生まれ変わってスケルトン その3
「確か、この辺だったな」
ロブグリエは、出て行った時は適当にフラフラ歩いていたからちょっと自信がないな、とか思いながら、そこら辺の部屋を確認していく。
「お? どうした新入り。どっかの骨を無くしたか?」
やっと見つけた医務室と書かれた扉を開けると、そこにはあのドクターがホルマリン漬けの標本の瓶にラベルを貼りつつ整理している姿があった。
ロブグリエはドクターが普通に医務室にいたことにちょっと拍子抜けした。こいつらのことだから、医者が霊安室に陣取っててもおかしくはない。
「魔族野郎はどこだ?」
「ゴッサムか? 今死んどるよ」
「はぁ? 死?」
せっかく殺しに来たのに、何勝手に死んでるんだよ、とか、さっきまであんなに元気だったのに、とか、ひょっとして自分の神聖魔法が時間差で効いたのか? とか、いろんな事がロブグリエの脳裏を駆け抜け、といっても脳はないが、ともかく、いきなり目標を失ったようにロブグリエは立ちつくした。
「存在の節約の為じゃ。ケチだからな」
「節約?」
「なんじゃ、おぬし聖騎士のくせに魔族の生態も知らんのか」
ドクターが呆れたように言い、
「なら、ちょっとだけ教えてやる。魔族が存在を乗っ取って具現化すると、その乗っ取った存在の残りの命数分だけこっちに存在できる。で、あいつはそれだけじゃ足りないと、必要ないときは死んでいたり、存在を薄めて使ったりしているワケじゃ」
その説明でロブグリエは、あの魔族が肉体の一部しか具現化していないのはそのためなんだ、と無駄に理解してしまった。
「おーい、お前、幹部相手にちょっと馴れ馴れしいんじゃねぇか?」
サムソンが扉の隙間からちょこっと顔を出しつつ文句を言う。
ロブグリエはその様子を見、何やってんだあいつ、と思うが、ひょっとしたら厳しい上下関係か何かで部屋に入りづらいのかも知れない。
扉の隙間からこそこそ言う方が無礼な気もするが。
とはいえ、扉の隙間からゾンビが覗いている、と言うのはちょっと落ち着かない。
「中に入ってきたらどうだ? どうせなら、さっき千切れた内臓を繋ぎ直してもらえ」
「いや、迂闊に近づくと、内臓取られそうで……」
「儂ゃ、悪徳臓器ブローカーか」
「…………」
それは事実なのか、それともこれらの標本からのイメージなのか、ロブグリエには判断が付かなかったが、すでに内臓のない自分には関係の無いことだな、と適当に聞き流す。
「そうじゃ、内臓で思い出した」
と、ドクターは新しい標本の瓶を取り出し、
「毒キノコで粘膜をやられたおぬしの小腸」
じゃきっ!
ロブグリエはなんのためらいもなく、十字剣をドクターの首に突きつけた。
「なんじゃい。せっかく自分の内臓と対面できたんだんぞ。もっと嬉しそうな顔せんか」
「嬉しいわけ無いだろうがっ!」
「ほぅ。なかなかいい爛れ具合じゃないか」
ひょい、と横から覗いたサムソンがちょっと羨ましそうな顔をした。
……この短時間にゾンビの表情を見分けられるようになってしまったことに、ちょっと落ち込むロブグリエ。
そうやって凹んでいると、
「反応が薄いのがシャクだが、これは前座だからいいとして……」
とドクターが別の標本を取り出し、
「レバーの輪切り」
「これが本命か?」
つまらんギャグを言おうものなら、即座にその首を切り落とそうと、ロブグリエは十字剣を振りかぶった。
「ほれ、ここ」
そこには、医学に精通しているわけでもないロブグリエでも、なんか不自然だな、と分かる程度の豆粒大の瘤がぱらぱらと……
「肝臓ガン発見!」
がしゃ……
その場に崩れ落ちるロブグリエ。
「おお。よかったじゃねぇか。あのまま生きてたら、お前死んでたぜ」
「じゃな。もう肝臓はないからそんな心配は無用じゃ。他の内臓も全部無いから、ありとあらゆる内臓疾患も無縁じゃ。唯一残った骨はきわめて健康。うむ。やっぱ、スケルトンにして正解じゃな」
「ドクターの言うとおりだぜ。いつまでも落ちこんでんな。あれじゃ、どのみち手遅れだ。ここで死ななくても、そう遠くないうちに死んでるって。となりゃ、スケルトンになったのも神の思し召しとでも思っとけ」
「神じゃなくて魔族だろうがっ!」
「あ、立ち直った」
「魔族は邪神に分類されることもあるからの。似たようなものじゃ」
「ぜんっぜん似てねぇ!」
ロブグリエは力一杯否定したが、人生丸投げした奴らには響かなかった。
「理屈はどうでもいいんだよ。とにかく開き直っとけ」
「そうじゃ。慣れればアンデッドは楽しいモンじゃ。死なないし、病気もなんにもない」
「仕事と試験はあるけどな……って、仕事の説明がまだ途中じゃん」
やべ、とサムソンは呟くと、
「お前が寄り道した所為だぞ」
そんなサムソンの非難もロブグリエには届かず。
ああ、神よ。そんなに俺のことが嫌いか?
例え毒キノコの罠を抜けたとしても、どのみちすぐに病死ですか?
百歩譲って死ぬのはもういいとして、スケルトンはないでしょ、スケルトンは。
え? ありだって? いや、いかん。なんか幻聴が聞こえてきた。
だいたい、スケルトンって、何する人だよ? 俺の記憶だと、ただのやられ役だぞ。
枯れ木も山の賑わい? 確かに枯れ木って感じだけど……
ロックでもやれば更に賑やか? いや、俺にはロック無理。
スケルトンブームは、もう過ぎた感じがあるが? ブームがあるのかよ。
だからこそ若人の力を求めている? 前途有望な若者を犠牲にするな。
死んだら若いもクソもないがな?
「って、人の耳元で何囁いてんだ」
「気にするな。ただの睡眠学習だ」
「洗脳に近いがの」
「え?い、畜生っ! どのみち死んでたってんなら、開き直ってやる!」
「やっとか。普通のヤツならさっさと自暴自棄になって、もっと早く諦めるモンなんだが……」
「まったく。生前のしがらみを引きずりおって。俗物が」
「結局、何言っても何か言われるのかよ?」
切れて十字剣を振り回すロブグリエ。
サムソンとドクターはこそこそとベッドの下に待避しつつ、
「ま、この業界そんなモンだ」
「最初の内は仕方ないの。通過儀礼みたいなモンじゃ」
「勝手なことばっか言いやがってぇぇぇぇぇっ!」
がすっ!
と、ロブグリエは怒りにまかせてベッドに十字剣を突き立てた。
慌ててサムソンとドクターが這いだしてくる。幸い刺さらなかったようだ。
「いいか、この際言っておく!」
すたっ、とベッドの上に立ち、ロブグリエは宣言した。
「俺は何時かお前等の上に立ち、全員更生させてやる!」
「ほう。幹部クラスになろうというのか。なかなかの野心家じゃの」
「つか、更生って何するんだ?」
「儂も分からん。……そう言えば、更生って、生き返るって意味があったのう」
「……生き返り、って出来るのか?」
「研究しとる魔道士は多いがな。成功したという話は聞かん」
「人様に迷惑掛けるような生き方はやめろっ、ちゅーとるんだっ!」
「…………」
サムソンとドクターは顔を見合わせ、
「死んでまで生き方にケチつけられるとは思わなかった」
「人様に迷惑掛けなかったら、瘴気を集められんぞい」
「……まぁいい。その辺は追々考えよう」
「本気かよ?」
「何だかよく分からんが、とりあえずがんばれ、と無責任に応援しておく」
何だか投げやりな調子のドクターに見送られ、医務室を後にした。
「つっても、予定外の人間の進入がない限り、ほとんどの仕事は夜だからな」
サムソンは廊下を歩きながら、説明をする。
「だが、昼間の仕事がないワケじゃないぞ。侵入者を防ぐための見張り、トラップの設置、俺等が使う武器の手入れ。それから鉢植えの水やり、城の掃除、雑草の刈り取り」
「ちょっと待て」
「なんだ?」
遮るロブグリエに、サムソンは怪訝な顔をした。
「なんだ、その最後の方のアンデッドの、というか魔族の城らしからぬ仕事は」
「……? 普通だろ?」
サムソンは少し考えた後、不思議そうに首を傾げつつ答えた。
「おまえ、ホコリ被ってたり、蜘蛛の巣が張ってたりする汚い城に住むのと、きちんと掃除された綺麗な城に住むのとではどっちがいい?」
「綺麗な方に決まっている」
「そうだろ。アンデッドになったからと言って、汚い城の方が居心地がよくなる、なんてワケはないんだ」
「しかし、不気味さを演出するなら、適度に汚い方が……」
「外見はな。中までそうする必要はない。ここまで人が入ってくること自体そうとう希だしな。それに、掃除は城の傷み具合をチェックする作業も兼ねてるんだ。手を抜くなよ」
「わかったよ」
ロブグリエは改めて辺りを見回した。
清潔だ。綺麗すぎる。少なくとも、ゾンビが住んでいるようには見えない(偏見)。
「基本的には、ここに攻めてきた人間との戦いに備えるのが仕事なんだな?」
「いや、戦いは最後の手段だ。脅して追い返すのが最良。複数いれば、一人二人くらいは犠牲にしてもかまわん。その方が恐怖をあおれるし、何より下っ端が増える」
「…………」
そん時は、可能な限り犠牲が出ないようにしよう、と心に誓うロブグリエだった。
「とりあえず話を戻して、見張りや掃除は当番制で持ち回りだが、武器の手入れは所有者が個人で行うこと。トラップについては担当エリアの班長の指示に従うこと……、つっても、トラップは滅多に仕掛けたこと無いんだけどな。下手したら俺等が引っ掛かるし」
と、サムソンは説明を続けた。
「んで、この辺からそれぞれのアンデッド種ごとの仕事の違いが出てくるんだが、……とりあえず、最初は工房から案内しよう」
「工房? 何かつくるのか?」
「そう言うこともたまにはやるがな。主な使用目的はさっき言った武器の手入れだ。おまえは自前の武器を持っているみたいだから、しっかり手入れしておけよ」