ロンリー・アンデッド その1
「お前等、何か趣味持ってるか?」
ロブグリエの突然の問いかけに、カードに興じていたアンデッド達は顔を見合わせた。
「ん~、俺は野良スライムを手なずけるのが趣味と言えば趣味かな?」
サムソンが答える。
「俺はカードだな。いい暇つぶしになるし」
と、カール。
「俺は暇つぶしならどっちかって言うとスポーツがいいかな?」
と、クライス。
「あっしはお香の調合ですかねぇ……」
と、最近一緒に行動するようになったリビングメイルのルイードが答える。
なんだかんだで、ほとんど空回りはしているものの、いろいろとみんなのために頑張っているロブグリエはそれなりの人望を獲得し、こうして彼の周りには少しずつアンデッド達が集まるようになってきた。
それはさておき……
「何でいきなり趣味の話?」
「うむ。それはだな。アンデッドって死なないだろ?」
「そりゃ、そうだ。だからアンデッドなんだって」
「だからさ。生きるために何かしなくちゃいけないワケじゃ無いし、そうなると、空いた時間が結構あるわけじゃん。それに、死なないと、いろいろと執着、っていうか、欲が無くなって来るっぽいし、そうなると、日々をダラダラと過ごすようになってきて……」
「ああ。わかった」
サムソンは頷いた。
要するに、いつものロブグリエのアンデッド生活向上計画か。
頑張っているのはわかるが、ハッキリ言ってハズレネタの方が多い。日に3~4個のネタを出すが、今までの当たりは、新しいお墓と、ハーブ栽培くらいである。他のネタは実行に移したものの、それほど成功したとは言い難い。
「だから趣味でも持って、生き甲斐を見つけよう、とか何とか言いたいんだろ」
「その通り!」
ロブグリエはどうだ、いいアイデアだろ、と言わんばかりに胸を張った。
対するみんなの反応はいつも通り、ちょっと微妙。あまり乗り気ではないが、完全に否定しきることも出来ない。
「まぁ、やってみれば?」
「……投げやりだな」
「それなりに現状に満足しているんでな。無理して趣味で盛り上げようとは思わんよ」
「ロブグリエがワケ分からんこと言うのはいつものことだし」
と言うほどワケが分からんわけではない。だが、アンデッドには人間の習性を引きずっているロブグリエの感性はちょっと受け入れ難い。
まだアンデッドになってから一ヶ月弱と日の浅いロブグリエではそれも無理はない。
「アンデッドに生き甲斐、ってのは確かにワケわからんわな」
「そうそう。それに、わざわざそんなネタ振られなくても、みんなそれなりに適当な暇つぶしくらいしているって」
「趣味、って言うほど積極的なものでもないけどな」
「……うぬぅ……」
とロブグリエは言葉に詰まる。
「だいたい、アンデッドは仕事をするために召喚されるわけだし、それ以外は十分な瘴気と、たまに月明かりでほろ酔い気分になれれば事も無し、ってモンだぜ」
「そうそう。死人に人権なし、って諺でも言うでしょ」
「それでいいのか?」
「だから、いいもなにも、アンデッドって言うのはそう言うモンだって」
のんびりとカードを切りながら、カールが言う。
「それに、今までは福利厚生だ何だと、制度とかそっち方面の事ばかりやって来たのに、趣味なんて個人的なことまで口出すほどネタがなくなったのか?」
「いや、何だか今まで見ていて、アンデッドって十把一絡げな扱い受けてるし、お前等自身もその扱いに慣れている、っていうか、諦めている様にも見えるし、そこんとこなんとかすべく個性を追求するとか、自分の再認識の足がかりにするというか……」
ごにょごにょと。
考えがまとまらぬまま勢いだけで話そうとしたので、最後の方は何だがぐだぐだになって言葉を濁した。
「ふーん。……どうせ、ロブ自身が何か趣味見つけて、『これだっ!』とか思ったんじゃないか?」
「…………」
「……図星か」
クライスがロブグリエの顔色を見て判断する。
スケルトンに顔色があるかっ! って突っ込みは無しだ。顔色と言っても、人間のそれとは違い、身に纏う瘴気の波長の変化だ。
「ロブらしい、って言えばらしいけどね」
「まぁ、カードの決着も付いたことだし……」
サムソンが一抜け、と最後のカードを捨てる。
「暇つぶしに付き合うか。何を始めたかは知らないが、面白そうなものなら、他のみんなが趣味を持とうという切っ掛けにはなるだろうな」
と席を立つ。
「またサムソンが一位かよ」
「はっはっは。伊達に長生きしとりゃせん」
長生き、とは言わないだろ、と言いたいところだが、最近はロブグリエもアンデッド達のそう言った冗談交じりの言い方になれてきた。
カールはつまらなさそうにカードを捨てると、
「んじゃ、俺も付き合うか。最近カード負けっ放しだし、他の趣味を見つけてみるのもいいかもしれん」
「……また負けそうだからって逃げる」
「うるせぇ。たかがカードごときどうでもいいだろ。別に賭けているワケじゃないんだ」
クライスははぁ、とため息をつき、
「まぁ、いいでしょ」
とカードを置いて立ち上がった。
「……ってことは、お二人は勝負を放棄した、と言うことで、あっしが二位ですな」
しかし、ルイードの言葉は無視され、みんなロブグリエの後を付いて行ってしまった。
「……って、待ってぇな」
慌てて後を追うルイード。
「んで、結局どんな趣味なんだ?」
「うむ。ほら、俺は毒キノコにアタって死んだろ」
「……そうだったんだ」
「あれ? 言ってなかったっけか? まぁ、いい。んで、キノコに詳しければ、そんな間抜けな死に方しなかったろうなぁ、とか思ってな。キノコについて調べてみてるんだ」
「…………」
あんまり面白そうな趣味じゃないな、とかみんな思ったが、付き合う、と言った以上、今更やっぱやめる、とも言い出しづらい。
「そんなわけで、最近じゃ、キノコの標本の採取に止まらず、栽培なんかも始めたんだ」
「うわ……」
サムソンが露骨に嫌そうな顔をした。
「んじゃ、俺はパスだ。胞子が付くのは御免だ。俺は体にキノコを生やして喜ぶような変態じゃないからな」
「……たまにキノコが生えたゾンビがいるが、あれって変態だったんだ」
「マシューズは『これがオシャレなんだ』とか言ってたぞ」
「とんでもない!」
サムソンは首を振った。
「そんな自らの体を大事にしないオシャレがあってたまるか。スケルトンにはわからないかも知れないが、俺達ゾンビが腐敗具合を適度な状態に保つことにどれだけ心血を注いでいると思ってるんだ」
「…………」
カールは首を傾げ、
「確かに、わからん」
と呟いた。
ゾンビの間にも、よく分からない文化の壁があるらしい。
煙草を吸う人と吸わない人の違いのようなモノか? とロブグリエは適当に解釈した。
「最近の若い者は、バクテリアでじっくり腐敗させた良さをわかってない」
本っ当に、分からん。
ロブグリエも、カールも、クライスも、俺等スケルトンでよかった。と心底思った。
リビングメイルのルイードは、根本的にさっぱり理解していないらしい。
「そうか。俺のキノコの栽培室は、元地下牢を改装して作ったから」
「わかった。他の自然腐敗派の連中にも近寄らないよう伝えておく」
「あ、そう。んじゃ」
とサムソンとは別れ、地下牢へ。
「しかし、ロブが来てからまだ一ヶ月くらいだよな。キノコってそんなに早く育つものなのか?」
「俺は栽培したこと無いから分からん」
と、カールとクライスが言う。
「森に生えていたのを取ってきただけだからな。本格的に栽培で増やすのはこれからだ」
「ふーん。何か薬効のあるヤツだと、ドクターが喜びそうだな」
「そうだな。いいのがあったら、またドクターに話し持ちかけて支援してもらうかな」
この間のスポーツグランドとか、ハーブ畑の時みたいに。とロブグリエは言った。
「おし。ここだ。見よ! 我が自慢のキノコ栽培室を! なんちゃって」
「……本当に、なんちゃって、って感じだなぁ、おい」
その閑散とした部屋を見回し、カールはそう呟いた。
「……あれ?」
ロブグリエは目を丸くする。
「いや、本当は、この辺の棚に、もうちょっと、こう……えーと、あれ?」
手を大きく広げてパタパタ振って、山盛り、って感じのジェスチャーをしたのち、棚を見回したり、隙間をのぞき込んだり、首を傾げたり。ひとしきりおろおろして、ロブグリエはちょっと泣きそうになっていた。
「なんだ、つまり、頑張って取ってきたはずのキノコが、いつの間にか消えていたと?」
「ネズミにでも喰われたか?」
「いや、この城、ネズミいないし」
「さっきサムソンが言ってた、キノコ派のゾンビの連中ですかね?」
カール、クライス、ルイードの三人は、口々に適当な想像を述べる。
「つい今朝まではあったはずなのにぃ……」
がしゃ、と久々に崩れるロブグリエ。
と、次の瞬間、再びがしゃがしゃと組み上がる。
「……この匂い、キノコを焼く匂いだ!」
どこからか、香ばしい匂いが流れてくる。
「焼く、ってことは、誰かが喰おうとしているのか?」
「多分そうなんじゃないかな?」
「アンデッドがものを喰うか?」
「さぁ?」
「こっちか!?」
とロブグリエは、匂いを辿って部屋から飛び出した。
「……とにかく、行ってみるか」
「何かトラブルがありそうだから、行かない方がいい気もするけど」
「トラブルを放っておく訳にもいかないでしょ。特にあっし等リビングメイルは警備が仕事ですから」
三人はロブグリエの後を追い、しかし、ゆっくりと歩いて行った。
ギャギャギャギャギャッ!
急ブレーキを掛け、石畳の床と擦れたブーツが凄まじい音と火花を立てる。
いま、匂いが弱まった。発生源を通り過ぎたからだ。
その通りすぎた、匂いの発生源と思われる扉の前に戻ると、
『医務室』
「って、ドクターの仕業かっ!」
ばんっ!
扉を開け放つと、ドクター、ワイズマン、ゴッサムの三人が一斉にロブグリエを見た。
その真ん中に置かれた七輪で、キノコが焼かれていた。
「ん? どうした。お前も喰うか?」
「喰うか? じゃねぇぇぇぇぇぇえっ!」
ゴッサムのセリフに、ロブグリエは絶叫した。
その側で、そんなことは意にも介さず、ワイズマンがぱく、とキノコを口に放り込む。
「うま~」
と言いつつ、更にぱく。ぱく。ぱく。
「食い過ぎじゃ、少しは遠慮せい」
ドクターは言いつつも、無駄だろうな、とは思っていた。
飢え死にしたワイズマンは、アンデッドのくせに食に対する執着が強い。
なら、喰われる前に喰うべし。
「うむ。美味」
と、ドクターもばくばくと。
「ああっ! お前等、人が栽培していたトリュフを気軽に喰いやがって!」
地団駄踏むロブグリエの後ろで、
「トリュフ、って美味いのか?」
「さぁ? 生前喰ったこと無いから分からん」
「高いキノコだ、って事は知ってる」
「じゃあ、美味いんだな?」
「……たぶん」
「庶民の口には入らないほどには」
と、追い着いてきた三人がそんなことを言う。
「なんだ。これはお前が栽培していたものだったのか。道理で地下牢にいきなり生えているのは不自然だと思ったんだ」
と、ゴッサムはひょいと一つ口に放り込み、
「ごちそうさま」
「うがぁぁぁぁぁぁっ!」
ロブグリエが切れた。
「ブレス・カノン!」
「ぎょえぇぇぇぇぇえぇっ!」
「のびょおぉぉぉおぉぉっ!」
「ひぎぃいぃぃぃぃぃいっ!」
「うぎゃあぁぁあぁぁぁっ!」
「ああ。やっぱり面倒なことになったな」
四人の幹部が悲鳴を上げる様を見つめ、カールはどこかどうでも良さそうに呟いた。




