病魔がゆく その4
「魔界と事を構えたくないから大人しくしてやりゃ、よってたかって封印しやがって!」
デス・ブラックは憤っていた。……あたりまえだが。
「三流魔族一味が調子に乗りやがって! 俺を誰だと思ってる! 一世を風靡した一流病魔、デス・ブラック様だぞ!」
魔族のランク分けなど理解出来ないが、ゴッサムと比べて格上に見えるかどうかと問われれば……、見えない。
「自分で様を付けるヤツとか……。痛いだけだと思うんだが」
「とっくに流行は収束した分際で偉そうに……」
「とうよ、とうよ、くすりをとうよ」
実際、眷属クラスのアンデッドにも嘗められる始末である。それくらいには迫力が無かった。
彼等が魔族に対してリスペクトする気が全く無いのも、魔族としての威厳の無いゴッサムのせいであるのかもしれないが。
「だまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「あ、キレた……」
「こうなったら魔界と揉めようが構うものか! 俺を追放した魔界に復讐してやるぅぅぅぅぅぅぅっ!」
ビカァッ!
と、その背後に稲光のエフェクトがかかった、気がした。……イメージ的に。
迫力だけで稲妻を幻視させるとは、流石魔族。
「何の騒ぎよ? これは」
と、カマ男爵がその場にやって来る。
それなりに大きなトラブルの気配を感じとれば、幹部の責任もあるので無視するワケにもいかないのだ。
「いや、実は……」
ロブグリエは、病魔を十字剣に封印したままだと不具合があるので、代わりの依り代作ってそっちに移そうとしたけど、失敗したっぽい、と大分端折って説明する。
それを聞いたカマ男爵は、ハァ、と溜息を吐きつつ、
「それじゃ、ちゃんと聖別もしてないんじゃないの?」
「聖別?」
「十字架ってのは、神が人の罪を肩代わりした象徴でもあるけど、見方を変えれば、神を信じずに殺そうとした象徴でもあるのよ」
流石バンパイアのカマ男爵。弱点であるが故に十字架についてはちょっと詳しい。
「だから、いい意味での十字架だって教会で認めてもらわないと、いくら聖句を刻んだとしても未完成に過ぎないのよ」
その説明を聞き、絶句するロブグリエ達三人。
「……ロブ」
「ウチじゃ教会に納品するまでが仕事だったから、その後の処理なんぞ知らん!」
「……ワイズマン」
「いきょうのふ~しゅ~、わからん~」
責任逃れの言い訳をするロブグリエ達。
「お前等! 俺を無視するなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「あ、まだいたんだ」
地団駄踏んでいるデス・ブラックに、ロブグリエは何でまだ逃げていなかったんだろう? と首を傾げる。
逃がしてしまうといろいろ問題があるため、今の内に捕まえたいところである。
「完全に封印が解けたワケじゃないんでしょ。だから、その基点となっている十字剣を壊してときたいんじゃない?」
「え? 壊せるのか? それだけの力がありゃ、最初から封印されてなかったと思うんだが?」
「魔族本来の力なら、難しくない筈なんだけど……、力がかなり殺がれてるみたいだからねぇ……」
カマ男爵の返答に、じゃ、ダメじゃん。とか思ったロブグリエだったが、それなら再封印も楽勝だなと、少し気が楽になる。
「だから、ついでに私達を喰って回復しよう、って魂胆なんでしょ」
「解ってるじゃないか」
くっくっく。と邪悪そうな笑みを浮かべるデス・ブラック。しかし、黒い靄にしか見えない魔族なので、本当に笑みを浮かべているか、判断は付かないが。
「三流魔族の一味とは言え、全部喰らえば今一度大流行を起こせる程度には回復するだろう!」
「……あれ? 病魔が直接病気を起こしてるワケじゃない、とか言ってなかったか?」
「びょうげんきん~、ばらまくくらいは~、する~」
「そう言うこと。瘴気を得るために、病原菌を持ってたりするのよ。と言うか、大概の病魔は現世での依り代が病原菌の塊よ」
「……傍迷惑な」
やっぱり病気は病魔のせいじゃねぇか、と思うが、病魔を倒しても病気が無くなるワケじゃないのが面倒な話である。
魔族の眷属としては、病気が自然に流行するまで待っていられない、と言うのは理解出来るんだが……。
「普段ならこんなことはしないんだがな。ワクチンが行き渡る前に、最期に一花咲かせてくれる!」
「大人しく終わっとけ!」
「うるさいっ! 貴様らアンデッドどもも、病気の媒介として便利に使ってくれる!」
「確かに、ゾンビとか病気持ってそうなイメージがあるが……」
「んなこと言ってる場合かっ! 来るぞ!」
ブワァッ!
デス・ブラックは靄のような体を広げつつ、襲い掛かる。
それにどんな効果があるのかわからないが、とりあえず気持ち悪かったので、
「バリアー!」
右腕につけたラージシールドを前面に押し出す。
バチィッ!
流石に聖騎士装備のラージシールド。このくらいの薄く広げた攻撃なら、弾くことも……
「ぬをっ!? 押し込まれる!」
「そりゃ、全員守るだけ結界の範囲を広げてりゃあな」
多分、加護の方も薄くなってるんだろ、とサムソンが指摘する。
彼は魔法関係の細かい理屈を知らないが、一般論で言えばそうなんじゃね? と言うことだ。
その場にいる全員はとりあえずロブグリエの陰に隠れ、その分結界を縮めて何とか拮抗するだけの強度を保つ。
「ちぃぃぃっ! 埒が明かんか!」
デス・ブラックはこの正体不明の攻撃が効果が見込めないと見切りをつけ、次の手に移る事に。
「ならば次の手! 来たれ! 我が眷属どもよ!」
…………
しばらくお待ちください。
「……来ないな」
「う~む。疫病のせいでかなり数を減らしたからな」
「病魔の眷属が疫病で死ぬのかよっ!?」
「あたりまえだろ。病気にかかるからこそ、媒介となるんじゃないか」
「そんな、常識だろ、みたいに言われても……」
病原菌のことさえついこの間まで知らなかったロブグリエに、そんな難しいことはわからない。
とにかく、デス・ブラックの眷属とやらが当てにならないようなら、今が攻めるチャンスかもしれない。
「こら。これは何の騒ぎだ?」
「ぎだぁ~!」
「ゲッ! ゴッサム!」
と、そこへゴッサムがアニータと共にやってくる。これだけ騒いでいれば、ばれるのは時間の問題だったが。
「ゴッサムはアニータをつれて下がってろ! 戦いの場に子供をつれてくるんじゃねぇ!」
ロブグリエは叱責を飛ばすも、
「勢いで誤魔化そうとしとるようだが、何でコイツの封印が解けとる?」
「それはあとで説明するから、とにかくアニータを巻き込まむなぁぁぁぁぁぁっ!」
ゴッサムには冷静につっこまれ、
「ロブとワイズマンが、ドジって封印解いちゃいました」
サムソンには失態をばらされ、散々である。
「ぱぱ~、どじ~?」
「ぐはぁっ!」
その上、アニータにまでそんなこと言われてしまっては、心に深い傷を負うのも無理もない。
父親にとって、娘に情けないところを見せることが、それで娘に幻滅されることが何よりショックなのである。
「こらぁぁぁぁっ! 骨っ! 崩れてないてちゃんとシールド構えて立ちなさいっ!」
「この感情……、なかなかに美味なんだが……」
ゴッサムはその負の感情を瘴気に変換して喰ってたりする。
ゴッサムは基本的に死の恐怖を喰うのだが、他の感情が喰えないワケではない。特に罪を犯す罪悪感など、全悪魔が共通して好む感情である。悪魔は人をそそのかすのが仕事であるからして。
しかし、ロブグリエが倒れた今、
「チャンス! 喰らえ、我が必殺の三界汚染天地腐乱圧縮収束瘴気波動……」
「じゅもん、ながい~」
何やら大技をタメていたデス・ブラックに、ワイズマンがぽすっと灰を投げ付ける。
「ぎゃおぉぉぉぉぉぉぉぉっ! これって聖灰じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
のた打ち回るデス・ブラック。
灰には殺菌効果があるので、病魔にはよく効きます。
「くそぅっ! 万全の体調なら、こんな苦労は無いものを……っ!」
病魔が万全の体調、とか言うと違和感がある。
だが、弱ってさえいなければ、いくら聖騎士装備を撃ち抜くためとは言え、魔族ならあそこまでタメが必要ではなかったことも確かである。
「いけるわっ! 魔界を追放された三流魔族なんて、所詮この程度よ!」
「うぐぅぅっ……」
カマ男爵の心無い言葉に、流れ弾でゴッサムがダメージを受けてたりするが、それはこの際関係ない。
まだ崩れているロブグリエはほっといて、カマ男爵とワイズマンは調子に乗って攻め立てる。……サムソンは病魔に対する攻撃手段が無いので、とりあえずロブグリエを立ち直らせようとがんばっている。
「ワイズマン! 火炎魔法でいくわよっ!」
「おぶつは~しょ~どくだ~!」
「うぉぉぉぉぉぉっ!? 病魔相手に浄化炎は大人気ないぞ!」
ゴォォォウッ!
と渦巻く炎に、慌ててヨタヨタと逃げ回るデス・ブラック。
魔族としての本質にはどの程度のダメージが入るかわからないが、依り代が焼き尽くされれば魔界に強制送還である。そうなれば、魔界でどんな罰を受けるか、わかったモンじゃない。
「よし。もう一発いくわよ! 今度はタイミングをずらして連続攻撃!」
「あいさ~」
再びカマ男爵が火炎魔法を一発。続いてワイズマンが……
「って、何やってるのよ!?」
袂をごそごそとやって、
「じゅふ~、も~ない~」
「一つしか持ってなかったの!?」
どうやら弾切れのようである。
トロくて戦闘には付いて来られないと言われるワイズマンである。その速度を補うための呪符が無くなれば、役立たずに戻るだけだ。
「お、おいロブ! なんかピンチみたいだぞ! さっさと復活しろよ!」
「しかし……」
「娘にいいとこ見せるチャンスだろ!?」
シャキィィィィィンッ!
サムソンのその一言が効いたのか、一瞬で立ち直るロブグリエ。
「ふっ! ここからは俺に任せろ!」
「ぱぱ、がんば~!」
事情はよくわかってないが、とりあえず声援を送るアニータ。どうやら、空気を読むことを覚えたようである。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ! 娘の応援を受けた今の俺は無敵! 瘴気百倍!」
「ああ……、また瘴気の無駄使いを……」
ロブグリエの全身にみなぎる、どころかあふれ出している瘴気に、勿体ない、とつぶやくゴッサム。
「速攻で片をつける! 瘴気百倍モードは300秒しかもたないからなっ!」
本来、魔族とその眷属との間には越えられない壁があるのだが、デス・ブラックが弱ってることもあり、一方的に攻め立てるロブグリエ。
「くぅぅぅぅ……、このままでは本気でヤバイ……」
その猛攻を何とかしのぎ、時間切れまで耐えようとするデス・ブラック。
その時、ガサゴソと藪を掻き分け出て来るネズミが数匹。
「おおっ! 来たか我が眷族!」
「え……? ネズミが?」
ネズミは黒死病の媒介となり、悪魔の使い呼ばわりされることもあるのは事実だが……
「大軍ならともかく、たかが数匹で状況をひっくり返せるとでも?」
「やはりダメかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ネズミも黒死病で死ぬので、数が減っちゃってるのは当然であった。
ロブグリエたちがどうでもいいと思っていたその眷族の出現に、妙に食いついたのが一人。
「あ~♪」
アニータが目を輝かせつつ、トテトテとネズミに走りよる。子供には、ネズミも可愛い小動物と見えるのかもしれない。
その内の一匹を捕まえて、嬉しそうに高々と持ち上げる。
「こら、アニータ! それはバッチイからポイしなさい!」
「にく~♪」
「…………」
生前の食糧事情を思わせるその言葉に、目頭が熱くなる。
よく見ればアニータは、獲ったどぉぉぉぉ! と言わんばかりの態度である。
「何喰わせてんだ生前の親!」
疫病が広がりすぎたのも、病魔だけのせいとは言えなさそうである。
ロブグリエたちの視線がアニータの方に集中している隙に、デス・ブラックはコソコソとその場を逃げ出そうとしていた。
「逃がすと思うか?」
その前に立ちはだかったのは、闇のローブをまとう瘴気と、その中に漂う適当な肉や骨、臓物等のパーツ。言わずと知れたゴッサムである。
最近では目玉だけでの顕現だったため、この姿は久しぶりである。ちょっとだけ本気を出した、と言ったところか。
「無為に家畜を殺したこと……、魔族の掟に照らし合わせても、万死に値する」
「あわわわわ……」
三流魔族だとばかり思っていた。いや、三流魔族には違いない。しかし、その本質は……
「さぁ、お前の罪を数えろ!」
「それはパクリ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ゴトリ、と宝石のような瘴気の結晶となってその場に落ちるデス・ブラック。
ゴッサムは封印されたそれを拾い上げると、
「……とりあえず、アレに入れておくか。折角作ったようだし」
そして……
「もう勘弁してください……、いい加減、干からびそうです……」
「うそつけ。大流行の折に瘴気溜め込んでるだろ。まだまだイケる筈だ」
ロブグリエの作ったデッカイ十字剣モドキに埋め込まれたデス・ブラックは、みんなの瘴気サーバーとして大活躍。……本人は嬉しくなさそうだが。
「これで当座の瘴気は何とかなるな」
一味の面々が瘴気の配給を受けるため、十字剣モドキの前に並ぶ様子を見、ゴッサムは満足気に頷いた。
瘴気の心配が減ったためみんな活気付き、作業も捗り馬車の完成ももうすぐである。
「俺も折角作ったアレが役に立って嬉しい」
「うんうん」
ロブグリエも同じように頷く。アニータも真似して、よくわかってないものの頷く。
色々と面倒もあったが、結果オーライである。……デス・ブラック以外は。
「ここは地獄だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




