ロンリー・アンデッド その4
「は、はらへった……」
はむはむ、と雑草を噛んで見るものの、ロブグリエの腹はまったく膨れない。
飲み込もうとしても顎の下からパラパラと零れるだけだ。そこを通り抜けたとしても、今度は腹から零れるだけだ。
「気休めにもなりゃしねぇ……」
ぺっ、と吐き出す。しかし、歯の隙間に草が残る。
……やるんじゃなかった、と後悔。
「やっぱ、どこかで瘴気を稼がないとならんかな……」
とは言え、ロブグリエの思いつく限り、そんなあてはない。
「あ~、行き倒れのアンデッドに瘴気を恵んでくれそうな、心の広い人はその辺にいないかな……」
心の広い人は辺りに瘴気をまき散らしたりしないだろう、とか、そう言う普通の考えは既に脳裏にない。もはや、思考に費やす瘴気も足りてないようだ。
「あ……」
いきなり地面が顔面にぶつかってきた。
……自分が倒れたのだと、しばらくしてから理解する。
なんか、こりゃやばいな、と、倒れている自分を見下ろしつつ思う。……臨死体験?
アンデッドが臨死体験って、洒落になってないだろ。つーか、やっとスケルトンに慣れてきたところだってのに、ゴーストになるのは御免だっつーの。
と、慌てて自分の体に潜り込むロブグリエ。
がらがらがら……
「う……?」
なんとか体に戻ると、耳に馬車の音が飛び込んできた。
がら……。
と、割と近くで止まった。
倒れ伏したロブグリエを見つけ、助けてくれるつもりなのだろう。
そう思ったロブグリエは、最後の力を振り絞り、馬車の方へ手を伸ばし、
「へ、へるぷ、みぃ~」
と顔を上げて助けを求めた。
ひひぃぃぃぃぃぃんっ!
がらがらがらがらっ!
突如鞭打たれた馬が嘶き、ものすごい勢いで走り出す。……ロブグリエの方へ。
「へ?」
がらがらがらがらっ!
「ちょ、まっ」
がらがらがらがらっ!
ごしゃぁっ!
「ぼしっ!?」
がらがらがらがらがらがらがらがらがらがら……
遠くなる馬車の音の余韻を聞きつつ、馬に蹴られ、馬車に轢かれたロブグリエは、地面にめり込みつつぴくぴくと震えていた。
怒りに。
「ふんぬぉぉぉぉぉっ! りばいばりゃぁぁぁぁぁっ!」
気合い一発。奇声と共に跳ね起きる。
「くぅおぉぉぉら、きさまらぁぁぁぁぁっ! いきなり轢くたぁ、どういう了見だっ!? 俺がアンデッドじゃなきゃ死んでるところだぞ! スケルトンなら轢いてもいいとでも思ってんのか!?」
と、すでに豆粒大の大きさにしか見えない馬車に向かってカタカタとわめき散らす。
本当なら追いかけて行ってとっちめてやりたいところだが、馬車を追いかけられる程の体力が残っているわけもなく……
「あれ?」
ロブグリエは今自分が元気にわめき散らしていることに気がついた。
「瘴気が回復している?」
体の自由が効くほどに。
今の馬車の人達が心底ロブグリエにビビッてくれたからだ。
そしてロブグリエには幹部の証、人の恐怖を瘴気に変換出来る『コンバータ』がある。
「……忘れてた。そういや俺、自前で瘴気を稼げるじゃん」
幹部になっておいてよかった。
「おはか~」
「うっ……」
城内を見回りしてみれば、いきなりどこからともなく出現したワイズマンにずいと詰め寄られ、ゴッサムは押されるままに引いた。
「おまいり~」
じゃらじゃらと数珠をならす。
「ちょいまて! それは破邪の効果があるから、近づけるな!」
「おそなえ~」
「線香も止めろっ!」
「おまんじゅ~」
「結局お前は喰いモンの事しか考えとらんのかっ!」
ぱしっ! と目の前に突き出された干涸らびた葬式まんじゅうをはたき落とす。
「……ばちあたり~」
「罰が怖くて、魔族やってられっか!」
「うははははははははははっ!」
月夜の晩。
月明かりを浴び、酔いの回ったロブグリエは、盗賊達を追い回し、暴れまくっていた。
素面で人間を襲えるか。
とか思っていたものの、実際やってみれば、盗賊を追い回すのはなかなか楽しい。何はともあれ、何だか絶好調。
数十人規模の結構大きな盗賊団のようだが、まるで勝負になってなかった。
全身にみなぎる瘴気。
体の奥からわき上がるそれは、互いに相反する性質の聖騎士装備を振動させ、ガタガタギチギチと不気味な音を全身から響かせる。
同様に風もないのにマントがはためき、霊視能力の無い人間にでさえ視認出来る程の濃さの瘴気が、肋骨の隙間から漏れ出すのと相俟って、ロブグリエを中心に黒い瘴気の風が巻き起こっているようにも見える。
「手応えがないなっ! どうした、誰もかかってこないのか!」
最初の頃こそ遠巻きに矢を射かけてきた盗賊達だったが、それが通用しないと知ると、後はただ逃げ惑うのみだった。
逃げ惑うが、ただ一人として逃げられたものはいない。
ごっ! と、地面を蹴る音と共に、いくら骨だけで軽いからってそりゃ無いだろ、って程の加速をするロブグリエ。
聖騎士の鎧の中に流し込まれた瘴気は、その相反する性質が故に封じ込められ、凄まじい内圧に、純粋なパワーに変換された。
盗賊達が必死に逃げて稼いだ距離を、ほんの一瞬で帳消しにするほどに。
暗闇の中に浮かび上がる、銀色の鎧を纏った白い骸骨。
どんなに逃げてもいつの間にか回り込んでいるそれに、盗賊達はそれこそ狂わんばかりに恐怖した。
「うはははははっ! そうだ! もっと恐怖しろっ! なに、いくらびびったところで死にはせん! 安心して脅えろ! ……あれ? 安心したら脅えられないのか? まぁ、何でもいいや」
中庭、噴水前にて。
「あ、ボス。骨の大将、まだ帰って来ないんですかね?」
「まだだろうな」
北塔、見張り台にて。
「ゴッサムのダンナ、あっちの方に感じる瘴気、ロブのダンナのじゃないですかい?」
「そうかもしれんな」
広場、サッカー・グランドにて。
「ロブを召喚しようと思って、魔法陣描いてみたんですけど、これであってますかね?」
「……付け焼き刃で術を使わん方がいいぞ」
一階、医務室にて。
「で、ロブグリエはどうしているかな?」
「なんで儂に聞く?」
城壁、兵士詰め所にて。
「骨聖騎士野郎を探しに行きたいんで、休暇くれませんか?」
「却下」
裏庭、墓地にて。
「ろぶ、つれもどせ~」
「お前は率直だな」
三階、会議室にて。
「本日の議題。いかにしてボスと骨を仲直りさせるか、よ」
「やかましいっ!」
「さすがに盗賊団が減ってきたな」
ロブグリエは地図上の×印をチェックし、まだ襲ってない盗賊団のアジトがこの辺りにあるはずだなぁ、と辺りを見回した。
ちょっとばかり街道から外れたところにあった獣道を辿っていくと、カモフラージュされた獣道が分かれ、今度はそっちを辿っていったところで、やっとそれらしい隠れ里みたいなところに辿り着く。
どう見ても真っ当に働いているとは思えないような人物がうろうろと。
「昼間っから襲っても恐怖半減だろうが……、ま、いいか」
アンデッドにとって夜の方が有利なのは言うまでもないが、何度も盗賊を襲っているうちに、何だかそんなセオリーを守るのも最近面倒くさくなってきたロブグリエだった。
「きょえぇぇぇぇぇぇえっ!」
奇声と共に茂みから飛び出し、そこら辺にいた飲んだくれ盗賊に襲いかかる。
なんだか、脅かし方もいい加減になってきている。
とは言え、いきなりスケルトンに襲いかかられたらそれなりに驚くわけで、悲鳴を上げながら逃げまどう盗賊村の住人達。
「……む、なんか、変だ」
ロブグリエは微妙な違和感を感じる。
逃げまどっている割には、あまり瘴気を蒔いていない。つまり、恐怖していない。……昼間であることを差し引いても、ちょっと少ないか?
「ワナ、か?」
少しばかり慎重になり、無闇に追いかけ回すのは止めようか、と思った矢先、
ギュイィンッ!
「ぐは……っ……」
結界に封じ込められた。しかも、聖結界。
「な、……なんで坊ズが……こんなところに……」
四方を僧侶に囲まれ、ロブグリエは膝をつく。
四人がかりだけあって、かなり強力な結界だ。同属性の聖騎士の鎧のおかげで、その必滅の威力の直撃を喰らわないでいるが、まともに動くことは出来ない。
頻繁に盗賊を襲っていたから、遅かれ早かれ、情報が伝わって何らかの対策を取られるだろう、とは思っていたが、さすがにいきなり僧侶呼ぶとは思っても見なかった。
と、ロブグリエが動けないのをいいことに、盗賊達がじりじりと、しかし、まだ警戒してか慎重に近づいてきた。
「まずいな……」
いま、通常打撃に対する防御に回せるだけの瘴気は無い。そして、ダメージをおってバランスが崩れれば、聖結界で浄化されかねない。
「それはそれでアリかもしれんが……」
浄化されること自体は、まぁ、許容範囲内だが、盗賊ごとにき袋だたきにされるのはいただけない。が、今の状況ではどうしようもない。
覚悟を決めるか、とりあえず、まだ足掻いてみるか、決め倦ねていると、
ごずんっ!
鈍い音と共に、結界の一角が崩れる。
「よう。ピンチにヒーローが駆けつけてやったぜ」
と、どう見てもヒーロー、って柄じゃないゾンビが格好つけていた。
「サムソンっ!?」
「まだまだいるぞ」
ぞろぞろと。今の今まで何処にいたのか、出てくる出てくるアンデッド。
「はっはっはぁ。これで貸し一、よ」
ばさばさと、カマ男爵率いるコウモリの大群が辺りを舞う。ついでに昼間っからゴーストも舞う。
「おい、馬鹿。アブねぇぞ! 敵には坊ズもいるんだぞ!」
ロブグリエの忠告とどっちが早かったか。僧侶が浄化魔法を使う。
しかし、その直撃を受けたはずのゴーストは、そよ風ほどにも揺らがなかった。
その場の空気が、昼間だというのに、太陽を無視したかのように、夜の気配に変わる。
それ程の濃い瘴気が浄化魔法を無効化したか、ゴーストを強化したのか……
「あほう。元部下がこの程度のヤツらに苦戦しては、儂の評価も落ちるだろうが」
その闇の湧き出る源、ローブを纏う瘴気の塊、魔族ゴッサムがいつの間にそこにいたのか、ロブグリエの目の前に現れた。
「今はそんなこと言ってる場合じゃなかろう?」
そのゴッサムを押しのけ、ドクターが姿を現す。
「な、お前等まで? こりゃ、ひょっとしたら城のアンデッド総出で来てるのか?」
「そうじゃが、心配はいらん。あんな辺境の城、一日二日留守にしたからと言って、大したことはなかろう。それより、ほれ」
と、毒々しい緑色の液体の入った瓶を渡す。
「瘴気回復薬じゃ。墓土から作ったヤツはお前さんに合わなかったようじゃからな。薬草から作ってみた。主原料はほうれん草じゃ」
「俺はどこぞのドーピング船乗りか」
と言いつつも飲み干す。
「まず~い……」
よくよく考えれば、ほうれん草のジュースなんて、どう考えても美味い訳ない。
「つーか、何でスケルトンが飲み物飲めるんだよ?」
「そこは儂が天才医師だからじゃ。ほれ、瘴気が回復したなら帰るぞ」
「へ? 帰る、って?」
ドクターが続きを促すよう、ゴッサムを肘で突いた。
「まぁ、そのなんだ……、お前が最近暴れていたおかげで、こっちもいつもより多くの瘴気が得られたからな。……うむ、それだけの働き手をクビにするのもなんだ、と言うことで……」
オホン! と一つ咳払いし、くるり、と後ろを向くと、
「職場復帰する気があるなら、帰ってこい」
「ゴッサムもああ言っていることだし、ここは一つ帰ってこんかね?」
とドクターがぽん、とロブグリエの肩を叩く。
「まぁ、これだけみんなにお前さんのために集まってもらって、帰らない、ってのは顰蹙ものだと思うぞ」
「そうよ。なんのために私がこんな面倒くさい事してると思ってるの? とっとと帰ってまた勝負よ!」
とカマ男爵まで。
「か、帰ってもいいのか?」
「いいって言ってるだろうが。ぼやぼやしていると追いてくぞ」
「ほれ、帰ろうや。ロブがいないと下級アンデッド達は何だか締まらないみたいだしな」
「一度幹部になったなら、責任持って最後までやってくれなくちゃ」
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ! みんな、ありがとぉぉぉぉぉぉっ!」
そして、ぞろぞろと、何が起きたのかさっぱり理解していない盗賊達を放っておいて、みんなで闇を引きずり、その場から去っていった。
余談だが、この一件以来、この盗賊団達は山奥にアジトを構えることを怖がり、町中に構えた結果、あっさりと軍に逮捕されたそうな。
そして……
「なぁ~にが、一日二日留守にしてても問題ない、だ! しっかり盗賊が居座ってやがるじゃねぇかっ!」
「それは儂の所為じゃないわいっ! 無駄口叩いとらんで、きりきり退治せいっ!」
「ああっ!? またキノコが減ってる!? こいつら、俺のキノコ喰いやがったなぁぁぁぁぁっ!」




