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なんて骨体!  作者: 800
第二章 もっと瘴気を!
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もっと瘴気を! その1

「ふんぬーっ!」


 がしゃ……


 また腕が落ちた。

 ガントレットを腕の一部と見なしてコントロールしようとしたが、そうすると肘関節の保持が甘くなるらしい。


「昨日の今日でいきなり上手くいくわけもないか……」


 ロブグリエ・バーツラフ。ただいまスケルトンから骸骨騎士に昇格するための修行中。

 が、結果は見ての通り苦戦中である。もっとも、そんなに簡単行くことなら、世の中のスケルトンはみんな骸骨騎士になっている。


「これが生前馴染んでいた鎧なら、少しは違うんだろうけど……」


 ロブグリエは言い訳がましく愚痴る。

 聖騎士見習いであったロブグリエの鎧は、当然支給されたばかりものだった。

 ほとんど新品同様のそれは、まだ彼の体に馴染んでいなく、いささか動きづらいものだった。それまで本格的なフルプレートメイルなんて着たこと無かったこともあるが。


「まさか、馴染む前に、どころか、最初の任務で死ぬとは思わなかったなぁ……」


 ぽんぽんと、ガントレットを放り投げて受け止めたりしてもてあそびつつ、別にそんなに重いワケじゃないんだよな、と思う。

 実際にこうやって持っていても、腕が落ちることはない。だが、腕に嵌めようとすると話は違ってくる。

 普通につけようとしても骨だけの腕ではすかすかですぐ外れる。瘴気で中を満たして骨と同じように操ろうとすると、全体の瘴気が足りなくなり関節が外れやすくなる。


「……綿でも詰めてみるか?」


 でも、それは手抜きだよなぁ、と思う。

 アンデッドとして堕落しないため、自分が聖騎士であることを忘れないため、その鎧を着ていたいロブグリエとしては、手抜きはいかんよな、手抜きは。と思う。

 ボロは着ていても、心には錦。と言う言葉がある。

 今のロブグリエはボロどころか何も着ていないし、心を語ろうにも中身はすかすか(物理的に)なので、ちょっと自信なし。

 何か一つでも取り繕っとかないと、ほとんど没個性のスケルトンの中で自分を見失いそうなのだ。


「お、早速やっているようだな」


 サムソンがペットのスライムを連れ、ロブグリエのいるところまでやって来た。


「なんだ、上手くいってないみたいだな。まぁ、地道に頑張れ」


 転がる鎧を見て状況を察し、サムソンはそう言う。


「鎧を動かすコツなら、リビングメイル達の意見を聞いてみるのも一つの手だぞ?」

「リビングメイルね」


 ロブグリエは雑草の生えまくった庭にごろん、と横になり、空を流れる雲を見た。

 何だか、死んでしまった今では、いろんなものが生前と少し違って見える。それは当然のことなのかも知れないが、人格は生前のままなので、微妙な違和感が生じる。

 空が、昔より高いところにある気がする。

 手を伸ばしてみる。かつては手が届きそうだ、と思った雲は、今はただ遠いところにある何か、だ。

 むくっ、と身を起こす。


「やっぱ、まだ落ち込んでるのかな」

「ん? 地道に、って言ったろ」


 サムソンは風に煽られ、腐臭を蒔きながらのんびりそう言った。


「俺だって、えらそうなことを言ってるが、開き直るまでは二週間ほどかかったからな」

「そうなんだ」


 へー、とロブグリエは思う。


「ん? ってことは、あんたも生前の記憶があるタイプか?」

「そうだ。ゾンビってのは、成り立てだと見た目、生前と大した違いがなかったりするからな。自分の心臓が動いてない、ってわかっても、なかなか開き直れなくてな」


 どこか遠い目をして語る。


「自分が腐り始めたとき、正直トラウマになりかけたぞ」

「うわ、それはそれは……」


 いきなり骨、とどっちがきついだろう?


「それも百年以上経った今では、昔のいい思い出さ」

「……普通、何年経っても無理だと思うぞ」


 ロブグリエは自分は何年でその域に達するのだろう、と思う。

 ってことは、あの魔族も百年以上はいることになるんだな、とも思う。

 にしては、長いこと放っておかれすぎだとも思うが。


「ま、適当に頑張るか。時間だけはそれなりにあるみたいだからな」


 すぽ、とガントレットに手を突っ込む。

 無理に動かそうとせず、保持しておくだけなら何とかなりそうだ。しばらくはそうして鍛えていよう。


「だな。この前おまえが来たばっかりだし、しばらくは人間もやってこないだろう」


 サムソンも同意する。

 ロブグリエは残った鎧のパーツを、これはまた今度、とマントに包んで背負う。


「ん?」


 と、ロッカールームに戻る途中、日陰で崩れている二体分の骨を発見。


「なにやってんだ?」

「あ、いや」


 からん、と積み重なっていた骨が転がる。……立ち上がるだけの元気はないらしい。


「昨晩の酔いが抜けなくて……、二日酔いだ」

「ま、これは個人の体質の差があるからな」


 呆れているロブグリエに、サムソンがそう言う。


「お前等もこんな所でじっとしてないで、適度に運動して悪い気を抜いた方がいいぞ」

「悪い気、って、瘴気で動いている奴らがそう言う事言うか?」

「動いた方がいいのか?」


 頭蓋骨だけでコロコロ転がりながら、問うスケルトン。


「そりゃ、動けば気の入れ替わりが早いからな」

「だが、見ての通り、動く気力もほとんど無い」


 ころころ。からから。

 これが精一杯だ、とアピールしているらしい。


「しゃーない。ドクターの世話になるか」

「このくらい、わざわざドクターの世話にならなくてもいいだろ。ロブ、おまえが何とかしてやれ。同じスケルトン同士だろ」

「スケルトン同士だからって、俺にはアンデッドの治療スキルなんて無いぞ」

「豆知識として知っておけ。同じマスターを持つ同種のアンデッドは、瘴気の循環を共有できるんだよ。こいつらに干渉して浄化してやれ」

「浄化、って言うなよ。違和感ある」


 と言いつつも、ロブグリエはその二体のスケルトンに対して手をかざし、


「えぇと、瘴気循環の共有、ってどうやるんだ? ん~、こんな感じか?」

 さっきまでの訓練、鎧に瘴気を流し込むイメージを、転がっている頭蓋骨に対して適用する。ついでに、浄化のイメージ?


 ドゴンッ!


「ごぶわっはぁぁぁぁぁっ!?」

「げがぶをわぁぁぁぁぁっ!?」


 何故か飛び出したガントレットに直撃され、悲鳴を上げながら飛び散る、骨、骨、骨。


「……あれ?」


 しゅうしゅうと煙を上げる、肘から先のない自分の腕を見、ロブグリエは首を傾げた。


「あれ? じゃないわいっ!」

「ものごっつぅ、痛かったぞっ!」


 がしゃがしゃ、と詰め寄る二体のスケルトン。


「……酔いは収まったようで、なにより」

「ぬ? だが、礼は言わんぞ」

「そりゃ、そうだろうなぁ……」


 アンデッドが、祝福を受けた聖騎士の鎧で殴られたら、それはそれは痛かろう。


「酔いも完全に抜けたわけでもなさそうだしな」


 首をぐるぐる回しながら言うスケルトン。


「そこまで動けるようになったなら、さっきサムソンが言ったように、運動して酔いを覚ませ」


 ロブグリエは自分の腕を拾い上げ、なんとか悪戦苦闘してくっつけつつそう言った。


「運動、って何すっか?」

「戦闘訓練でもするか?」


 ロブグリエが剣を振りつつ提案すると、


「いや、休みの時までそれをする、ってのはどうも……」

「そんなもんか。じゃあ、スポーツでもすれば」

「そんな設備無いぞ。だいたい、俺等生前はスポーツなんか楽しめる階級じゃなかったらしいから、スポーツについてはさっぱりわからん」


 確かに、あれは余力のある奴らの娯楽だな、と、ロブグリエは言われて気がついた。わざわざ娯楽で疲れようとするなんて、一般市民はしない。


「よし、俺が何とかしてやろう」


 ロブグリエは何を思ったか、こつんと自分の肋骨を叩いて請け負った。


「なんとか、ってなんだ?」

「それは追々考えるとして、せっかく生前のしがらみから解放されて、今は余裕のある身なんだ。余暇をスポーツに費やしてみるのも悪くはあるまい」


 ロブグリエの提案に、他のアンデッド達は顔を見合わせる。


「だいたい、ここは福利厚生がいまいちだ」

「福利厚生、ってなんだ?」

「さぁ? 俺は難しいことはさっぱり」

「とにかく、職場環境をよくしよう、って事だ」


 と、ロブグリエが簡単に説明すると、サムソンが、


「おまえは変な感じに生前のしがらみしょってるなぁ……」


 職場環境の改善なんて、人間の発想だよ、と言う。


「やかましい。そうだな、とりあえず、サッカーがいいかな。あれなら道具はボールだけでいい」


 半ば他のみんなを無視して話を進めるロブグリエ。


「ってなワケでそこの二人。名は?」

「カールだ」

「クライス」

「って、何で新入りの方がえらそうなんだ?」

「リーダーシップってのは、取ったモン勝ちだからなぁ……」

「じゃあ、カール」


 ロブグリエは二人のぼそぼそ言っている文句には気にも留めず、


「ボールは無いか?」

「ん~、無いな」

「なら、この辺に猫はいないか?」

「何で猫?」

「ボールが無いときは、猫を袋に押し込んで蹴ると相場が決まってる」

「そんな、残酷な」

「これも伝統文化、ってヤツだ」


 しみじみと語るロブグリエを、疑わしげな目で見るカールとクライス。


「そういえば、ワイズマンのダンナが、生前やった、って言ってたな。ポンと蹴ると、ニャーと鳴いて面白いとかなんとか」


 サムソンがそう言うと、


「ワイズマンが言うならそうなんだろうな」

「さすが我らの頭脳。知識量が違うな」

「おまえら、俺は信用しないでワイズマンとやらの言うことなら信じる、ってのか?」

「当たり前だろ」


 ハッキリ断言され、落ち込むロブグリエ。まぁ、参謀やってるワイズマンと比べる方がおかしいってものだ。


「なんにせよ、残念ながら猫はいないな」

「むぅ、しゃーない。とりあえず袋でも用意してくれ。中身は……、後で考えよう。それと、クライスは鎌を用意してくれ。この辺りの草を刈ってグランドにしよう」

「え~、草刈りかよ」


 クライスは心底嫌そうに言う。


「そりゃ、仕事じゃないかよ。休みの日にまで仕事したくねぇ、って言ってるだろ」

「文句の多いヤツだな。つべこべ言わずに取ってこい。ついでに暇そうにしているヤツらを片っ端から引っ張ってこい。人数が多けりゃ、そんなに時間はかからん」

「無理矢理引っ張り出されたりしたら、さすがにみんな文句を言うと思うぞ。初っぱなからそれじゃ、お前も立場悪くならねぇか?」

「それは、ちょっとまずいかな?」


 ロブグリエは腕を組んで考え込んだ。


「なら、こういうのはどうだ? 魔法を使うんだ。昔、知り合いの魔道士が、つむじ風を使って草刈りをして、術のコントロールの訓練をしていた」


 いいアイデアだ、と思っていたロブグリエだったが、みんなの反応はいまいち不評、どころか、何だか呆れ返っているようだ。


「あのな、ここで魔法を使えるのは、ボスかワイズマンか男爵くらいのモンだぞ。幹部連中に草刈りさせる気か?」

「あ……」


 ロブグリエは間抜けに大口を開いたままの状態で固まった。

 よく考えれば、ほとんどのアンデッドは元々一般市民だ。魔法なんぞ使えるワケねぇ。


「……いいアイデアだと思ったんだが、……そうだ! 今から修行して魔法を使えるようになればっ!」

「無茶言うな」


 カールが頭を振る。


「俺等、下級アンデッドに振り分けられている瘴気の量なんて、魔法を使えるだけの余裕はない。そうでもなきゃ、暇つぶしに魔法の修行でもしよう、ってヤツはいるかも知れないが……」

「魔族のケチの影響がこんな所まで……」


 ロブグリエはちっ、と舌打ちする(イメージ的に)。


「んじゃ、魔法のつむじ風でなくても、なんか、こう、鎌が高速で回転して草を刈るような……」

「たかが草刈りにそんなに真剣にアイデア出さなくても……」


 サムソンが苦笑しつつ言うが、ロブグリエは全然聞いておらず、


「よし! ちょっと待ってろ」


 と、どこかへ、多分工房だろう、に走っていった。


「…………」


 その後ろ姿を見送り、しばらくぼぉっとしていた三人だったが、


「待ってるわけねぇだろ」


 カールはぼそっ、と呟き、


「んじゃ、俺は行くわ。ヤツには準備が出来たら玉遊びくらい付き合ってやる、とでも伝えておいてくれ」

「あ、俺も」


 と、クライスもカールの後に続いて城の中に入っていった。


「……そんなに簡単に納得する相手なら良かったんだが、あいつ、無駄に気合いの入ったヤツだからなぁ……」


 きっと、大人しく逃がしてはもらえないだろうなぁ……、などと思うサムソンだった。

 そこの扉から、ロブグリエに追い立てられた二人が今にも出てきそうだ。と。

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