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なんて骨体!  作者: 800
第八章 天より来るもの
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天より来るもの その3

 ずぅ~ん……


 そんな擬態語がよく似合うほど、エリュシエルは落ち込んでいた。

 その様子はまるで闇を背負って見えるほど暗く、天使にあるまじき暗さである。


「アレも失敗、コレも失敗……。ひょっとして私、作戦たてる才能、無いんでしょうか……?」


 あまりにも哀れっぽく、流石のロブグリエも、今頃気付いたか、とは突っ込めなかった。

 正直な話、純心な天使は人を騙すのに向いていない。他者を陥れる策など、まともに立てられるハズもなかったのだ。


「ここはひとまず、天界に帰ってリフレッシュしてきた方がいいんじゃないでしょうか?」


 これ幸いと、体よく厄介払いしようとするロブグリエ。彼もなかなかに悪辣である。

 魔族と接してみればイメージと全然違い、思ったほど怖くなかったように、天使も直接話してみれば、段々と威厳が損なわれていく不思議。ロブグリエの信仰心もダダ下がり。演出って大事である。


「そうもいかないんですよ……。見失ってしまいますから……」

「なんでまた?」


 ちょっと目を離せば見失うなど、マヌケにも程がある。


「魔族は現世に顕現する際、現地の存在を乗っ取っていますから。つまり、探知術の反応は、普通の人間と変わらないんですよ」

「……あれが……普通の人間……」


 内臓だけがゆらゆらと瘴気の闇の中に浮かんでいるのを『普通の人間』とか言われると、人間を馬鹿にしてるのか? と思ってしまう。


「じゃあ、俺を探し出した時みたいに、聖騎士装備をマーカーに使えば?」


 しかし、エリュシエルは静かに首を横に振る。

 祝福を受けた聖騎士装備は神気のパスが通っており、それにより加護を受けるので、探知するのはそれほど難しくないハズなのだが。


「貴方も知ってる通り、それは本来ヴァーチェスの仕事ですから……」

「管轄違い、か……」


 神族の組織は、その辺の区別は厳しそうである。何でもかんでも、上司命令で押し通せはしない。

 必要があるとなれば命令出来るだろうが、そうなると一度失敗して尻尾を巻いて逃げ出した、と言うことも伝わってしまう。

 だからこそ、ここでケリを付けておきたいのは分からなくもない。


「あぁ~……。パワー級だったころは、魔族なんて見つけ次第、何も考えずに叩き潰してればよかったのに……」

「怖いことを、サラッと……」


 サーチ&デストロイが基本方針とか……。それでいいのか? 天界……。


「仕事柄、魔族との接触の多いパワー級は堕天しやすいので、聞く耳持たずにブッ殺せ! ってお達しでしたから」

「あ、左様で……」


 天界の話は、聞かない方が良さそうである。綺麗なイメージがますます壊れるので。


「それじゃ、次の作戦、どうします?」

「いっそのこと、一思いに殺ってしまおうかしら? 魔族さえ倒せれば、帳尻合わせは出来るだろうし……」


 何気なく漏れたエリュシエルの本音に、ロブグリエは背筋が寒くなるのを禁じえない。

 ドミニオン級より上位の天使もいるが、それらは強力すぎて基本的に顕現を許可されていない。即ち、ドミニオン級の力が現世で振るえる力の上限、と言ってもよい。

 魔王が顕現すれば、辺りを魔界に変える、と言うのはよくある逸話だが、ドミニオンの支配領域も似たようなモノである。そんなモノ、生きているうちにお目にかかりたくはない。……もう死んでるが。


「少し落ちついて。三流魔族倒すのに地上を犠牲にしたら、それこそ採算が合わないでしょう!」

「……この辺りはどうせ再開発が必要ですし……。ちょっとした地均しだと思えば……」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 地均し。その言葉から、ロブグリエは一面の荒野しか想像できなかった。

 本当にそれをやってしまいそうなほど、エリュシエルは追い詰められているように見える。


 しかし、エリュシエルを必死になだめ、そのことばかりに気を取られているのは、マズかった。


「ぱぱ~。みっけ~♪」

「アニータ! 何故ここに?」


 アニータの接近に、二人とも気付かなかったのである。


「こんな昼間まで起きて。良い子は寝ている時間だろ?」


 と、軽く叱りつけるロブグリエ。

 ロブグリエが確認している限り、夜明け前に一度寝付いているはずである。その後、なにかの拍子で目が覚めてしまったのだろう。

 普段はお目付け役についているゴッサムも、アニータが寝ている間に自分の仕事をやっているので、今はついていないのが不幸中の幸いである。

 魔族と天使が鉢合わせすれば、本気でこの一帯が荒野になりかねない。


「こんな幼子まで眷属にするとは……! やはり魔族はどんな手を使ってでも倒さねば!」


 なにやら静かに怒りを燃やすことで、テンションを上げるエリュシエル。しかし、ヤル気になったエリュシエルなど、もはやなんかの破滅フラグにしか感じられない。

 アニータをあやしながらその台詞を聞いていたロブグリエは、顔色が青くなる。アンデッドにするつもりでアニータの死体を拾ってきたのは、ロブグリエなのだから。迂闊なことを言えば、その怒りの矛先が向くかもしれない。


 当のアニータは、いまさらエリュシエルの存在に気付いた、と言うワケではないだろうが、


「だれ~?」


 物珍しげにエリュシエルを眺め、小首を傾げつつおもむろに問うた。

 本当の事を言うワケにもいかず、さりとて嘘を教えるのも父親としてのプライドが許さない。

 ロブグリエが返答に悩んでいると、


「まま~?」

「なっ!?」


 慈愛に満ちた天使と言うのは、一面から見れば理想の母親像に見えなくもない。少なくとも、人生経験の無いアニータには、エリュシエルのマイナス面は見抜けなかったようだ。


「ち、違いますよっ! 天使は永遠の処女です! 子供なんていませんよっ!」

「子供相手に、なに力説してるんですか……」


 天使なら、子供の夢を壊すようなことは言わないで欲しいものである。

 しかし、『まま』かぁ……。と、ロブグリエは思ってしまった。アニータは実は、母親を恋しがってるのかもしれない、と。


「ママなら、もっといいのをつれてくるから。これはやめとこうねぇ~」

「これってなんですか!?」


 エリュシエルには子育ては出来そうにない、と言うだけの話である。

 しかし、幼子の感性からしてみれば、父親と仲良さそうに話している女性は、母親以外に思い付きなど……


「あいじん~?」

「ぐはぁっ!」


 流石にその発想は予想外だった。と言うか、娘の口からその言葉が出て来ると、父親のダメージはデカい。


「だっ、誰からそんな言葉を習った!?」


 またカマ男爵の仕業かっ! と思うも、


「ぱっち~」

「ドクターかっ!」


 みんなして、子供に何を教えてるんだ?


「あれ? ちょっとおかしいですね」


 何かに気付いたか、エリュシエルが訝しげな表情になる。


「万が一があったらいけないと、この辺りには魔族に探知されないよう、結界を張っているのですが」


 天使が魔族に対し小細工をしようと言うのだから、ある程度の探知妨害は必須。それは当然、魔の眷属にも有効である。

 つまり、何故アニータがここに来れたのか?


「ま、気付くのがちょっと遅かったな」

「なっ!?」

「ゴ、ゴッサム!」


 そこには、いつの間にかゴッサムが佇んでいた。

 いや、ゴッサムだけではない。カマ男爵にワイズマン、それにドクターも。幹部も勢ぞろいである。

 そして、雑魚アンデッドたちも、全員ではないものの揃っている。


「まさか、その幼子をマーカーにして?」


 どうやらアニータはゴッサムとの瘴気リンクが切られており、ゆえに魔の眷属ではなく、救うべき哀れな魂として、結界を素通し出来たようなのだ。

 アニータがロブグリエを見つけられたのは、多分バンシーの能力なのだろうが、詳しい事までは分からない。


「儂は結界は専門外なんで、少しばかり梃子摺ったが……」


 ゴッサムはアニータの瘴気リンクを繋ぎなおしつつ、ギロリ、と天使を睨みつける。


「ここ最近、ロブの様子がヘンだったのは、やはり天使に誑かされていたか」

「ロブもまだ若いからのう。美人にコロッといくのは無理もないかねぇ」

「こら、そこっ! ヘンなこと言うんじゃない! アニータが本気にしたらどうするんだ!」

「骨しか無いくせに、色ボケてるんじゃないわよ」

「ロブよ。今ならまだ間に合う。戻ってこぉーい!」

「おかぁーさんが、泣いているぞー!」


 などと馬鹿なことを言ってる傍ら、エリュシエルは驚きに目を見開き、ゴッサムを見つめていた。


「あ、●▲×▲(ピィーッ)……。まだ滅びてなかったんですか?」

「こんなところで真の名を言うな。検閲が入ったからいいものの、迂闊に人がその名を聞けば、狂うぞ」

「ぐっ……!」


 失態を指摘され、言葉に詰まるエリュシエル。


「しかし、儂の正体を見破るとは……」


 人間の存在を間借りしている以上、いくら天使といえども、そうそう本質まで見抜けは……

 と思ったところで、ゴッサムも相手の気配に覚えがあることに気付く。


「エルシー、か?」

「エリュシエルです。勝手に略さないでください」


 何百年か前、戦場で戦ったことがあったのだ。

 すぐに気付かなかったのは、その頃はまだ天使ではなかったためだ。劇的before→afterである。


「ふん。天使っぽく改名しただけだろうが。以前は妖精だったのに、神に取り入って走狗となったか」

「帰依した、と言ってください。あなたこそ、宗教戦争に負けて三流魔族にまで落ちぶれましたか」


 ゴゴゴゴゴ! と、瘴気と神気が激しくぶつかり合い、渦を巻く。


「チッ! この格の天使が相手となると、下っ端どもをつれてきたのは失敗だったか」


 パワー級程度が相手なら、使いようがあったのだがな。と愚痴りつつも、みなに下がるように合図を出す。

 ロブグリエもこの隙に、みんなと一緒に安全なとこに行ってなさい。とアニータを逃がす。


「エルシーの分際でえらく出世しおって。なら、出し惜しみはしてられん!」


 珍しくゴッサムがマジになり、ハァァァァァァッ! とか気合を入れてたりする。

 それを律儀に待ってるエリュシエルさん。天使はパワーアップの隙を付くなど、そんな卑怯なマネはしないのだ。


 いつもは中途半端にしか顕現していないゴッサムの、骨が、肉が、内臓が。次々にと闇の中から浮かび上がってくる。

 そして、


「ふははははっ! 見たか! これぞ、パーフェクトゴッサム!」


 ネーミングセンスはともかく、依り代を完全な状態で使えば、現世への干渉力が増えるのは間違いない。しかし……


「何じゃそりゃぁぁぁぁぁぁっ!?」


 絶句するみなの思いを代表し、ロブグリエが突っ込んだ。

 存在をケチってない、即ち全パーツを顕現させ組上げたその姿は、魔族に存在を乗っ取られた魔道士ゴッサムの、生前の姿そのものであるハズなのだが……


「それの何処が魔道士だっ!?」


 それはハゲだった。眉も無かった。強面だった。やたら背が高かった。2m近くはある。それに見合って筋肉もある。と言うかあり過ぎる。ムキムキである。しかも実戦で磨きぬかれた、動きを妨げない実用的な付き方をしていた。

 明らかに戦士の体である。どう間違っても魔道士には見えない。……いや、体鍛えた魔道士がいちゃいけない、とは言わないが。それに、肌が焼けておらず白いところだけは、部屋に引きこもっていることの多い魔道士らしかった。

 ……そして、それらがハッキリ見えるように、ゴッサムはスッポンポンだった。闇のローブだけは羽織っているところが、余計に変質者っぽい。


 アニータ! ぶらぶら揺れているそれに興味を持っちゃいけません!


「……許せませんね」


 その姿を見、エリュシエルは憤っていた。


「それだけ美しく鍛え上げられた体を乗っ取るとは……!」

「ツッコミどころそこ!?」


 天使の感性はわからん。


「ふっ。まだまだ。出し惜しみはせんと言っただろ!」


 その瞬間、幹部連中が動く。どうやら、幹部だけに知らされている、取って置きの作戦か何かがあったようであるが……、ロブグリエは知らなかった。

 それは、ロブグリエの幹部の座が、それだけ名ばかりの飾り物に近いと言うことでもあった。


 ワイズマンが闇に紛れ、転移する。

 カマ男爵がコウモリに変身し、飛び立つ。

 ドクターが健脚を活かし、ダッシュで逃げる。


「……え? 逃げる?」


 ロブグリエが状況を飲み込めないでいると、


「カマンベール! 君に決めた!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 カマ男爵の悲鳴を無視し、ゴッサムは瘴気の塊を伸ばし、カマ男爵を取り込んだ。


「なぁっ!?」

「なんですか!? あれはっ!」


 ロブグリエとエリュシエルが驚いている間に、変化、と言うか、変身は完了する。天使すら知らない、秘策らしいのだが……。


 全身は黒く染まり、要所要所にプロテクターが着き、ローブはコウモリの羽のようなマントに変わり、顔はコウモリをモチーフにしたマスクで覆われていた。


 …………


「完成! 蝙蝠怪人形態!」

「アウトだろ! それぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ロブグリエは全力で突っ込んだ。何故幹部連中が逃げ出したのか、何となく察しながら……。

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