第二話 屋敷と人殺し ①
ダニエルたちが波止場につく少し前、キースとその部下たちは、路地裏に捨てられた仏を前に十字を切っていた。
「ひでえことしやがる」
その周囲には、まるで俗世とそこを区切るように黄色いテープが張られ、その隔離された死の領域の中で、捜査員たちが黙々と仕事に取り掛かっていた。死体の縁をなぞるように白線が引かれ、血痕を覆うように丸が描かれ、カメラのフラッシュが至る所で焚かれる。誰も彼も無言だった。
コートのポケットに手を突っ込み、その見慣れた、死者を主役にして行われる儀式を前にキースが吐き捨てる。そう言う彼もまた、その異常な領域の中に身を預けていた。すると若い部下が彼の下に駆け寄って来て、苦い顔で言った。
「死因は恐らく、刃物で心臓を一突き。即死でしょう」
「見りゃわかるよそんなことは。他に外傷も無いしな」
「ここでは見たことのない顔です。キースさんは見覚えありますか?」
この街で悪名を轟かせている奴ではないと暗に告げてくる。それを聞いたキースがゆっくりと死体の側まで近づき、腰を下ろしてその顔をまじまじと見つめる。
短く切った金髪にやや面長の顔。細長い眉。切れ長の瞳に薄い唇。大体二十代前半だろうか。生きていたらさぞやハンサムだったろう。
だが今、彼は憎悪とも驚愕ともとれる表情だけを残し、この世から永遠に旅立ってしまった。まだやりたいことは沢山あったろうに……。
「みたことねえよ」
様々な意味を込めながらキースが呟く。そして彼がどくと、入れ替わりに寝袋状のビニールシーツを抱えた男たちが男の前に傅き、その体を丁寧にシーツの中に収めて縦に走ったファスナーを閉める。
テープをくぐって娑婆の領域に立ち戻り、肺にたまった死臭を追い出そうと煙草に火をつける。そして一息ついた所で、思い出したようにキースが部下に言った。
「ところで、あいつらはどうしたんだ?」
「あいつらとは?」
「例のヒーローだよ」
「ああ、まだ寝てるんじゃないですか?まあ、このくらいのことでヒーロー動かしてたら、警察の名が廃っちまいますよ」
ヒーローは便利屋ではない。警察では手に負えない事件を彼らに代わって解決する、ある意味街の切り札であるのだ。だからといって、警察も手に負えないからといって、すぐに彼らに頼るような真似はしない。警察にもプライドはあるのだ。
そう言外に告げる部下の言葉に苦笑しながら、キースが言った。
「まあ、そうだよな」
俺たちだって街は守れる。キースはそう自分に言い聞かせた。そして両手で顔を叩いて気を引き締める。これからやるべき仕事は山ほどあるのだ。
殺人犯め、今に見ていろ。