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なんて骨体!  作者: 800
第五章 泣かないでください
22/40

泣かないでください その1

「……元のところに返してきなさい」

「そげなっ!?」

「何が、そげなっ、だ!」


 ゴッサムはロブグリエのアホさ加減に怒鳴り返しつつ、プルプルと震えていた。

 うねうねとのたうつ血管がいつもより太くなっている。人間であれば、青筋を浮かべているのだろう。


「今の儂等にアンデッドを増やす余裕なんぞないっ!」


 ゴッサムの言う事は正論である。

 ただでさえ人目を忍んでの夜逃げの真っ最中。その分人に恐怖を与えられず、瘴気も稼げない。

 今はゴッサムが貯蓄している瘴気を切り崩しつつ、何とか保たせているだけで精一杯なのだ。


「折角の新鮮な死体なのに……」


 ブツブツと未練がましく愚痴るロブグリエが抱えているのは、まだ幼い子供の死体であった。

 飢え死にしたと思われる痩せこけたその死体は、数年前の疫病の影響もあり、まだ生産能力の回復していない土地では珍しくも無い。こんな森の奥にあったのは、口減らしで捨てられたためだろうが、それもよくあることである。


「こんなに幼くして死んで、この世の不条理を味わったろうな。せめてアンデッドとしての幸せを与えてやろう、と言う慈悲は無いのか?」

「儂が言うのもなんだが、それは本当に慈悲なのか?」


 人として死ぬよりアンデッドになった方がいい。などと言うのは、どう考えても病んでいる。


「普通に死んだんなら、そのままそっとしといてやれ」

「魔族が真っ当なこと言ってると、なんか違和感あるよな……」




 魔族であるゴッサムとその眷属であるアンデッドの一行は、少し前に聖騎士のパーティーに拠点となる古城に攻め入られ、何とか撃退したものの、そのせいで夜逃げせざるを得なくなっていた。

 拠点がないと言うことは、人々の恐怖の向く先がない、と言うことであり、瘴気を集めにくい。要するに死活問題である。

 既に死んでるんだから、死活問題とか(笑)。などと暢気に言っていたロブグリエも、今は流石にそんな軽口は叩かない。

 ロブグリエは骸骨騎士であり、しかも生前は聖騎士見習いである。その装いは聖騎士装備であり、瘴気を節約して弱っているアンデッド達にはちょっと鬱陶しい。おかげで肩身の狭い思いをしていたりする。

 そんな我儘を言いにくい状況で死体を拾ってくれば、あのゴッサムの対応も当然であった。


「元のところに返して来い、とか言われてもなぁ……」


 なんかいい感じの死体だったので、これだっ! とかピンと来たのだったが。

 ロブグリエは幹部クラスのアンデッドの一角ではあるが、比較的最近なりたてのため、直属の部下がいない。

 有事にはスケルトンやゾンビなんかの、いわゆる下級アンデッド達に指示を出したりするが、それは他の幹部達も同じことである。

 それを言うなら、医療担当であるドクターや、みんなの知恵袋のワイズマンも直属の部下はいないのだが。

 正直なところぶっちゃけるなら、直属の吸血鬼部隊を持っているカマ男爵が羨ましかっただけである。


「元のところへ戻せないんだったら、せめてその辺に埋めてやればいいだろ」


 ゾンビのサムソンがペットのスライムとじゃれながら言う。


「適当に木の根元にでも埋めれば、ちょうどいい肥料になる」

「まあ、木を墓標代わりにするのはアリかもしれんが……」


 疫病の流行っていた時代なら、死体は燃やし尽くして墓を作ることすら許されなかった。

 それを考えれば、最近はやっと人間らしく死ねるようになってきたものである。


「でも、こんなにかわいいのに。埋めるなんてもったいないと思わんか?」

「そんな、犬猫拾ってくる感覚で言われても」


 腐った顔では分かり難いが、サムソンは困惑の表情を浮かべていた。死体をかわいいとか、ロブグリエも段々とアンデッドらしい感覚になってきたな、と思いつつ。


「大体、そいつをアンデッドにしたとして、瘴気稼ぎの足しになるのかよ?」

「そこは幼少から英才教育を施すことによって、将来は立派なアンデッドに……」

「アンデッドに幼少とか将来があるかっ!」


 何はともあれ、上はゴッサムから、下はそこら辺の雑魚アンデッドまで、みんな新入りを迎える余裕はないようである。


「……はあ、もったいないけど、捨ててくるか」


 ロブグリエはあきらめて溜息を付くと荷馬車から飛び降り、夜道を行くアンデッド達の群から離れていった。


「んじゃ、適当に処分したら追いつくよ」

「早めにな」


 と、見送られ森の中に入っていったロブグリエだったが、


「死んでから一日以上経つと完全に魂が抜けて、アンデッド化したときに質が落ちるんだよなぁ……」


 せっかくちょうどゴッサムがいる日だったのに、とブツブツ言うさまは、未練たらたらである。

 しかし、今日中にゴッサムを説得するいいアイデアは浮かばず、このまま駄目にするよりは、サムソンの言う通り埋葬するのが真っ当な人間の判断だろう。……人間じゃなくてアンデッドだが。


 そうと決まれば、未練を断ち切る意味でも立派な墓を立ててやろう、とか考えるロブグリエ。墓を立てると言うのは、何かわかりやすい区切りのようなもの、と思っている。


「さて……」


 とつぶやき、辺りをキョロキョロと見回す。

 それなりに見栄えのするでっかい木とか、岩とか。自分が墓を作った、と満足できるようなものを探す。


「お、これなんかいいかも」


 木の根もとのある大岩が、成長した木に呑まれ、半ば木にめり込んでいた。

 これがロブグリエの美的センスに合致したのか、ほ~、とか言いながらしきりに周りをぐるぐると見回しては、うんうんと頷く。

 とりあえず、この岩の表面を削って墓石らしく名前でも刻もうか、と考えたところで、


「……名前なんて、知ってるワケねぇじゃん」


 生前に会話したワケでもないし、ドッグタグのように身元が分かるようなものを持っていたワケでもない。


「いや、ならばこそ、俺のハイセンスの光る名をつけてやる!」


 と、無駄に意気込むロブグリエの様子は、非常に恥ずかしい、いわゆるキラキラネームを付けそうであった。


「あに~た」

「ぬおぅっ!?」


 相変わらずいつの間に忍び寄ったのか。背後に立っていたワイズマンに、ロブグリエは驚いて飛びのいた。


「そのこのな、あに~た」

「なんでそんなこと知ってるんだ?」


 と問えば、


「さいこめとり~」

「……なに、それ?」


 よくわからん答えが返ってくる。ワイズマンの言動が意味不明なのは、いつものことだが。

 相変わらずの説明不足と言うか、饒舌なワイズマンなど想像出来ない。

 それはともかく、何となくワイズマンが嘘を言っていないだろう、とはロブグリエも感じるし、得体の知れない術で調べたのだろう。

 ロブグリエとしては、せっかく自分が拾ったのだから、自分で名前を付けてみたかったのだが。


「まあ……、いっか。『アニータここに眠る』と」


 瘴気でコーティングし刃こぼれをしないようにしたナイフで、ガリガリと掘り込むと、


「あれ? ところで、ワイズマンは何でこんなところにいたんだ?」

「とむらい~、ぼ~ずのしごと~」

「……ああ。異国の宗教とは言え、ワイズマンも生前は僧侶だったっけな」


 少しの間をおいて、納得するロブグリエ。

 確か、ワイズマンは即身仏とか言う、宗教的な意味のある特殊なタイプのミイラだったはずだ。


「んじゃ、略式でいいから葬式やっちまうか」

「まかせろ~。じょ~ぶつ、させる~」


 ワイズマンは、じゃらっと懐から数珠を取り出すと、


「なぁむみょ~ほ~れんげ~きょ~、なぁむみょ~ほ~れんげ~きょ~」

「ちょっと待て!」

「……なにか?」


 唱え始めたお経をいきなりさえぎるロブグリエ。


「何だそりゃ? 呪いの儀式か何かか?」

「しつれ~な~」


 異国の宗教なんて、こっちの教会からしてみれば、邪教と大差ない。

 ロブグリエもアンデッドになって以降は、教会の言うことはかなり偏見入ってる、とわかってきたものの、ワイズマンの唱えた怪しげな呪文は、神へ捧ぐ祈りの言葉には聞こえなかった。


「やっぱ、異国の宗教で葬式、ってのは無理があるかもしれん。下手したら成仏出来ずに、野良アンデッドになるかも……」


 瘴気の集まりやすい土地では、ちゃんと弔われなかった死体がアンデッドになる、なんてのは珍しくもない。

 元聖騎士見習いであったロブグリエは、そんなのを退治するのが主な仕事だったと言ってもよい。

 それに今現在、教会の勢力圏の間を縫って夜逃げしていると言うことは、瘴気の払われていない土地を選んでいると言うことでもある。

 つまりはロブグリエの懸念は、根拠のない憶測とは言い難いのだ。


「じゃ~、はんごん~、つかう~」

「は? だから、異教の宗教用語はわからんて」


 多分何らかの解決策を提示したのだろう、とはわかるものの、それがなんなのか、具体的にどういった効果をもたらすのか。ロブグリエにはさっぱりである。

 もう少し普段からワイズマンとのコミュニケーションをとっていれば、なんとか推測出来たのかもしれないが、いまさら言っても詮無きこと。


 ワイズマンはロブグリエの疑問には答えず、アニータの遺体の周りを囲うようにぷすぷすと木の枝を刺し、それに紐を結びつける。

 何か適当感漂うので、おそらくは略式だろうが、出来たのは四角いボクシングとかのリングっぽい。四角なのにリングとはこれいかに。

 そしてさらにその手前側に木を組み、カチカチと火打石で火を点けようと……


「こら、まて!」


 ロブグリエは慌てて止める。


「人目を忍んでの逃避行なのに、焚き火なんて目立つ事するんじゃない!」

「もり、ふかい~。だいじょうぶと、おもわれ~」

「念のためだ、念のため」


 ワイズマンは少し考え込むが、納得したのかビシッと親指と立てて頷いた。


「りゃくしき~」


 儀式か何かで必要な手順だったんだろうが、どうやら無いなら無いで何とかなりそうである。


 ワイズマンは、相変わらず何言ってるかわからない呪文を唱え、うねうねと悶えるように踊っている。

 だいぶ慣れてきたとは言え、ロブグリエですらちょっと引くほどの不気味さである。

 この辺の人間の一般的感覚からすれば、悪魔召喚の儀式でもやってる、と思われてもしかたなさそうだな。とか思っていた。


「……ふう。……」


 何やらやりきったように、ワイズマンは額の汗を拭うかのような動作をする。干からびたミイラから汗が出てくるわけなどないのだが。生前のクセなんだろうな。と適当に納得しておく。


「んで、結局何やったんだ?」

「だから、はんごん~」


 だから、その言葉の意味がわからん、と言おうとしたロブグリエをさえぎって、ワイズマンは見ればわかるとばかりにアニータの死体を指差す。


 集まった瘴気にさらされ、くすんだ灰色だった髪は黒く染まり、病的に白かった肌も浅黒くなる。

 さっきまで死体であったが故にピクリとも動かなかったそれは、呼吸を始めて胸がかすかに上下している。ただし呼吸しているのは空気ではなく、瘴気なのだが。


「アンデッド化の術式か!」


 驚愕するロブグリエに、ワイズマンはどうだと胸を張る。


「アホかっ! 新しいアンデッドを受け入れるだけの余裕が無いから、埋葬しようとしてたんだろうがっ!」

「……まじで?」

「マジで!」

「がちょ~ん……」

「……コイツのどこがワイズマン、なんだか」


 ロブグリエは頭を抱えてうずくまり、いっそのことホーリー・ブラストあたりで灰に返して無かったことにしようか、とか本気で考えた。


「あ、おきるかも~」


 その言葉につられてアニータを見ると、うっすらと目を開き、赤い瞳がロブグリエの方を向いていた。


「ぱ……ぱ?」

「はぅっ!」


 ズキュゥゥゥゥゥンッ!


 と、ロブグリエの中の何かが打ち抜かれ、身悶える。

 ロブグリエは享年24歳。妻も子もいないが、年齢的にはいてもおかしくないところ。故に父性本能を直撃されたのであった。


「これが萌え、と言うヤツかっ!」


 ロブグリエはアニータを抱きかかえると、スリスリと頬擦りした。スケルトンなんで、頬は無いのだが。

 当のアニータはまだ瘴気に馴染んでないため、再び目をとじて寝息を立てているが、その表情からは特に嫌がっていないと思われた。


「この娘は俺が立派なレディに育て上げてみせるぞぉぉぉぉぉっ!」


 ロブグリエが何やら決意しちゃってるその傍ら、


「……なんで、わしのほ~じゃない~?」


 ワイズマンが、アンデッド化したのは儂なのに、的なことを思い、どこか附に落ちないようだった。

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