聖騎士、襲来! その2
次の日のこと。
作業も一段落して、ちょっと遅めの昼の休憩に入ろうかという頃。カマ男爵の放っていた哨戒のコウモリがもたらした一報で、場内は騒然となった。
「おい、あまり押すなよ」
「いいから、もうちょっとそっち詰めろ。ここじゃ、聞こえん」
「無理してみんなで聞かないで、一人だけ聞いときゃいいんじゃないっすか?」
「馬鹿野郎。情報は鮮度が命だ。出来るだけ早く聞きたいだろうが」
「そりゃ、単なる野次馬根性だ」
「つーか、黙れ。中の声が良く聞き取れん」
と、会議室の外で下っ端アンデッド達が聞き耳を立てている最中、中ではカマ男爵が報告を終えたところだった。
「私の使い魔の情報に間違いはないわ。何時攻めてくるか、までは確定していないけど、少なくとも近くの街で準備を整えていて、早ければ数日中には攻めてくるわね」
「むぅ、パーティ組んで、ってことは、今度は本格的な侵攻だな」
「今度、って、前もあったのか?」
「……阿呆」
ロブグリエの問いに、ゴッサムは呆れて、ただそれだけ言った。その後をドクターがフォローする。
「前に単独で攻めてきた聖騎士はお前だろうが」
「……そうでした」
「だからね。見習いとは言え、その聖騎士が帰らぬ人になっちゃったから、あっちにもメンツの問題ってのがあるからね。遅かれ早かれ、次が来るのは予測できてた、ってワケ」
「そりゃ、そうか……」
カマ男爵の説明に、ロブグリエは腕を組み、うむ、と頷いた。
なんだかんだ言っても元聖騎士(見習い)。その辺りの事情はロブグリエが一番詳しいだろう。
「加護を売りにしている連中だからな。その代表格の聖騎士がやられた、とあっちゃ、無視したまんま、ってワケはないか……」
「にしては~、おそい~」
珍しくワイズマンが発言する。言わんとしていることは分からなくもない。ロブグリエが消息を絶ってから、もうすぐ三ヶ月だ。
死んでから一~二週間も過ぎた頃には、なかなか戻ってこないことに気がついた教会が調査初めて、それから数日で死亡を認定して、次の部隊を選考して、しかし、前より戦力を上回らなければならないから、慎重に吟味して、んで、聖騎士以上の戦力、ってのはほとんどフリーは無いから集めるのに時間がかかったとしても、
……と、ロブグリエは頭の中で教会のやり口をおおざっぱに計算して、
「だよなぁ。一ヶ月ちょっとくらいで、次が来ててもおかしくないよなぁ……」
と、ワイズマンに同意する。
「その辺は、意外と手隙の聖騎士がいなかったのが原因の一つ」
「一つ? 二つめがあるのか?」
「あなたが家出して、盗賊いびって瘴気を稼いでいたでしょう? それで、アンデッドの根城があっちの方だ、って噂が立ったみたい」
「俺の行動が陽動になってた、ってワケか」
「タイミングが悪かったら、盗賊のアジトで、アンデッド、盗賊、聖騎士の三つ巴になってたかも知れないわね」
「ふむ。それで、三つ目はなんじゃ?」
とドクターが口をはさむ。
「それだけじゃ、まだ遅い。あの辺りからここまで、ゆっくり進んでも一週間程度じゃ。これほど遅れる理由にはならん。あるんじゃろ? 三つ目の理由」
「ご明察。その盗賊団ね、捕まったわ」
ただの盗賊なら、なんの関係も無いんだけどねぇ、とカマ男爵は肩をすくめた。
「戒律の厳しさについて行けなかった破戒僧とは言え、僧侶が四人もいた盗賊団をものともしなかったのよ。より強力なパーティへの再編を計るには十分な理由だと思わない?」
「なるほどなぁ……」
盗賊が捕まれば、その戦力からこっちの戦力を類推できる。……それが、当初の見積より大きかった。
「推理すればそうなんだろうなぁ、って思えるけど、動きだけ見れば結構ちぐはぐでね、これが私たち狙いだ、ってなかなか気がつかなかったわ」
「とにかく、事前に分かったことには違いない。で、どう対策を練るか、だが……」
ちらり、とゴッサムはワイズマンの方に視線を送る。
一応、このワイズマンは軍師、って事になっているのだが……
「てきと~で、よかろ~」
と、アバウトなことを言う。
「じかんあるし~、のんびり~、じゅんび~。いつもど~り~」
「まぁ、確かに、いつも通り以上のことやれ、って言われても困るけどな」
「そうそう。事前に分かって準備期間がある、ってだけでも感謝せんとな」
がた、がたっ、とみんな席を立つ。
「とらっぷの~、かくにん~」
とワイズマン。
「なら、儂は戦闘前の健康チェックでもするかの」
とドクター。
「私は新しい情報がないか調べておくわ」
とカマ男爵。
「んじゃ、俺は各部隊の連携の確認でもしておくか」
とロブグリエ。
「うむ。とにかく、みんなで力を合わせてこのピンチを乗り切ってくれ。頼んだぞ」
とゴッサムが閉めた。
そこへ、ばっさ、ばっさとコウモリが飛び込んできた。
「報告、報告ぅぅぅぅぅっ!」
「どうしたの?」
カマ男爵が問うと、
「て、敵襲! 森で哨戒任務に当たっていたゾンビがやられました!」
びくっ、と、全員に緊張が奔る。
「敵は、聖騎士を含んだパーティーです!」
「報告! 敵は現在正面門へ続く道にてトラップで足止め中。パーティー編成、聖騎士1、戦士2、魔道士1、僧侶1」
敵がテリトリー内に侵攻するにつれ、段々と報告が増えてきた。
「もうこんな近くまで! カマ男爵! 数日は来ないんじゃなかったのか!?」
「そんなことまで保証できないわよ!」
「ちっ! アテにならん!」
ロブグリエとカマ男爵が言い合っている間に、ゴッサムがゆっくりと席を立ち、
「んじゃ、儂はこれで」
「何処へ行く?」
何気ないふうを装い、その場から逃げようとして、ロブグリエに首根っこをむんずと掴んで引き留められた。
「は、放せ!」
「一人だけ逃げようったってそうはいかねぇ」
「要である儂さえ残っていれば、後は立て直しがきく!」
「危ない独裁者みたいなこと言ってんじゃねぇっ!」
「今はそんなことやっている場合じゃないでしょ」
カマ男爵がジタバタ取っ組み合う二人を引きはがした。
確かにそんなことをやっている場合ではないのだが、ゴッサムが一人だけ逃げるのがシャクに障ったのだ。
ロブグリエはとりあえず掴んでいたゴッサムの首を放し、
「ふん。いきなり押しかけてくるとは礼儀のなってないヤツだ」
「戦力差があるなら、奇襲は基本でしょ。それに骨だってアポ無しで襲撃してきたじゃない。……ここまで辿り着かなかったけど」
「うるさい。……改装が間に合わなかったのは少し痛いな」
「そこは開き直るしかないでしょ。私は対聖職者用に開発した邪なる関節技の実戦テストには丁度いいって思うことにするわ」
「ふん。半端な手出しして、せいぜい返り討ちにあわんようにな」
と、ロブグリエは軽く皮肉り、
「俺は現場に出て指揮をする」
と踵を返し、その場を後にした。
「ロブ、遅いぞ!」
「悪い! 戦況はどうなってる?」
「今城門が破られたところだ。くそ! 掘りでもあればもう少し持ちこたえられたんだろうが……」
「サムソン、没にしたネタを今更ぐちぐち言うな」
掘りを掘ろう。と言うのがロブグリエの提案した改装計画にはあったのだが、それは結局没になった。もし、実行されていたとしても、今日の襲撃には間に合わなかったろう。
「それより、包囲を絶やすな。もとより聖騎士相手なんて分が悪いんだ。まともに当たったら、特性差で各個撃破されるのがオチだ。唯一有利な数で押しまくれ!」
「分かってる。……とはいえ、そう長持ちしそうにはないぞ」
サムソンが弱音を吐くが、その気持ちはロブグリエにはよく分かる。元聖騎士見習いである彼の方が、本物の聖騎士の力がどれほどのものか、身に染みて良く知っている。
その彼が彼我の戦力を比較して、戦いようによってはこの城にいる全アンデッドを敵に回して、たった一人の聖騎士で戦える、と言う結論に達していた。
もっとも、地の利があるのはこちらで、戦い方を工夫できるのもこちらの方なのだが、そこは聖騎士側はパーティであることでカバーされてしまっている。つまり、このままだとこっちが負けそうだ。
「仕掛けてあった罠はかかったか?」
「報告では結構かかっているようだが……、脱落者は無しだ」
「ちょっとくらいはダメージを与えていると思いたいな」
「まぁ、ナメクジ落とし穴、とかは精神的ダメージにはなっていたみたいだが……」
そう言う子供のいたずらみたいな罠には引っ掛かってくれたみたいだが、命に関わるような本格的な罠はしっかり回避されていた。その辺の回避の仕方は、経験と言うよりも、野生のカンで嗅ぎ分けているような気がする。いや、聖騎士なんだから、神の加護、とか言った方がいいのか? とにかく、腹が減ったからって、思わず毒キノコを食ってしまうどこかの見習いとは一味違う。
「あ、そうそう。やっぱ、毒キノコトラップは引っ掛かってないな」
ロブグリエはぴた、と足を止め、恨みがましい目でサムソンを睨んだ。
「どうせ、俺は毒キノコにアタって死んだ間抜けだよ……」
「済んだことは気にするな。同じ失敗を繰り返さなければいいんだ」
サムソンはそれで励ましたつもりだったが、
「そりゃ、同じ失敗は繰り返さないだろうよ。……アンデッドは飯喰わないからな」
「……どんまい!」
「うるせー! くそ、せっかくこんな事もあろうかと栽培していた、おいしい毒キノコが見向きもされないなんて……」
……毒キノコで死んだ仲間を増やしたかったらしい。
「まぁ、いい。こうなったら、正攻法で行くまでだ」
「最初っから正攻法でいけよ」
サムソンの突っ込みはスルー。
「こっちはアンデッドなんだ。ちょっとやそっとじゃ戦闘不能にはならん。接近戦を仕掛けて、そこんとこ味方諸共矢を射掛けてしまえ」
「非人道的な作戦を……」
「うむ。アンデッドだからな。そう言う少しでも有利な点を最大限に利用しろ。……今、最前線で押さえているのは何処の部隊だ?」
「今はマルボロ隊が応戦しているが、押され気味だ」
「あいつが!?」
生前傭兵をやっていたと語るそのスケルトンは、戦場で失ったという左腕の代わりに、アンデッドになってからはリビング・メイルの腕を義手として使っていて、生前より調子が良くなったくらいだ、と豪語する強者だ。その彼の言葉には偽りはなく、剣の腕だけならロブグリエも上回る、スケルトン一の使い手だ。
「てぇ事はトーマス隊はもうやられたのか。なら、俺も出る!」
スケルトンのまとめ役であるトーマスに続き、その強さ故、小隊長としての人望もあるマルボロがやられれば、前線の志気は一気に低下する。それだけは防がねば。
「少なくとも、僧侶だけでも仕留めておけば、カマ男爵の吸血鬼部隊が動きやすくなるんだが……」
昼間現在では、瘴気の濃い魔族の居城の中で多少マシとはいえ、元々弱点の多い吸血鬼は下級アンデッドほどにも役に立たない。それでも僧侶がいなければ、特性差で不利になる相手は聖騎士に限られるので、まだ使い用はある。
「カマ男爵には待ち伏せの準備をさせておけ。このためにホールを完全な暗室になるように改装しておいたんだからな」
「了解!」
「誰だか知らんが、俺の城でこれ以上好き勝手はさせないぜ!」
「いや、お前の城じゃないだろ……」




