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なんて骨体!  作者: 800
第三章 ロンリー・アンデッド
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ロンリー・アンデッド その3

「また、無駄に命を消費したな」


 ドクターは、医者の言いつけを守らない駄目患者を諭すような口調で、そう言った。


「無駄ではない。ああいった輩には体罰も必要だ」


 ドクターに縫い合わせてもらった内臓を闇の中に戻しつつ、ゴッサムは言う。


「しかし、結局首にしてしまうんじゃ、あまり意味があるとは思えんぞい」

「それは結果論だ」


 眼球しか浮いていない顔からはわかりにくいが、その身に纏う瘴気を見れば、不機嫌なのは明らかだ。


「儂にはよく分からんが……」


 ドクターはカルテに書き込みをしつつ、


「一応はヤツから謝ったのだろう? おぬしも適当にあわすだけでも謝っておけば、こんな事にはならなかったのではないか?」

「そうだな」


 意外なほどあっさりと、ゴッサムはその事を認めた。


「しかし、あいつは魔族やアンデッドに神聖魔法を使う、と言うことの意味を分かっていない。あんな危険なモノを振り回しておいてへらへらされては謝る気も失せる」

「そう言うもんかね」


 ドクターはまだ何処か腑に落ちないようだ。


「生身に近いドクターや、異教とはいえ、元聖職者であるワイズマンにはあまり効かないようだから、わかりにくいかも知れないがな」

「お前さんだって、最初ヤツが来たときに神聖魔法喰らってるじゃろ? そん時は別にどうともしなかったじゃないか?」

「あの時は、まだヤツも状況を把握していなかったし、何より力が弱かった。……拾ってきた子犬が、ワケも分からずに噛んだ、と言ったところか。だが、今回は飼い犬に手を噛まれた、と言うものだ」


 ゴッサムははぁ、とため息をついた。彼なりにロブグリエには期待していたところがある。ああいう生きのいいアンデッドは嫌いではない。


「今は瘴気のコントロールに慣れたこともあって、強力な神聖魔法を使っても反動に耐えられるようになった。なのに、手加減の一つも覚えておらん。気に入らんからと言って、力任せに我を通すとは、人間の悪い部分まで引きずりおって。せっかくアンデッドになったというのに」

「なんだかんだ言って、ロブグリエの事が心配なのじゃな」

「……馬鹿な子ほどかわいい、と言うのは人間の世界だけの話ではないらしい」

「まったく、素直じゃないのう。ホーリー・アンデッドのコレクションは、お前さんの趣味じゃろうが。ヤツを拾ってきたときも、諸手を挙げて大喜びしとったくせに」

「ふん。余計なことを思い出すな」


 ばさり、とローブを羽織り直すと、ゴッサムは不機嫌そうに足早に医務室から出て行った。




「ロブが首、って噂、マジなのか?」

「どうやら、本当らしい。……しかし、アンデッドが首、っていったいどうなるんだ?」

「切られた首を、デュラハンみたく小脇に抱える?」

「いや、そう言う事じゃなくて……」

「……野良スケルトンにでもなるんじゃないか?」

「野良スケルトン……、って、噛まれたりしたら病気でも移りそうな言葉の響きだな」

「野良ゾンビよりかはマシじゃないか?」

「そう言う問題かよ。それより、ロブがいなくなったことで、カマ男爵が再び下級アンデッドいじめを再会しないかどうか、の方が気がかりだよ」

「それは言えるな。最近見かけないから忘れかけてたが」

「噂では、ロブグリエに仕返しする準備を進めてる、って事ですよ」

「ロブがいないとなると、その矛先がこっちに向くことは有り得るな……」

「さすがにそれは他の幹部が止めるでしょ」

「いや、それはどうかな? カマ男爵の気を静めるため、下級アンデッドの一体や二体、くらいには思ってるんじゃないか?」


 ざわざわと。

 ロブグリエ、クビ。の噂は、早くも城中に響き渡っていた。

 噂が噂を呼び、様々な憶測が飛び交う。だが、分かっていることはロブグリエがいなくなった、と言うことだけ。


「ロッカーには荷物残ってたから、そのうち戻ってくるんじゃないか?」

「勝手にロッカー開けたのかよ?」

「マナーのなってないヤツだな」


 カールの発言に、クライスとサムソンが批難する。


「で、何が残ってたって?」

「……批難しておいて、結局聞くのかよ」


 カールはぶつぶつ言いつつ、


「ヘルムとブレストアーマーが残ってたよ」

「……そんなもん、普段からつけてないじゃん」

「ロッカーに入れっぱなしだったため、素で忘れてった可能性が高いな」

「いらないんなら、もらってもいいっすかね? あっしもヘルムを変えて気分をリフレッシュしたいなぁ……、なんて」


 余計なことを言ったルイードがみんなに睨まれた。


「んで、結局、ロブがいない、って言う事実は変わらないわけだな。……どうする?」

「どうする、って、何を?」


 サムソンの問いに、クライスは首を傾げた。


「ヤツが来る前、ほんの一ヶ月前の状況に戻っただけだろ?」

「ほう、これが一ヶ月前の状況に見えるのか?」


 呑気なカールの答えに、サムソンは周りを見ろ、と言った。


「あいつは無駄に行動力があったからな。良かれ、悪しかれ、様々な影響を残した。良い影響はともかく、悪い影響は残った我らの力だけではどうにもならん」

「その最たるモノが、吸血鬼との確執っすね」

「まぁ、な。少なくとも、カマ男爵の気の済むまでボコられるくらいは覚悟しておこう」


 と言いつつも、ぜんぜん覚悟が出来ているようには見えない暗い表情で、サムソンはなんとか軽く言おうとしたが、それがかえってみんなを不安にさせるのだった。


「ロブ~、早く帰って来いよ~」




「ぐしっ!」


 何故かくしゃみが出た。


「スケルトンになって初めてだぞ。くしゃみが出たの」


 思わず呟くも、誰もツッコミを入れてくれない。そりゃそうだ。一人なんだから。


「誰か噂してるのかな?」


 骨だけの身である今の彼に、他にくしゃみの出そうな理由は思い当たらなかった。花粉症ですら無縁なのだ。

 噂をしているとしたら、アンデッド連中だろうな。と思う。

 ここはまだあの魔族のテリトリー内。瘴気のリンクは切れていない。だとしたら、何らかの影響がこっちにも伝わり、噂でくしゃみ、と言う迷信と結びついてくしゃみを誘発する、と言うこともあるかも知れない。


「……あほらし」


 たかがくしゃみ一つに、無駄な思考を巡らしてしまった。

 ロブグリエは気を取り直し、よいしょ、と休憩を終わりにし、再び立ち上がった。

 やはり、テリトリーからは出ておくべきだろう。こっちからもリンクが通じている、と言うことが分かるなら、向こうからこっちの状況を正確に知ることも可能かも知れない。

 クビを言い渡された今の状況において、なお見張られているというのは気分のいいものではない。そう思うと、足も速くなる。

 とは言え、テリトリーから出ると言うことは、瘴気の供給を受けられなくなる、と言うことでもあり、少々不安は残る。いや、クビになったのなら、それはなくなって当然。頼る方がおかしい。自分だって、やってられっか、と言って出てきたのだ。


 ぴたり。


 ふと、不安に駆られて足が止まる。

 後ろを振り返り、ロブグリエはテリトリーを抜けたことを理解した。何か目印があるワケではない。しかし、この突然襲ってきた不安は、テリトリーからの瘴気供給が絶たれたためだ、と本能が告げた。


「……ふぅ、さてどうすっかなぁ……」


 振り返るのを止め、ロブグリエは再び歩き出した。




「はっはっはっはっは!」


 ばさり、と。翻った翼は瞬時にマントと化し、カマ男爵はテラスに降り立った。


「んー、やっぱり、血を吸うなら処女に限るわね」


 単純に好みで言うなら、別にそうとは限らないカマ男爵だったが、処女の血の方がパワーアップする、と言うのは吸血鬼の生態であるのでそれは仕方ない。

「さて、一応あいつも幹部になってるんだし、幹部同士の決闘はゴッサムに話を通しておかないとね」

 今度は私が勝つわよ~、と意気揚々と階段を下りていった。


 が、


「なんですってぇぇぇぇぇっ! くびぃぃぃぃぃっ!?」


 ばんっ! とカマ男爵は机を思いっきりひっぱたいた。


「……ちょっとうるさい」


 ゴッサムはちょっとどころじゃなく五月蠅そうに顔をしかめた。


「ここ一ヶ月、この私がなんのために修行なんてして来たと思ってるのよっ!」

「本当に修行してたんだ」


 そう言う噂はあったなぁ、とゴッサムは思う。


「あいつの聖なる関節技に対抗すべく、編み出した邪なる関節技の数々!」

「おまえ、そりゃ、ロブグリエの出任せだろうが」

「……え?」

「…………」


 微妙に気まずい沈黙。言わない方が良かったかな? とゴッサムは内心思った。


「でも、いいのっ!」


 しかし、すぐにカマ男爵は気を取り直し、


「あいつのが出鱈目でも、私のはちゃんと効くんだからっ!」


 ふん! とえらそうにふんぞり返り、カマ男爵は自慢の髭を撫でつつ、


「おかげで、シスターの血が吸いたい放題よっ!」

「……そういうこと止めろよ……」


 心なしか、ゴッサムの顔色が暗くなる。


「そんなんで、教会に目をつけられたらどうする? 僧侶と聖騎士の大群なんて来た日にゃ、いくら何でも持ちこたえられんぞ」

「大丈夫よ。ちょっとずつしか吸ってないし、ちゃんと記憶も消しといたから」

「だといいがな」

「それで、骨は何時戻ってくるのよ?」

「クビにしたヤツが戻ってくるものか。まぁ、向こうが頭を下げるのなら、また敷居を跨がせてやってもいいが……」

「どうだかねぇ~、わざわざ頭を下げてまで戻ってくるような理由があるのかしらね。私としては戻ってきて欲しいけどね。せっかく面白そうな遊び相手が見つかったのに。じゃなきゃ、一ヶ月もかけた修行の成果が無駄になっちゃう」

「悠久の時を過ごすアンデッドが、たかだか一ヶ月の時間を惜しむな」

「時間そのものは別に惜しくないけどね……」


 カマ男爵は不機嫌そうにゴッサムを睨んだ。


「あんたが必要以上に人間に手を出すな、って腰抜けたこと言うから、私は力を振るう相手に不自由してるのよ?」

「それで下っ端いびりか。呆れたものだ」


 ゴッサムは肩をすくめる。


「なんとでもおっしゃい。はぁ、久々に骨のあるのが入ってきたと思ったのに……」

「骨しかないけどな」

「……ギャグで言ったんじゃないわよ」


 カマ男爵は詰まらないギャグで話の腰を折られ、むすっ、とする。


「んで、何処行ったかも見当つかないの?」

「西の方に行った、と言うところまでなら分かるがな。儂の領域を抜けたため、細かいところは分からん。儂の目の届かないところまで行って、骨休めでもしてるんだろうよ」

「……つまらないわよ」

「儂とてギャグで言ってるんじゃないわいっ!」




「なんか、最近調子悪いな……」


 ロブグリエはぼやきながら、十字剣を杖によろよろと森の中を歩いていた。草が足にまとわりつき歩きにくいが、さすがにアンデッドが堂々と街道を行くわけにも行かない。

 この体中のだるさは、神聖魔法を使ったときのダメージに似ている。それに加え、なんか寒気がするし、節々が痛い。……リウマチ?


「んなわけないか……」


 頭に浮かんだ想像を否定する。つーか、本当は理由は見当ついている。瘴気不足だ。テリトリーから離れてしばらく立つため、身体機能を維持するだけの瘴気が足りなくなってきてるようだ。


「このままじゃ、行き倒れだよ……」


 行き倒れても、アンデッドだから死なないんだよなぁ……

 と、最近分かってきたアンデッドの知識に照らし合わせて判断する。瘴気が足りなくなれば、ごく少量の瘴気で済むように休眠状態になって回復を待つだけだ。


「……つーか、鎧捨ててけば、瘴気の消費を相当押さえられるはず、なんだよなぁ……」


 悩みどころだ。と、首を捻るロブグリエ。


「……考えても仕方ね。どうせアンデッドなんだ。気楽に行き倒れる所まで行ってみよ」


 本当に今にも行き倒れそうなよろよろとした足取りの割には、ずいぶんと呑気な事をいいつつ、ロブグリエは森の中を進んでいった。……どこへ向かって?




「最近、薬草畑が荒れてきてるんだが」

「……何故それを儂に言う?」


 久々に生き返ったゴッサムが医務室に入るや否や、ドクターにそんなことを言われた。


「ヤツが勝手に作った畑など、儂の管轄外だろうが。監督するなら、その恩恵を受けているおぬしがやれば良かろう」

「確かにその方が筋が通ってるんだろうがな」


 ドクターはゴッサムのローブの中に手を突っ込み、内臓を引きずり出してチェックしながら言う。


「下級アンデッドはもともと必要以外は休んでいて、瘴気の消費を押さえるモンだ。ちょっとやそっと言っても、何ともならんのだよ。それこそ、労働の報酬に瘴気を加給せんとならん」

「いままでだって、そんな事してないだろうが」

「ああ。してない。なのに、ロブが半ば強制労働させとった」

「……無茶をする。よくそれで暴動が起きなかったな」


 ゴッサムは瘴気の生産の足しにならないことには興味が無かったので、その辺の事情は初めて聞いた。


「ヤツの場合は自分が率先してやっとったからな。文句は出にくかったんじゃ。それに、なんだかんだ言って、皆ただダラダラと生きているのに飽いていたからのう。適度な刺激ではあったんだろうよ」

「理屈はいい。要するにロブグリエが音頭を取らないと、誰もそう言うことはせん、と言うだけの話だろうが」


 バラバラに机の上にゴッサムのパーツが並べられ、残ったローブの中にわだかまる闇だけが言葉を紡ぐ。


「畑なんぞ、今までなくてもやってこれたんだ。気にすることではあるまい」

「しかしね、贅沢は覚えるとなかなか元に戻れなくて……」

「俗物が」

「ケチに言われたくないのう」

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