レンタルお姉さん
―レンタル姉さん―
ひきこもりとは。長期にわたり自宅や自室に閉じこもり社会活動に参加しない状態が続くことである。二〇〇一二年のひきこもりの総人口は六九.六万人(内四六.〇万人は準ひきこもり)その原因としては生物学的要素や明確な疾患・社会的要因・心理的要因等である。
また、外出する事ができないと言うわけではなく。買い物、自分の趣味に関する事で出かける。または近所のコンビニに出かける人も多いと言われている。
―四月二日(土曜日)―
中野駅を出たとき、初めて来た街なのにずっと前にこの街に来たような気がした。
〝デジャブなのかな? 一度も来た事もない場所なのになんども訪れたことのあるような気がする〝
〝いや……そうじゃなくて……私にとってとても身近な場所であるような……〝
そんな事を思いながらバスロータリーに立っていると一台の軽自動車が私の前に止まった。
車のドアを開け、座りながらドアを閉めると右車線を走るバスを追い越すようにバスロータリーの中を抜けると駅前商店街の風景が走るように窓の外に広がった。
「始めまして小林さん。先月ご連絡をした摩矢です。今日は駅までありがとうございます」
運転席にいる瑛莉さんに言うと、サイドミラー越しに私を見ながら、
「こちらこそ、美咲の母の江莉です。今日は娘の為に忙しい所を兄姉として来てくれて。こちらこそよろしくお願いします」
レンタル兄姉
中野区児童相談所がおこなっている修学援助ボランティア。相談所主催のセミナーを受講した18~25歳までの男女が兄・姉として偶数月の土曜日に訪問し話し相手、もしくは一緒に外出することで復学等の社会参加を促す。
「美咲さんはお元気ですか? 一応、豊川さんが手紙で私の事を紹介したんですが」
児童の自宅への訪問一ヶ月前にレンタル兄姉の活動と派遣する兄姉の近況を綴った手紙を出しているのだか突然のことなので困惑しているだろうと思い確かめるように言うと、
「一応は、今はああですけど、元々は人懐っこい子で。母親の私が言うのも変ですけどひきこもるような子じゃなかったので」
と、少し言いにくそうにそう言った。
幸いな事に、私が今まで会った子との間にトラブルは無く、とても良い関係だった。その為だろう、相談所の方も家の都合で辞めた豊川さんの後を私にしたのだなと思っている間にコンビニの角を抜け住宅街に入った。よその家庭をのんびりと眺めながら面談する子と何を話そうかと考えていると、黄色い屋根の家が見えてきた。
車を出て真っ先に目に飛び込んできたのは物凄い刺激臭のする灰色に汚れた壁と晴れているのにも関わらず雨戸で締め切られた窓であった。
「ごめんなさいね。チョット今立て込んでいて」
と言われ私はドアを開けてもらい小林家の中に案内された。
模様が見えないほど古い玄関マットの上置かれたスリッパに履き替えると、二回の階段を上がり、突き当たりにある美咲さんの部屋に案内してもらった。
「美咲、ドア開けて。摩矢さんきたわよ」
そうドアの前で江莉さんが言うと、
「わかった。いま開ける」
と言う甲高い声が薄暗い廊下に響くと同時に部屋のドアが少しだけ開くと、その隙間から見えたのはジャージではなくピンク色のワンピースに黒ストッキングというどこにでもいる女の子の格好だった事に驚きを隠せなかった。
「こんにちは、お部屋入って大丈」
少し間をおいて私が行ったその時、
「あのここから先、入らないでください。まだ信用したわけじゃないんで」
と、不信感を前面に出しながら部屋のドアを力強くドアを閉めた。
「美咲。せっかく来てくれたのに、そんな態度はないでしょ」
そのひどい態度を江莉さんが諌めようとしたその時、
「だって。実家のコンビニ継ぐって絶対変よ。辞めるにしてもクリスマスカードの返事ぐらい出すでしょ」
と、興奮しながら言うとドアの外で物凄い音薄暗い二階中に響いた。
「ちょ、ちょっと美咲!」
そう言うと、今にも飛びかかりそうな勢いでドアノブに手をかけようとしたその時、
「大丈夫です。美咲さんとの信頼関係を築くには、このぐらいから始めた方がいいので」
後ろの方にいた私は江莉さんをなだめる為に落ち着かせるように言うと、ためいきをつきながら、
「じゃ、飲み物とお菓子持って来ますんで」
そう言うといそいそと階段を下りた。すると私は、薄暗い廊下にひとり残されてしまった。
〝がんばるしかない〝
そう思い静まり返った美咲さんの部屋ドアの前に寄りかかって美咲さんが落ち着くのを待った。
それから一〇分後、江莉さんがコーヒーとチーズケーキを持ってやって来た。が本人が食べたくないと言った為私もお茶を断ろうとしたが、部屋の中から
(それ美味しいから私の代わりに食べてよ)
と言われたのでお茶をもらうことにした。
「まずは自己紹介から。私の名前は摩矢美久。愛誠大学で中学校の先生になる勉強をしていて」
「児相から派遣されたんでしょう」
と、コーヒーを飲みながら話しかけると、さっきまでの興奮がまるで嘘のように話を返してきた。それを聞いた私は今まで面会した子とは違い本当に手紙を読んでくれた事に驚いた。
「ねぇ、その手紙には私の事以外にはなにが
書かれていたの。教えてくれない?」
気に触らない程度に手紙の内容を聞くと砕けた口調で内容を私に話してくれた。
「なんか豊川さんお父さんが体壊して入院したんだって。それで実家カ行を手伝わなきゃいけないんだって。でもさぁ変じゃない? 前に会ったとき変に太っていたし」
と、内容の補足まで話してくれた。
「そうなの……ところで私が美咲さんの家に来たのは」
衝撃の裏話から気を降り直し話し始めたその時またしても、
「復学を助けに来たんでしょ、思っている事話す気無いし。べつにさぁ、復学しなくてもいいじゃん。退学になっても大検受けて合格すれば専門だって大学だって自分の受けたいとこ受けられるし」
と、私の言おうとした事と自分の言いたいことを言われ精神的に滑った私は、経験したことのない事に正直焦った。
「けど、高校の友達はどうするの。会えなくなったらさびしくない」
「別に、友達とはしょっちゅうメールのやり取りをしているし。たまに外出てその子達ともあそんでいるから友達とかは平気」
と、あっけらかんとした口調で私に話すのだったが、
「けど、林間学校や修学旅行とかを一緒に楽しむ事はできないのよ」
と、諭すように言ったその時、
「別にそれでもいいじゃん」
と、答えた。その声はさっきまでの調子がまるで嘘のようなか小さくなった。
「校外学習で何か有ったの?」
体勢を変え、ドアに向かって話しかけると、小さくなった声をさらに小さくし、
「別に関係ないじゃん」
そう聞き取りにくい声でボツリと言った。それを聞いた私は、しまったと思い、
「ごめん、話したく無い事聞いちゃって」
と言うと美咲さんは何も答えず一言。
「いいよ。もう……」
と、言った途端暗い二階の暗い雰囲気がますます重苦しいものになった。私は話題を学校から反らそうと必死に努力したが美咲さんは
(もういいよ)
と、一言美咲さんが辛そうに言うと、残りの30分を言葉一つ交わさなかった。
正直すぎた。
それにしても突然話さなくなるなんて、よほど辛いことが校外学習であったんだな。そう考えると私はかなり無神経な事を聞いちゃたなと思いながら駅前ブディックのショーウインドーを眺めていると、
「来てくれて本当にありがとうございました。それじゃあ、4月16日の一時半にまた」
と、運転席の江莉さんが後ろにいる私に話しかけてきた。
「いぇ、私の方もご両親にも話せなかった
事ストレートに聞いちゃって」
私も江莉さんに話の事を謝るように言うと。
「一年の林間学校の後からあんな感じで。豊川さんの時も、校外学習の話になると暗くなるって……私も何があったか及川さんのお母さんに詳しい事を聞いたら、どうも優香ちゃんと何かあったらしくて」
と、声が小さくなった理由を話してくれた。その内車が駅へ着き、ロータリーの真横に車を停めてもらうと私は車を降りた。
―五月二一日(土曜日)―
一週間後、児童相談所からの電話も無く第二土曜日をむかえた。
このボランティアは児童との信頼関係が重要視される為担当が変わるという事なんら珍しくもない。が何も無い為、美咲さんは私とまだ話す気があるんだなと思っていると、車は小林家に着いて車から出るとあの異臭を放つ灰色の壁は白くなっていた。
瑛莉さんがお茶の準備をしている間に美咲さんの部屋に入ろうと、ドアノブに手をかけたその時、灰色のスエットを着た茶髪の少女がお財布を握りしめて、部屋から飛び出してきた。
何と思った私は彼女を目で追うと、
「インターホン鳴ったけど!」
「お金ちゃんと入っている!」
と言う、簡単な会話が一回の廊下から聞こえてきた。
〝あの子が美咲さんだな〝と思うと同時に
〝なんでひきこもったの〝そう不思議に思いながら
「元気ですね」
と、明るくなった二階のおどり場から声をかけた。
「えぇ、なんでもコムゾンで漫画を注文したとかで。そのパワーを学校に行く事にむけてくれればいいんですけど。あの先にあの子の部屋で待っていてください」
そう江莉さんが苦笑するように言うと、
「えぇいいんですか、私が部屋に入るの、あんなに嫌がっていたのに」
「美咲もOKしています」
と、言われた。
〝大丈夫かな〝
そう思いながらドアをあけると、ピンク色のノートパソコンが置かれた学習机と、制服のかけられたクローゼット兼本棚の中には漫画と本がきちんと並べられていた。
いままでもいろんな子の部屋上がったけど、そのほとんどの部屋は自分にとって居心地のいい、外に出なくても大丈夫な部屋だったけど、美咲さんは今までの子とは違って
外に出ている・人と接して居なければ出ないような雰囲気があった。そんなことを想っいたその時、
(来たぁ。これで後は)
と、若い女の子特有の声がすくそばで聞こえた。
「やっと放課後キター。これでトーン・インク切れの心配は無くなったから遊香と江美にメールしなきゃ」
そう言いながら嬉しそうな表情で部屋に入って来くると美咲さんは、
「ぁ摩矢さん。ていうか、もう一時」
と、バツの悪そうに顔引きつらせながらそう言うと、私もしどろもどろになりながら
「おじゃましまぁす……この前はごめんね、言いたくないこと聞いちゃって」
そう美咲さんに言うとマンガ本とトーン。インクが入った箱を学習机の上に置いて、
「いやぁ、謝るのはコッチのほうだから。美久さんが来る前、携帯小説の恋×話を読んでいてさぁ……つい興奮しちゃって……。あの後オカン物凄く怒ったよ」
と、苦笑いしながらテーブルの前に座り肩肘をついた。
「そう言えば、前と格好が違うけど、いつもこんな」
と、話題を変えると、
「あぁ、あの服こと。あの日駅前のショッピングモールへ遊香達と買物に行った帰りで、あの格好だったの。普段はこれかジャージのどちらか」
と、頭を掻きながらそう言った。
人は一度ひきこもるとなかなか外に出ないが、人によっては買い物に行く、友人と会うという美咲さんタイプの人は結構いて、そう言う人もひきこもりには多い。
「そうなの」
「あと、この前家の中が暗かったでしょ。一昨日、外壁の簡単な塗り替え工事やってね。塗料が乾くのと匂いが抜けるまで窓を閉め切っていてさ。匂いすごかったでしょ」
と、言ったその時、
「美咲、お茶持ってきたから開けて」
そう言う声と共に甘く香ばしい匂いがした。
「あぁ、いま開ける」
そう言うとテーブルに手を付いて立ち上がってドアをあけた。
「パウンドケーキの中が半生だったから少し時間かかっちゃって」
と言いながら私と美咲さんの間に温かい紅茶を手際良く置きながら、
「美咲。せっかく来てもらっているんだから、話したい事キチンと話しなさいよ」
と、念を押すように美咲さんに言うと、その言葉にコクリと頷くのだった
「それじゃぁ、ごゆっくり」
と、お盆を胸の抱き部屋の外に出ていった。
「本当、この前の事怒っているのね」
「うん……」
と言うと、気まずそうにぬるくなった紅茶を一口飲んだ。
「で遊香さんとマンガ用原稿用紙とペンを買いに新宿の東京ハンズに行ったんだ」
「そぅ。あそこないしマンガ書けないし。そりゃ、個人的にはコミスタ使っているけど部室にパソコンないし、盗作防止っていうのもあるから学校じゃむりなんだよね」
と、楽しそうに話してくれた。服の話から始まった会話は自然に買った物、部活の事そしてMGグランプリの話題に流れた。
「一言で言うと漫研や美術部の甲子園。出展作品はマンガ・アニメの二次創作・グロ系は当然だけど18禁はアウト。毎年、ファンタジー系やラブコメが多いね。ちなみにウチの学校は毎年個人とグループ・四コママンガ部門にエントリーしていて、大体今の時期は遅くてネタ出し、早くてラフだね」
と、去年の夏に池袋ホールでおこなわれた
二次選考会でのエピソードを交えながらMG
の事を生き生きと語ってくれた
「じゃあ最優秀賞とかになると、学校案内のパンフレットとかに載るの」
「うん。だから毎年内容に気使わなくちゃいけないし、特に1年は締め切り破っちゃうと2年に目付けられるからもね。もう大変」
と、前にやっちゃったよと言った。
「そっか。私は部活やらないでバイトだけだったから美咲さんがうらやましいな」
「え、意外。摩矢さん高校時代バイトしていたんだ」
「え、そう」
「うん。だってさぁ。大学卒業したら学校の先生かカウンセラーになるんでしょ。だから高校の頃はガリ勉かと」
と、パウンドケーキを食べながらそう言うのだった。
私が護教諭を目指している理由。それは中学校の頃いじめられそうになったのを保健の先生に助けてもらったのが切掛けで目指し始めた。このレンタル兄姉のボランティアも履歴書を書くにあたってただ資格があるよりは評価がいいのと、人の役に立ってなおかつ自分の為になるからだ。
「そういう風に見える」
「うん、というよりも豊川さんも養護教諭になる為にこのボランティアを始めたって言っていたから」
と、パウンドケーキを食べながら私にそう言った。
今まで面談してきた子のほとんどが趣味や興味のある事を話すだけで学校の事や自分の事を話す子は少なかった。が、美咲さんの場合、高校の友人と頻繁に合っている為、話も続く。それからすると彼女に外に興味がないワケじゃない。そんな彼女が高校に行かないのは、ナゼ? 私と見幸さんとの他愛の無い会話は長々と続き、面談終了を少し過ぎてしまった。
―五月一七日(火曜日)―
「えぇと、今日は発達理論の第3回目。ピアジェの発達論です。教科書にもあるように、ジャン・ピアシェは知の個体発生と認知活動及び、知系統発生の科学史とを重ね合わせた発生認識論の提唱者でもあります」
普段レンタルお姉さんしている私も普段は学業に忙しい大学生である。と、言うのも養護教諭になるには教職員資格と護教諭一種免許を取得しなきゃいけない。
主に養護教諭普通免許は主に「一許」・「二種」に類別され四年制大学(か、教員養成大学養護教論育成過程)で養護と教職に関する科目と合わせて56単位取り、所定の免許を取得。その後、各都道府県・市の教育員会が行う教育採用試験を受け採用名簿に登録されなければいけない。
と、なるまでに長く大変な道のりの為、せめて選択科目だけでも単位が二と大きく月に一度、講義のレポートを書くだけで期末考査も無いこの講義を選んだが、講師の浜先生の長いこと長い上にしんどい。
そんな事を思いながら階段状の教室の真ん中にある黒板を見ながらノートを取った。
「今回は紹介する思考発達段階の特徴としては、
一、個々の段階が生じる過程は一定で、段階の生じる年齢には個人差があっても、順序は変わらない。
二、各段階は全体構造で特徴づけられる。
三、またこれらの構造は先行の構造から生じ、隷属させるものである。
また感応運動の知的発達期は0歳から2才。その間乳児は対象の認識と感覚を運動によって行う。やがてシェマ(基本的行動様式)を共感していき意識に働きかけるようになります。また、前操作期の時期は2才~7歳。行為が内面化し、おままごと等シンボル機能が生じますが、内面は自己中心的です」
と、話を切ると浜先生は思い出したように、
「それで思い出したのだけど、アメリカに住んでいる妹の子がその時期だった頃、おままごとに夢中でね。普通ならぬいぐるみを子供役するのが普通なんだけど、その子はおもちゃのお皿を置いてそれに話かけていたの。変に思った妹が何でか聞いたら、肌の黒い男の子が部屋にいるって言ったんだって」
と、言った次の瞬間。講堂に居た全員の背中に冷たい風が当たった。それと同時に講堂の窓を叩くような乾いた音が響き渡るのと同時に怯える人、中には先生の隣に男の子がと騒ぐ人で講堂内は一時騒然となった。
「先生、それって幽霊じゃないですか…」
そう斜め後ろの席に固まっているオタクの一人がそう言うと、講堂に悲鳴が響き渡った。
「もしかするとね。妹夫婦が住んでいるアバートのその部屋、若い黒人の夫婦が惨殺されて幼い息子さんの遺体が未だに発見されてないって噂があるの。何か寒肌寒いと思ったら空調の温度が上がっていたのね」
と、意味心な事を言うと。浜先生は講義を再開した。
その後、窓を叩くような怪音が空調からのものである事に周りが気づくと、講堂が徐々に落ち着きを取り戻したが。自称霊感持ちの子だけは、授業が終了するまで〝子供の幽霊が〝と授業の終わりまで騒いでいた。
昼のチャイムと共にロッカー前は人でごった返した。二三四番のとびらを携帯ストラップがわりにしているロッカーキーを使って開け、中に児童心理学の教科書を入れていると、
「今日の授業どうだった。俺の方は相変わらずレポート提出が多くて、マジで大変」
そう私の隣にいる男子が教科書を入れながら後ろに居るガールフレンドにそう言うと
「私の方は。信じてくれないと思うけど今日の講堂での講義の時、幽霊が出たの」
と、講堂で起こった幽霊騒ぎを青ざめながら話す声を聞きながら一階の学食に向かった。
早くも講堂での幽霊騒ぎが怪談話として伝わり始めていた、するとこの状況に似たある騒ぎを思い出す。
当時小中高生の間ではヘカテ様と言うコックリさんによく似た占いが流行っていた。
やり方は机の上に五十音と性別・数字を書き、紙の中心にある丸にお墓で拾った石を置き四人の参加者がそれに指を添えて
(ヘカテ様・ヘカテ様・お告げください)と、三回呪文を唱えると石が紙の上を動いて質問に答えるように動き出すのというものだ。
もともとオカルトマニアがやっていたものが雑誌に〝安全なこっくりさん〝として取り上げられ、あっという間に流行った。
クラスでもヘカテ様をやる子は多く、特に熱心だったのがリーダー兼友人の春菜。彼女が開くヘカテ様に参加しないとクラスではぶられると言われるほどだった。
そんなある日の放課後、春奈が同じ部の中島・三原・古島と私を誘いヘカテ様をやった。
いつもどおり指を置いて呪文をとなえたが。が石は紙の中心の円の中で止まっていた。 今日はヘカテ様の調子が悪いのね、と言う春菜の言葉と共に石から薬指を外そうとしたその時、石から指が離れなくなった。恐さと焦りの中医師から指を話そうと必死になっていたその時、石がぐるぐると動き出し
「ゆ・る・さ・な・い」
「け・が」
「た・い・か・い・ま・け」
と言うお告げがおり、その場にいた全員がその不吉さにぞっとしながらも,たかが占いと半分馬鹿にしていた。
が、その一ヶ月後、春菜は学校の帰り道、自動車事故に巻き込まれ、左足を複雑骨折し県南大会に出場できなくなった。
大会はエース不在のため惨敗という散々な結果出し、春菜は先輩から怪我の事をまわりから酷く責められ、春菜はクラスのボスから一転。引きこもりになってしまった。
最初私もヘカテ様の呪いが自分に降りかかるのではと夏休み中怯えて暮らしていたが。二学期の始め、あの占いは春菜のわがままに耐え兼ねた三人が石と薬指にのりを塗り、たいかいまけ・けが・と動かしたと、古島が申し訳さそうに話してくれた。それを知った時、身近で起きた事故がヘカテ様の呪いでもなんでもないことを知ったとたん、占いを含めるオカルトを信じる事が馬鹿らしくなった。
「なあ、知っているか。講堂で幽霊が出たんって」
「まじかよ?」
「本当だよ。俺の友達に教育課程のやつがいるのだけと」
と、早くも怪談話になりつつあるあの出来事をどこまで広まるのかと思いながらお昼食べて帰ろうと思っていたその時、
「美久、よかったらお昼一緒に食べない」
と言う声が聞こえて後ろを振り向くと、後ろから友人の可奈がこっちへと走りかけていた。が、次の瞬間。真後ろで転ぶように前のめりに倒れた。
それと同時に周囲を不気味な間ができると同時に、その場にいた誰もがさっきまで話していた噂を思い出した。
〝黒人、いやフィリピン、いやアメリ人が降りてきた? 〝
そう思いながら私を中心に円を作りながら離れようとしたそのとき、可奈がその場から立ち上がるとローズピンクのプリーツスカートについたホコリを払うと真っ青になっている周りを見渡しながら。
「美久ごめん。いきなり目眩がして」
と、モーゼになりつつある周りを気にしながら私の元にゆっくりとやって来た。それを見た私は、
「大丈夫。肩貸すよ」
そう言いうと可奈の手を左肩に掛け、周囲いの驚きと恐怖の視線の中、学食へと向かった。
あれから私は可奈を連れて学食に向かうとやっぱりというか周りは〝何事? 〝という目で窓際の席に座る私と可奈を目で追っていた。
「見てるわよねぇ私たちの事」
「突然倒れるんだもん、当たり前よ。はい、トマトサブマリンと無糖カフェオレ。私の豚骨チャンポン持ってくるから先に食べて」
「うぅん美久のくるまでまつよ」
と、言いながら可奈は肩肘をつくと、
「さっきはありがとね。今、バニラの歌の同人誌書いていて。今度まん研の仲間とコミケで同人誌出すんで、その締め切りが再来月なんだけど、ほら、来月期末テストでしょ。だから今月中に原稿仕上げようと徹夜して、全く寝てないの」
そう言うと、紙パックに入ったカフェオレを啜った。
「じゃあ、それで」
と、私が半分あきれながらそう言うと。
「うん。でも楽しいよ。ところで、8月27日の予定あいている。よかったらコミケに来てよ。漫画やアニメの催し物ってわけじゃないから普通の人もけっこう楽しめるよ」
「ありがとう。でも私その日用事があるか」
と、控えめにそう言うと、
「そっか。なんかざんねん」
天然で間の抜けた部分があるけど性格が悪いわけではない。けど〝正直私に頼りすぎ〝。
できれば少し距離を置いた友人関係でありたい。
もともと、この柔和な顔立ちのせいでよく人の面倒を見させられることが多い。高校のオリエンテーション・ハイキングで道に迷った可奈に話し掛けでられたのがきっかけ―中学の頃も春菜はリーダーとしてクラスをまとめていたが誰かが後ろに居なければ塾通いの子や気の弱い子からの反感をかうほどのことにはならなかった。事実、春菜がひきこもった後も古島たち以外のバレー部員に春菜を止めなかった事を酷く責められた。それぐらい春菜と私はベッタリとした仲だった。
―五月二八日―
もしかするとマンガの話が復学の切掛になるかもしれない。 そんな事を思いながら美咲さんの部屋のドアを叩くと。
「ちょっと待って下さい。片付けないと不味いんで」
と、言うと中からバタバタという擬音が聴えるような音が数秒続いた後、奇妙な沈黙の中ドアが開いた。
「お待たせしましたどうぞ」
と黒いシミが所々に付いていたピンク色のジャージを着た美咲さんがドアを開け部屋へまねきいれてくれた。
「何かやっていたの?」
と言いながらシールの切れ端がこびりついたカーペットの上に座ると、ティッシュでテーブルをふきながら、
「実は、来月の15日締切のスクフリの合同紙のペン入れをやっていたんです」
と、灰色のゴムバンドを巻いた頭を掻くのだった。
「MGグランプリに出す作品は大丈夫なの」
と、思いだすようにそう言うとインクの染みたティッシュをごみばこに捨てながら、
「MGの締め切りは来月で。いまは自分の趣味のことです」
と、言った。それを聞いた私は前に可奈が話してくれたスクランブル・フリマの話を思い出した。
元々は小説家・灰豪さんと漫画家・イトウゴヘイさんがもう一つのコミックマーケットと名打って、コミケの空きスペースを借りて始めたイベントで手作り雑貨、コスプレ衣装、同人紙、人形作家による人形等ジャンルを問わず販売するというイベント通りフリマに近いものだった。 が、知名度が上るにつれ参加者人数も増えていき、コミックマーケット58以降は別のイベントとして、開催日が八月から7月の中旬に変わると同時にそれまで二日行なっていたものが三日間に分けられ、現在では3万200人もの参加者が集まる大イベントになった。
中学の頃、美術部だった私は一度どこかのサークルに所属して同人誌を出したいと思っていたが、年齢的にも金銭的にも難しくけっきょくやらずじまいだった。
「そうなんだ。ところで今書いているのはオリジナル。それとも漫画の?」
と、言う疲れた声で、
「うん、東京バンパイヤの二次創作。表紙と20ページの長編。石二さんが表紙と15ページの短編漫画で小池さんが10ページの中編と印刷所の手配。私と及川が3ページの四コマまんが。1人頭五千円出して雑誌に似せたもの作るから本当大変で」
東京バンパイヤ。それは月間SILVERで現在も連載されている山打光次作の青春系ホラーマンガである。
中学の頃美術部の友人に漫画を借りて以来ハマリ、高校に入ってから始めた書店アルバイトで単行本発売日に買えるようになった事もあってか、ますますこの漫画にのめり込み、遂には専門店で大手作家さんの同人誌を買っていた。
「東京バンパイヤか、私もSILVERで連載が始まった時から読んでいるよ」
「え。摩矢さんも東京好きなの! あれって知名度高いようで低いでしょ。だからファン語りするひと少なくってさぁ」
そう言うと嬉しそうに東京バンパイヤの話を始めた。
「やっぱり摩矢さんも今月号の思い出編、戦争編の話と関係している気がしない! だって和仁の〝今ならわかる〝てセリフ。あれ絶対にナニカのことだよ」
そう言うと紅葉饅頭を木製のお皿から一つとつて口の中にいれた。
「でも、ナニカって巫女の皿が無いとできないでしょ。だからちがうとおもう」
と、お茶を飲みながらそう言うと
「前のナニカの時は皿じゃなくても召喚されたし、何かの伏線かな」
と言いながら二つ目の紅葉饅頭を手にした。
「儀式で思い出したんですけど私、エクシブで東京バンパイヤの二次の漫画を書いていて、儀式をネタにしたのを書いたら、放課後100リンクってタグが入ったんです」
そう言うと、カクシブでの活躍を話してくれた。それを聞いていると作る苦労を楽しみ、作るものに自信を持っている言う雰囲気が私にもヒシヒシと伝わった。
そして話は合同誌の作者である石次さん・小池さん達とつぶやくーで知り合い最近はスカイプで連絡を取りあっている事に移った。
「そっかあ。で、その人たちとは実際に会った事あるの」
「実際は一回だけだけど、スカイプではしょっちゅう。マンガ以外にも洋服やニュースの話題でよく盛り上がるよ」
「でもさぁすごいよ。私も趣味でマンガを書いたり読んだりしているけどなかなか同人誌は出せないよ」
〝マンガの話が復学の切掛になるかもしれない〝という考えは間違ってはいなかった。が、彼女は高校にいかないだけで、コミユニケーションが取れないわけではない。事実、仲のいい友達とはよくメールで連絡を取り合っているし、よく遊びにも行く。ならなぜ林間学校で一体何があったのか。江莉さんも詳しく知らない為、私も対処の仕様が無い。
―六月一八日―
昨日の夕方に関東地方に上陸した台風は凄まじい勢いで強風と大雨をもたらしたが、今日の昼頃には止むらしい。
電車が遅れていいように少し早くに中野に来た私は、待ち合わせの時間まで駅前の商店街にあるミスターサンドで昼食兼雨宿りをする事にした。駅前を反り返りそうな折り畳傘を盾に薄らぼんやりと明るくなった空から叩くように降り注ぐ小雨をアーケードに向かって横断歩道を一直線につっきった。
アーケードの中に入ると真っ先に折り畳みを窄め、少し歩いたところにあるミスターサンドの自動ドアをくぐると正面のレジに向かうと、
(いらっしゃいませご注文をどうぞ)。
そう女性店員が話しかけてきた。
「フランスパンサンドセット。飲み物はホットコーヒーで」
と、言うと店員はそう言うと素早くレジを操作し、
(お会計五百円です)
濡女の私にそう言うとブランのハンドバックから財布を取り出して、千円札をレジに置く五百円のおつりと番号札を渡された、
(お持ちしますので席でお待ち下さい)
〝座る所探して靴下変えよう〝
そう思いながらピンクを基調とした壁が印象的な店の奥にあるイートインの中を歩いていたその時、
「美久さんこっちの席、開いていますよ」
と、真横にある白とソファー席に座る誰かに呼ばれた。誰だろうと思いソファーの方を振り向くと、私がレンタル兄姉に所属して始めて担当した川中さんが座っていた。
高校の頃、当時人気があったアニメの人気キャラと同姓同名だからという理不尽な理由でいじめを受け、不登校になった頃、心のケアを目的に私が派遣された。
「ありがとう、助かった」
と言いながら座椅子に座るとバックの中からタオルを取りだして服を拭くと、
「こちらこそ。私も大学に用事があって行こうとしたら電車が止まって。そう言いえばあれ以来ですよね、摩矢さんと話すの」
そう言うと読んでいた本に栞を挟んだ。
「そうね。あれ以来だから4年ぶりね」
膝の上でタオルを畳みながら話しを切り返す様子を見るとあの頃よりも大人びていて、時間が経つのが早いなと思った。
「じゃぁ、保健の先生になるんですね」
「うん。秋頃には中学校の方で教育実習。その準備で忙しくなるから夏休み始まる前にレンタル兄姉をやめようとおもっているの」
と、言ったその時、
(ご注文のバスケットサンドセットお持ちしました。ごゆっくりどうぞ)
店員さんが私と翼さんとの間にトレイを置くと、もと来た道を帰った。
「あ、頼んだ物来ましたね。冷めない内に」
そう言われた私は、紙で包まれた銀色のスプーンを手に厚切りのベーコン・ジャガイモ・マッシュルームが入ったシャンピニオンスープを飲みはじめた。
「それじゃ今担当している子で最後なんですね、どんな子なんですか」
と、言われた私は食べる手を止めナフキンで口を拭きながら、
「あなたと同じ蘇我女子に通う小林美咲さん。担当の人が家の都合で辞めちゃったの」
と、言ったその時、店のこの一角が凍りついたような気がした。
「え……美咲さん?」
と信じられないといった顔で私を見るのだった。
「その美咲さんって牧野タウン2―3に住んでいる子じゃ」
そのとき私はなぜ彼女が怯える理由がわからなかったが念の押すように聞いてくるので、
「なにかあったの?」
「あの事件高校じゃ知らない人いませんよ」
と、言われた私は美咲さんが引きこもった
理由である林間学校の事だなと思い、
「高校でなんかあったの」
「本当に知らないのですか、小林さん、3年前に亡くなっているんですよ」
それを聞いたとき、私は彼女が冗談を言っている。いや林間学校の事を大げさに言っていると思い、
「ウソでしょ。じゃあ私が合っている美咲さんは誰なの?」
と、言うと。
「本当です。渋谷文化村ハチ公ホールでおきた猟銃立てこもり事件を知らないんですか。あの時期ワイドショーや新聞でもかなり取り上げられたし、ネットでもSATに射殺された犯人グループの名前や生年月日が掲示板に上がって、物凄い騒ぎになったじゃないですか。美久さんも私と一緒に美咲さん及川さんが書いた同人誌を買いに行きましたよね」
と青ざめながらそう言うと、翼さんの飲んでいるオレンジネード入りのコップの氷が音を立てて崩れたような気がした。
「翼さん、私これから美咲さんの家にいくのよ。死んでいるなんて悪い冗談。いくらなんでも言っていい事と悪いことがあるのよ」
そう言うと、
「本当です! 美咲さんが亡くなった後、お母さんショックでお父さんと一緒に田舎に帰っちゃって、牧野タウンにはいません。乃川さんも黒猫太郎っていうサークルで書いた東京バンパイヤの合同誌まだ持っていて、今でもあの日の事を後悔しているんです。あの二人、中学校の頃からの友達でお互い食に携わる仕事に就きたいからって家政科で有名な蘇我女子高に入ったんです」
そう、美咲さんの事を思い出すように話してくれた。
「ねぇ、それ以外に美咲さんと優香さんとなんかなかった。例えば林間学校の時とか」
そう恐る恐る聞いてみると。
「いえ、トラブルつてほどのものはないですよ。ただ、1年の林間学校の最終日にやったバーベキュー大会で鳥モモを食べる、食べないで喧嘩しちゃって。でも少ししたら仲直りして、それ以外は何も」
と、話してくれた。それを聞いた私は、〝うそ〝と思うのと同時に、なぜそんな話をしたのか、その理由が私にはわからなかった。
「でも、私は美咲さんと第2土曜日に会っているのよ。そんなことあるわけが」
そう詰め寄るようにそう言うと、翼さんは強よめの口調で、
「なら……図書館で2016年七月23日の記事を調べてみてください」
「ちょっと……それ再来年のことじゃ」
そういったその時、私の話を遮るように携帯が話しを遮るように鳴り出した。
「京成線が動き始めたので私はこれで」
バックから取り出した携帯に目を通しながらそう言うとソファーから立ち上がり入り口へとゆっくりと歩いていった。
それを見送った後、私はしばらくの間。ただ呆然と目の前にあるフランスパンサンドを眺めていたその時、店内に流れていた有線放送から、
(毎日放送が一二時をお伝えします)
と、後ろのスピーカかそういった。それをきいた私はふと現実に返り、チーズ・ハムがはさんであるフランスパンサンドを食べた。
翼さんも悪意があっていったのなら青ざめながら
(小林さん、3年前に亡くなっているんですよ)
と言うはずがない。ならなぜ私にあんな話をし、二〇一六年七月の新聞記事と言う有り得ない事を調べるよう言ったのだろう? そう思ながらドアをゆっくりとノックすると、白い蛍光灯の明かりの中に、以前訪れた時よりも汚れた部屋と、それ以上に汚れた美咲さんが部屋のドアを開けてくれた。その疲れているが充実感を感じられる顔を見ていると私はあの話が本当の事かどうかたずねることができなかった。
「どう、マンガの進み具合は」
と、テールの上に置かれたアイスコーヒーを飲みながら同人誌の進み具合を尋ねると、胸に緑色のラメが星型に入った白い半袖のTシャツの下からお腹を掻きながら
「いや、さっきプリンターのスキャナーを使って原稿を取りこんで石二さんのとこに送った」
そうボンヤリと汚いイメージのする声でそう言うと、明日からまたMGグランプリに出すオリジナル四コマ漫画三編の追い上げで忙しくなること。それが終わったらゆっくりできるということをゼイゼイ・ハアハアと、かなり疲れたように話してくれた。
それを聞いていると、今この場でついさっき聞いた話をするのは彼女を傷つけるかもしれない。けど、話が本当であれば仲直りしているはずなの、高校に行こうとしないのか、
〝ひょっとすると、もしかしたら〝
と思い、翼さんの事を聞いてみることにした。
「そうなんだ。ところで高校の先輩に川中翼さんって言う人がいるよね?」
総確認するように言うと、私はミスターサンドで翼さんと話したこと(亡くなった事以外)を林間学校で喧嘩した事など、全て話した。すると、
「うん……林間学校のことは……川中先輩とも仲良かったから……でも優香と私が同人誌を出すことは、誰にも言ってないし。でもサークル名黒猫太郎で、その隣はなんのサークルかは、よくわからなくて」
と、本当に戸惑ったような暗い表情で私にそう言った。
美咲さん話を聞いていると悪い冗談を言う人ではないらしく。多分人の又聞きを私に話したというだけだという事がわかった。それを知った私はあの話が冗談だと思いホッとしていた。
「他には及川さんとは何かなかったの」
「うん……」
と、言ったその時、
「おまたせ。今日はクリームブリュレよ」
そう言いながら江莉さんが部屋に入ってきた。するとバニラのいい香りがした。
「あ。これってトースターで作るクリームブリュレでしょ。私これ好きなんだ」
そう言うと、さっきと打って変わって
莉さんの持っているお盆から、アツアツのクリームブリュレの皿をランチョンマットごと持ち上げテーブルの上にのせた。
「大丈夫、私の分は自分で取ろうか」
と、私が言うと。美咲さんは平気な顔で、
私の分の皿をスプーンと共に目の前においた。
「だけどまだ熱いわ」
そう言いながら両手を左右の耳にやりながらそう言うと、さっきまでの重苦しい雰囲気が一転、三畳ほどの部屋中に明るく朗らかな笑い声がこぼれるのだった。
「それで。東京バンパイヤの合同誌は、いつ発売されるの?」
と、少しぬるくなったアイスコーヒーを飲みながら美咲さんに同人誌の事をたずねると。
「2日目、23日のアニメ・漫画・オリジナル。石二さんたちのサークルで。ちなみに値段は800円」
「そっか、結構本格的な値段だね」
「うん。みんなカクシブやワールド・アートで作品をかなり高く評価されている人だししかも石二さん・小池さんは創作小説・マンガ専科っていう大手のサーチエンジンにあるファンサイトランキングで第3位。ほかの人も固定ファンも多いから、売上は見込めるって」
生き生きと話す姿を見ながらほろ苦いアイスコーヒーを飲んでいると、天気のせいなのか、少し背筋がヒンヤリとした。
「来月の24日よかったら摩矢さんもスクランブル・マーケットに来ませんか。入場する分には無料ですけど、コミケと同じように物凄く人が多いので、来る時はこの地図を持ってきてください」
そう言いながらテーブルを立つと、学習机の二番目の引き出しから薄緑の封筒の中に入っているスクランブル・マーケット86/サークル案内地図を出すと私の前に出した。
「開催場所は渋谷文化村ハチ公ホールの西大ホールです。黒猫太郎があるのはこの地図の後ろから三段目の真ん中で、ブース番号はC―13です。一応開催場所の渋谷区ハチ公ホール会近くに来ら私の携帯に電話くださいね。よく、バザーと一緒にする人がいるんで。あと、ホール内での飲食はOK。ホール内は一応冷房が入っているけど人が多いから、暑さ対策は万全にしてください」
と、真剣な顔でそう言うと思い出したかのように、
「あ、そういえば。私のメルアド渡してなかったっけ、そう言えば赤外線受信使えますか?」
そう言うと、美咲さんは学習机の上に置いてあるピンクの携帯を掴むと、私もバックから携帯を取り出し赤外線受信その操作をすると携帯の横面にある赤外線受信を押した―しばらくすると、私のケータイに美咲さんのアドレスと電話番号が送信された事を告げる表示が出た。
「これでいつでも連絡が取れますね」
と、友達から新しいアドレスを貰った時のように携帯を閉じ再び机の上に置いた。
「台風凄かったですね。来る時大変だったでしょ」
「はぃ。少し早めに中野に来てどうにか」
そう返事をすると江莉さんがミラー越しに、
「あの子最近どうです。まだ何が気になる事を話してくれませんか」
「趣味の話や学校の友達とかの話はよくしてくれるんですけど、林間学校の話になると、いつもそらそうとして」
「そうですか」
そう、ためいきをつきながら私にいうのだったそう言われた私はバーベキュー大会の話をするべきかどうか悩んでいた。が、あの様子ならばしばらくすれば自然と話すだろうと思いあえて言わなかった。
「あの、来月の土曜日と24日の訪問変えて貰えないでしょうか。16日に大学で期末考査があるんで」
と、信号が赤に変るのを待っている間にそう言うと、
「だいじょうですよ。でもその日美咲はサブマとかに行くって」
「それなんですけど、美咲さんからサブマのお誘いがきて」
そう言うと江莉さんは、
「わかりました。それじゃ24日に」
と、にこやかに答えてくれた。
―六月二三日(木曜日)―
週一回合っている人が死んでいるなんて本当に信じられない。けど、美咲さんしか知らない事を翼さんがなぜ知っていたのか?
二〇一六年七月二三日新聞。渋谷ハチ公ホールで起きた立てこもり事件を調べてみるしかない、そう思った。
その日の講義を終えた私はその足で大学のとなりにある図書館にむかった。
木曜日の夕方という事もあってか、幼稚園帰りの親子やハードカバーのマンガを借りに来る小・中学生達の列を描き分け一番奥の観覧スペースへと足を進めた。
本当の事を言うとそんな新聞記事があると思ってはいない。けど、冗談の一つも言わないような子がどうしてあんなこと言ったのだろう。美咲さんもそういう風に言われる子でもないし。と思いながら藍色の影に包まれた
観覧スペースに入った。
百科事典・郷土史・法令書・新聞の縮小版等、あまり縁のない部類の本が置かれた棚の中を見ていくとすぐに今年度版の新聞縮小版を発見した。その少し左側に二一〇六年度版の縮小版があった。同時に翼さんと話した時に感じた得体の知れない胸騒ぎと寒気を感じるのと同時に辞書よりも分厚いその本を取り出すと後ろの机に持っていった
夕映に照らされながら縮小版の表紙を読み始めるとそこには、〝日出新聞・2016年7月1~7月30日版〝と書かれていただけで何ら変わったところもなかった。
〝翼さんの悪戯なのでは〝
そう思いながら表紙を注意深く触ると本の表に紙が張られている等の細工は無く辞書特有のザラザラした感触が伝わってきた。
〝一面に紙が貼ってあるのは? 〝
そう思いながら机に肘ついて本を自分の目の前で水平に方向けながら表の部分に紙が張られているか確認すると表紙の中心に2016年が夕陽を浴びてくっきりと浮き上がった。
中身を見てみればいたずらかどうか分かるはずだ。そう、思いながら新聞縮小版を思いっき開くと表紙に書かれていたのは、
「ドッキリ!! 」
ではなく。表紙と同じく
〝二〇一六年七月1日~七月三十日〝
と、書かれていた。そのページを捲ると聞いたこともないドラマやバラエティー番組の書かれたチャンネル欄があった。
そこから少しすすめると翼さんが言っていた渋谷文化村ハチ公ホール事件が乗っているはずの七月二三日(土曜日)の記事が載ったページを開いてみると、
ドーンーという轟音音と共に人か!
参加者七人が死亡。15人が流れ弾にあたり負傷24人が怪我。
23日。渋谷区南神にある渋谷文化村ハチ公ホールで行われていた。スクランブル・フリーマケットで立てこもり事件が発生した。
南館に人質とされていた4人が死亡。他2人が重軽傷を負い病院へと運ばれた。
と言う第一面の見出し記事を見たとき私は我が目を疑った。と、いうよりも信じられなかった。記事のすぐ側には会館の中から運び出される白い布で覆われた担架が救急車へと運ばれてゆく写真が載せられ、その真横には
(死亡者4人を運ぶ救急隊)
と説明書のある写真が載っていた。震える手を抑えながら次のページを開くとそこには、私の想像を超える事件に関する記事があった。
午前14時。渋谷警察署に渋谷区ハチ公ホールで男性二人が女性4人を人質に取り西ホールに立て篭もっているとの報があり、渋谷警察署では籠城事件と判断し、SAT隊員10名を西大ホールに派遣 ~~~~~黒猫太、犯人は~~~~~さん(二三)を発泡したあと隣のサークルの参加者、~~~~~と近くにいた(一六)の少女の胸めがけて発砲~~~~~~~
また犯人の~~~~は殺害後~~~~に殺害されたもよう。
という重要部分に黒塗りの太い線が引かれた新聞記事が私の目前に飛び込んくるのと同時に、
キモオタどもぉ、恨むならさその俺の純真を弄んだビッチを恨め!
と言う甲高い声が明かりの点った視聴ブースから聞こえてきた。それを聞いたとき、私はこのセリフをどこかで聞いたことがある。一体どこで、思い出せない。そう思いながら翼さんの話していた渋谷ハチ公ホール事件の詳細が書かれた新聞記事を見ると、
紅茶の会の左側にある現代出版物研究会のブースでメンバーが男達を挑発した瞬間、黒いバンダナの男がその人にむかって猟銃を向けたら。ドンって音がホールの中に響いてそしたら、ギャーって言いながら腕を抑えて、売っている同人誌の上に倒れ込んでのたうち回ったんです……
と、その現場にいた同人作家のインタビュー記事が書いてあった。
事件のその後を知ろうと二三日から後の記事を読もうと二四日の記事を開くと二三日同様、事件の重要部分になるとなぜか
〝~~~~~〝
の黒塗りで伏せられていた。
〝とにかくこの事件をもっと知りたい〝
と思うと同時に思い出したくないと思いながら体の震えを必死で押さえながら二三日から二五日以降のページを隅から隅まで何か無いかと捲っていたその時、
「図書館は7時で閉館となります。まだビデオや本を借りていない方はカウンターまでお越しください」
と、閉館を告げるアナウンスが薄闇に染まった観覧室中に静かに鳴り響いた。その声を聞いた私は、はっと我に返ると体の震えを押さえながら縮小版を元あった場所に返しながら電気が消えつつある図書館の中を一人走り抜けた。
―六月二四日(金曜日)―
〝黒塗りの線は薄暗かったから字がそう見えたのだろう〝
そう心の中で言い聞かせなから大学内の図書館へ向った。半ドン終わりの午前中という事もあってか館内は人もまばらで、探し物をするのにはもってこいの時間だった。
カンターの脇にある間覧スペース兼資料・民俗学の棚に向かうとスペースと棚とを仕切るように四角く囲われた本棚から、 二〇一六年度版の新聞縮小版を探し出すと二〇一五年晩の隣に一六年度の新聞縮小版はあった。
窓に一番近い席に座り、縮小版を机に置き二三日~二五日の部分を昨日と同じように開き、渋谷区文化村ハチ公ホール事件の確信部分を見ると、昨日と同様に文字が~~~~~になり肝心の部分が消えた記事が載っていた。これを見たとき私は言葉を失った。と、言うよりも一六年の縮小版がここにもあったという事が受け入れられなかった。
〝うそ〝
と、思い興味本位で持ってきた二〇〇一四年八月の縮小版を棚から取りだし、中を開いて一面記事・テレビ欄、全て見ようとすると、文字が砂のように本の中央に吸い込まれていきあとには白紙の本が残された。
〝なんで、どうなっているの〝
昨日からから続いているあの疑問は今、恐怖へと変わり、震えが止まらなくなった。もし観覧室にほかの人がいるとたら、いまの私はクーラーで冷えて震えているようにみえる、私は文字の消えてゆくこの本を見て
〝一体なにが起きたのか〝
〝そして事件の重要部分に防戦の惹かれた新聞記事が存在するのか〝
クーラーの風にひるがえる真っ白な新聞縮小版に恐れ慄いていると、図書館のどこからか発砲音が聞えて来たような気がした。
―七月二日(土曜日)―
午後の光を浴びながら中野前行きの電車にボォット揺られていると中学生の頃、すごく流行っていたラノベの中に
『どんな事があっても、翌日と言う日は誰にでも訪れる』
そう言うセリフがあったのを思いだした。
そのセリフ同様、真っ白な新聞記事を見て恐れ慄いている私にも、私の寄りかかって眠っている中学生にも今日は平等に訪れている。
あの後、部屋のパソコンで渋谷文化村ハチ公ホール立てこもり事件を検索した。が、ヒットするものはなく。仮にあっても全て化け字だった。
〝あの新聞記事は近い未来を予知したものなのか、それともただのいたずらか〝
本当のことがわからないまま、美咲さんに渋谷文化村ハチ公ホール事件を話すか話さないかを決めないまま七月最初の訪問を迎えてしまった。
今、自分の身の回りで起こっている出来事が想像出来ない何かによって起きていることであって、私はそのループのような物の中にいるのでは。そんなことを思っていたその時、
(次は・中野、中野駅に停車します。降りるドア左側にご注意ください)
と、言うアナウンスが左右に揺れ動く電車内に高く響き渡った。
蒸すような暑さで溢れかえるプラットホームを抜け、駅の表側にあるバスターミナルに出るといつもの場所に江莉さんの車は止まっていた。
「暑くなりましたね。前に娘から聞いたんですけど、寮から駅まで結構あるとか」
ほおっとビルをジッと眺めていると、運転席から突然声をかけられた。
「でも私。体を動かすのは好きなので、あまり気にしてないんです」
そう、にこやかに言うと、
「え、じゃあ中高の頃は運動部」
と、意外そうな顔をするのだった。
「いぇ。中学のときは美術部に入っていて。高校の頃は2年までバイト一筋で」
と、フロントガラス越しに江莉さんを見ると、
「なんか以外ねぇ」
「部活やっている様に見えますか」
「いやぁちょっと」
「大丈夫です。よく人に言われるんで」
と言い、私はサイドミラーから目線を外したその時、
「話し変わりますけど。実はこの前あの子が林間学校での出来事を話してくれたの」
それを聞いたとき、〝え〝と思い、驚いた。
「実は、あの子アニメのキャラクターと名前が似ているからっていじめられていたらしくて、その事を学校に相談したら、その子も別件で退学しているらしくて。夏休み明けから保健室登校で慣らすことにしました」
と、話してくれた。
それを聞いたとき、〝それ翼さんじゃ〝と驚いた。と同時に美咲さんのこれが美咲さんの引きこもった理由にしてはおかしすぎると言う一抹の疑問を持った。
「それじゃあ、夏休み明けから復学するんですね」
その話に疑問を感じているのを知られないようにそう言うと、
「私達もあの子がまた高校に行くようになって正直ほっとしています」
落ち着いた表情でそう話してくれた。 頃、車から黄色い屋根の家が見えてきた。
今のところ、渋谷文化村ホールの事件の事を美咲さんに話す気はない。
が、もし事件が起きるとしたら。私はこの事を誰かに知らせ、事件を未然に防がなきゃならない。そう思いながら美咲さん部屋のドアノックすると、
「ちょっと待ってください。いま開けます」
と、今までとは打って変わって静かに開いた。
テーブルの前に座るとトーンくずのついたカーペットには掃除機がかけられ、パジャマや書き終えた原稿用紙・マンガ小説で埋まっていた机の上は整頓され、最初の時と同じように女の子らしい部屋に戻っていた。
「掃除したのね」
と、部屋の中を見渡しながらそう言うと、
「あ、わかります。一昨日の夜徹夜で4コマまんが3本の校正を終えて、さっき優香に原稿渡してようやく落ち着いたとこなんですよ」
そう、言いながらテーブルの前に座ると、
「そうなんだ。じゃあ、後は審査の結果を待つというだけ」
「そうだけど、MGはシャンシャインホールでの一般・来賓での審査の後六本木タワーで受賞者発表が終わらないと本格的にゆっくりできないんだ」
と、くたびれ気味にそう言った。
その後美咲さんとマンガ、テレビ番組の事などのたわいのない話をした。それを聞いていると、事件のことを話し辛くなり、そのまま面談を終えた。
―七月二三日(土曜日)―
夏休みという学生たちの暑い時期が来たな。と思っていたらあっという間にスクランブル・フリマ二日目の昼になった。
太陽が熱光線を地上に浴びせる中、クランブル交差点を左に渡り、ツタヤの入口前に出るとそのまま北に真っ直ぐに進んだ、しばらく進むと、ルミネ・メンズの脇にあるマックにキャリーバックを持った女の子たちが入っていくのが見えた。
あれから何度が図書館に通って新聞の縮小版を読み返したが、結果は全く同じ黒く塗りつぶされているか字が蟻地獄の中心に消えてしまう。ネットもおんなじようなもので結局事件の内容を知ることはなかった。
彼女たちを見ていると事件が本当に起きたら、そう思うとなんだか自分が疫病神にでもなったような気がした。
GAP・パルコと、排ガスが発する熱で溢れかえる井の頭通りを駆け足で抜けるとファミリーマートが見えてきた。その頃になるとボチボチとダンボールの入りのカートを背負ったこの街では普段あまり見かけない人種の姿が目立っていった。私も会場が近いなと思い、ミュールを履いた足に一層の力を入れると、交差点近くの信号機に
{スクランブル・マーケット68会場50m先右方向}
と書かれた黄色と黒の立看板があった。そこから少し歩いていくと、渋谷市役所隣にあるガラスで出来た箱のような東京ハチ公ホール、そこに大勢の若者が集まっていた。
玄関前広場には今年夏は超・熱・射とニュースで報道されるぐらいの猛暑にも関わらず
参加者達は玄関正面にある小便男女の噴水・
花壇の縁に座って昼食にしたり、買った同人誌の読み合いをする人で広場は賑わいを見せていた。
この混雑具合を見ていると〝フリマと一緒にできないな〝そう思いながら手提げカバンから扇を取り出して扇ぎながら噴水前にあるベンチに座ると、バックから携帯を取り出し、アドレス帳から小林美咲を選び通話ボタンを押してしばらく待つと、
「もしもし、美咲ですが」
と、電話が繋がった。
「あぁ私、今大丈夫」
「あ、摩矢さん。いまどこにいるんですか」
「文化村ホールの噴水の前」
「ションベン男女の前。ブースの場所わかりますか」
「大丈夫。この前にもらったマップがあるから」
「そうですか、会場に入っちゃうと、携帯が通じにくくなっちゃうんで、もし迷ったら近くにいる参加者に聞いてください」
(まもなく南ホールで極楽☆天国の作者島田光一のトークショーが始まります)
という会場アナウンスが聞こえた。
「わかりましたぁ。じゃあ、極天のイベントが始る12時半までに来てください」
「じゃ、12時半に」
そう言うと携帯を切った。
噴水を背に自動ドアをくぐってホールの中に入ると、そこは一面人、人、人で埋め尽くされていた。
真正面にあるテレビからミルミル動画名物・演奏したよ・で有名なユーザーの曲の生演奏が液晶画面一杯に映し出され、その後ろでは西から南のホールへと流れていく人が群れをなしで西・南大ホールへと続く入口に黒山の人だかりをつくっていた。その光景を見ると、美咲さんの言っていたことがよくわかった。
美咲さんのいるサークルを探そうと地図を片手に南ホールの中に入ると、なんとも言えない熱気が東・西・南の非常出口を除いた場所、パーテションで仕切られた箱のようなスペースからムンムンと沸きだしていた。
「520円です。あと私たちの作ったポストカードです。好きなものを1つ持っとってください」
乙女鬼と言うライトノベルの二次創作漫画同人誌を売るサークルの隣では怪人二十面相の孫の二次創作同人誌を売るサークルから
「スケブですか、いいですよ何書きます」
と、言う声が聞こえてきた。そして、その並びからは、
「おい、オトメモノガタリ番外編の購入はどうなった。何売り切れ? どうするんだよ、モノだらけに売る分。コッチのまん研の方はどうかって……惨敗みたいだよ」
と、イヤホンマイクを使い同人誌の個人的売買の相談と愚痴を手に持ったパソコンの画面ごしにいる相手に話していた。
アニメ以外にも、自作の小説の同人誌を売ったり、自作の、私も欲しくなっちゃうようなアクセサリーを売るスペースがあった、中にはお客さんがジュースの差し入れ持ってくるところもあった。
特に並ぶ人が多いのが壁に面したスペースだ。あの南イベントホールのギリギリまで続く人の並びは東非常口前のバニラの歌の漫画同人誌を売るサークル、レバニラとその隣にある東京バンパイヤの二次創作同人誌を売るサークル、ムキムキミルクへと続く並びだった。
〝佳奈の話には聞いていたがこんなに人が多いとは。大手サークル。おそるべしと思った〝
「春の祭典短編集。購入者列最後尾は左です。右の並びはサークル夜中の緑茶の物です。けして並ばないでください。苦情がきます」
と左奥にいる売り子さんの声を聞きながら美咲さんが所属する黒猫太朗があるC―1近くまで来た。
『東京騎士団の二次創作本在ります』
キャラクターのソフトドールに手作りの看板を持たせたと言う東京騎士団の18禁二次を扱うサークルに同人誌を買いにくる女子中学生達の話し声を聞きながら隣にある大地のじゃがい喪と言うサークルのオリジナル同人を横目で見ながらスペースに溢れる熱気とスクランブル・フリマにかけるサークルの情熱。そのすべてをこの場で体感した私は、
〝私も中学の時やればよかったな〝
と思いながら人ごみにそって通路を歩いていたその時、
〝極楽☆天国の島田光一さんトークショー開始まで10分を切りました。なお、週間飛翔6月号付属のジャンケンビンンゴのチケットをお持ちの方は、会場入口前にあるスタッフにお見せください〝
というアナウンスが天井に括り付けられたスピーカから流れたその時、奥へと向かっていた流が突然、どこかへ向う人の流れが津波のごとく南ホールへと向かう人の流れに変わった。その中を、私は逆らうようにしてパーテン沿いに進むと、ようやく美咲さんの所属する東京バンパイヤのサークルにやってきた。
「あ、摩矢さん。こっちです」
と、言いながら美咲さんが人ごみの奥から手招きすると、私はその手の位置まで人波に逆らって歩くと、黒ネコ太郎にたどり着いた。
「側に居た人達が突然、南ホールに移動し始めちゃって。もう少し早くたどり着けたんだけど」
と、申し訳なさそうに言うと、美咲さんは、
「あぁ。南棟にある企業イベントが始まったからね。たしか、今年は極楽天国の島田光一のトークショーとジャンケンビンゴだし、人気作品だから参加者が多いわね」
そう言いながら入口変わりのパイプ椅子を奥に引き、中に入れてくれた。
「いいの、私を勝手にブースにいれてぇ」
「うん。高校でお世話になった先がスペースに来るからって、石二さんと来河さんには言ってあるから平気」
と、言いながら真後ろにある予備の折りたたみ椅子をだしてくれた。その椅子に腰をかけると、他のメンバーが戻るまでの間美咲さんと話し込むことにした。
「この中って見るより結構広いのね」
そう言うと、タオルハンカチで首筋の汗を拭くと美咲さんは、パイプ椅子の下に置いてあるペットボトルのお茶を飲み。
「そうですか、ダンボールや荷物でゴヂャゴジャですよ」
と、言いながら蓋を締めて下の位置に戻すと。
「そう言えば、他の人達の姿が見えないんだけどやっぱり他の人も南側ホールに」
「うん、石二さんは極天に、小池さんは3人分のお昼を買いに外に」
そう言うと、またお茶を飲み始めた。
この状況を見ていると、事件が起こりそうな気がしない。けど、ホールに着たときから感じでいる重苦しい何か拭う事は出来なかった。
西棟で行われていたトークイベントがおわると午後と同じくムキムキミルクのような大型サークルは午後販売を開始した、黒猫太郎にもある程度参加者がやってきた。
「ごめんなさいね、お客さんなのに手伝わせちゃって、本当は優香ちゃんって子が来るはずだったけど一昨日のお爺ちゃん亡くなって、お葬式に行くから参加できなくなったんだ」
と、机の下に置いてある段ボールを外へと運ぶ私に苦笑いしながらそう言った。
「私の方も美咲さん買い物行っているから暇なんで」
と言いながら石二さんに最後のダンボールを渡したそのとき、
「小悪魔の香水とバラのヘアピンですね、千八百円です」
という隣のサークルの売り子の声が聞こえた。
〝このサークルに来てから強いバラとかレノンの良い香りがしていたのはそのためか〝
そう思いながら机の下から顔を出そうとしたその時、人が発する暖かい熱気ではなく、得体の知れない冷気の様な物が外に渦巻いているような気がしていた。
「摩矢さんも気になるでしょ、あそこのサークル市販の香料混ぜてオリジナルの香水売っているんだ」
それを聞いたとき、私の体が何かを拒絶するかのように、突然ふるえだすのと同時に心臓の動悸が突然激しくなり、体中の血の巡りが早くなった。
〝狂気の銃弾が女性を襲う。人質の一人が語る恐怖の二時間半″
と、同時に読んだことのないスポーツ紙の一面を思い出すと同時に、突然胸を刺すような痛みを襲うと同時に、
〝紅茶の会の隣のサークルさんの前にいた赤いアロハをきた人が突然円筒ケースのなかから~~を~~その後、紅茶の会の人たちを射った後、入口の方に逃げる人に向かって射って、何人かの人がそれに当たっちゃって周り血の海ですよ~~そのあと、警察がくる少し前に隣のサークルの女の子めがけて発砲して その内なんか黄色いアロハをきた人が怖くなって逃げようとしたら、後ろから銃口突き付けてバン。そのあと頭が弾け飛んで″
と、読んだ事のないニュースの内容を思い出した。
机の下から出ようと思い震える腕を左手で押さえながら素早く出ると。真後ろでダンボールを畳む石二さんに、
「となりのサークルさんって紅茶の会ですよね」
と、たずねたところ。石二さんはダンボールを畳む手を止めずに、
「やっぱ摩矢さんも知ってるか。関口さんのブログ有名だしね、仲間数人と可愛いてセクシーをテーマにした雑貨を発表したり、売たりているんだけど、彼女―自彼ってしってる。知らないあいだに、付き合わなきゃならないような既成事実作って周り固めたりストーカーする奴。俺彼女と同じ大学の同じ学部でヤローの事も関口さんのことも知っているんですよ」
「そうなんですか」
と私が言うと、石次さんが詳しいことを話してくれた。
「まぁもともとDQNヲタだったからね、全部ヤローの脳内恋愛だってわかったら、学校も周りも彼女のことガッチリガード固めて、ヤローとその友人を近づけさせないようにして、一旦は収まったんですよ。 そしたら最近になって、またサイトとケータイに脅迫メールが来るようになって、まぁそれが元で警察が動いたんだけどね。けどそれが原因で今回出展するかしないか仲間内で相当なやんだらしいよ」
そう一通りの話を聞き終わったとき、体の震えが一層強くなったような気がした。
「まあ、脅迫メールを送ってきたのも夏休みに童貞捨てるなんて言っていたのに当てが外れたからだろうってもっぱらの噂でね」
と、低い声でいやらしく言った。
「そんなに話していいですか。となりにその関口さんがいるんですよ」
そう言いながら、ワンピースの裾を直しな前に座っていた椅子に座ると、
「まぁ調子乗って話しすぎたけど、一応ブログにもこのこと書いてあるし、ヤローが突撃してもいいように両隣のサークルさん全員が知っているから、多分大丈夫かと」
と言われた私は、新聞記事に書かれていた、
″また、犯人の~~~は~~~にストーカー行為を繰り返しており、警察に被害届けをだし″
と、言う記事の事を思いだすと、ローズピンクのミニワンピースの胸の部分を握りながら
「なんか大変ですね」
と、息を整えながらそう言うと、
「まぁ、アイツ等自体突撃するなんて大それたことする度胸があればとっくに彼女の一人ぐらい作っていますから、それにここで何かあったらすぐGО TО PОLICEか警備員ですから、閉会後だとごみすて場が混むから先に捨てくるんでさっきの通りに売り子お願いします」
そう言うと畳んだダンボール箱をビニールひもで縛りそのままスペースの外に出た。
体の震えに耐えながらふと、腕時計の見てみると後数分ほどで事件の起きた一四時になっていた。
新聞記事の通りに事件が起きるのか、それともあの新聞にはまた別の意図があるのか。そんな事を考えながらボーッと正面にある紅茶の会へ来る人を見ていたその時、
「ただいまっす。イヤァ、キャプテンズ義殺愚中公認Tシャツ、購入者の列に引っ掛かっちゃって。他にも極天とアイドル・スターのブースにも人が並んで、並んで。南ホールのイベントが終っても混んでいますよ」
と、言うと。入り口のパイプ椅子を前に下げて中に入って来きた。
「混んでいたでしょ。ところで私の頼んだ極天の携帯ストラップ買ってきた」
そう言われた美咲さんは買った同人誌とグッツでギュウギュウのエコバックの中から小池さんから頼まれた携帯ストラップを取りだしたその時、
「あ、摩矢さん顔色よくないですけど大丈夫。結構クーラー効いていますからね」
と、美咲さんがそういうと、キャリーバックに買ってきてもらったストラップをしまう小池さんが中からお財布と財布とミニ毛布を取り出した。
「よかったら使ってください、同じものもう1枚あるんで、つらいですよね。夏場のクーラー、私も冷え性なんで」
そう言いながら私の肩に毛布をかけてくれた。
そのとき、ダボダボの黄色いアロハシャツと同じような赤いアロハシャツを着た二人組が肩に掛けた円筒ケースから猟銃を取り出すと、素早く柄の部分を左肩の窪みに固定し、柄に左手を添え、電球がある天上の方向に構えて真下にある引き金を引いた。
すると物凄い破裂音が辺り一体に響き渡り、黒猫太郎・紅茶の会の周辺のサークルのメンバーや同人誌を買いに来た参加者の頭上に電球の破片がキラキラと降り注いでいくのと同時に周囲の目が一斉に男たちにむかった。
それを確認すると。
「探したぞ、このクソビッチ。よくもこの俺様を訴えたなこの」
と、目を異常なほどギラギラさせながら次の言葉を言おうとした瞬間、紅茶の会の真正面にあるブース、早根田大学・現代出版物研究会の一人が、
「チョッとおたくら。モデルガン飾るのは許可されているからって、本当に撃つなよ。つうか、どこの修羅の如くコスですか、マジ似合ってねぇ」
と、小太りの大学生が赤異アロハを小馬鹿にしたようにそういうと、その場にいた全員が二人を同人誌が売れないサークルが客処せのために始めたことだろうと思い、周りも可哀想半分小馬鹿にしたように見始めたその時、赤アロハが猟銃の引き金を一回・二回引くと同時に大学生とそのあたりにある物が破裂音をあげた。
「う、腕が、俺の腕が」
と、呻きながら血と肉の塊と化した左腕を押さえながらバラバラになった同人誌と机の上に倒れ込むと、学生のすぐそばにいたメンバーが悲鳴を上げた。すると発砲した赤いアロハは同人誌の山の上でのた打ち回る大学生を見て興奮したのか。
「コスプレじゃねえ、俺は鈴木会系暴力団、愚龍会わかがした、田中康平だ」
と、顔を真っ赤にして叫んだ。
その銃声を聞いた途端、田中ともうひとりを生ぬるく見ていた参加者たちが猟銃で撃たれた机の破片の如く悲鳴をあげながら男達から離れ、東非常口や後ろの非常口に殺到した。
「しね、バカ女」
そう言うと、銃口に再び弾をこめると、恐怖のあまりブースの中で立ち尽くしている関口さんと紅茶の会メンバーに銃口を合わせると、
〝ドン〝
〝ドン〝
その高い発泡音と共に、関口さん頭は血と共に頭のあらゆる部分をパーテションに吹き飛ばし、血と脳で壁を汚した。
近くにいた人達も同じようにして胸や足を打ち抜かれた。
それを見た周りは弾の如く我先に走り出した。すると田中は何発目かの弾を猟銃に込めると、緊張しながら発砲し始めた。
互いにポケットから取り出した猟銃の弾を込めると、あとの入口へと向かう人に足、腕、を狙って次々に発砲。人を反れた弾は周囲に並ぶパーテンション、机、壁を粉砕し逃げる参加者をすくませ、あるいはその破片で傷ついて倒れた。
C番号のスペースで起こった出来事を何事かと聞いていたA~Bの並びのサークルとその場にいた参加者は銃撃を免れた参加者が殺到するのを見ると、発砲事件が起きた事を知り、これがどこかのサークルの客寄せではない事を知ると買ったものを抱え出口に殺到し、中には、恐怖のあまりその場から動けなくなる人、または人に押しつぶされ怪我をした人、倒れたふりをしながらその場をやり過ごしつつ写メ、ムービーを撮る人が数多くいた。
犯人が発砲してから一時間。正面にパトカーが止まった。おそらく逃げた人たちが警察を呼んだのだろう、これでだれかが死ぬことは免れる。
「川岸君大丈夫、動ける」
そう言いうと現代出版研究会のメンバーの一人が川岸を机の下にいれようと動かそうとすると、
「ミヤタン、止血は何とかしたから後は警察が来るのをまとう。とにかく川岸をなかにいれよう」
と言い、机の下にいたもう一人のメンバーの力を借りてなかに引き込んだ。
現代出版物研究会のブースで行われる一連の出来事をパニック映画のワンシーンを見るかの如く眺立ち尽くしながら眺めていると、
「摩矢さん、とにかくしゃがんで」
テーブルの下から小池さんの声がした。言われた通り机の下に入ると、既に小池さんと美咲さんがしゃがんでいた。
「私たちも動くよ。このままじゃ、マジでヤバイよ」
そう言うと、怯えている美咲さんの手を強く握りながら、
「さっき近くの人たちが後ろに行ったの。男たちもあれから射ってこないし、避難するならいまよ。走る時に弾が当たらないようにしゃがんで移動するから、靴は脱いで」
と言うと、私にミュールを脱ぐようにすすめたが、
「まって小池さん。今、それをやったら撃たれますよ。だから警察を待った方が」
と、阿鼻叫喚の大パニックという状態においてなぜか冷静にそう言うと、
「けど奴らがいるここよりはいいわ」
と、小池さんが私にそういったその時、田中が、その話を聞いたのだろう、こっちに近づいてきた。
「まずい、さっきの話聞かれたのかも、とにかく端によって」
そう言われ左に寄ったその時、美咲さんと小池さんの体がよろけたはずみで外に出てしまった。そしてその次の瞬間、田中は弾を込める為に銃身の横にある引き金を二回程上下させ、銃身の真横に弾を二発詰めるとに戻ろうとする二人に照準を合わせた次の瞬間。胸の辺りに閃光と煙が経つと同時に美咲さんと小林さんは真横に吹き飛ばされると同時に体を弛緩させながら胸から血溜まりを作ると同時に穴のあいた場所から二人分のおびただしい量の血が流れ出し水たまりを作った。
「言っているそばからバカ女が。これだから女はスイーッツて呼ばれんだ」
と興奮しながらそう言った。その時、
(犯人に告ぐ、今すぐ銃を下ろして投降しなさい、今ならまだ罪は重くならずに済む、繰り返す犯人に告ぐ)
「逃げた奴らが警察を呼んだな、笹木残った奴らを西非常口に集めろ。奴らを警察用の盾にする」
そう言うと、佐々木は震えながら残った人質一二人は東非常口横の浜さんと言うサークの中に田中と笹木を囲むように円形に集められた。途中、パイプ椅子で抵抗した人がいたが。その甲斐なく足を撃たれた。
それからしばらくするとパトカーの後ろに黒いバスの様な警察車両が止まり、非常口の前にジュラミン製の盾を持った大勢の警察官の声が聞こえるようになると男たちは苛立ち始めた。
「これで全員か、キモオタどもぉ、恨むならさその俺の純真を弄んだビッチを恨め! 俺は本気だ。俺の行動がこれから俺のような不当な迫害をされ、評価されない連中の礎となりやがては世間を変える」
それを見た、私の脳裏には新聞で見た、
“狂気の沙汰か? 渋谷ハチ公ホール立てこもり事件―犯人は被害者Sのストーカー〝
と言うスポーツ新聞の見出しを思い出すと同時に、
〝これから起こる事〝
〝言うこと〝
を新聞で読む前にどこかで経験していたような気がした。
(やめるんだ、そんなことしても誰も喜ばない、君の好きな関口翔子さんも悲しむぞ)
といったその時、遠くてよく見えないが、どうやらテレビ関係者も来始めたのだろう、黒い大型カメラらしきものをもった人影が見えた
「よし、テレビも来ているな警察の無能プリを世間に晒してやる」
そう言うと、そこに落ちていた同人誌をメガホンにし、
「TVをみているやつらに告ぐ、現代に生きる男は皆報われない、女達は思わせぶりにちょっと笑いかけたちあいさつしたりして、おれたちにアプローチをかけてくる。だが、俺たちがそのアプローチ答えて行動するとやれキモイだのやれ変態だのいつてくる」
その後は私怨と言いようがない話が延々と続いていった―そして、その話が終わりに近づいたとき、
(銃を構えている犯人に告ぐ。銃を捨て投降しなさい。君たちは完全に包囲されている。我々は警視庁・渋谷区警察署の者だ。無駄な抵抗はやめなさい。この会館は機動隊によって完全に包囲されている)
それを聞いた田中は機動隊が来るという恐怖に震えながら、
「こ、このままで終わるかよ、絶対に俺はネットの英雄になるんだ。ネット世界の英雄になって死ぬんだ。こんなクソみたいな世の中に俺たちの怖さを思い知らせてやりたいんだ」
猟銃構え、顔を鼻水と涙でグシャグシャにしながら田中がそう言うと、
「も、もういいじゃねかよ。バカ女も死んだし、俺たちはあと逃亡すればいいじゃないかほら南ホール商業ブースそこから出ればいいじゃないか」
と、憔悴しきった黄色アロハが顔についたちを拭いながらそう言うと
「そんなわけねえぇだろ佐々木。もう何人も殺しているんだ。こうなったら俺達英雄として世に名を残そう。そして世の女たちに男の怖さを思い知らせてやるんだ」
それの言葉に賛同するように佐々木に手を差し伸べると、
「おれ、もうやいだよ。このままじゃ俺確実に死刑になるしお、おれ投降するよ。じゃあな」
と、涙に震えながら西大ホールの入口に走っていった。
「こ、このあろー俺を裏切るのか」
「裏切るよ、俺お前と付き合って一度もいいことなかったしよ、俺、ホントは地元で付き合っている子がいたんだ」
「なによ」
口元に泡を出しながら田中は銃弾を猟銃にいれると、笹木めがけて引き金を引いた。
すると破裂音と共に、走る佐々木の顎から下が消失した。あとにはルビー色のネバネバした液体が床にこぼれ落ち胴体はピクピクと体を動かしながら黒い血と共に床を汚した。
「ざ、ざまあみろ」
西大ホールに取り残された一二人の人質は自分たちの目の前で起きていることが、信じられずただただ、呆然しながらも今まで自分の仲間であった人を容赦なく撃ち殺す田中に恐怖を覚え、悲鳴を上げる人、次は自分たちだと思い気絶する人、スクランブルに誘った友人を責める人、さっきまで隣にいた人を殺すと言う非日常的な行動に失禁する人もおり、西大ホールは絶望の悲鳴でパニックの坩堝と化した。
その銃声を切掛けに、エントランスに居た数十人の機動隊員が凄まじい速さで突入してきた。
それを見た田中は、
「とにかくこのスイーツを人質にとるって時間を稼ごう。おいそこの女こっち来い。お前は俺と一緒にこの国を変えるんだ。女には
もったいない名誉だぞ」
そう言われたとき、私はこれからなにが起こるかと言うこともわかっていた。
(犯人に告ぐ。今からでも遅くない銃を捨てなさい。ここはもう包囲されている。おとなしく女性と猟銃を離し投降してください)
と、西非常口真後ろにいる警察官からの最後通知とも言える説得の声が聞こえた。
すると、田中は
「よく聞け。俺は俺の気持ちを弄んだやつにおもいしらせただけだ。世の中には俺みたいに何をしても結局誰からも評価されない奴らが多い、それはなぜかって。世の中をイケメンかブサメンで見ているからだ。俺たちのことをよく見ろ、よく見てから現実の、いや世間の男たちを見ろ、俺たちの方がいいに決まっている」
そう言うと、男は私めがけて猟銃の引き金を引くと、胸の後ろから轟音とともに火薬くさい煙がモワッと上がると同時に、弾は背骨を貫き肉を裂くような痛みとともに心臓に命中した。
私は肺から流れて来た血を盛大に床へと吐き散らしながらテレビのスローモーションが自分の中で起こっているような気分になりながら前のめりに倒れていった。その時、胸に穴があいたのにもかかわらず不思議と痛みを感じなかった。それよりも、私は翼さんの事を思い出した。
そういえば翼さんは幽霊が見えるらしく、どうもそれが人気アニメのキャラクターによく似ているということから、クラス素行の悪いオタクの集団から酷いいじめを受け、引きこもったのだったっけ。
そして私は、佳奈美さんを最後にレンタルおねえさんを引退して、教師免許取得の勉強に集中する予定だったんだっけ。
7月月23日の今日。私はこの場所にいて。美咲さん、そう。翼さんの部活の後輩でいじめられても、霊が見えるという話を全く信じなかった美咲さんが所属しているサークル・黒猫太郎の小池さん。お葬式で参加できなくなった優香さん、石二さんたちが書いた合同誌を買いにサブマを一緒に訪れて、この事件に巻き込まれたんだっけ。けど翼さんはあの時、トイレに行っていてこの事件に巻き込まれなくて。私は人質にされて、逃げ切れなくなったから撃たれたんだっけ、
と、いう事を思い出しながら私も、非常口の真横で狙撃銃を構える機動隊員に打たれそうになっている田中もみんな、西口大ホールの真ん中にできたブラックホールのような蟻地獄の中にゆっくりゆっくりと進んでいる。
それを見た私はあの穴に飲まれてしばらく経つとまた、4月2日のあの日の朝に戻るのを知っている。
そしてまた三年も続くあの三ヶ月間を続けるのかと思うと、正直ゾッとした。そんな時、もう一つの銃声が私の真後ろで、高く響いた。
終
一応の見直しはやりました。あとの誤字脱字は発見次第、感想欄におねがいします。