もっと瘴気を! その2
その場に残されたサムソンは、暇潰しにいつも通りスライムと戯れていた。
一発芸を使い古し呼ばわりされたため、そろそろ何か新しい芸を覚えさせようかと、ぼぉっ、と考えていたりしていたところ、
「ひぇぇぇぇぇぇぇっ!」
悲鳴とガチャガチャという足音とを伴って、スケルトンが二体、いや四体。
「何で増えてるんだ?」
サムソンの疑問をよそに、
「おらぁぁぁぁっ! 逃げるなぁっ!」
ブンブンブンブン、と。
いくつもの刃物を取り付けた車輪がスケルトン達を襲う。
ぞぞぞぞぞぞと、咄嗟に伏せた彼らの上をその車輪が草を薙ぎつつ通り過ぎる。
それにはロープが取り付けられていて、車軸がロープを巻き取りながら、投げた者の元へと戻っていく。
「……草刈りの道具をつくってたんじゃなかったのか?」
あれは、どう見ても武器だよなぁ……、一応草は刈れているみたいだけど。と、それをブンブンと振り回しているロブグリエを見ながら、サムソンは思った。
「ちょ、ちょっと待て! いったい何がどうなってるんだ? 俺が何をしたっ!?」
訳が分からず逃げまどうスケルトン。
「あー、ありゃ、ガントとスベンか。災難だったなぁ」
あんなモンで薙ぎ払われれば、いくらアンデッドでもただじゃすまなそう。とサムソンはどこか人ごとのように見物していた。
「草刈りサボろうとしたろうがっ!」
「そりゃ、俺等には関係ねぇだろっ! こいつらにだけ言えよっ!」
ロブグリエはぎろっ、と一通り見回し、
ぶんっ!
と再び車輪をぶん投げる。
「ぬをおぉぉぉぉぉぉっ!?」
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞ……
「スケルトンの見分けなんぞ、付くかっ!」
「さ、差別発言だぞっ! それっ!」
「お前だってスケルトンだろうがっ! 同族の見分け方くらい、身に付けとけっ!」
「やかましいっ! お前等全員とっつかまえて、識別用の記号を額に彫り込んでやるっ! 例えば、『肉』とかっ!」
「そこはせめて『骨』だろっ!」
「つーか、彫り物は良くないですよ、彫り物はっ!」
「……そろそろ止めるか?」
サムソンは同意を求めるように、隣で丸くなっているスライムに声を掛けた。
スライムは相変わらず、ぷるぷる震えているだけだった。が、
「そうか、お前もそう思うか」
とサムソンは適当に納得し、
「おーい、そこら辺にして置けよ」
ブンブンブンブンブン
「ぬおっ!?」
慌ててサムソンは飛び退き、草むらにこそこそと身を隠す。
ぷるぷるぷる……
「そうか、ここは逃げた方が無難か……」
こそこそと、スライムと共にこの場を去ろうとしたサムソンだったが、
ぞぞぞぞぞぞ、と、いきなり目の前の草むらが無くなった。
「あれ?」
「さ~むそ~ん」
びくっ、と恐る恐る振り返るサムソンだったが、どす黒いオーラを纏うロブグリエを目にし、振り返らなきゃ良かった、と後悔した。
「よぉ、ロブ。なんだかアンデッドらしい邪悪なオーラを纏うようになったじゃないか」
「お前も逃げる気か?」
全然誤魔化されてくれねぇ……
サムソンは百年ぶりくらいにアンデッドに襲われる恐怖を体験した。
「サムソンッ! なんなんだ、この新入りはっ!」
俺に聞くな……
サムソンは心底そう思った。
このピンチを逃れるには……、とサムソンは思考を巡らし、隠し持ったナイフに手を掛けた。
「いや、俺はちゃんと草刈りしてたぞ。ほら、ほら」
と、そのナイフで草を刈る。
「…………」
「…………」
「よしっ!」
「ホッ……」
じろり、とロブグリエの視線は再びスケルトン達へ。
睨まれた彼らは、
「くっ……!」
と、それぞれ自分の剣やナイフに手を掛け、
ざっざっざっ、と草を刈り始める。
「最初から、大人しくそうすればいいのだ」
そう言ってふんぞり返るロブグリエに、みんなは、はぁ、とため息をついた。
「で、こんなモンでいいのか?」
「ふむ……」
ロブグリエは辺りを見回し、大体サッカーグランドくらいの広さを確保したことを確認した。
「ま、こんなもんか」
と、地面を踏みしめ、
「本当は芝でも植えたいところだが、それはまた今度、と言うことで」
「またやるのかよ?」
「勘弁してくれ……」
がしゃ、と崩れるカール。ロブグリエはそれは無視し、
「後はボールだな。何かいい手はないかな」
「……スライムを煮込むと、縮んで固まって、良く弾むようになる、って聞いたことがあるな」
カールが崩れたまま、ごろり、と頭蓋骨を転がしサムソンの隣にいるスライムの方を見た。
「な、なんてことを言い出すんだっ!」
「大体、ウチはペット禁止だろうが」
こっちは崩れてこそいないものの、大の字に寝転がっているクライスがそう言った。
「そうなのか?」
「そうなの」
「あのスライムにはくだらん一発ギャグをやらされているからな。適当な機会に始末しよう、と思ってたんだ」
とスベン。
……やっぱ、あれ、みんなやられていたんだ、とロブグリエは思った。
「そんな理由でウチのスライムをボールにしようというのかっ!? どうせならお前の頭蓋骨をボールにすればいいんだっ!」
「なにをっ!? スケルトンの頭蓋骨とスライムを同列に考えるんじゃねぇっ!」
「……どっちが上なんだ?」
「さぁ?」
ロブグリエとガントがそんなことを言っていると、
「俺等の頭蓋骨に決まってる!」
「スライムに決まってる! お前等は頭蓋骨ボールにされても死なないだろうが、スライムは死んじゃうんだぞっ!」
「なるほど。そう言う考えもあるか……」
「納得するなっ! お前だって末席とはいえ、スケルトンの一員だろうがっ!」
「しかしなぁ、命は大事にせんといかんぞ」
「……俺等死んでもこうしてられるから、命の大事さ、なんて言われても実感湧かないんだが……」
「これがアンデッド社会の弊害、ってヤツか……」
「とにかくっ! ウチのスライムはボールにはさせんぞっ!」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!」
と誰かが会話に割り込んできた。
どどどどど、と白衣をなびかせ、ドクターが走り込んできた。
「どうしたんだ? ドクター」
何で幹部がここに? と不思議そうに問いかける。
「話は聞かせてもらった。ボールならほれ、ここに!」
とボールを取り出す。
何処で聞いてたんだ、とか、何でボール持ってるんだ、とか、いろんな疑問が頭に浮かぶ。
「わしゃ、学生時代はすぽーつまん、だったのじゃよ」
どうやら混ぜてほしいらしい、と言うところまでは理解できた。
「このボールは何処で?」
「もちろん、余った内臓を継ぎ合わせてつくった!」
「あまった?」
「そう。ゾンビの」
ロブグリエはボールをつんつん、とつつき、
「腐ってはいないんだな」
「当然じゃ。防腐処理しているからな」
……本体が腐っていて、取り出された内臓が腐っていない、と言うのもどうかと……、とロブグリエはサムソンの方とボールとを見つつそう思った。
「なにか失礼なことを考えてないか?」
「いや、べつに」
「とにかく、ボールだっ!」
がちゃっ、とカールが起きあがり、
ぽーん、ぽーん、とみんなで適当にボールを蹴って遊んだ。
「おー、労働の後のスポーツは気分いいなぁ、って、んなワケあるかいっ!」
ごしゃ、と再び崩れるカール。
「うー、死ぬほど疲れた」
「……そんなに疲れてるんなら、無理しなきゃいいのに、って、俺も人のこと言えんか」
ガントもその場にへたり込む。
「一休みしてからの方が良かったか?」
とロブグリエが問うと、
「ここは俺等が苦労して草刈ったんだぞ。もし、他のヤツらに先に使われたら悔しいじゃねぇか」
「意外と普通の感覚を持ち合わせているんだな」
「なんじゃい、もう終わりか」
ドクターがつまらなさそうに、リフティングをしながらそう言った。
「ああ。仕方あるまい。……うまいな、ドクター」
「そりゃ、の。スポーツ万能のヤツらの体を繋ぎ合わせて作ったがらのう」
「……あ、そ」
「まぁ、ともかく」
と、ドクターはリフティングを止め、ボールを小脇に抱え、
「ボールが必要になったら、儂に声を掛けてくれ。いくつか作ってあるから。それと、ルールもいろいろ知っているから、教えられるぞ」
……よっぽど混ざりたいらしい。
「……よし、幹部公認だ」
とロブグリエはガッツポーズ。
「なんか、そう言うことになったみたいなんで、またなんかあったらよろしくお願いします」
と、サムソンがぺこぺこと頭を下げている。
「それにしても……」
去っていくドクターを見送りつつ、
「いつの間にか、腕、大丈夫になっているみたいだな」
と、サムソンがロブグリエに言う。
「あ、本当だ」
腕を上げたり下げたり、振り回したりしつつ、ロブグリエは言った。
特に意識しなくても、思い通りに動くし、重さに耐えられず腕ごと落ちたりはしない。
「あんまり細かいこと気にしないで暴れ回ってたのが良かったのかな?」
「暴れ回ってた、っていう自覚があるんかい」
サムソンは突っ込むがロブグリエは気にせず、
「じゃ、次は何すっかなぁ……」
としばし考えた後、
「墓地を増設しよう。あんな狭っ苦しい共同墓地なんかじゃなく、あの辺りの日当たりのいいところに、どーん、と墓石を並べて」
と、喜々として語るロブグリエ。
「やっぱ、自分の墓は清々しい所に建てたいよなぁ。そう思うだろ、サムソン」
「ああ。そうだな」
魔族の城の敷地内で、清々しいと言うのもどうかと、と思いつつ、サムソンはその意見に同意した。