第一話 ①
世の中には、犯罪をしてやろうと息巻く連中が何人も存在している。彼らは表を堂々と歩きながら、まずは血走った目で何をしてやろうかと辺りを観察する。そしてめぼしい物を見つけた時、彼らは罪に飢えた獣となって行動を起こす。衝動的に行動に移す者もいれば、計画を練りに練ってから実行に移す者もいる。
しかしこの世には、そのような「やってやる」などと意気込むまでも無く、まるで息をするのと同じように、ごく自然な動作で犯罪を犯す者もいるのだ。その場合、彼らは犯罪を犯しているという実感を持つことはなかった。いちいち「息をしている」と考えながら呼吸する人間がいないのと同じである。
「……」
そのようなことを考えながら、一人の人間が、ゴードンが騒ぎを起こしたのとは違う路地でそっと佇んでいた。
全身を雨に濡らし、力無い目で闇色の空をみつめる。
「……」
ふと、一つの考えが頭の中に浮かんだ。
殺人も犯罪の一つだ。ならば息をするように人を殺すのは、息をしているのと同じで、生理現象として捉えられるのではないか?それをやる本人としては「当然のこと」としてそれをやっている訳だから、犯罪ではないのではないか?もしこれが犯罪だと言うのなら、全ての人間は息をしただけで捕まってしまうからだ。
「……」
足元に転がるモノに視線を移しながら、人影が考え込む。
真っ赤な水たまりが眼下に広がっていた。