もっと瘴気を! その1
「ふんぬーっ!」
がしゃ……
また腕が落ちた。
ガントレットを腕の一部と見なしてコントロールしようとしたが、そうすると肘関節の保持が甘くなるらしい。
「昨日の今日でいきなり上手くいくわけもないか……」
ロブグリエ・バーツラフ。ただいまスケルトンから骸骨騎士に昇格するための修行中。
が、結果は見ての通り苦戦中である。もっとも、そんなに簡単行くことなら、世の中のスケルトンはみんな骸骨騎士になっている。
「これが生前馴染んでいた鎧なら、少しは違うんだろうけど……」
ロブグリエは言い訳がましく愚痴る。
聖騎士見習いであったロブグリエの鎧は、当然支給されたばかりものだった。
ほとんど新品同様のそれは、まだ彼の体に馴染んでいなく、いささか動きづらいものだった。それまで本格的なフルプレートメイルなんて着たこと無かったこともあるが。
「まさか、馴染む前に、どころか、最初の任務で死ぬとは思わなかったなぁ……」
ぽんぽんと、ガントレットを放り投げて受け止めたりしてもてあそびつつ、別にそんなに重いワケじゃないんだよな、と思う。
実際にこうやって持っていても、腕が落ちることはない。だが、腕に嵌めようとすると話は違ってくる。
普通につけようとしても骨だけの腕ではすかすかですぐ外れる。瘴気で中を満たして骨と同じように操ろうとすると、全体の瘴気が足りなくなり関節が外れやすくなる。
「……綿でも詰めてみるか?」
でも、それは手抜きだよなぁ、と思う。
アンデッドとして堕落しないため、自分が聖騎士であることを忘れないため、その鎧を着ていたいロブグリエとしては、手抜きはいかんよな、手抜きは。と思う。
ボロは着ていても、心には錦。と言う言葉がある。
今のロブグリエはボロどころか何も着ていないし、心を語ろうにも中身はすかすか(物理的に)なので、ちょっと自信なし。
何か一つでも取り繕っとかないと、ほとんど没個性のスケルトンの中で自分を見失いそうなのだ。
「お、早速やっているようだな」
サムソンがペットのスライムを連れ、ロブグリエのいるところまでやって来た。
「なんだ、上手くいってないみたいだな。まぁ、地道に頑張れ」
転がる鎧を見て状況を察し、サムソンはそう言う。
「鎧を動かすコツなら、リビングメイル達の意見を聞いてみるのも一つの手だぞ?」
「リビングメイルね」
ロブグリエは雑草の生えまくった庭にごろん、と横になり、空を流れる雲を見た。
何だか、死んでしまった今では、いろんなものが生前と少し違って見える。それは当然のことなのかも知れないが、人格は生前のままなので、微妙な違和感が生じる。
空が、昔より高いところにある気がする。
手を伸ばしてみる。かつては手が届きそうだ、と思った雲は、今はただ遠いところにある何か、だ。
むくっ、と身を起こす。
「やっぱ、まだ落ち込んでるのかな」
「ん? 地道に、って言ったろ」
サムソンは風に煽られ、腐臭を蒔きながらのんびりそう言った。
「俺だって、えらそうなことを言ってるが、開き直るまでは二週間ほどかかったからな」
「そうなんだ」
へー、とロブグリエは思う。
「ん? ってことは、あんたも生前の記憶があるタイプか?」
「そうだ。ゾンビってのは、成り立てだと見た目、生前と大した違いがなかったりするからな。自分の心臓が動いてない、ってわかっても、なかなか開き直れなくてな」
どこか遠い目をして語る。
「自分が腐り始めたとき、正直トラウマになりかけたぞ」
「うわ、それはそれは……」
いきなり骨、とどっちがきついだろう?
「それも百年以上経った今では、昔のいい思い出さ」
「……普通、何年経っても無理だと思うぞ」
ロブグリエは自分は何年でその域に達するのだろう、と思う。
ってことは、あの魔族も百年以上はいることになるんだな、とも思う。
にしては、長いこと放っておかれすぎだとも思うが。
「ま、適当に頑張るか。時間だけはそれなりにあるみたいだからな」
すぽ、とガントレットに手を突っ込む。
無理に動かそうとせず、保持しておくだけなら何とかなりそうだ。しばらくはそうして鍛えていよう。
「だな。この前おまえが来たばっかりだし、しばらくは人間もやってこないだろう」
サムソンも同意する。
ロブグリエは残った鎧のパーツを、これはまた今度、とマントに包んで背負う。
「ん?」
と、ロッカールームに戻る途中、日陰で崩れている二体分の骨を発見。
「なにやってんだ?」
「あ、いや」
からん、と積み重なっていた骨が転がる。……立ち上がるだけの元気はないらしい。
「昨晩の酔いが抜けなくて……、二日酔いだ」
「ま、これは個人の体質の差があるからな」
呆れているロブグリエに、サムソンがそう言う。
「お前等もこんな所でじっとしてないで、適度に運動して悪い気を抜いた方がいいぞ」
「悪い気、って、瘴気で動いている奴らがそう言う事言うか?」
「動いた方がいいのか?」
頭蓋骨だけでコロコロ転がりながら、問うスケルトン。
「そりゃ、動けば気の入れ替わりが早いからな」
「だが、見ての通り、動く気力もほとんど無い」
ころころ。からから。
これが精一杯だ、とアピールしているらしい。
「しゃーない。ドクターの世話になるか」
「このくらい、わざわざドクターの世話にならなくてもいいだろ。ロブ、おまえが何とかしてやれ。同じスケルトン同士だろ」
「スケルトン同士だからって、俺にはアンデッドの治療スキルなんて無いぞ」
「豆知識として知っておけ。同じマスターを持つ同種のアンデッドは、瘴気の循環を共有できるんだよ。こいつらに干渉して浄化してやれ」
「浄化、って言うなよ。違和感ある」
と言いつつも、ロブグリエはその二体のスケルトンに対して手をかざし、
「えぇと、瘴気循環の共有、ってどうやるんだ? ん~、こんな感じか?」
さっきまでの訓練、鎧に瘴気を流し込むイメージを、転がっている頭蓋骨に対して適用する。ついでに、浄化のイメージ?
ドゴンッ!
「ごぶわっはぁぁぁぁぁっ!?」
「げがぶをわぁぁぁぁぁっ!?」
何故か飛び出したガントレットに直撃され、悲鳴を上げながら飛び散る、骨、骨、骨。
「……あれ?」
しゅうしゅうと煙を上げる、肘から先のない自分の腕を見、ロブグリエは首を傾げた。
「あれ? じゃないわいっ!」
「ものごっつぅ、痛かったぞっ!」
がしゃがしゃ、と詰め寄る二体のスケルトン。
「……酔いは収まったようで、なにより」
「ぬ? だが、礼は言わんぞ」
「そりゃ、そうだろうなぁ……」
アンデッドが、祝福を受けた聖騎士の鎧で殴られたら、それはそれは痛かろう。
「酔いも完全に抜けたわけでもなさそうだしな」
首をぐるぐる回しながら言うスケルトン。
「そこまで動けるようになったなら、さっきサムソンが言ったように、運動して酔いを覚ませ」
ロブグリエは自分の腕を拾い上げ、なんとか悪戦苦闘してくっつけつつそう言った。
「運動、って何すっか?」
「戦闘訓練でもするか?」
ロブグリエが剣を振りつつ提案すると、
「いや、休みの時までそれをする、ってのはどうも……」
「そんなもんか。じゃあ、スポーツでもすれば」
「そんな設備無いぞ。だいたい、俺等生前はスポーツなんか楽しめる階級じゃなかったらしいから、スポーツについてはさっぱりわからん」
確かに、あれは余力のある奴らの娯楽だな、と、ロブグリエは言われて気がついた。わざわざ娯楽で疲れようとするなんて、一般市民はしない。
「よし、俺が何とかしてやろう」
ロブグリエは何を思ったか、こつんと自分の肋骨を叩いて請け負った。
「なんとか、ってなんだ?」
「それは追々考えるとして、せっかく生前のしがらみから解放されて、今は余裕のある身なんだ。余暇をスポーツに費やしてみるのも悪くはあるまい」
ロブグリエの提案に、他のアンデッド達は顔を見合わせる。
「だいたい、ここは福利厚生がいまいちだ」
「福利厚生、ってなんだ?」
「さぁ? 俺は難しいことはさっぱり」
「とにかく、職場環境をよくしよう、って事だ」
と、ロブグリエが簡単に説明すると、サムソンが、
「おまえは変な感じに生前のしがらみしょってるなぁ……」
職場環境の改善なんて、人間の発想だよ、と言う。
「やかましい。そうだな、とりあえず、サッカーがいいかな。あれなら道具はボールだけでいい」
半ば他のみんなを無視して話を進めるロブグリエ。
「ってなワケでそこの二人。名は?」
「カールだ」
「クライス」
「って、何で新入りの方がえらそうなんだ?」
「リーダーシップってのは、取ったモン勝ちだからなぁ……」
「じゃあ、カール」
ロブグリエは二人のぼそぼそ言っている文句には気にも留めず、
「ボールは無いか?」
「ん~、無いな」
「なら、この辺に猫はいないか?」
「何で猫?」
「ボールが無いときは、猫を袋に押し込んで蹴ると相場が決まってる」
「そんな、残酷な」
「これも伝統文化、ってヤツだ」
しみじみと語るロブグリエを、疑わしげな目で見るカールとクライス。
「そういえば、ワイズマンのダンナが、生前やった、って言ってたな。ポンと蹴ると、ニャーと鳴いて面白いとかなんとか」
サムソンがそう言うと、
「ワイズマンが言うならそうなんだろうな」
「さすが我らの頭脳。知識量が違うな」
「おまえら、俺は信用しないでワイズマンとやらの言うことなら信じる、ってのか?」
「当たり前だろ」
ハッキリ断言され、落ち込むロブグリエ。まぁ、参謀やってるワイズマンと比べる方がおかしいってものだ。
「なんにせよ、残念ながら猫はいないな」
「むぅ、しゃーない。とりあえず袋でも用意してくれ。中身は……、後で考えよう。それと、クライスは鎌を用意してくれ。この辺りの草を刈ってグランドにしよう」
「え~、草刈りかよ」
クライスは心底嫌そうに言う。
「そりゃ、仕事じゃないかよ。休みの日にまで仕事したくねぇ、って言ってるだろ」
「文句の多いヤツだな。つべこべ言わずに取ってこい。ついでに暇そうにしているヤツらを片っ端から引っ張ってこい。人数が多けりゃ、そんなに時間はかからん」
「無理矢理引っ張り出されたりしたら、さすがにみんな文句を言うと思うぞ。初っぱなからそれじゃ、お前も立場悪くならねぇか?」
「それは、ちょっとまずいかな?」
ロブグリエは腕を組んで考え込んだ。
「なら、こういうのはどうだ? 魔法を使うんだ。昔、知り合いの魔道士が、つむじ風を使って草刈りをして、術のコントロールの訓練をしていた」
いいアイデアだ、と思っていたロブグリエだったが、みんなの反応はいまいち不評、どころか、何だか呆れ返っているようだ。
「あのな、ここで魔法を使えるのは、ボスかワイズマンか男爵くらいのモンだぞ。幹部連中に草刈りさせる気か?」
「あ……」
ロブグリエは間抜けに大口を開いたままの状態で固まった。
よく考えれば、ほとんどのアンデッドは元々一般市民だ。魔法なんぞ使えるワケねぇ。
「……いいアイデアだと思ったんだが、……そうだ! 今から修行して魔法を使えるようになればっ!」
「無茶言うな」
カールが頭を振る。
「俺等、下級アンデッドに振り分けられている瘴気の量なんて、魔法を使えるだけの余裕はない。そうでもなきゃ、暇つぶしに魔法の修行でもしよう、ってヤツはいるかも知れないが……」
「魔族のケチの影響がこんな所まで……」
ロブグリエはちっ、と舌打ちする(イメージ的に)。
「んじゃ、魔法のつむじ風でなくても、なんか、こう、鎌が高速で回転して草を刈るような……」
「たかが草刈りにそんなに真剣にアイデア出さなくても……」
サムソンが苦笑しつつ言うが、ロブグリエは全然聞いておらず、
「よし! ちょっと待ってろ」
と、どこかへ、多分工房だろう、に走っていった。
「…………」
その後ろ姿を見送り、しばらくぼぉっとしていた三人だったが、
「待ってるわけねぇだろ」
カールはぼそっ、と呟き、
「んじゃ、俺は行くわ。ヤツには準備が出来たら玉遊びくらい付き合ってやる、とでも伝えておいてくれ」
「あ、俺も」
と、クライスもカールの後に続いて城の中に入っていった。
「……そんなに簡単に納得する相手なら良かったんだが、あいつ、無駄に気合いの入ったヤツだからなぁ……」
きっと、大人しく逃がしてはもらえないだろうなぁ……、などと思うサムソンだった。
そこの扉から、ロブグリエに追い立てられた二人が今にも出てきそうだ。と。