ゴッサムの憂鬱 その3
ゴッサムが魔界で色々苦労している頃。
現世でもアンデッド達が生き残りをかけて、頑張って瘴気を集めていた。
しかし、最近は人間との遭遇率が下がってきているので、手に入るのは土地に染み付いた怨念や呪からにじみ出るものだけである。
「とほほ……、これじゃ、まるで乞食だよな」
だが、言わばそれは残りカス。例の疫病のせいで、割と強力なものが採れるとは言え、人間を直接襲って手に入るものと比べれば、無いよりマシ、程度のものである。
人間に例えるなら、雑草を喰うか残飯を漁って喰うか。曲がりなりにも魔の眷属がやるのはどうかと言うものである。
「ほら、文句ばっかり言ってないで手を動かせ。それとも、また自爆式で瘴気を得るか?」
「ソレハカンベン……」
サムソンの警告に、カールは嫌な顔をしつつも瘴気漁りに戻る。
ちなみに、彼等は人間の魂をベースにしているので、死ぬほど苦しめれば、やはり瘴気の素となるのだった。これを自爆式と呼んでいる。
その現象はアニータの精神攻撃の際に判明したのだが、当然のように非常用、奥の手である。
「おお~」
当のアニータは、怨念の染み付いた石を見つけて拾い上げては、興味深そうにしげしげと眺めている。
その様子は、きれいな石をみつけた子供のようだが、手にしている石が、怨念と言うか、血痕まで染み付いているのがちょっとシュール。近くに落ちている割れた頭蓋骨も無関係ではあるまい。
「しかし、こうしてみると荒んだものだよなぁ……」
サムソンは崩れかけた石造りの建物を見上げ、思わず呟く。
ここは関所跡。ちょうど一区切りとして分かりやすいし、多くのトラブルがあったであろう場所がゆえに瘴気漁りにも都合がいい。と言うことでここで一旦休憩となったのである。
しかし、石積みは植物の根が隙間に入り込み押し広げたおかげでガタガタ。木製の扉は腐ってボロボロ。金属部分は錆びてボロボロ。危なっかしくて近寄れやしない。
放棄されてからたった数年であるはずなのに、よくもここまで。と思わないでもない。
「手入れを怠った建物なんて、こんなもんよ。それが森の中ってんならなおさらだな」
「まぁ、湿度は高いし、種は飛んでくるだろうし。そう考えると、俺等のいた城はちゃんとしたモンだったよなぁ」
「そりゃ、毎日きちんと手入れしてたからな」
基本的に城のメンテナンスに力を入れていたガントが、自慢げに答える。しかし、その表情は暗い。
「しかし、それもどうなることやら。誰か代わりにメンテしといてくれねぇかなぁ……」
彼等の拠点だった古城だが、百年以上経っても十分住めるものだった。ここと同じく森の中にあるにもかかわらずだ。
だがそれも今後どうなるか。放棄してしまった以上、この関所と同じ様に朽ちていくことは想像に難くない。
仕方なく放棄したとは言え、長年住んできた城が朽ちるのは嫌なものである。
「その辺は諦めろ。それにしてもこの関所、いい感じに怨念が渦巻いているんだが」
サムソンは無理にでも話の方向を転換する。過ぎたことをグチグチ言っても仕方が無いのだ。
「ああ。これはあれですね。疫病から逃げ出したい人々と、疫病を拡散させたくない役人とが衝突したんでしょ」
当時はあちこちの関所でそんなことが珍しくなかったそうですよ。とクライスが言う。彼はそう言う噂に聞き耳を立てるのが生前からのクセであった。
「それでか。盗賊相手の揉め事にしちゃ、痕跡がデカ過ぎると思ってたんだ」
カールも納得。と言うか、普通盗賊は関所に真正面から挑んだりはしない。
「たしかに、見る限り無茶苦茶だな。真っ当な戦闘行為の痕跡が無い。本当にただ単に衝突しただけだな」
トーマスは生前は地方領のお抱え騎士。関所の守りも盗賊退治も経験があるので、なんとなくわかるのだろう。
ただただ、押し寄せる人波を槍で押し返そうと言うような、そんな無茶が見て取れる。
だが、そんな槍衾に向かっていかざるを得なかった、当時の人々の恐慌状態は想像するに恐ろしい。
「あ~、俺この時すでに死んでてよかったわ~」
「だよな。病気で死ぬほどあたふたするなんてごめんだよな」
「生前は普通の風邪でさえ辛かったからな。死に至る病なんて冗談じゃないよ」
「あ、俺の死因、肺炎だわ」
などとのん気なことを口走るアンデッド達。
人間の苦しみなど、アンデッドにとっては文字通り人事である。
いや、むしろ苦しんでくれるなら、それは瘴気の素であり、ゴチになります。と言ったところか。
実際に放置されている死体からは、まだ喰えそうな怨念無念が漂ってきていた。
「普通は疫病の疑いのある死体は燃やすんだよな?」
つまりは、そんな余裕は無かったのだろう。火を使った痕跡も見受けられない。
死体の処理すら真っ当にやっていないことから察するに、結局は数には勝てずに押し破られたに違いない。
「森の中で火を使うのも問題だしな。一旦ことを片付けて、死体を一箇所に集めてからじゃないと無理だろ」
「それなりに立派な関所なんだが……、どんだけの群衆が押し寄せてきたんだが」
もしここで食い止められていれば、疫病の被害も違ってきていたのかもしれない。
そう思って兵士達もかんばって殺したのだろうが、殺し足りなかったようである。
その痕跡に、アンデッド達は、人間って酷い事するよなぁ。とか思っていたが、彼等の約三割は生前の記憶を持っているので、ある意味ワザと目をそらしているのだった。
「お、なんかだいぶ浄化されてきたな」
「浄化、とか言うなよ。違和感ある……」
辺りに危険が無いか、見回りをしていたロブグリエが戻って来てそんなことを言う。
実際にそこらの怨念を吸収、瘴気に変換して使ってしまっているのだから、その分この土地は結果的に浄化される事になっているのは間違いない。
しかし、アンデッドの生態として、浄化している、とか言われるのはどうも背中がムズムズするサムソンであった。
「それで、そっちは何かあったか?」
「特に何も。襲いやすそうな場所だったから、近くに盗賊の根城でもないかな、と思って一応探してみたんだが……」
ロブグリエの方は空振りだったようである。
「やっぱこの辺りはもうそう言うのも無いだろ。放棄された街道は裏ルートに最適とは言え、ここは迂回路としても遠すぎる」
トーマスも話に加わる。彼も生前の仕事のせいか、地理には詳しい。
この街道の先にあるのはすでに滅んだ町や村ばかりなので、この街道自体も当然のように誰も利用しない。放棄された土地に深く入り込み過ぎたようである。
「だよなぁ。もうちょっと人里近いところに根を下ろしたかったが……、魔族の縄張り争いの問題もあるんじゃなぁ……」
ロブグリエは思案するが、そんなことを気にしていては結局都合のいい土地なんて見つからないんじゃなかろうか。と不安になって来た。
「ゴッサムと要相談、ってとこなんだが、あっちは大丈夫なんだろうか?」
こちらの瘴気稼ぎは順調と言い切るには心許ないが、そこそこの成果は上げている。
あとはゴッサムの復帰を待って、そろそろ本格的に今後の方針を決定したいものである。
「忌み子? アニータが?」
「そうだよ。あれが対価なら、大抵の取引には応じられるけど」
「それでここ最近奇妙なトラブルが……」
何でそれを知っているのか。●▲▲★のリサーチ力、マジパねぇ。そこまでしなければ、商売で勝てないとでも言うのか。
それはともかく、忌み子と言うのは魔との親和性の高い魂を持つ者のことである。
そのせいで健康に障害がある場合が多く、大概子供の内に死んでしまうのだが、稀に生き残れば本人の意思とは無関係にトラブルを巻き起こす傍迷惑な存在となる。だから忌み子なのだ。
その魂は、使いようによっては聖人の物より有用であったりするので、魔族の間では持っていればレア物として自慢できたりする。
「しかも、あれは『メルクリウスの忌み子』クラスだな」
「メルクリウス……って、誰だっけ?」
「そこに突っ込むなよ。ワザと真の名を言わないようにしてるのに」
「そ、そうか。スマン……」
細かいことはさておき、二つ名が残るほどの大惨事を引き起こした忌み子と同等、と言うのは理解した。
「簡単に言えば、開けてはいけない箱を開けてしまった、伝説の大馬鹿ヤロウ級ってことだよ」
「箱……、浦島○郎かっ!」
「パ○ドラだよ! パ○ドラ!」
「い、いや、軽いジョークだし……」
と言いつつも目が泳いでいるゴッサムは、どうやら素で間違えたようである。
「しかし、それが本当なら高過ぎるだろ。神器の材料に使えるレベルの魂だぞ? 呪具のレンタルなら普通の魂一個で十分だろ」
ちなみに普通の呪具を作るには、大抵二~三個の魂が必要になる。だから買取ならもっと大量の魂がいるか、質の高いレア物の魂と交換。と言うなら理解できるが。
今回のゴッサムの場合、一回だけレンタルすれば済む話なので、ちょっと割に合わない。
価値ある魂だと言うことを黙ってりゃ、騙し取れもしただろうが、悪魔はこと取引に関しては嘘はつけない。
特に●▲▲★はその辺意外と誠実なので、悪魔召喚のご指名が多いのだ。
「何言ってるんだよ。どうせ使いこなせやしないクセに。だったら、ノーマルだろうがレアだろうが、魂一個には違いないだろ」
「う、……うぬぅ……、瘴気での支払いは、ダメか?」
「簡単に言ってくれるなよ。これだって元手も手間も相当かかってるんだから」
魔族にとって、魂と瘴気の価値には絶対的な差がある。いわゆる越えられない壁、と言うヤツである。
「だから、レア魂を対価にするなら、レンタルじゃなくて売ってやるって」
「そこまでして欲しいのか……、もしや、神器を新たに作るつもりじゃなかろうな?」
すでに何個か神器持ってるくせに。と言外に匂わせつつ、ゴッサムは呆れたように言う。
魔族が神器を持つと言うのは、簡単に言えば邪神への近道である。
にもかかわらず、邪神になる気もないのに神器集めしている●▲▲★は、周りからよく妬まれていたりするのだが。
「今のところ新作のアイデアは浮かんでないけどな。材料は幾らでもストックしときたいし」
「もう少し自重しとけよ。ただでさえ怨み買いやすい商売なんだから。何時か後ろから刺されても知らんぞ」
「そう言う●▲×▲だって似たようなモンじゃないか。折角の神器を死蔵してるし」
「こんなモン、欲しくて持ってるワケじゃない。……そうだ! これと交換ってのはどうだ?」
ぽんっ、とゴッサムが取り出したのは、白と黒の火の玉が、ゆらゆらと揺れながら付かず離れずくるくる回っているものだった。見た目から機能はサッパリ判らん。
「冗談じゃない! 神話級の神器なんて、柵だらけで面倒臭いだけじゃないか!」
「おぬしまでそう言うことを! 儂だって派閥抜ける時に誰かに押し付けたかったのに!」
チョー凄い神器だと言うのに、ババ抜きのババの如く二人とも互いに押し付けあう。
神話級と呼ばれるのは、言葉どおり神話に登場した物で、凄く有名で、しかも他のものと混同されない程度に跳びぬけた力を持っている。
だが、それゆえに宗教的な意味合いが強く、●▲▲★の言ったとおり柵が面倒臭くて、迂闊に使えば、下手したら持っているだけで厄介ごとに巻き込まれかねないのであった。
宗教上の役割を強制的に担わされる、と言い換えても良い。
「こんなの唯一無二ってワケでもない、割と見かける程度のものだろ!?」
「馬鹿言うな! それは宗教ごとに必須の能力だからだろうがっ!」
もともとは召喚陣を修復するための呪具の対価の話だったはずだが、ゴッサムはそのことを忘れたかのように、これ幸いと厄介事の種である神器を押し付けることに専念する。
「こんなモン、いらねぇったらいらねぇっ! 対価は忌み子の魂以外受付ねぇぞ!」
「一度配下に加えた輩を売り渡すつもりはない! こっちも出せるのはこの神器くらいのモンだ!」
「じゃあ、この取引は無しだ!」
「なんだとぉぅ!? ならおぬしが魂取る契約を出来なくしてやる!」
「そんなことが出来るワケ……って、その神器なら強制的に成仏させられるじゃねぇかっ!」
散々もめる二人の魔族。
魔族は大概身勝手で道理を無視するので、魔族同士の取引はなかなか成立しないものなのだ。
こんなことではゴッサムの復帰はいつになることやら。




