキの「自業自得だ」という冷たい声が降ってきた。

「あれだけ休めと言ったのに走り回ったお前が悪い」

 そう一息で言い切られて、少しへこみかけた自分が情けない。

「…だって、あんなにキレイだったのに、見てるだけなんてもったいなかったんだもん…」

 …とか反論を試みてはみたが、またしてもあっさりと却下されたらしい。ちょっとぐらい楽しんだっていいじゃないか。けち!

「口を動かすよりも先に飯を食え」

 街に着くなり、買い物よりも先に腹拵はらごしらえだと私が連れてこられたのは、私達の世界では多分レストランと呼ばれる場所なのだと思う。私達が中に入るや否や、この店の店長さんだと思われる人が迷わず奥の個室へと通してくれたから、おそらくシキは顔馴染みのお客様ってとこだろう。

 席に着いて少ししてから目の前に出された料理は確かに美味しそうなんだけども、

「…あんまり食べたくない…」

 今は食欲よりも疲労の方が勝っていて、とてもじゃないが口に運ぶ気力もなかった。

「肉や魚が駄目ならば野菜や果物でもいい。無理にでも食わなければ夜まで持たないぞ」

 あーもう持たなくってもいいよ。そうなったら引き摺っていってくれても構わないからさー。

 そんなことをぶちぶちと言いながら渋々とパンのような物を取って千切ったら、ふわっと甘い香りが漂ってきた。どこからだろう? と、その元を探っていくと、それは今千切っていたものの香りのようだった。

「これは?」

「磨り潰したアマルの実を練りこんだ菓子の一種だ。食感はパンに近い」

「アマルって?」

「この辺り一帯に咲く白い花のことで、その実は甘く、根の方は薬の原料としても使われているな。解毒や鎮痛、解熱効果がある」

「ふぅん…」

 説明を聞きながら千切った欠片かけらを口に入れると、途端にその香りに負けない甘さが広がる。

「美味しい!」

 うん、これなら食べられる!

 そのあまりの美味しさにぱくぱくと食べていたら、シキが微かに笑ったように見えた。

「気に入ったようだな」

「うん!」

「良かったな。それには意外と栄養もあるし、保存食にもなる。明日、出立する時に少し持って行こう」

「明日?」

 と、いうことは、今日の移動はもうなし?

「お前の服も選ばなければならないし、俺達の方も剣の手入れはしたい。だから今日はこの街で泊まることになる」

 あぁ、確か元々は鍛冶の村だったって言ってたもんね。でも剣って? そんな物、シキが持ってたっけ…?

「宿の手配はラルフ達に任せてあるから、腹拵えが済んだらお前の服を選びに行くぞ」

「ラルフ?」

 誰のことだろう? あの黙ってついて来ていた二人の内のどちらかだっていうことはわかるんだけど…。

「──あぁ、そういえばまだ紹介していなかったな。背が高く、ブラウンの髪とをしている方がラルフで、赤みがかった髪とみどりの瞳をしている方がグエンだ。グエンにはお前に近い歳の妹がいるから、話が合うかもしれない」

「その妹さんって、幾つなの?」

「…確か十八になったばかりだったと思ったな」

 十八ってことは、私のいっこ上なお姉さんだ。どんな人なんだろう? 優しい人だといいな。

「普段はユウナの傍に居ることが多いから、城に着けば会えると思うぞ」

「…ってことは、お城で働いている人なんだ。お姉ちゃんもそうなの?」

「………まぁ、そうなるのかもな」

 あの、すみませんが、そのながーい間のあとに言葉を濁したような感じがしたのは気のせいですか? っていうか、そこで何で目を逸らす? しかも何でそこまで深い溜息ためいきつくの?

「本人にその自覚があるのかどうかは別だが、城で働いていると言えばそうなるのだと思う」

「どういうこと?」

「…会えばわかる」

 …えっと、この場合、どう反応したら正解なんでしょうか? やっぱお姉ちゃん、何かやらかしたの…?

いずれにしてもだ。細かいことまで説明してもお前が混乱するだけだし、それは俺も極力避けたい。これも矢張り後日だな。…もういいのか?」

 美味しいアマルのお菓子をいっぱい食べて満足していたら、手が止まった私をシキが意外そうな顔で見ていた。

「あ、うん。お腹いっぱい。ごちそうさまでした」

 そう言いながら私が胸の前で両手を合わせてぺこりと頭を下げたのを見届けてから、シキは自分の目の前に置かれたカップの中身に口を付けた。

 何を飲んでいるんだろう? 香りは紅茶っぽかったけど、イメージ的にはコーヒーの方が似合う気がする。まぁ、それがこの世界にあるのかどうかもわからないのだけども。

「結構小食なんだな」

 その飲み干したらしいカップを置きながら椅子から立ち上がり、ぽつりと呟くシキの声が耳に届く。

 悪かったな! これでも普段と比べたら食べた方だよ!

 お腹いっぱいで気分が良かったのに一気に不機嫌になって立ち上がろうとしたら、そのタイミングに合わせてスッと私が座っていた椅子が引かれたことに驚いた。

 そういえば確か、座る時も同じようなことをしてくれたような気がする。もしかして、意外と紳士的?

「あ、ありがとう」

「どう致しまして」

 意を決してお礼を言ったらあっさりと返された。別にいいんだけど。ふーんだ!

(…けど)

 私にとってはあまり慣れていないようなことであっても、シキにとっては本当に大したことではないのかもしれない。

 それともやっぱり世界観の違いなのだろうか? とか考えたりもしたけど、お店を出てから多分街の中心辺りまで来た時に、その認識は間違いだとすぐに気づいた。

 街道に沿った両側には様々な品物が店頭に溢れ、街道の真ん中には果物や野菜をずらりと並べた露店が多く開かれている。その中には街に入る前に聞いた装飾過多だという剣や鞘もあり、腕の良い職人が作ったのだというアクセサリーとかも存在していた。

 そして何よりも人が多い。誰もが生き生きとしていて元気そうで、雰囲気としては買い物時の商店街という感じが近いような気がした。武器の類があることや、今私が身につけている服装とは異なることさえ除いてしまえば、私が知っている日常の風景とあまり変わらない。

 だとすると、時々見せるシキのあの紳士的な行動は、普段のシキの生活の中で身についたものだと考えた方が自然だ。価値観や世界観の違いなのではなく育ちの違いなのだろう。

 この人は一体何者なのだろう…?

「先に言っておくが、」

 あれこれと考えながら歩いていたら、私の少し前を歩いていたシキが口を開いた。

 突然どうしたんだろう? と思いつつもシキの顔を見上げたら、シキは街の奥の方に顔を向けたままで言葉を続けた。

「あまり俺から離れるなよ」

 そんな、小さな子供じゃないんだからあり得ないじゃん。そんなに私って心許こころもとない?

「こんなとこで離れたら迷子になるじゃん」

「特に初めての場所ならば、普通はそうだろうな」

 何かやけに引っ掛かる言い方するな、この人は。

「…もしもの話だけど、離れたらどうなるの?」

「当然(はぐ)れるな。そしてお前が言ったように迷子になって、変な方へと進んで行く」

 んんん? ちょっとやけに実感こもってません?

「その上更に厄介事に首を突っ込んで、余計な手間を増やす」

 何でそこまで具体的な例が上げられるんだろう。しかもかなり断定的に。まるで前例でもあるかのよ…う──って、もももももしかして…?

 全身にイヤな汗をかきながらちらりとシキを窺い見ると、シキはさっきと同じような深い溜息をついていた。

「お前の察しが良くて非常に助かるよ」

 お、おお、お姉ちゃん…っ! ホントに何をやらかして下さったのですか?!

「あの…、その…、ご、ごめん、なさい…」

 顔から火が出るっていうのはこういうことだよ!

 本当に予測不能な人でごめんなさい。あんなのでも一応私の姉なんです。うぅ…。

「お前が謝る必要はないだろう? ぎた事はどうにもならないし、一概にユウナだけの責任にすることも出来ない。それに、俺達にとっても有用な部分があったことも事実だから、…仕方がなかったと思うようにはしている」

 口ではそう言われていますが、その態度がとても納得されているようには見えないのですが!

 ああ、でももうこのことには触れない方がいいですよね。はい、そうしておきます。

 お姉ちゃんがやらかしたであろう数ある内の一部の行動が想像出来すぎて沈んでいたら、私の頭の上にぽんっと置かれたシキの大きな手と、次に聞こえたその声の優しさにちょっとだけ驚いた。

「どんなに注意をしていても、不測の事態というものは発生する。その時一緒に行動しているのが俺だとして、それでも逸れてしまった場合は、一歩も動くなとは言わないが、兎に角その付近で待っていろ」

「そうしたら、どうなるの?」

 その私の質問に、シキは真剣な眼差まなざしを向けてきた。

「必ず見つけ出してやる」

 ──う、わぁ…。これはなんか、ちょっとマズイかも。

何処どこにいても必ずだ」

 こ、これ、今までこの人から垣間見えた性格と、お姉ちゃんがしでかしたらしい行動という前提がなかったら、ちょっと、…その、…す、好きになってた、かもしれ──。

「まぁ、進んで迷子になりたいと言うのならば別だけどな。好きに動き回るといい。ただし、その場合は自力で帰って来い。余計な手間を取らせるな」

 ……すっごい爽やかな笑顔で言われた。

 あんた、やっぱり一言余計だよ。人の頭を撫でながら、わざわざ目線の高さまで合わせないでくれるかな? こども扱いすんな!

「気をつければいいんでしょっ!」

 ぺしっと頭の上に置かれたシキの手を振り払うと、「そう願いたい」と笑いを含んだ嫌味っぽい声で返された。

(ええいっ、くそっ!)

 うっかり惚れそうになったじゃないか。この見掛け倒しめ! ぜーったいにキサマの優しさなんかに騙されるもんかー!

 …とか意気込んではみたものの、ここは私の知らない世界なのだ。勝手とかもまだよくわからないのだから、例え少しの間だとしても、今は差し出されたシキの手を信じるしかないのだ。

 そのことに対する悔しさと、シキに良いように遊ばれているらしいことに対する不甲斐なさに軽くへこみながらも、結局はとぼとぼとシキの後ろについて歩くしかなかった。

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