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なんて骨体!  作者: 800
第二章 もっと瘴気を!
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もっと瘴気を! その3

 ごぽり。


 虚空からにじみ出す、血の泡。

 それは今まで見えなかった何かを赤く染め上げ、徐々に形を浮かび上がらせる。

 それは骨であり、それは肉であり、内臓であり、しかし、人型を取るにはまったく不足していた。

 大半のパーツを無くした人体模型。

 そう呼ぶのにふさわしい外見の、その言葉では表しきれない禍々しさの、魔族と呼ばれたその化け物は、最後に闇から紡いだローブを身に纏い、不完全な形で具現化した。


「……ふぁ」


 眠たげに欠伸をし、召喚の魔法陣の施された儀式室を出る。

 まず、いつも通り、肉体の生命力から残りの命数を調べるため、ドクターの所へ。


 こつこつこつ、と。

 螺旋階段を下りつつ、ちらり、と窓から外を見、

 がばっ、と窓に取り付き、改めて外を見た。


「な、なんじゃ、こりゃぁぁぁぁぁっ!?」




「ドクターッ! あれはいったいどうなってるんだっ!?」

「一週間ぶりじゃの、ゴッサム。して、あれ、とは?」

「あれは、あれだ! 正直言って、間違って違う城に出てきたのかと思ったぞ! 何だか妙に小綺麗になってる、っていうか、すごく綺麗になってるぞ。窓から見ただけでも、青々とした芝生が植えてあったり、色とりどりの花咲く花壇があったり、とても魔物の住処には見えん!」

「……だめかね?」

「駄目に決まってる!」


 ゴッサムは激昂した。


「魔族の城は、なんかこう、もっとおどろおどろしくて、人をびびらせるものじゃなきゃいかんだろうがっ! でないと瘴気が集まらん!」

「どうせここまで人が来ることなんぞ希だろうに。それに、花に囲まれた中庭でアフタヌーン・ティーを嗜むゾンビ、と言うのもなかなか不気味じゃぞ?」

「確かに、不気味と言えば不気味だが……、変に癖のある瘴気が集まりそうだな」


 と、ちょっと考え込んだゴッサムだったが、


「やっぱりいかん。とにかく、今日は健康診断は後回しだ。城中を見回るぞ。ドクターも付いてこい」

「そりゃ、かまわんがね」


 と、ドクターも椅子から立ち上がる。


「にしても、儂が寝ている間に何があったんだ? どうしてこんな事に?」

「決まっとろうが。一週間前拾ってきた新入り。あいつが職場環境の改善だと」

「あ、あいつかぁぁぁぁぁぁっ! 何で止めなかった、ドクター!」

「下級アンデッド達の志気が上がっとるのは事実だしのう」


 ドクターはぽりぽりと頬を掻きつつそう言った。自分も一緒になってスポーツに興じていた、と言う事実は隠しておいて。


「……とにかく、様子を見るか」


 と、中庭に出る。

 かつてその場を占領していた雑草は今や何処にもなく、代わりに整備されたスポーツグランドがあった。

 よく手入れされた芝生の植えられたそこでは、十数名のアンデッド達がボールを蹴たぐり追い回していた。


「どこから持ってきたんだ、この芝生……」

「ロブグリエが貴族の家から盗んできた」

「……無駄に行動力のあるヤツだな。そのロブグリエ、ってのが新入りの名前か」

「そうじゃ。芝生が早く根付くよう、儂も植物用栄養剤とか作らされたぞ」

「結局ドクターも片棒担いでたのか」

「その……まぁ、なんじゃ」


 と適当に誤魔化そうとするドクター。


「まったく……」


 ゴッサムはぶつぶつ言いつつ、辺りを見回した。

 確かに、花壇を手入れしているゾンビ、と言うのはシュールなものだな、とか思いつつ。


「……噴水まであるのか」

「じつは元々あったらしい。ヤツがロックゴーレム共に直させてたな」


 日の光を浴びる噴水の周りには、小さな虹が輝いていた。

 その周りに備えられているテーブルで、本当にお茶なんか飲んでいるゾンビがいたりする。

 ゴッサムはがくっ、と膝をつき、


「こんなの魔族の城じゃねぇ……」


 とか嘆いていた。


「とにかく、そのロブグリエ、ってのに一言言ってやる」

「今なら、多分畑じゃな」

「よし、畑か。……って、どこだ?」


 ちょっと前までそんなものはなかったのだ。分からなくても無理はない。


「こっちじゃ」


 ドクターの案内に付いて行くと、なかなか立派な畑で、数名のスケルトンやゾンビが畑を耕していたり、何かを収穫していたりした。


「……いったい、これは何を栽培しているんだ?」

「ハーブじゃ。最近、ゾンビの間で内臓にハーブを詰めるのが流行っていての。それと、儂が使う薬草とか栽培してもらってる」

「ドクター、意外と積極的に利用しているな」


 ゴッサムがぎろり、と睨むと、


「いやぁ、頼んでみると、結構いいものを作るんでな」

「お、ドクター、……と、魔族野郎か」


 と、そこにロブグリエが鍬を担いでやって来た。

 この一週間で、だいぶ鎧をつけられる場所が増えてきたようだ。両腕は完全に鎧に覆われ、ブーツを履き、マントを羽織っていた。


「おまえ、ボスに対する敬意というものはないのか?」


 内心では、此奴にそれを期待するだけ無駄だな、とは思いつつ、ゴッサムは言った。

 元々聖騎士見習いであったヤツが、魔族相手にそうそう簡単になれ合うわけはない。


「はいはい。クソ魔族のボス野郎様。何か用でございますか?」

「おいおい。わざわざ挑発するでない。話が進まなくなるぞい」


 ドクターがたしなめる。


「……なんの用だ?」

「……これはなんの真似だ? こんな清々しい雰囲気に城を造り替えおって。我らが瘴気で動いているのを忘れたわけではあるまい?」

「……忘れてた」

「おい!」

「冗談だ。そう心配せずとも大丈夫だ。城をちょっと綺麗にしただけだ。浄化したワケじゃない。それに、アンデッド達も適度のレクリエーションと、墓への花や団子などの供え物で士気が上がっている。文句を言われるようなことは何もしていない」

「本当に大丈夫なのか? 確かに士気が上がれば、瘴気の運用効率も上がるが、瘴気そのものが減っては元も子もないぞ」

「その分、あんたが瘴気を多く提供してくれればいいだろう」


 ふん、と鼻を鳴らして、ロブグリエは言った。


「だいたい、瘴気が十分に足りていれば、みんなこんな快適な暮らし、などというものを求めたりはしなかったんだ。必要最低限の瘴気だけ、なんてしけた給料じゃ、テンション上げて仕事しよう、なんて気にはならん。こっちが何とか志気を上げようとしてるのに、横からゴチャゴチャぬかすな」

「なにおうっ!? おまえこそ、儂が少ない瘴気の蓄えで何とかやりくりしているのを知らんからそう言うことが言えるんだっ! これ以上蓄えを削ってお前等に振り分けたら、多少無理してでも人間に恐怖を与えに行かねばならん。その結果こっちにもかなりの被害が出ることはお前にも分かるだろう」

「それはわかっている」

「なら、こう、もっと不気味な、地獄の亡者でも蘇ってきそうな、おぞましい雰囲気に戻さんか」

「心配はいらん、と言ってるだろう。見た目こそ綺麗にはしているが、風水の応用で気脈のバランスは瘴気向けに調整してある。俺だって、その程度の気は回るのだ」

「…………」


 意外にもちゃんとした返答に、ゴッサムはちょっと驚いた。


「なら、儂としては文句はないが……、意外と馴染んでいるな。初日に神聖魔法で自爆しようとしたヤツとは思えんぞ」

「……ほっとけ」


 ともかく、ゴッサムさえ納得させれば障害はもうないな、とロブグリエは思った。

 その見積もりはやや甘かったのだが。


 どぉぉぉぉぉん……


 と、遠くから爆音が響いてきた。


「何だ?」

「墓場の方だ!」


 走り出すロブグリエ。


「やっぱ、儂も見に行くべきか。監督責任あるしなぁ……」


 と、とぼとぼとゴッサムも墓場の方へ。


 どおぉぉぉぉぉぉっんっ!


 再び爆音。


「てめぇっ! 何しやがるっ!」


 ロブグリエは、その宙に浮かぶ、攻撃魔法を放った相手に向かって怒鳴った。


「何、ですって!?」


 その男は怒りを顕わにしつつ、怒鳴った。


「それはこっちのセリフよっ! 何よ、そのお墓っ! 十字架並べてくれちゃって! 私を吸血鬼と知っての嫌がらせなのっ!?」

「……さすがにこれはまずかろう」


 ゴッサムは並べられ、破壊された墓石をみて呆れ返った。

 墓は生前の信仰にあわせて何種類かあるようだが、そのほとんどは十字を象ったものだった。


「ドクター。止めなかったのか?」

「いや、これぐらいいいと思って。あやつの棺桶にも十字描いてあるじゃないか」

「…………」

「……おい、あのカマは何者だ?」


 ロブグリエはドクターに問いかけた。


「ウチの幹部の一人、アルベルト・カマンベール男爵じゃ。見ての通り、吸血鬼じゃ」

「吸血鬼、ね」


 男爵を名乗るところを見ると元貴族か。なるほど、何となくそれっぽい、嫌味ったらしい顔の造形だ、とロブグリエは思った。あまり貴族にいい印象を持っていないらしい。

 元々の造形がよい上に、眉毛や髭もきちんと整えられていて、見た目は美形と言ってもいいのだが、長い睫や、唇に薄く引かれた紅などで、醸し出している雰囲気はオカマ以外の何者でもない。


「吸血鬼って、昼間っから出てきても大丈夫なのか?」

「程度による。ここは瘴気が濃いし、問題なかろう」

「私のこと無視してるんじゃないわよっ!」


 吸血鬼が空中で地団駄踏む。


「やかましいぞ、カマ男爵」


 ロブグリエはびしぃっ、とカマ男爵を指さし言い放った。


「さてはお前、自分だけ新しい墓とか供え物とかもらえなかったんで拗ねてるな。ほら、これをくれてやるよ」


 ぽいっ、と、


「なにこれ、って、ニンニクじゃないっ!」


 どがっ! と投げ返されたニンニクが、ロブグリエの顔面を直撃する。


「ぬがぁっ!?」

「あ……、わはははははっ! おい、ロブ。お前、目から芽が生えてるぞ!」

「なぬぅ!? ぬをっ! 目にニンニクがっ!」


 ロブグリエは眼窩にはまり込んだニンニクを、ふんぬっ、ふんぬっ、と引っこ抜いた。


「ふぅ、何とかとれた。……このっ、とれなかったらどうするんだっ! 目に宝石とかがはまってるなら格好も付くが、ニンニクじゃ笑い話にしかならんだろうがっ!」

「ふん! たかがスケルトンごとき下級アンデッドが調子に乗るからよ」

「ほう、たかが吸血鬼ごときが、上級とでも言う気か?」


 高まる瘴気がぶつかり合い、ばちばちと火花を散らす。


「……なんで仲良くできないんだ、お前等」


 ゴッサムがため息をつきつつ言うと、


「出来るわけ無かろうがっ! お前が幹部連中ばっかり贔屓するから、我々に不満が溜まるんだろうがっ!」

「ここで儂に飛び火かい。だいたい、贔屓っていうか、優遇するだけの価値があるから幹部になってるんだろうが」

「むぅ、魔族のくせにまともな反論を」

「当然じゃない。幹部である私とあんた達が同列の訳ないでしょ」


 ロブグリエは笑う吸血鬼を睨みつけ、そしてドクターの方に視線を向けると、


「ドクター! フォローを!」

「儂が?」


 ドクターは腕組みして考え、


「パス。確かに薬草畑とかはありがたいが、今回問題にしている墓場の方は儂には関係ないし。中立、ってことで」

「はぁっはっはっ! 見捨てられたわねっ! なら、ここは私の好きにさせてもらうわよっ!」

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