生まれ変わってスケルトン その2
雑草が元気よく茂る、その庭の片隅で、ロブグリエは朽ちた死体のようにバラバラになって転がっていた。
ぼぉっとした虚ろな眼窩はどこも見ておらず、スケルトンなんだから眼窩が虚ろなのは当たり前じゃん、とか突っ込みが入りそうだが、ちゃんと動いているスケルトンと比べれば、彼らには何となくその闇の中にも意志のようなものが感じられるが、いまのロブグリエにはそれすらない。
こうしているとスケルトンではなく、ただの捨てられた骨のようだ。
ぴくりとも動かない彼の上をムカデとかがはい回ったりしている様は、魔族の城にあって当然のようなイメージもあるが、実際には動いていない死体など無いこの城ではかえって浮いていた。
その彼の頭蓋骨に、ひらひらと何かが飛んできて止まる。
「あ、ちょうちょ」
「そりゃ、蛾だぜ新入り」
がちゃ、と、久々に体を動かしてそちらを見る。
……ゾンビだ。腐乱死体だ。
……そうか、ゾンビって喋れたんだ。
どうでもいいことがロブグリエの頭を過ぎる。
「俺はサムソンって言うんだ。お前さんだな。起きたそうそう、ゴッサムのダンナともめた新入り、ってのは」
サムソンを名乗るゾンビは、腐敗して表情をつくるのも難しくなった顔で、無理矢理なんとか笑った。
「いつまでもいじけてないで立てや。ったく、これだから生前の記憶があるヤツはめんどくさいんだ。開き直っちまえばどうって事無いってのによ。ほら、死ねば都、って言うだろ」
「住めば都、だよ」
ロブグリエは、まだ自分にツッコミを入れるだけの元気が残っていたことに驚いた。
「ンな細かいことはどうでもいいんだよ。このインテリが。そんなことより大事なことがあるだろ。名はなんて言うんだ? ……名乗らないと、スケルトン28号って呼ぶぞ」
「……ロブグリエだ」
スケルトンが二十八体。多いのか少ないのか微妙なところだな。と思いつつ、ロブグリエは名乗った。
ついでに、上から見下ろされているのが何となく気に入らなかったので、のそのそと立ち上がった。
神聖魔法の影響で、まだ足元がちょっとふらつくが、まぁ、なんとか大丈夫そうだ。
「なんだ、しけた面しやがって」
スケルトンにも、しけた面があるんだ。新たな発見。
「……ほっとけ」
「そう言うわけにもいかねぇ。よし、俺が元気づけてやる」
と、口に親指と人差し指を突っ込み、ふー、と息を吹く。……どうやら口笛を吹いたつもりらしい。頬が破けているため、息が漏れて全然笛になっていないが。
だが、全然鳴っていないそれでもちゃんと意味があったのか、草むらをごそごそとかき分け、黄色いスライムが姿を現した。
「此奴は俺が手なずけている野良スライムだ。よし、行け」
「うぉっ!?」
ずるずると足元からはい上がってくるスライムに、ロブグリエは思わず声を上げた。
そして彼の全身をスライムが包み、
「完成! 一発芸、クリ○タル・ボーイ!」
「……!(怒)」
ごしゃぁっ!
ロブグリエの放った渾身のアッパーで、内臓をまき散らしながら宙を舞うサムソン。
「何しやがる!」
がばっ、と身を起こし、とれた目玉を片手にサムソンが抗議する。
「何しやがる、じゃねぇっ!」
ロブグリエはぶるぶると体を振り、スライムをふるい落とす。
「なんだこれは!」
「だから、お前を元気づけようと、持ち芸を一つ伝授してやったんだ。他のスケルトンでやったときはバカ受けだったぞ」
「使い古しかよ!」
「いいじゃねぇか、使い古しでも。それより、俺の内臓どうしてくれるんだ!」
彼の腹からは、さっきまで半分はみ出してぶら下がっていた内臓が、殴られたショックで千切れて飛んで、そこら辺にぶちまけられていた。見ていて気分のいいものではない。
それをかき集めようとしているサムソンを見、
「ふん。そんな腐った内臓、木の肥料にでもしちまえ」
「なんてこと言うんだ。腹の中が空洞じゃ、いまいち格好付かないだろうが! やっぱ、内臓がはみ出してなきゃ、ゾンビとしてハッタリが効かないだろ!」
ああ、確かに内臓はみ出していた方が不気味だなぁ、と思わず納得しそうになる。が、ここで人外の常識の呑まれるまい、と首を振り、
「ファッションかよ! ハッタリでいいなら、ブタの内臓でも詰めとけっ!」
「自前の内臓、ってのが粋なんだよ」
……もう、ワケ分からん。
「さすが、脳みその腐ってるヤツの考えることは違うな」
「だな。脳みそのないヤツには理解できないだろ」
にらみ合う二人の間で、スライムが困ったようにぷるぷる震えている。
「ふん。まぁ、いい。さっきまでの死んだような面よりはマシだ」
ギャグのつもりか、そんなことを言いながらえらそうに腕を組んでふんぞり返るサムソン。
「とにかく、今日からお前もここの一員として仕事をしてもらうわけだが……」
「仕事ってなんだよ」
「せっかちなヤツだな、それをこれから説明するんだろうが」
サムソンはちっちっち、と指を左右に振りつつ、
「お前はそこん所聞く前に一騒動起こしたらしいからな。俺が説明してやる。ありがたく思え」
「へいへい」
全然ありがたくない。
「まず、ここのトップはゴッサムのダンナだ。見ての通り魔族だ」
「あいつ、ゴッサムって名前だったのか……」
魔族のくせに名前があるなんて生意気だ、などと思ったりする。
「本来はダンナを召喚した魔道士の名前らしい。詳しいことは俺にはわからん」
だが、そこまで聞けばロブグリエには理解できた。
一応聖騎士見習いだったのだ。魔族については一般人よりは詳しい。
つまり、あの魔族を召喚した魔道士ゴッサムは、契約に失敗して魔族に喰われたのだ。そして、魔族は本来契約者無しには存在し続けられないはずのこの世に、そのゴッサムの存在に成り代わることによって存在しているのだ。
まぁ、契約に失敗するような三流魔道士に召喚されたような三流魔族なら、大したヤツじゃないんだろうなぁ……
と言うのがロブグリエの感想。
「んで、その下に幹部格が三人。まずはドクター。死体の状態を見て、どういうタイプのアンデッドとして蘇らせるか、を決定する人だ。本人は死体を継ぎ合わせて蘇生されたタイプのアンデッドらしい。フランケンシュタイン・モデル、とか言うらしいな」
ああ、あの傷はやっぱり継ぎ接ぎだったんだ、と思う。
「滅多に出て来ないんだが、ワイズマン。東の果てで拾ってきたらしいんだが、即身仏とか言うミイラになる修行で、死んだことに気がつかずそのままアンデッドになったって言う強者だ。少々ぼけているが、いざって時には知恵を出してくれる頼りになる人だ」
ミイラになる修行、ってなんだよ。異国の風習は分からん。と思う。
「最後に、吸血鬼だ。何とかかんとか伯爵だか男爵だか、なんだかよく分からん名前を名乗るんだが、覚えちゃいねぇ。俺達を下級アンデッドとか言ってバカにするいけすかねぇヤツだ。実力はピカイチなんで、戦闘時には頼りになる。頼りにしたくはねぇがな」
吸血鬼までいるんだ。結構人材そろってるな。と思う。
「つか、アンデッドばっかりだな、ここは」
「そりゃ、アンデッドが一番コスト掛からないからな。瘴気だけやってりゃいいんだし」
「コスト掛からないって……、ああ、そう言えば、ドクターがウチのボスはケチだとか言ってたっけな」
なんか、魔族というとこの世の理の外にあるようなもの、というイメージがあったが、意外と地味に普通で逆に想像外だ。
「まぁ、そんなわけで、俺等下っ端はほとんどアンデッドで、ゾンビ組、スケルトン組、ゴースト組、ミイラ組、あと、リビングメイルとゴーレムが少々」
それらの名を指を折りつつ上げるサムソン。
「んで、やっと本題だが、俺等の仕事は人間を脅かすことだ」
「……お化け屋敷かよ」
「まぁな。人間がびびれば、それだけ瘴気をばらまいてくれるって事だ。なに、大した仕事じゃない。ここに魔族の城がある、ってだけで十分なんだ。たまに怖いもの知らずがやって来たりするが、俺等はそれをどうにかしてまた不安を煽ってやればいいだけだ。な、楽な仕事だろ?」
サムソンはひゃっひゃっひゃ、と笑い、
「ま、その労働の報酬は必要最低限の瘴気が回されるだけだけどな」
「なるほど、ケチのボスらしい、って事か」
「特にすること無いから、それで十分なんだけどな。金なんかもらっても、街で買い物が出来るわけでもないし」
ロブグリエはゾンビが店に入り、金貨を出して「くださいな」とか言っているところを想像した。
……パニック間違いなし。
つか、そんな前例はないな。なら、時々ゾンビを倒して金を取れることがあるのはどういうワケだろう?
と、どうでもいいことを思いつく。
「仕事の細かい内容は各部署を回りながら説明するんで、次は城の中の案内だ。俺等下っ端が自由に出入りできるところはたかが知れているから、すぐに済む」
すたすたと、腐っているとは思えないほどの健脚のサムソンに付いていくと、こっちだ、と勝手口の方に案内される。
「まず一番使うであろう、個人用ロッカーだ」
「……納骨堂?」
「共同墓地とも言う」
ロブグリエはぎしっ、とサムソンの方を向くと、
「なんで普通のロッカールームを使わないんだよ?」
「そう言うのは上の連中が使ってるからな。下っ端の扱いなんて、こんなモンよ。いいじゃねぇか。どうせ死んでいるんだから。丁度いいだろ?」
「なぁ~にが、丁度いいだ」
と、辺りを見回したロブグリエは、自分の名前が書かれた墓を見つけ、ちょっと凹む。
「お、新入りの分も出来てたか」
その端にあるまだ真新しいプレートを見、サムソンはほう、となにやら感心したように息を漏らす。
「こんなに早く用意されている、ってことは……、中を確認してみな。お前の遺品が入っているはずだぜ」
「遺品、って言うな」
と言いつつも、ロブグリエはその石の扉を開け、中を見る。
聖騎士装備、一式。
「おおうっ!?」
まさか魔族がこれを取って置いてくれているとは思わず、驚きの声が漏れる。
震える手でそこから十字剣を抜き出し、
がすっ!
と自分の首をはねる。
床に転がった頭蓋骨は、しかし、すぐに磁石に引きつけられるかのように元の場所に戻っていった。
「ちっ、やっぱり死ねないか」
「……お前、マゾ?」
「違わいっ! アンデッドになって良しとする方がマゾだろうがっ!」
「よくなくても、なっちまったモンはしょうがないだろうが」
「しょうがなくねぇっ! くそっ、成仏するには、やっぱり魔族野郎に直談判するしかないか。暴力的に」
ロブグリエは十字剣をもてあそびながら、
「んじゃ、次はボスの所に案内してもらおうか」
「……その剣、どうする気だよ?」
「決まってる!」
ロブグリエはちゃきっ、と剣を高々と掲げ、
「これでヤツを倒す。ヤツが死ねば、きっとヤツから瘴気を受けている俺等も死ねる。神聖魔法喰らわしたときは、倒す前にこっちがまいっちまったからな。その点、十字剣なら大丈夫だろ」
「……キチ○イに刃物」
「ん? なんか言ったか?」
「……んな危ないヤツ、ボスの所に案内するわけ無いだろ。大体、俺はまだ死にたくねぇぞ」
「既に死んでる身で何言ってるんだ。一度死んでるんなら、二度死ぬのも一緒だろうが」
サムソンは諦めたように肩をすくめ、
「ま、無理だと思うがね。それに、ボスは神出鬼没だからな。居場所を把握できるのは、幹部連中くらいのモンだろ」
「よし。んじゃ、ドクターの所にでも行くか」
ドクターなら、自分が起きたあの医務室にいるだろう、と当たりをつけ、すたすたと勝手に奥に進んでいくロブグリエ。
「おいおい、勝手な事してくれると、案内役任された俺が叱られるだろうが」
と、サムソンも仕方なしに付いて行く事にした。