第七話 ゾフィー ④
メルドビッヒに戻るまでの道程は、寒気がするほどに静かなものだった。ボートを港につけてパーシーが停めていた車に乗り込み、彼の屋敷に大急ぎで向かう。その途中で何らかの攻撃を受けると考えた五人は、屋敷に戻るまでの間常に神経を研ぎ澄ませていたが、結局はそれも徒労に終わってしまった。
そして屋敷に駆け込んで全てのドアと窓を閉めて鍵をかけ、居間に集合した直後、一人を除いた四人は糸が切れたかのように脱力しソファや椅子に座りこんだ。
「誰も来なかったな」
「逆に怖いな。むしろこの後に来るんじゃないか?」
「窓やら鍵やら壊して僕の家に侵入してくるって言うのか?許せん!器物破損で訴えてやる!」
「そうしてくれると手間が省ける」
自分の家でもないのにさらりとそう言ってのけた後、一人立ったままのゴードンがゾフィーの方を向いた。
「それより、話の続きだ」
「おいおい、こっちは神経張り詰めすぎて頭が参ってるんだ。このままじゃ何も理解できない。少し休ませてくれたって……」
「駄目だ。なんとかしろ」
「お前なあ」
「わかりました」
キースの言葉を遮るようにゾフィーが口を開いた。
「さて、どこまでお話したでしょう?」
「ゼオン・H・アッシュ。奴の脳を使うと言っていた」
「兵士の脳味噌をいじって、良心だか何だかを捨てて完璧にするとかいう計画だったな?」
「ああ、そこまで話しましたね。確かにその通りです」
「その為のプログラムを作るとか言っていたが、本当にできるのか?」
「可能です」
「どうやって?」
断言するゾフィーにダニエルが尋ねた。表情を変えることなくゾフィーが続ける。
「作成の手順としてはこうです。まず、コピー元となる対象の脳を、生きたまま、本体と繋がったままの状態で摘出する」
「いきなり酷いのが来たな」
「まだ序の口です。そして被験者の脳を、同様に生きたまま摘出する。そしてその脳に針を刺して電流を――」
「やめてくれ」
スプラッタなシーンを想像して完全に目の覚めたキースがゾフィーの言葉を遮る。そして苦い顔を浮かべながらゾフィーに言った。
「大体わかったよ。もう勘弁してくれ。吐きそうになってきた」
「……ああ、申し訳ありません。私としたことが、つい」
「いや、大丈夫だ。それ以上続けてくれなきゃ大丈夫だ。それよりよくそこまで詳しく知っているな。なんでだ?」
「それはマニュアルを貰っておりますので」
キースの言葉にゾフィーがしれっと答える。
「マニュアルって……」
「彼女は例の兵士を量産するためのプログラムを商品にすると言っていただろ?プログラムの取り扱い説明書があっても不思議じゃない。いや、無い方が困るだろう」
ダニエルが顎をさすりながら言った。それを聞いて納得したように頷いた後、キースが再び噛みつく。
「あれ?でもそんなことして、ゼオンは生きてるのか?」
「……それは……」
「お、おい、どうしたんだよ」
「キース刑事、それ以上は……」
「それより、ゼオンはそのことを知っているのか?」
ゾフィーの心の機微を察したダニエルがキースを抑えた時、不意にゴードンが言葉を発してきた。周囲の人間はその言葉の意味を掴みかねていたが、ゾフィーは一人、言葉もなく俯いていた。その顔は悲痛に歪んでいた。
重い沈黙の空気が充満する。たまりかねてキースがゴードンに言った。
「どういう意味だ?」
「その脳の変換プログラムの作成にゼオン本人の了承は取っているのか?」
「……」
ゴードンが畳み掛ける。やがてゾフィーが重々しく呟いた。
「……いいえ」
「なるほど」
「だから、どういう意味だよ」
「言葉どおりの意味だ」
そう言ったきり黙ったゴードンに代わって、ダニエルがキースに説明を始めた。
「ゼオンの意志が加わっていない。つまり、これはゼオン以外の何者かによる独断で行われたということだ」
「誰がそんなことを」
「馬鹿め。最も可能性の高い奴にもうお前は既に会っているだろうに。頭を柔らかくするのだ」
「ああ?もう会ってるって……ああ」
パーシーの言葉を受けてから暫くして、自分で納得したようにキースが呟く。
「ダリア」
「そう、あの女狐だ」
「そうなのか、ゾフィー?」
「はい。全ては、彼女の計画だったのです。脳と肉体を変成させた戦闘兵士の製造プログラムの販売、そしてそのための素体探し、その結果として行われたゼオン様との婚約――」
「婚約だあ?」
キースの声に、いくらか平静を取り戻したゾフィーが言った。
「最初から、順序立ててお話します」