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なんて骨体!  作者: 800
第七章 病魔がゆく
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病魔がゆく その2

 自称、病魔のデス・ブラックは、ゴッサム一味幹部等の前で吊るし上げを喰らっていた。

 ワイズマンの結界に囚われ、逃げることもままならない。そのワイズマンは、魔族を押さえるだけの結界を張るのは大変なのか、一言も発せず集中していた。


「デス・ブラック……、ああ。あいつかぁ~……」


 と、ゴッサムは少しばかり嫌そうな表情をした。目玉だけのゴッサムから表情を読むのは、かなり難易度が高いが。


「知り合いかい?」

「いや、病魔内でも爪弾き者、と言う噂を聞いたことがあるだけだが」


 ドクターの問いに、ゴッサムはそう答えた。


「ほら、数年前の疫病。あの黒死病(ペスト)の大流行がコイツのせいだ」

「俺は悪くねぇ! 気の向くまま風邪の向くまま、適当にやってたらちょっと流行りすぎただけだっ!」

「そりゃ、確かにロクでもねぇ。……いや、それは人間にとっては、だろ? 魔族としては人を苦しめるなんて当たり前のことなんじゃないか?」


 国が傾くほどの被害を出した疫病なので、その原因である病魔ともなるとかなりの大物魔族、と言うイメージがあるんだが? とロブグリエは首を傾げた。


「魔族は人の負の感情を瘴気に変換して喰うんだ。だから、殺してしまっては元も子もない」

「……何となく、言わんとするところはわかるが……」


 人間に例えるなら、獲物を狩りすぎて根絶やしにしてしまい、もう狩れなくなってしまったみたいなもんか? と想像するロブグリエ。


「……あれ? ってことは、他の魔族にとっても御飯(おまんま)の食い上げになるんじゃないか?」

「まさにその通りね。これって、縄張り荒しとみられても言い訳出来ないんじゃない?」

「なるほどのう。爪弾きになる訳じゃな」

「魔族の常識で言うなら、爪弾き程度で済むのが驚きだがな」

「うぅぅ~……」


 四方から次々に攻め立てられ、デス・ブラックは小さくなっていた。


「そんなこと言われても仕方ねぇだろ! 病原菌なんてコントロール出来ねぇよ! あいつら、話し聞くだけの知恵もねぇんだぞ!」


 そして、いきなり逆切れして言い訳を捲し立てるデス・ブラック。


「……なぁ、病原菌って何だ?」


 そこにロブグリエが、空気読まずに質問をぶち込む。


「今の人間の医療技術では、そこまで行ってなかったか。病気の原因となる、人の目には見えないくらいの小さな生き物のことじゃよ」

「え? それって、病魔のことなんじゃないのか?」

「あ~、ちょっと違う。病魔はあくまで、人が病気で苦しむ感情を好んでいるだけで、病気を起こしている訳ではない」

「え? あれ?」


 今更出てきた教会で教えられた知識との違いに、ロブグリエは困惑した。

 病気は、悪魔が取り付いて悪さをすることで起こるんじゃなかったのか? と。しかし、今ゴッサムから聞いた話が本当なら、原因は病原菌とやらで、悪魔はその苦しみに引かれてやって来るだけなんだと。


「じゃあ、病気ってそもそも何なんだ?」

「深く考えんでいい。病原菌も生き物だ。その版図を広げるため戦争を起こし、戦争に負けたヤツがその傷付いた分、病気にかかって苦しむ。そう言うことじゃ」


 戦争で死ぬのも、野生動物に襲われて死ぬのも、病気で死ぬのも。全ては本質的に生存競争に基づくものだと。ドクターはそう説明してくれた。


「それで人が居なくなっても困るんで、適当に恐怖を煽って対策をとらせたりと、被害を程々で抑えるまでが病魔の仕事なのだ」


 ほら、疫病に罹った一家を、家ごと焼いたりするだろ? と具体例を示すゴッサム。

 それに対し、ロブグリエも嫌そうに顔をしかめたが、疫病が広がった際の被害を考えると、仕方ないかと諦めた。


「仕事サボって被害を出したワケか。……確かに、普通に考えて爪弾きですむ問題じゃないよな?」


 人間の常識で言うなら、最低でもクビになるよなぁ、とか考えたロブグリエだったが、魔族がクビってどう言う状況なんだろうな。とかどうでもいいことが頭を過ぎる。


「ひょっとして、コソコソしてたのも、他の魔族に見つからないため、だったりするのか?」

「ぎくぅっ!」


 ロブグリエの問いに、デス・ブラックは身を振るわせた。


「……なぁ、コイツのことは魔界に連絡入れといた方がいいんじゃないか?」

「確かにのう……」


 ドクターも顎を撫でつつ考えるそぶりを見せると、ロブグリエに同意した。


「むぅ……、儂もちょっと魔界で色々あったんで、出来れば連絡は取りたくないんだが……」


 ゴッサムは、実はまだ魔界追放になったことをみんなには言っていない。……リストラされたことを言い出せない親父のようである。


「多分これ、それなりに一大事だろ。ゴチャゴチャ言ってないで、とりあえず一報入れとけ」

「……そう言う回状が来てたのも事実だが……、仕方あるまい」


 ゴッサムはしばし迷っていたが、このまま黙ってる方が後で面倒になるな、と判断して魔界と連絡をとる。


「もしもし、魔王様ですか? 実は……」


 いきなり魔王相手に連絡を取り始めたゴッサムに、ロブグリエは、


「って、魔王クラスが出張るような案件だったんかい!」


 とツッコミを入れる。


「え? いや、しかし、ウチも懐事情が……、食客を抱える余裕など……、う、はい……わかりました……」


 その魔王様が何を言っているか、それはこっちには聞こえてこないが、ゴッサムの慌てっぷりで何やら無茶振りされたのはわかる。


「……そいつが何かしでかさんよう見張っとけ、と……」


 ゴッサムはまた面倒事を押し付けられた、と溜息をつく。


「魔界じゃ、黒死病(ペスト)の撲滅が決定したらしい」

「なんですとっ!?」


 あまりのことに、デス・ブラックは驚いて立ち上がるも、


「アウチッ!?」


 ワイズマンの張った結界に引っかかり、弾き返されて結界内を転げまわる。


「それじゃ、これから俺はどの病気を糧にすればいいんだよっ!?」

「他の病気の苦しみは喰えんのか?」

「趣味もあるが、これも縄張りの一種だしねぇ」


 と、ロブグリエは魔族の常識をドクターから聞かせられる。


「ちょうど、黒死病(ペスト)対策の英知を授けてくれ、って召喚した悪魔に願った人間がいたらしいんで、格安でワクチンの概念をくれてやったとか」


 魔王様も本気だよ。とゴッサムは僅かばかり哀れみの混じった視線をデス・ブラックに送る。


「……ワクチンって何だ?」

「……ドクター、頼む」

「あ~、何じゃ、さっき、病気と言うのは結局は病原菌との生存競争じゃ、と話したな? だったら、あらかじめ弱らせて倒しやすくした病原菌と戦うことで、戦い方を覚えると言うことじゃ。……まぁ、要は演習するようなモンかのう」


 と、ドクターは医学に詳しくないヤツにも何となくわかるよう、やや抽象的な話をする。


「ワクチンなんて……。タダでさえこの前の流行で、免疫が出来てるってのに……」

「免疫って……」

「病気との戦い方を覚えた、ってことじゃ」


 話の流れを妨げぬよう、ドクターはすかさずフォローする。


「何となくはわかった。……しかし、そう聞いてみると、敵の倒し方を訓練したから次は楽に勝てる、って、すごく当たり前のことなんだな」


 得体の知れない悪魔の仕業、とか言って、高い寄付受け取って役にも立たないお払いしている教会って、一体何やってるんだろう? と首を傾げるロブグリエ。


「そんなモンじゃよ。世の中に起きることなんて、起こるべくして起こるんだから、大概当たり前の事じゃよ」

「……何で魔族側のヤツが、常識語ってんだろう?」


 魔族に頼めばそんな知識が手に入るなら、悪魔崇拝が無くならないのも無理ないかも、とか思ってしまったロブグリエであった。


「とにかく、コイツはウチ預かりになる、ってことなの?」


 カマ男爵は汚物を見るような視線を向ける。緊急事態と言うことで、昼間に棺桶から引っ張り出された私怨も混じっているが。


「しかも、糧となる黒死病(ペスト)も封じられたら、瘴気も稼げないニートじゃない」

「ぐはぁっ!」


 役立たずの無駄飯喰らい呼ばわりされたデス・ブラックは、心に深い傷を負った。……魔族に精神的ダメージはマジヤバイ。


「いや、別に瘴気をくれてやる必要は無いそうだ。むしろ、瘴気断ちして弱らせとけ、と」

「ひでぇよ……、マジひでぇよ……」


 デス・ブラックは両手で顔を覆い、その場に突っ伏してさめざめと泣いた。


「これも魔王様の決定だ。諦めろ」


 実際にコイツのせいで、現世から撤退せざるを得なく、勢力が縮小した派閥も多数あるため、それなりに重い罰を与えとかないと示しがつかない。


「でも、あの疫病が流行ったのって、そろそろ十年近く前になるだろ。その間はどうやって瘴気を稼いでたんだ?」

「……残留思念でも喰ってたんじゃろ?」


 だから、この辺りは妙に浄化されてたんじゃないんかい。と推測を語るドクター。


「そこまでしての逃亡生活か。無駄に根性あるな……」


 と、ロブグリエは呆れ返った。

 ロブグリエ達の、この短い間の逃亡生活でさえ、かなりの苦労の連続だったというのに。


「となると、コイツが大人しく捕まってる保障はなさそうだが……、どうする?」

「どうする、とは?」


 ロブグリエの問いに、ゴッサムは意図がわからず問い返す。


「魔族の上下関係は俺にはわからんが、見張っとけって言われて取り逃がしたりしたら、俺達のせいにならんか?」

「……そりゃ、マズイな」


 確かに、魔王直々に仕事を任された、と言っても過言では無い。それを失敗したとなると……。

 ゴッサムはそれを想像し、ブルッと身を振るわせる。


「ずっとワイズマンに結界を張らせとくワケにもいかんだろ。何か他に手を考えんと……」


 みんなしてう~ん、と唸りつつ考えてみるが、


「とりあえず、手っ取り早くて効果も高いのは、神聖魔法の封印術だと思うけど?」


 それこそ、悪魔封じの秘術とかあるでしょ? と言うカマ男爵。


「あるにはあるが……、それって倒せないほど強力な魔族を数人掛りで封印するためのものだし、封印のシンボルとなる触媒が必要だし……」


 ロブグリエが聖騎士としての知識からそのことを引っ張り出す。

 最低限である三人の神聖魔法の使い手もいないし、封印の意味を持つ記号や術式の組み込まれたアイテムも無い。故に残念ながらこのネタはボツである。

 なにせ、ロブグリエも知識として知っているだけで、自分が使える訳でもないのだ。


「なんとか~なる~」


 と、そこに割り込んだのはワイズマンだった。

 デス・ブラックが落ち込んで抵抗が減ったため、余裕が出て受け答えが出来るようになったらしい。


「こっちの~じゅつと~、くみあわせ~」

「……出来るのか?」


 異教の物とは言え、ワイズマンが使うのも神聖魔法の一種である。

 それらを組み合わせ、即興で新型の封印術を作ろうと言うのだが……


「まかせろ~」


 ビシッ! と親指を立てるワイズマン。

 実際にそこそこの強度の結界を張っているワイズマンが言うと、それなりの説得力がある。


「ふむ……、それなりの祭壇とかの儀式場がいるかもしれんが、よかろう」


 と、ゴッサムの許可も下りる。

 神聖魔法による封印なら、瘴気を浪費しなくて済むこともポイント高かったのだろう。


「もう少しお手軽に出来るんじゃない? 封印にちょうど良さそうな物もあることだし」

「そんな都合のいい物があるのか?」


 カマ男爵の発言に、みなの視線が集中した。




「そりゃ無いよ!」


 ロブグリエは涙目になっていた。スケルトンの目から涙が流れることなど無いのだが、それでもみな、ロブグリエの目に涙を幻視した。それくらい、ロブグリエは本気で悲しんでいた。


 封印に都合のいいアイテム。それは、磔の道具である十字架を模っており、宗教的な意味から神気も集まるため、魔を封じるにはこれ以上は望めない物であった。

 即ち……、


「俺の十字剣~!」


 聖騎士の象徴とも言える十字剣は汚され、病魔の啜り泣きが漏れ聞こえる魔剣っぽい物になってしまったのであった。

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