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いつかこの手につかむもの  作者: 高霧 蒼
見知らぬ世界
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01

 今日は色んなことがあり過ぎたのだと思う。

 朝起きてから駅に向かうまではいつもと同じだったはずなのに、気がついたら夜になっていて、そしてどこなのかわからない場所にいた。

 一体私に何が起こったのだろう…?

 シキは考えるなって言ったけど、それでもやっぱり考えては混乱するだけの私を見兼ねて、シキが「少し休め」と私を柔らかいベッドの上に横たわらせた。


 それが、目を閉じる前の最後の記憶。


 * * * * *


 間が悪いという言葉があるが、特に今はそれを痛感しざるを得ない。

 結果としては事なきを得たが、これからのことを考えれば頭痛の種を増やしただけなのだ。

「サヤカ様をどうなさるおつもりですか?」

 サヤカを寝かしつけた部屋から出て来た俺に対し、ラルフが小さな声で問い掛けてきた。

「どうするも、城に連れて行くしかないだろう」

「それはそうですが…」

「サヤカの存在に目をつぶり、なかったことにしろと言うのか?」

「そうは申しておりません。しかしながら、サヤカ様を連れ歩く危険性も考慮しなければなりません」

 ラルフの言うことは最もで、現時点ではより安全な方法を選ぶことなど皆無に等しい。だから考えなければならない。

「…ラシュとシュトラーゼのどちらが近いと思う?」

「そうですね…」

 と、ラルフは僅かに考える素振りを見せる。

「…ラシュの方ではないかと」

「ラシュか…」

 個人的な観点から述べれば、ラシュよりもシュトラーゼに向かった方が理想的ではあった。だがそれは時間があればという話であり、限られている状態では望めない。

(しかし、ラシュならばあるいは…)

「──ラルフ」

「はい」

「お前は俺と来い。それとグエンもだ」

「ではグエンに伝えます。他の者は?」

「先に城に戻す」

「わかりました」

 本来であれば俺が先に戻るべきなのだが、サヤカを置いてきたと知ればユウナが煩い。

「明日はラシュを目指す。サヤカが目覚め次第動くぞ」

 手短に要点だけ伝え、仮眠を取るために借り受けた部屋に向かった。


 * * * * *


 あれからどれだけの時間眠っていたのだろう。


 ぼんやりとした意識の中で昨日のことを整理しようとして、そして諦めた。

 いつも自分が使っている物とは違う柔らかさの枕に顔を埋め、高級ホテルの枕ってこんな感じなんだろうなぁ、とか思う自分に軽く笑いが込み上げてくる。

 きっとこれは現実逃避なんだ。

 そんなことを考えながらも、折角の機会だからと枕の柔らかさを堪能することに決め、今は他の事を後回しにする。

「ふかふかだー…」

 これ、本当に尋常じゃないぐらいに柔らかいんですが。

 きっとものすごーく良い綿を使ってるんだろうなー。あー…、もう一度寝ちゃおうかなー…。

 そうやってうだうだとしていたら、部屋の扉を叩く音が耳に入って思わず飛び起きた。

「はい!」

 …しまった。あまりにも驚き過ぎて思いっきり声が裏返った…。

 それから少しの間を置いてから、部屋の外に居る誰かの笑いを抑えたような声が聴こえてきた。笑いたければ笑えばいいじゃん…。

 ちょっとむっとして扉を睨みつけていたら、何とかして堪えたような声色で相手が問いかけてきた。

「少し話がしたい。構わないか?」

 あ、この声はシキのだ。

「はい。どうぞ」

 私の返事に「失礼」と言いながら扉を開けると、少しだけシキの動きが止まった。どうかしたかな?

「起きたばかりだったのか?」

「へ?」

「髪。乱れたままだぞ」

 あー、髪ね。うん、今さっき起きたばかりだし、ブラシ通してる暇もなかったもんね。仕方ない。っていうか、ブラシどこよ?

「なんだかスゴく疲れてたし、ベッドも気持ち良かったからぐっすり寝てました」

「その言い回しは少し可笑おかしいような気もするけどな」

 うん、自分でもそう思う。だからそう笑いを堪えなくてもいいよ。

「…話って何です?」

「あぁ、すまない」

 私の質問に気を取り直したのか、ベッドの上に陣取ったままの私の傍に近寄ると身を屈め、その手に持っていた筒状の物を目の前に広げてみせた。

 これは…、地図?

「俺達は今、この場所に居る」

 シキはそんなには大きくはない地図の真ん中辺りを指差していた。今は昨日見たような手袋をしていない。

「そして、」と、差した指先をスッと動かす。

此処ここが俺達の向かう先になる」

 なんだかとても距離があるように見えるんだけど、これってどの位の縮尺図なんだろう?

「一応訊くが、乗馬の経験は?」

 乗馬? 乗馬って馬だよね? そんなものは当然。

「ないです」

 と、顔を上げたら、スゴく近い距離にシキの顔があって驚いた。

 ああああの、も、もう少し、離れてくれません、か?

 多分、私の動揺が顔に出ていたのだろう。シキの紅い瞳が逸らされ、それに合わせるように屈めていた体を起こして離れていった。

「移動には馬を使うから、慣れるまではキツいと思うぞ?」

 あー、なんかそうらしいですね。どっかで聞いたことがあったような気がします。でも何で馬? 車とかないの?

「馬以外にはないのです?」

「街に出れば馬車を手配することも可能だが、残念ながら、そこまでの余裕はない」

「じゃあ、シキ…さんの言う目的地に着くまでって考えればいいの?」

「シキでいい。それと敬語も不要だ」

「え、でも…」

「堅苦しいのは苦手でね。それに、最短でも三日は一緒に行動することになるのだから、お前の方が疲れるだろう?」

 …確かに。じゃあお言葉に甘えてしまおう。そして何で三日なんだろう?

「三日って?」

 私の素朴な疑問に、シキは微かに目元を緩めてから口を開いた。

「あくまでも目安という意味でだ。最短で三日、最長で五日前後だと思ってくれ」

「三日から五日って、随分差がなくない?」

「ユウナが大人しく待っていられるような人間だったら良かったんだけどな」

「あ」

 そうだった。お姉ちゃんを忘れていたって、あれ…?

「ねえ? どうして私が紗耶香さやかだって知ってるの?」

「お前のことならユウナから嫌というほど聞いた。ケイタイのシャシンっていうのか? それも見せてもらったことがあったから、それでお前がサヤカだと判っただけで、そうじゃなければ確証はなかったな」

 なるほど。だから迷わず私の名前が出てきたんだ。とか一人で納得していたら、急に声のトーンが落とされた。

「少し確認したいことがあるんだが、お前、今幾つだ?」

「はい?」

「だから年齢」

 ああ、年齢ね。

「十七ですけど?」

 でも何で年齢? お姉ちゃんから色々と聞いてるなら、今更確認するようなことでもないと思うんだけども。

「…成程なるほどな。それで変わらないのか」

「え?」

 変わらないって、何が?

 そしてどうしてそんな小難しい顔して考え込んでるの?

「お前がユウナと最後に会った時、ユウナは二十一で間違いないな?」

「そう、だけど…?」

 シキの質問の意味がわからなくて首を傾げたら、シキは微妙な表情を浮かべて私を見ていた。

「あの…」

「あ、あぁ、すまない。…ユウナは今、二十五になる」

 ふぅん、そうなんだ。随分年取ったねーって、ちょっと待って? え?

「二十五…?」

 訳がわからなくて混乱していたら、シキが更に追い討ちをかけてきた。

「お前達が居たという世界との誤差がどれほどのものなのかは判らないが、少なくとも、ユウナがこの世界に来てから四年は過ぎている」

 なんか今さらりと凄いこと言わなかった?

 大体四年って何? 何でそんなに時間が過ぎてるの?

「そんなの、変だよ?」

「そうだな。常識で考えれば変だろう」

 私の更なる混乱を余所に、シキが小さな溜息を吐いた。

「──まぁ、その辺りのことは俺にもよく判らないし、仮りに判っていたとしても上手く説明出来るとは限らない。それでも言えることがあるとすれば、ここはお前達が住んでいたという国ではないということだけだ」

「…やっぱり、日本じゃないのか…」

 というか、あなた達の服装を見た時から薄々と気づいていたけどね…。

「この国はグウィンヴァールという。昨日お前がいた森はグウィンヴァールと隣国のカシュミールとの国境付近で、これから俺達が向かうのはグウィンヴァールの城になる」

「城って、あのお城のこと?」

「お前達の言う城がどういう物なのかは知らないが、多分、そう違いはないと思うぞ?」

 見たことがないのか? と、視線だけで問われたような気がしたけど、うん。住んでる場所にもよるけど、普通の生活をしている限りは殆ど縁がないものだと思うのよ。

 尚且つ、まさかあなた様の見たこともないような格好からして、そのお城が日本のお城だとかだなんて言わないよね?

「そこで話を戻すことになるが、今居るこの場所からグウィンヴァール城までは最長でも五日はかかると考えた方がいい。天候次第では更にかかる場合もあるし、休憩を長く取らざるを得ない状況になった場合はもっとかかると思ってくれ」

「結構距離があるんだ…」

「別に俺達だけならばそんなにはかからない」

「何で?」

「乗馬経験のないヤツが、そう何時間も馬の背に乗っていられるとでも思っているのか?」

 ああそうでした。私が一緒だからなんですよね。

 わかったからそんな呆れたような顔をしないで下さい。

「…ごめんなさい」

「…いや、悪かった。話に聞くだけでも相当勝手が違うようなのに、配慮が欠けていた」

 すまないと頭を下げようとするシキを止め、代わりに質問を投げかける。

「そんなに違うの?」

「ユウナの言葉を全部信じるのであればな」

 お姉ちゃん、一体どんな風に説明したんだろう。気になるけど、この確認は後でも出来るからいいとして。

「お姉ちゃんは元気?」

「喧しいぐらいに」

 即答された。

 なんか良からぬことでもしたのかな…?

「シキについて行けば、お姉ちゃんに会えるんだよね?」

「会える。──というか、多分飛び出して来るんじゃないか?」

「飛び出してって、そんなに元気なの?」

「それは会えば判る。昨夜の内に伝令を走らせてあるし、確かに最短でも三日だと言ったが、それはユウナの性格を考慮してのことだ。きっと馬車を跳ばして来るぞ」

 それは困るけどな。と苦笑するシキには同意だ。出来れば大人しくしててもらいたいけど、無理だろうなー…。

「行き違いになったりはしない?」

「どんな馬鹿にでも判るように、帰りのルートを事細かに指定したからな。方向音痴でもない限りはあり得ないだろうし、何よりもユウナを一人で出歩かせることは絶対にない。その点は安心していい」

 つまり、お姉ちゃんが出歩く時は、必ず誰かと一緒にいるということだ。それならば確かに安心出来る。

 そうなると私に出来ることは、やっぱり目の前にいるこの人を信じることだけだ。

「詳しいことは後で話してやるが、今は一刻でも早くにこの場を離れたい。お前の準備が整い次第出立する。途中で街に寄るから、必要最低限の物はそこで揃えればいい」

「最低限って?」

「何よりもまずは服だな。その格好では目立ちすぎる」

 目立つって、制服が? そんなにおかしいかなー?

 …とか考えていた私の認識が甘かったことは、部屋を後にしてすぐにわかることだった。

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