出会い
とにかく書いてみたって感じですが、出来るだけ続きを書いて行きたいと思います
空には竜が飛び、陸には巨大な獣が跋扈し、海には海魔が棲んでいる。
それら魔物は自然に溢れる魔力の影響故に通常の動物以上の力と巨大さを持ち、人間にとって脅威となっていた。
故に、人間と魔物との衝突は人間の歴史と言っても過言じゃないのだ
時には魔物用の武器を開発し、時には魔術を作り出し、時には共存の道を見出し、時には特殊な方法で支配下に置き、時には軍隊を編制し、
時には――。
01
澄み切った空を見上げながら私は今日を旅立ちの日にした事は正解だったと確信していた。
師匠に弟子入りして十年と少し。
ある程度自分なりの魔術を確立でき始めていた矢先に、いきなり師匠に旅に出ろと言い渡された。
もう十分に教えられることは教えたと言う師匠の言葉に、辛くも楽しかった修業時代を思い出しながらも自信を持って旅に出る決意をした。
師匠が持つ多くの書物を読んで憧れたこの広い世界への記念すべき第一歩に期待に胸を膨らまし、私は師匠に見送られながら出立した。
そして、
「なんで早速ドラゴンに襲われるかな!?」
暫しの現実逃避から復帰した私は箒で飛行する自分の斜め後ろを見下ろした。
そこには比較的小型ながらも人間ならば一口で食べてしまいそうな黄土の鱗に覆われた陸上型のドラゴンが執拗に私を追いかけてきていた。
それに焦りつつも、私は師匠の家にあった魔物の本の記述を思い返していた。
確かあれはランナードラゴンという今自分が飛んでいる様な荒野を縄張りとする飛ばずに地上を走る比較的雑魚ドラゴンの一種だけど、その分天敵の多い陸上に適した防御力があるので人間からすれば十分に脅威となるとあった筈だ。
「なんで旅に出てすぐにそんなのに…ってうわ!」
ランナードラゴンの跳びながらの噛み付きを何とか避けつつ、慌てて師匠に旅のせんべつに貰った三角帽を落とさない様に抑えた。
厳しくていつもガミガミ言っていた師匠だったが、それでもこの帽子の意味は十分に理解しているつもりだ。
魔術師にとって三角帽と言うのは免許皆伝の印。
それを旅のせんべつとしてくれたという事はお前ならもう大丈夫だという師匠からのメッセージの筈だ。
なのでその気持ちを裏切らないためにも旅に出て早々食べられるわけにはいかないけども、ずっと『フライ』で飛んでいてそろそろ魔力が尽きてきているのが嫌でも分かっているのがなんともつらい。
「どうしよう、このまま食べられるなんて嫌だ……!」
そんな風に叫んだところで状況は変わらないのも分かっているけども、少なからず吹っ切れた気がした。
「一か八か……追っ払ってみようかな」
そうは言いながら下を見ると、ちょうどまた跳躍したランナードラゴンの牙が自分のすぐ下で音を立てながら閉じていた。
「……うん、無理!」
終わった。
私の十七年の人生終わった!
「悪くないはない、人生だったかな……ん?」
もう色々諦めてふと遠くを見ると私とランナードラゴンの向かっているずっと先に二人ほどの人影が見えた。
どうやら大柄な男と小柄な女性のようだったがけど、このままではあの二人がランナードラゴンと遭遇してしまう。
しかもその二人が徒歩の様だと気付いた私は咄嗟に口元に伝達の魔術――『メッセージ』をかけて叫んでいた。
「逃げて! ランナードラゴンがそっちに向かってる!」
我ながら何してんだろうなと思う。
魔力が切れそうで自分も危ないという時に貴重な魔力を使って叫んぶなんて、愚行にも程がある。
でも声はどうやら二人に届いたらしく、少し周囲を見渡した後に遠くから飛んでくる私とその下に付いて走るランナードラゴンに気付いた様だった。
良かった、これであの二人は逃げられる。
そう思った瞬間だった。
一瞬の気の緩みで僅かに高度を下げていたのか、ランナードラゴンの牙が箒に引っ掻かり、下に思いっきり引っ張られてしまった。
「うわああ!!」
魔力切れの近い体にいきなり加わった力に私はなすすべなく、引っ掛かったせいか無残に壊れた箒の残骸と共に、斜め前の地面に向かって落下していた。
「……ああ、本当に終わっちゃったな、これ」
もう一度飛びあがる魔力もなさそうだし、箒がないと飛べないし、何よりこのままじゃ地面に激突したら最悪死ぬ。
仮に一命は取り留めてもランナードラゴンに食べられてしまうから、もう完全に私の人生は終わったと言ってもいいだろう。
だけど、自分にランナードラゴンが喰らい付いている間にあの二人が逃げられれば、それはそれでいいかな。
そんなお人好しな事を考えてしまった自分が、少し嬉しかった。
案外自分はそんなに捨てた人間でも無かったんだなと、今際の際に確認できて良かった。
もう全ての運命を受け入れて私は地面に向かっていた。
「おりゃああああああ!」
しかし、そんな私の眼下に一人の少女が現れた。
一本の三つ編みに纏めた銀髪をまるで尻尾のようにたなびかせて自分の真下に走り込んでくる少女は、先程遠くに見えた旅人の一人だった。
「え、な、なに!?」
その少女の行動に私が驚いていると、当の少女は私を見上げながら両腕を伸ばして立ち止まった。
「よしっ! ばっちこい!」
そうして私を受け止めるとその場に豪快に倒れ込み、何が何だか分からないでいる私を腕の中に確認すると年相応の笑顔をその子は浮かべた。
「良かった! 大丈夫!?」
「え、ああ、うん」
何にしろ助かったのかと安心しようとすると、地響きと共に私達を影が覆った。
咄嗟に見上げると、私が落ちた事に気付いてないのか上を向いたままのランナードラゴンの巨大な足が迫っていた。
「あ」
駄目だ、今度こそ終わった。
私が本日二回目の人生の諦めをしようとしたその時だった。
「ふんっ!」
今度は男が走り込んできて、その巨大な足をその身で受け止めた。
その衝撃で地面にひび割れこそ起きたけど、その男自身は特に問題なさそうに足を受け止めているだけだった。
「…………えええ!?」
開いた口がふさがらなかった
どう贔屓目に見ても自分の五倍はありそうな巨大な生物を、人間が受け止めるいう有り得ない光景に。
「ううぅ……がああああぁぁぁっ!!」
更にその受け止めた足を押し返し、ランナードラゴンがたまらずひっくり返るその光景に、更に私は唖然とするしかなかった。
確かに魔力を身体能力強化に回せば腕力とかを強化は出来るだろうけど、あんな巨大な生物を受け止めるなんて師匠から学んだ限り、人間ではありえない筈なのだ。
でも、
「明らかに、出来てる……」
目の前の光景が信じられずに呆然としていると不意に肩を叩かれた。
「あははっ! お姉さん大丈夫?」
見ると私を受け止めた少女が楽しそうな笑顔で私を見ていた。
「すっごくビックリしてるねぇ、まあ当然だけど」
のんきにそう言う少女に私はたまらずこう訊いていた。
「あ、あなた達…何で逃げなかったの?」
「え? だって、お姉さんが危なそうだったから」
「いや、そうじゃなくて……えっと、その」
色々と混乱する自分を自覚していたが、だからといって他に何を訊けばいいのか分からずに頭を抱えた。
「あ、もしかして頭打った?」
「ううん、打ってないよ…」
何でこの子はこんなに自然体なのだろうと場違いにも少し羨ましく思っていると、
「……おい」
不意に男が振り向いて私に声をかけた。
遠目でも大柄だとは思ったが、近くで見ると男性にしても随分と大柄なその男の体格に驚いたが、男は構わずに私と連れの少女を肩に担いだ。
「逃げるぞ」
そう言って少女とはいえ二人も人を担いでいるとは思えないほどの速度で男は走り出し、私はわけも分からずそのまま猛スピードでランナードラゴンの脅威から遠ざかっていた。
02
「あの、その……ありがとうございます」
「別にいいよー、ユマのおかげで楽しい晩御飯が食べられるんだし」
自分の顔よりも大きな肉にかぶりつく動きやすそうな軽装の銀髪の少女――ヤコが横でそう言うのを曖昧に笑いながら流し、私達の正面に視線を移した。
「あの…シュウさんもありがとうございます」
「構わん」
口の数の少ない逞しい黒髪の男――シュウさんの返答にも更に曖昧に笑いながら、私は自分の分の肉を少しかじった。
一応旅支度の時に日持ちのいい物は持って来ていたけども、二人が(正確にはシュウさんだけ)旅に出たばかりの私の食料は大事にすべきだと言ってどこかで捕ったらしい何かの肉を恵んで貰い、本当にお世話になりっぱなしで申し訳がないけど、それでも結構お肉が美味しくて色々どうでもよくなってきた。
「いや、いやいやいやいや!」
しかし、そんな風に考えることを放棄している場合ではないのではととりあえず額を抑えながら先程自分の身に起きた事を思い返した。
確か師匠の元から旅に出て、ランナードラゴンに追いかけられて、そしてこの二人に助けらて、一緒にこの荒野にテント張って一緒に晩御飯を食べている。
これで良い筈、これで良い筈なのだけれども。
「あなた達、なんなの? 一体何者?」
ランナードラゴンは魔術や特殊な武器を使えば確かに勝てる程度の相手ではあるけど、素手であの巨体を受け止めたのは明らかに人間業でもない上に、更によく考えたらようやく視認出来た距離から走って自分の所まで来た事自体がおかしいのだ。
「ああ…はむっ、むぐむぐ……あたし達はね、むぐむぐ、デミヒューマンだよ」
しかし、声を荒げてしまった私をよそにヤコは肉を頬張りながら何でもないようにそう答えた。
「……デミヒューマン?」
師匠が持っていた大量の書物の内容を思い返したが、そんな単語は見た覚えがなかった。
全部見て覚えたとは思っていたけど、やっぱり知らない。
「あれ? 知らないの?」
「……うん」
もしかしてそれは一般常識で、ずっと人里離れた師匠の家で過ごしていた自分は田舎者なのだろうかと落ち込みそうになると、シュウさんが何かを察したのかすぐにこう言った。
「安心しろ、一部は知っているだろうが、普通は知らん事だ」
そのフォローに少し救われた気分になりながらも、それじゃあと二人を交互に見て尋ねみた。
「そのデミヒューマンって、なに?」
「うん、凄い人なんだよ! だから私達も凄い!」
……いや、確かにあなた達が凄いのはこの目で見たから分かってるけど、それじゃ肝心な事が全然分からない。
「気にするな。別段知ってどうなるというわけじゃない」
私が困っているのを見かねたのか、シュウさんが助け舟を出してきた。
「とりあえず、俺らは普通の人間じゃない。それだけ分かっていればいい」
そう言ってまた黙々と自分の分の肉を食べ始めたシュウさんにやはり納得は出来なかったが、あまり追求し過ぎるのもどうかと思い、とりあえず今は聞いておかないことにした。
「そうだ」
ふとシュウさんが何か思い出したように私を見た。
「先ほどの礼と言うなら、こっちもだな」
「えっと……礼って私にですか? 別に私は何も」
「俺達の為に危険を冒してまでランナ―ドラゴンの襲来を教えてくれた事だ」
「別に、あなたたちには危険でもなんでもなかったんじゃ……」
「それでもだ、見知らぬ俺達の為に危険を冒してくれた事。感謝する」
頭を深々と下げるシュウさんに戸惑いつつも、やはり自分の行為が感謝された事は素直に嬉しかった。
「あ、ありがとうございます」
「だ~か~ら! あたし達こそありがとうだってば!」
そう言いながら肩を揺さぶってくるヤコも、無愛想にまた肉を食べ始めたシュウさんも、本当にいい人なのだという事はその言動から垣間見えて、正直少し不安だった一人旅の中で見つけた安らぎのこのひと時に、段々とこの二人に会えて良かったと、旅に出て良かったと改めて確信した。
でも、それでも少しやはり二人の事が気になるのはどうしようもない。
師匠からもお前は好奇心旺盛過ぎると言われていたのは、ほんの数日前にもあったことで、どうしようもなく知りたがるのは私の性分らしい。
「そういえば、二人はどういう関係なの?」
とりあえず無難にそこから聞いてみることにした。
男女が一緒に旅をしているのだからそれなりの関係なのだろうと思ったからだ。
「一緒にデミヒューマンになった仲~」
しかし帰ってきたのはまたデミヒューマンという単語。
どうやら何かなるものだというのは分かったけども、それじゃ答えにならないって。
「……シュウさん」
ヤコじゃちゃんとした回答は返ってこないと判断して、ある程度回答の期待できるシュウさんに振ってみた。
「ヤコの言うとおりとしか言い様がないが、まあ同郷ではあるな」
「同郷?」
「あたし達ヒホンから来たんだ」
ヒホン。
確か今私たちが居るアセア大陸の極東にある、竜の国とも呼ばれる大小の島々からなる国。国土の殆どが山地で、それ故にその山々に住む多くの怪物達を神と崇め、他の国では信じられないほど共存している独特の文化を持つ神秘の国。
確か師匠の書物で読んだ限りそんな国だったはずだが、今私達が居るアセア大陸の西側からすればかなり離れている国だ。
「そんな遠い所からなんでこっちに?」
「うん、なんか誘拐されたみたいなんだよね~」
「へえ……え?」
一瞬あっけらかんと言うヤコの口調で反応が遅れたけど、誘拐された?
「うん、なんか誘拐されてこっちに連れてこられたんだ~」
「あの……シュウさん?」
「俺は少し違うが、まあ誘拐とも言えるかもしれん」
「んでね、あたし達そっから逃げ出してヒホンに帰るところなんだ!」
「……ヤコ」
シュウが視線でいさめると、ヤコは不満そうな顔をしたけど、その後黙ってまた肉を食べ始めた。
なんだかやっぱりよく分からない二人けど、誘拐というのは穏やかじゃない単語に、そこから逃げ出したという事まで加わてくると、やっぱりあまり深く訊かない方がいいのかもと私はその後は大人しく夕ご飯を食べることにした。
出来ればそのまま粛々と食事が進めば良かったのかもしれないけど、どうやらこのお喋りなお転婆娘は沈黙が嫌いなようだった。
「あ、じゃあさ! ユマの事聞かせてよ! あの大きな声なに?」
急に話を降られて少し驚いたけど、やはり私もこの雰囲気でご飯を食べるのは嫌なのでヤコの話に乗る事にした。
で、一瞬大きな声と言われて何のことかと思ったけど、多分二人に知らせる時に使ったあれだよね。
「あれは言葉を届けたい場所まで届かせる『メッセージ』って言う伝達の魔術だよ。私、これでも魔術師だから」
三角帽を触りながら少し胸を張りながら言うと、ヤコは目を輝かせた。
「おお! ユマは魔術師だったのか! どおりで落ちてきたわけだ!」
……いや、落ちてきたけども、せめて飛んでたと言ってくれると嬉しいな。
「なるほど」
意外にもシュウさんも会話に参加してきて、何か納得しているようだった。
「あの距離で声を届けたり飛行魔術を使っていたということは、魔術師でも風術師という奴か」
「あ、はい。そうです」
「風術師? ユマは魔術師じゃないの?」
「うん、そうだよ。風術師は魔術師の一種なの」
「? ユマは魔術師だけど、風術師で、風術師は魔術師…んん?」
どうにもヤコはよく分かってないみたいだから、私は簡単に説明してあげた。
魔術というのはこの世界を構成する精霊に働きかけて様々な効果を発生させる術。
そして、それはこの世界を構成する四つの大精霊の力を借りるので魔術も大きく分けて四つに分けられる。
攻撃力に特化した火術。
汎用性に特化した水術。
防御力に特化した土術。
そして私の使う、速度に特化した風術。
更にそこから細かく分類も出来るけど、とりあえずこの四つが基本的な魔術となる。
そんな風に説明すると、何となく分かったのかヤコも少し納得した顔をしていた。
「へえ、そうなんだ~。ユマはすごいねえ!」
「私はまだまだ未熟の身だから、これからも自分の魔術を磨かなきゃいけないんだだけどね」
師匠も言っていた。
人生全てが修行だ、決して慢心するなかれって。
師匠が言っていたのもあるけど、折角この二人に救われて助かった命がある限りまだまだ自分の可能性というものを試したい気持ちもあるから、とにかく頑張れるところまで頑張りたいんだよね。
「……なるほど、求道者になれそうだなお前は」
「へえ、やっぱりユマはすごいなあ」
「まあ、偉そうに言っても、ほとんど師匠の受け売りみたいなものだけどね」
私がそう言って苦笑したその時だった。
「伏せろ!」
いきなりシュウさんが飛び掛かるように私に覆いかぶさり、いきなりの事でわけも分からず私が身を固くしていると、シュウさんの脇から見えた夜空から星が私達に向かって降ってきていていた。
「え」
いや、違う。
星に見えたそれは無数の光の矢で、確か『ライトアロー』という魔術の矢を降り注がせる代表的な火術の一つだったはずだ。
それでもあの量は普通ではないので、よほどの使い手なのだろうと我ながら冷静だなと考えつつも、私は生きた心地がしなかった。
「シュウさん! 早く逃げた方が…!」
「逃げ切れん。大人しくしていろ」
シュウさんがそう言うのと同時に星が降るように見えるほど広範囲で大量の『ライトアロー』が私達に降り注いだ。
私はシュウさんに守られて無傷だったけど、シュウさんは『ライトアロー』をモロに背中で受けていた。
それにもう一人、ヤコもシュウさんに守られていないのでこれを受けているはずだ。
「シュウさん! ヤコ!」
私が二人の名を呼ぶと、
「問題ない」
「ユマ大丈夫だった?」
平気そうな二人の声が返ってきて安堵したけど、まだ安心はできなかった。
「さ、さっきの『ライトアロー』は一体……」
「すまない」
そう言うと私に覆いかぶさっていたシュウさんは起き上がり、私に謝ってきた。
「あ、いえ、別にこれは私を守るためにしたことですし……」
「そっちもすまなかったが、もっと根本的にだ」
そう言ってシュウさんが後ろを見ると、そこに人影があった。
「クック、おやおや、一般人が居たか、いや、三角帽って事は魔術師見習いかな? こりゃ気付かなかった」
夜の闇に紛れるような黒いローブを身に纏った痩せた男が、そこにはいた。
そしてその白々しい話し方が、私を小馬鹿にしている事は明白だった。
「今のお前か! 危ないだろうが!」
ヤコが男に向かってそう言っても、男は不気味な笑みを浮かべるだけだった。
「ククッ、馬鹿か嬢ちゃん、お前らを仕留める為にしたんだから危ないに決まっているだろ」
「嘘だな」
その不気味な男の言葉になんだかさっきまでとは違う雰囲気のシュウさんが男の方を見ながら反論した。
そして私はその時にこっちに向けられたシュウさんの背中を見て、口を覆うほど驚いてしまった。
大量の『ライトアロー』を受けて服が破れて露わになった背中には――ビッシリと紺碧の鱗が覗いていたからだ。
「俺達を仕留めるのに『ライトアロー』じゃ威力が弱い筈だ……お前、ユマを狙ったな」
「クク、クッカッカッカッカ! ご名答!」
男は気味の悪い笑い声をあげると、シュウさんの背中のそれを見た驚きから脱していない私を指差した。
「ちょっと邪魔だったんでそこのもう一人のお嬢ちゃんを排除しようと思ったんだけどなあ、まさか身を挺して守るとは……クカカ!」
その言葉に、私はハッと意識を現実に戻した。
それってつまり、あの男は私を殺そうとしたの? なんで?
「あ? クカカカ! いいね、その顔! なんで自分が殺されるんだって訳が分かってない顔! 最高だ!」「うっさい黙れ」
男がそこまで言った時、ヤコが殴りかかった。
ヤコと男との距離はそれなりにあった筈なのに、一瞬でその距離を彼女は詰めていた。
「『アースブロック』!」
しかし男が作り出した土の壁でヤコのパンチは阻まれ……なかった。
ヤコの私より小さいかもしれない体躯から繰り出されたパンチは一撃で土の壁を貫き、少し遅れて土の壁が崩れた向こうには頬を殴られた跡がある男がそこを抑えながら後ろに下がっていた。
「クッ、流石デミヒューマン……このくらいじゃ防御にもならねえか」
まただ、またデミヒューマン。
一体何なの……デミヒューマンって。
「ん? そっちのお嬢ちゃんが驚いてるって事は……てめえら、デミヒューマンについて教えてねえな?」
ニヤリと笑うその不気味な笑みは見るに堪えなかったけど、私はデミヒューマンが気になってその男を注視していた。
「……あなたは知ってるんですか、デミヒューマンというものについて」
自分でも思わず口に出てしまった言葉にハッとして目の前のシュウさんを見たけど、相変わらず私の方を見ないで、立っているだけだった。
「クカカ! こいつは傑作だ! お嬢ちゃんデミヒューマンと知らずにこいつらと居たのか? いい度胸してるぜ! いいぜ? 教えてやっても、当事者達じゃ話し辛いだろうしなあ」
そう言って男は語りだし、それを……シュウさんもヤコも止めなかった。
「知ってのとおり、空には竜が飛び、陸には巨大な獣どもが跋扈し、海には海魔が棲んでいるよな?」
それは、この世界の常識だ。
人間と魔物との衝突は人間の歴史と言っても過言ではない。
先刻食べられそうになったランナードラゴンですら、少なからずドラゴンの中では雑魚。それ以上魔物も当然この世界にはゴロゴロいる。
そもそも――私自身も魔物絡みが元で師匠に弟子入りしていたのだから、関わりがないとは言えない。
「そして人間はそんな魔物どもとの脅威と戦う術を常に求めた。時には専用の武器を開発し、時には強力な魔術を作り出し、時には互いの利害を一致させて共存の道を見出し、時には特殊な方法で支配下に置き、時には大規模な軍隊を編制し……時には人間に魔物の力を組み込んだ新人類――デミヒューマンと呼ばれる存在をも生み出しやがったんだ」
その言葉に私は息を呑んだ。
確かに魔物達への対策として武器や魔術が発達しているのは知っているし、知能が高い魔物とは共存の道を探ったり、軍隊や自警団を組織している事は知っている。
だが、人間に魔物の力を組み込むという非人道的な事は初耳だった。
「つまりその……デミヒューマンは、魔物達の力を持っているという事?」
「その通り! つまり、こいつらは化物なんだよ!」
私は思わずシュウさんとヤコを見た。
確かに『ライトアロー』を受けて無傷のシュウさんに、シュウさんに守られなくて無傷だったヤコ。
それにさっき見たシュウさんの背中とか、出会った時や今見せた二人の異常な身体能力。
――確かに、普通じゃない。
動揺が生まれている私を見て気を良くしたのか、男の口は更に語り出した。
「AJIN計画つったけか、生まれつき魔力保有量の高いガキどもを実験台に行われたそれは、さっきも言った通り怪物の力をそのガキどもに組み込んで魔物の力を持たせ、その魔物達と戦わせる兵士――デミヒューマンにする計画だったそうだ」
だが、そう繋げて男はシュウさんとヤコを見た。
「その実験は失敗してたらしくてな、なんでも時間が経つとそいつらは魔物の力に肉体や精神を食い尽くされ、より凶暴な化物になっちまうんだそうだ。それでその研究は打ち切られ、デミヒューマンどもは殺処分されることになったらしいが、それを知ったそいつらは全員逃げ出しやがってな。その研究に携わった連中から高額な賞金を懸けられてんだよ」
「……本当、なんですか?」
たまらず私は目の前の大きな背中に問いかけた。
寧ろその答えを語っている蒼い鱗の背中の持ち主は、少しの沈黙の後、口を開いた。
「ああ、本当だ。俺達はニッパンから誘拐されてその実験にかけられ、デミヒューマンになった」
「それに殺されそうだったから、逃げちゃったんだよね」
二人が同意した事で、あの男が言う事が真実であるという裏付けが出来てしまい、私は更に自分の中で動揺が広がるのを感じた。
「クカカ、そういう顔もいいねえ……そうだ、嬢ちゃん」
そう言って男はローブの懐から手配書らしき紙の束を出して、その中に二枚を私に見えるように掲げた。
そこには確かに、シュウさんとヤコの顔写真が載っていた。
「ちなみにこいつらは賞金の中でも特A級の金額でな、片方でも仕留めればそれだけで大金持ちなんだよ」
男はそう言いながら手近にいたからかヤコを指差した。
「そこのやんちゃな嬢ちゃんは、銀白虎のデミヒューマン。その体が銀で出来ていると言われるほどの光沢と共に巨大な体躯に見合ったパワーと逆にそれを感じさせない俊敏性とを併せ持つ虎の王とされる魔物だ。さっき俺の『ライトアロー』を全て避けてたのは流石に俺もビビったぜ」
次にシュウさんを指差した。
「そっちの兄ちゃんは、蒼雷龍のデミヒューマンだな。雷雲に住み、その雷ですら寄せ付けないその鱗の防御力と山をも吹き飛ばす桁外れのパワーを持つ難攻不落の龍だ。どんだけ丈夫かは、嬢ちゃんが身を持って分かってるよな?」
そこまで言うと男は大袈裟に腕を広げた。
「聞いての通りそいつらは二人とも化物だ。今は大丈夫かもしれねえが、いつかさっき言った二匹以上の化物にもなりかねえ。それでだ、嬢ちゃん……一つ交渉といこうじゃねえか。なあ、一緒にこいつら仕留めないか? どうせこんな奴らほっといても碌な事はねえって、何せ後々本物の化物になっちまうんだしな」
「ちょっと! 黙って聞いてればなに虫の良い事言ってんの! ユマを殺そうとしたくせに!」
ヤコがそう怒鳴ると男は殴られた恐怖からか一瞬身を縮めたけど、すぐにぎこちない笑みを浮かべた。
「へ、へえ……ユマってのかお嬢ちゃん。ならわかった、ユマちゃん、いやユマさん、あんたの取り分を多くしよう。六割でどうだ、なんなら七割でも……!」
「……その人の価値は、いざという時の行動にこそ現れる」
「…は?」
急にそんな事を呟いた私を、男は当然の事、シュウさんもキキも虚を突かれたように注目した。
「え? なに、どうしたのユマ?」
「私の師匠が常々言っていた。どんなに取り繕った人間でも、どんなに悪ぶった人間でも、どんな容姿の人間でも、いざという時にこそその人間の真実は見えるって」
その言葉を思い出し、さっきまでの動揺が嘘みたいに私は落ち着いた心持ちで、男は見据えた。
「私は、私を助けてくれた二人の姿こそが偽りのない彼らだと思う。きっといつか自分が魔物に呑みこまれると分かってても、それでも他の誰かが困ったら咄嗟に手を差し伸べる彼らと、自分の保身しか考えていないあなたとでは、どちらに味方するかは明白です」
「は、話を聞いていたのかてめえ! 俺に金が入るだけじゃなく、世界から見てもこいつらは居なくなった方がいいんだよ!」
「……仮にこんなにも優しい彼らを殺す事が世界の正義だって言うなら――」
私は両手に回復したばかりの魔力をありったけ溜めた。
今の私が放てる、最強の一撃を発動させるために!
「――そんな世界、壊れてしまえばいいんだ! 『サンダーブラスト』!」
攻撃系風術でも中級の魔術だけど、これが私の精一杯で、彼らを侮辱した男への怒りそのものだった。
「ちっ! このひよっこが! アース…」
「させるか!」
いつの間にか男の後ろに回り込んだらしいヤコが魔術を発動させる前に男を蹴り飛ばし、男は無防備なまま私の『サンダーブラスト』の直撃を食らった
「ひぃ! ぎ、ぎゃあああぁぁ!」
それと同時に電光が男を貫き、一瞬で黒焦げにして地面に転がした。
「はあ、はあ、はあぁ…」
私はさっき以上に魔力が消費されて立っていられなくなり、危うく倒れそうになった。
でも、
「おい、大丈夫か!」
シュウさんが慌てて支えに入ってくれ、地面に倒れ込むことはなかった。
「また、ありがとうございます」
「……それもまたこちらの台詞だ、ありがとう。俺達を信じてくれて」
そう言うシュウさんは、やっと少しだけ笑みを浮かべてくれていた。
「まあでも、普通にあの男が気に入らなかったのもありますからね」
「ああ、同感だな」
03
翌朝。
一応息がまだある男を縛り上げて放置して一晩明かした後、私は二人の旅に同行したいと申し出た。
「…本気か」
「はい、私も一緒に行きます」
聞けばもしかしたらヒホンなら自分たちが戻る手段があるかもしれないので、元に戻る為、そしてそれから先に進むために、自分たちの生まれ故郷に戻ろうとしているそうだ。
私はそれを聞いて、付いて行きたくなったというか、見たくなった。
この二人が、一体どういうこれからを生きていくのかを。
私の中の知りたいという気持ちがそうしろと言っているのに、従おうと思ったのだ。
それに、一人旅は少し寂しいしね。
「わーい! ユマも一緒に行くんだー!」
「うん、改めてよろしくね」
既に意気投合した私達を見て、シュウさんも何か諦めたらしく、付いて行くことをとりあえず了承してくれた。
「ただし、一つだけ条件がある」
「はい、なんですか」
「俺達がもし、怪物になっちまったら……殺すか、逃げるかしろ」
そう言うシュウさんの眼は、間違いなく本気で、止めるなら今だと私を思って最後の警告をしてくれている事が分かった。
「……分かりました」
でも、だからこそだ。
この二人が、理解のない、理解しようともしない誰かに傷つけられない様に、私が守りたいと思った。
私がこの二人を守れるか分からないけど、それでも精一杯、頑張ろうと思う。
「お前、結構馬鹿だな」
「ば、馬鹿とはなんですか! 馬鹿とは!」
「キャハハ! バカだって!」
「ちょ、ちょっとヤコ!」
こうして私と彼らの、長くて、遠くて、結末がどうなるのか誰も知らない旅は始まった。