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第一話 ③

 ゾフィーと名乗った女性は、青いロングヘアに小さい水色の瞳をもった、小柄な女性だった。

 ヒーローでありながら探偵まがいのことをしている自分に苦笑しながら、コーヒーの入ったカップを手渡す。いや、ヒーローも探偵も根っこは変わらないのか?

 くだらない思索を打ち切って、ダニエルが話を切り出した。

「僕はダニエル・クーパーです。ダニエルと呼んでください。巷ではマックス・キッドと呼ばれています」

「あの、本名ばらしちゃっていいんですか?」

「僕の知り合いのヒーローに、プライバシーに厳しい奴がいましてね。僕たちの私生活をすっぱ抜こうとした奴をそいつが締め上げてから、誰も僕たちに干渉しなくなったんですよ」

 今から数年前。キャプテン・スクリームとマックス・キッドの正体がゴードンとダニエルであるということを週刊誌に暴露されたことがあった。ゴードンはそれを見るなり、まずその記事を書いたライターを半殺しにし、警告文と共にその週刊誌を発行している会社の前に投げ捨てた。それでも「ヒーローの二十四時間」シリーズと題してプライバシー侵害を止めなかったその会社に、ゴードンはダイナマイトを投げ込んだ。社長の家とその暴露記事を書いていた記者の家には毒ガスを流し込んだ。

 それ以来、彼らの正体に触れようとする者はいなくなった。

「それで、大切な話とは?」

「は、はい。じつは、私の勤め先のトレイル家でのことなのですが」

 そう言ってから、ゾフィーがカップを両手で持って中のコーヒーをゆっくりと啜る。そして手に取ったカップをまじまじと眺めてからそれをテーブルに置き、ゾフィーが話し始めた。

「そもそもの始まりは、数ヶ月前、その時のトレイル家当主であり、トレイル・グループ名誉会長でもあったゼオン・H・トレイル様が逝去されたことでした――ダニエルさんは、トレイル・グループという名は、聞いたことがおありですか?」

「ええ、勿論存じておりますよ」

 知ってるも何も、ダニエルはその名を一度として目にしない日は無かった。いや、この世界に住む殆どの人間が、一度はその名前を聞いたことだろう。

 トレイル・グループとは、自動車産業で世界八十パーセントのシェアを誇る超巨大企業のことだった。そして最近は車だけでなく、電車や飛行機、果ては戦車や戦闘機などといった軍事部門にまで手を伸ばしている。そして宣伝活動にも力を入れており、そのおかげで街を歩けばトレイルの巨大な看板に出くわし、テレビをつければほぼ高確率でトレイルのCMを見ることができる。

 しかし、目の前の女性が本当にそんな所に居たのだろうか?なぜトレイル家の人間ではなく、メイドである彼女が来たのか?トレイルの名を騙ったいたずらかもしれない。ダニエルは若干警戒しながら言った。

「まさか、本当にあのトレイルなんですか?」

「はい。私はトレイル・グループの職を辞して隠居生活を送られていたゼオン様のお世話をしていました。これ、証拠の写真です」

 そう言って、持っていたハンドバッグから一枚のポラロイド写真を取りだした。そしてそれを見たダニエルが思わずうなる。

 そこには元気そうに立っている老人とゾフィーが、庭園を背景に仲よさそうに横並びに映っていた。

「あなたの隣に居るの、ゼオン社長じゃないですか」

 テレビの経済ドキュメント番組で見た顔を思い出しながら、ダニエルが言った。撮ってすぐに現像されるポラロイドだから偽造のしようもない。これで彼女が本物のトレイルに仕える人間だと言うことが明確になった。

「ゼオン様は、私を実の娘の様に可愛がってくださいました。なので自然と、ゼオン様のお世話は殆ど私が一人で行っておりました」

「だからあの写真はああもフレンドリーなのか……しかし、ゼオン氏が亡くなったというニュースは、聞いたことがありませんが」

「ゼオン様のご意向なんです。自分が死んだら誰にも言わず、まずは身内だけで葬儀を行う。そしてしかる後に世間に公表すると。私は特別に、その親族のみの葬儀に出席させていただきました。――それで、ゼオン様がお亡くなりになった後なのですが」

「はい」

「葬儀を済ませた後、親族が一同に介して遺産相続の話になりました。私はゼオン様の遺言どおりに、その時の進行役を務めていました。ゼオン様には妻と、お二人の兄弟がおられましたが、三人はゼオン様の遺書通りに、公平に遺産を分配することをお決めになられました」

「口論とかは起きなかったんですか?遺産の分配とかで」

「いえ、そのような事は一度も起きませんでした。そもそもゼオン様のご家族が口論を起こす所など、私は今まで見たこともありません」

 きっぱりと言い切るゾフィーに、ダニエルは心の中で驚嘆した。普通、こういう金持ちの家とかでは、遺産の話で大抵もめるものと思っていたからだ。自分の感覚が間違っているのか?

「しかし、先程からお話をうかがっていると、対して危険な事が起きている風には思えないのですが」

「いえ、本当の危機は、この次の日に起きたんです」

 そう言って両手をこね合わせながら、ゾフィーが顔を俯かせる。そして暫くして、意を決したように顔をあげて話し始めた。

「ゼオン様の御兄弟の一人――兄であるラモン様が、自室でお亡くなりになっていたんです」

「なんですって!」

 思った通りだ!口から出かかった言葉を抑えつけながら、ダニエルが言った。

「ラモン様は寝間着姿で、ベッドの上で腹部から血を流してお亡くなりになっていました。警察の調べによると、ラモン様は鋭利な刃物で刺されたとされています」

「まさか、失礼とは思いますが、それは身内の犯行なのでは……?」

「それは違います。ラモン様の死体が見つかった数時間後に、電話がかかってきたんです。電話の声の主は、私と同じくトレイル家で執事をしていたバッシュ・ウッドという男でした。バッシュは、ゼオン様がお亡くなりになる四日前に暇をもらっていました」

「それで、その男はなんと?」

「バッシュは自分の名前を言ってから、電話越しに、ゼオン様の遺産を全て自分に寄越せ、さもなければ一家を皆殺しにすると言ってきたんです」

「まさか、ラモンとか言う人が死んだのも」

「おそらく、そのバッシュがやったのだと思います」

 そこまで聞いて、ダニエルは大体のことを理解した。テーブルに手を置いたゾフィーに向かって、尋ねるように言った。

「なるほど、つまり、そのバッシュという人を捕まえてくれと」

「はい。勿論、宿泊施設や食事の方はこちらで全て手配させていただきます。協力していただけないでしょうか?」

「事情はわかりました。しかし、警察には話したのですか?」

「表ざたにはできません。ゼオン様のご意向に反してしまいます。ラモン様の件は自殺ということで警察には納得していただきましたし、こうして私がこちらに出向いたのもその理由ゆえです」

「あ、そうか」

 思い出したようにダニエルがそう言って、さてどうしたものかと顎に手を置いて考える。協力はしたいが、この街を空けていいものか。女性を疑う訳ではないが、今の話が全て真実だとは限らない。

するとダニエルの背後から階段と擦り合うように靴音を響かせながら、刺すような低い声が朗々とリビングに響き渡った。

「わかった。協力しよう」

「ゴードン!」

 後ろを振り向いて声の主を見たダニエルが思わず叫ぶ。

「いいんですか?」

「ああ。悪を倒すのが俺たちの仕事だ」

「ありがとうございます!」

「おいおい、街の方はどうするんだよ」

「昨日の時点で、めぼしい連中は大方狩りだした。残りはチンピラ連中だけだ」

「そいつらも悪じゃないのか?」

「奴らは警察でもやれる。こいつは出来ない。そう言うことだ」

 そう言って真っ直ぐ玄関へと突き進むゴードンを見て、ダニエルがため息をついた。一度言い出したら聞かない。

 この男の短所の一つだ。


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