ロンリー・アンデッド その2
次の日。
よろよろと、十字剣を杖に使い、やっとの事で中庭まで出てきたロブグリエは、備え付けのベンチによっこいしょ、と腰を下ろした。
「よう。ロブ。どうしたんだ? 妙に疲れて」
「ああ、サムソンか。ちょっとな」
問いかけたサムソンに、ロブグリエは何とか片手を上げて応じた。
「久々に神聖魔法を、それも大技を使ってな。まだダメージが抜けん」
「そんな危ないモン使うなよ。また、ゴッサムのダンナにか?」
「それと、ドクターにワイズマンも」
「あと三人もこんな状態だ、って事かよ。いま襲われたら、この城保たないな」
「かもな。そん時はカマ男爵に孤軍奮闘してもらおう」
ロブグリエは人ごとのように言った。
「いや、ほんと、今回はやばかった。アンデッドの身で祝砲なんか使うモンじゃないな。さすがにやりすぎた、と思うよ」
「なら、無理して神聖魔法使うことも無かろうよ。黒魔法でも覚えたらどうだ?」
「いや、それは聖騎士のプライドに懸けて出来ん!」
「……ひょっとして、マゾ?」
「んなわけあるか……、あ~、ダメージが残ってなきゃ、殴るところだ」
ロブグリエはベンチに寄りかかり、空を仰いでぼー、としていた。
「そんなにキツイなら、ドクターの所から瘴気回復薬でももらってこようか?」
「……そのドクターに神聖魔法を喰らわせているからな。さすがに頼りづらい」
ずるり、と背中が滑り、ベンチに倒れ込んで横になったロブグリエは、マントを掛け布団のようにくるり、とまとい、
「どうせ、しばらく寝てれば治る……と思う」
「一晩寝ても治らなかったんだろうが。寝るんなら、地下室にしたらどうだ?」
サムソンは親切心から忠告するが、
「あんな陰気な所じゃ、回復するもんも回復せん。昼寝するなら、太陽の下に限る」
「太陽の下って……、それは、瘴気の回復にはむしろ悪いだろうが」
「それもそうか……、あ、まずい。なんだか、体が動かん……」
「ほら、言わんこっちゃ無い」
サムソンは面倒くさそうに肩をすくめると、
「ほら、医務室まで連れてってやるよ」
「むぅ、すまん……」
ずしり、とロブグリエの体重がサムソンの肩に掛かる。
「おもっ!? 少し、ダイエットでもしたらどうだ?」
「……余分な肉は、これ以上ない、ってくらいねぇよ」
重いのは鎧のためだ。とは言え、ここで鎧を置いていこう、って言っても納得しないんだろうなぁ、とサムソンは諦めた。
「ああ。来たか、ロブ」
入ってきた二人を見、ドクターは薬棚から予め調合しておいた瘴気回復薬を取り出した。
「昨日はすまぬ。知らなかったとは言え、おぬしのキノコ喰ってしまって……」
表情を上手く作れないドクターの顔からはわかりにくいが、本当に済まなそうに謝るドクター。
「さすがにドクターはダメージ残してないみたいだな」
「当然じゃ」
感心するサムソンに、ドクターは医者だからな、と答える。
「ほれ、瘴気回復薬。おぬしの分じゃ。おぬしのキノコを混ぜたおかげで、回復力15%アップじゃ。やっぱ、生産者には還元せんとな」
「…………」
「そう睨むな。本当に悪かった、と思って、こうして薬を用意して待っとったんだから」
「そうか……」
ロブグリエはサムソンに担がれたまま、よろよろと頭を下げると、
「こっちも悪かった。つい頭に血が上って……」
スケルトンに血なんて無いだろ、と突っ込みたかったサムソンだが、ここは茶々を入れていい場面じゃないな、と自重した。
「……で、どうやって使うんだ、この薬?」
ラベルには手書きで内服薬、とあるが、スケルトンでも内服できるんだろうか?
「その粉は瘴気と結びついて安定するようになっているから、とりあえず飲め。飲むのが嫌なら、頭から被ってもかまわん。……飲んだ方が効果的じゃが」
「…………」
ロブグリエは薬を飲むのを躊躇う子供のように、しばらく容器を見つめていた。
主成分が墓土と書いてある薬を平気で飲めるほど、彼はアンデッド生活に馴染んではいなかった。が、飲んだ方がいい、と言うならと、思い切って飲み干す。
「げはぁっ! げほっ、げほっ……、うげ……、粉っぽい」
喉があるわけでもないのに、生前の癖で咳き込むロブグリエ。
しかもこの薬、酷く不味い。何だか苦いし、泥臭い。何だかむしろ腹を壊しそう、と思えるほどだ。
「死ぬほどマヅイ……」
「これが不味い、って事は、なんじゃ、スケルトンになって一ヶ月も経つというのに、まだ生前の感覚を引きずっとるのか?」
ドクターははて? と首を傾げる。
「そういや、埋葬された経験もないおぬしじゃ、あんまり馴染まんのかもしれんな」
「たしかに、これにはまったく慣れそうにない。……だが、瘴気が回復したのは感じる」
ロブグリエはぐるぐると体中を準備体操の如く動かし、全身の瘴気が順調に循環し始めたのを確認した。
「ま、『良薬は口に苦し』と言うのは、死んでも変わらん、ということか」
「ちょっと違うが、まぁ、納得しているならいいか」
「それじゃ、世話になったな」
「あれだけのダメージ、薬を飲んだとは言え、もう少し安静にしていた方がいいぞい。ベットで寝ていくか?」
「いや、いいよ。んじゃ、行くかサムソン」
と、ロブグリエはサムソンの方を振り返り、医務室から出て行こうとした。
ちりぃぃぃぃぃぃぃぃん…………
扉を開けたその向こう側、廊下にわだかまる闇の中から、鈴の音と共に、いつの間にそこにいたのか、干涸らびた死体がぬぅっと現れた。
「ぬおぅっ!? ……なんだ、ワイズマンか。脅かすなよ」
ロブグリエがホッと胸をなで下ろしていると、ワイズマンはその右手に括り付けてあった鈴を取り外すと、そっとロブグリエの方に差し出し、
「すまぬ~」
と一言。
「うむぅ、こっちこそ済まぬ」
とつられて謝るロブグリエ。
「って、これは、お詫びの印、ってことなのか?」
その差し出された鈴を受け取ると、すぅっ、とワイズマンの姿は闇に掻き消えた。
「……ゴーストならともかく、実体を持ったミイラでもああいう芸当が出来るのか?」
「ワイズマンの使う東洋の術式はよく分からんことが多いからのう。……あの通りあまりしゃべらん人じゃし」
ロブグリエの問いに、ドクターは首を捻るだけだった。
「だが、その鈴が大事なものだ、と言うことは知っておる。たしか、即身仏になるときに使っていた祭器の一種らしい」
「ふーん……」
何となく頷いたものの、余りよく分かっていないロブグリエ。そんなもの自分が持っていても、なんの利点があるのかさっぱりだ。
だが、それでもワイズマンの謝罪の意志だけはくみ取れた。
「まぁ、とにかく、これで謝ってないのは魔族野郎だけか」
「ああ。ゴッサムなら、ダメージが酷かったんで、しばらくは死んだままだと思うぞい」
「回復薬は効かないのか?」
「魔族だからな。儂等より神聖魔法のダメージはでかいし、薬も効きにくい」
ドクターは難しい顔をし、顎を撫でつつ、
「そんなわけで、原因がゴッサムの方にあったとは言え、あれだけのことをされては、きっとゴッサムの方からは謝ってこんと思うぞい。すまんが、ここは事を荒立てんよう、おぬしの方から先に謝ってくれんか?」
ドクターの頼みにロブグリエは仕方ない、と肩をすくめて、
「ドクターは大変だな。いろいろと気を使って」
「ほとんど治療の必要ないアンデッド相手の医者なんて、悩み相談がメインの仕事のようなもんじゃからのう」
大人の対応だなぁ……、とロブグリエは感心してしまった。
ここは一つ、自分もやりすぎたところは謝って、とっとと仲直りしてしまおうと。
それに、幹部が首領と仲違いしていては、他のみんなにも迷惑かかるし。
「わかったよ。こっちの被害は、言ってしまえばたかがキノコだ。やりすぎた、とは本気で思ってるし、無駄に喧嘩しようとは思わんよ」
瘴気の回復で余裕が出来たのか、思いの外あっさり水に流せたロブグリエだった。
三日後。
ロブグリエが畑を耕していたら、闇を引きずりつつ散歩していたゴッサムに出会った。
ほぼ一週間に一度しか生き返ってこないゴッサムにしては早いほうだ。前回、神聖魔法でダメージをおっていたので、もっと時間がかかってもおかしくない。
そのダメージの所為で、この前はやるべき事がちっとも出来なかったので、今日無理して生き返ってきた、というのは本人とドクターくらいしか知らないことだ。
「おー、ゴッサム。もう起きて大丈夫なのか?」
ガチャガチャと手を振りつつ呼び止めると、ゴッサムは立ち止まって振り向いた。
「いや~、この間は悪かったな。ちょっと俺もやり過ぎた。はっはっは」
カタカタと顎の骨をならしながら笑うロブグリエ。
一応謝ってはいるのだが、ちょっとノリが軽すぎた。ゴッサムにはそれが気に障った。
「言うことはそれだけか?」
「はっはっは……は?」
かた……、と、ロブグリエの笑いが止まる。
ゴッサムにしてみれば当然だ。その程度の軽いノリで神聖魔法を喰らわされたのではたまったモノではない。むしろ、わだかまりを残したまま、無理に仕方なく謝るくらいの方がよかったろう。
「たかがキノコ喰ったくらいで殺されかけるとは思わなかったぞ。心の狭いヤツだ。ま、所詮は元聖騎士か。あんな排他的な連中に心の広さを期待するだけ無駄か」
「あ!?」
さすがにロブグリエも笑って済ますわけにはいかなくなる。にじみ出る険悪な雰囲気。
瘴気そのものとも言っていい程のその場の雰囲気。しかもアンデッド達も避けるほどの禍々しさが漂っている。
「たかが、とはどういう事だ? 人のモン勝手に喰っといて逆ギレかよ」
「割に合わん、と言っとるんだ。どうせ食べれもせんくせに。儂の敷地内勝手に使っといて、自分の権利ばかり主張するな」
「んだと? テメェこそ魔族のくせに人間の真似して食い物喰いやがって」
「ふん。人間の存在を間借りしている以上、たまにはメシを食わねばならんのだ。おぬしの人間ごっこと一緒にするな」
「人間ごっこだと!?」
ゴッサムはフフン、と鼻で笑うと、
「図星さされて怒ったか? お前は人間であった自分に未練があるのだろう。職場環境改善とかほざいて人間の暮らしぶりに近づけようとしているらしいが、そんな見苦しい現実逃避をいつまで続けるつもりだ? 人は何時かは死ぬ。そして、お前はもう死んでいる」
そして、びしっ、と骨だけの指をロブグリエに突きつけると、
「アンデッドは人間ではない。その死体と魂を材料とした別の何か、だ。お前の『人間だった』と言う自覚など、たまたま消えずに残ったカスに過ぎない」
「人の心をカス呼ばわりしやがったな……」
わなわなとカタを振るわせるロブグリエに、
「わからんのなら、何度でも言ってやる」
と、ゴッサムは、
「元になった人間とアンデッドは、生き物が死んで土となり、その土から栄養を得て育った植物と同じくらい違うモノなのだ」
「……よけい解り難くなった」
「くっ、これだから、学のないヤツは嫌いだ」
「小難しく言えた方が学がある、と言うわけでもあるまい。本当に学があるなら、わかりやすく言えるはずだ」
「自分が理解力に乏しいことを棚に上げて……、ふん。まぁいい。脳みそも無いヤツにそんなことを期待しても無駄か」
「……人のこと勝手にスケルトンにしたヤツの言うセリフかっ!」
言葉を重ねる度、だんだんと険悪になってくる。既に周りに他のアンデッド達の姿は見えず、どこかに逃げてしまっている。ときどき遠くからこそこそと覗いているヤツはまだいるみたいだが。
「スケルトンにしたのはドクターだ。儂じゃない」
「責任逃れかよ。人のこと心が狭い、とか言っといて、テメェこそみみっちいな。ああ、テメェのみみっちさは筋金入りだったな。ちまちまと存在を出し惜しみして、何を成すワケでもなくただダラダラと生きているだけ。駄目人間か、テメェは」
「い、言うこと欠いて、駄目人間だとぉぉぉぉぉっ!」
さすがに怒るゴッサム。
「誇り高き魔族を捕まえて、駄目人間、とは何事だっ!」
「誇り、のほの字も感じられねぇよ。ただ生きていればいいのなら、絶滅危惧種として人間に保護してもらえ」
「き、キサマぁぁぁぁぁぁっ! 儂をここまで虚仮にして、タダで済むと思うなよっ!」
「へ~、タダじゃなきゃ、なんだって言うんだい? ケチの魔族野郎」
「その魂をブチ砕いて、従順な傀儡に作り直してやるっ!」
「おもしれぇ。やれるもんならやってみな」
売り言葉に買い言葉。だんだんとエスカレートしていったそれは、ついに実力行使にまで発展した。
「カオティック・ブラストォォォォォォッ!」
「ホーリー・ブラストォォォォォォッ!」
ずどぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!
無惨にも荒らされた畑に、まるでそれを栽培していた、と言わんばかりに散らばっている、内臓やら骨やら。
「く……くびだぁ~……」
「や……やってられっかぁ~……」
バラバラになっても、まだいがみ合っていた。




