第七話 ゾフィー ②
「はい、そこまで」
その時、部屋の全てのドアが一斉に開かれ、一方のドアの奥からよく通る女の声が響いた。同時に四方のドアから黒いボディスーツとガスマスクを身に着けた人間たちが、ぞろぞろと小走りで部屋の中へとなだれ込んできた。彼らの手には小銃が握られていた。
そしてその黒い侵入者たちの濁流が止まるころには、彼らはゴードン達を包囲するように円状に隊列を組み、銃口を向けたまま微動だにしなかった。
「ワオ」
「まるで戦争映画だな」
「カメラは回ってないのか?」
その一糸乱れぬ行軍にゴードン一行が舌を巻いたり圧倒されたりしていると、その隊列の一部が自然と左右に割れ、その奥から一人の女が悠然と彼らの方へと歩いてきた。
「ゾフィー、貴女にそこまでするよう命令したつもりは無いのだけれど、これはどういうことかしら?」
そしてその女――ダリアは間延びした声で、しかしどこか勝ち誇ったような声でそう言った。
「まあおおかた察しはつくけど、それでも貴女の口から直接聞きたいわね。これはどういうことなのかしら?」
「あれ?なんか口調が違うような……」
「彼女も既に手術を終えているようですね」
首をかしげるダニエルにそう言ってから、ゾフィーは一歩前に出て凛とした態度でダリアに言った。
「申し訳ありませんが、これが私の受けた命令なのです」
「へえ、誰の?」
「ゼオン様の」
「バッシュは?」
「私が引き込みました。――若干やりすぎたようですが」
そう言って申し訳ない顔でゴードン達の方を見てから、再びダリアの方を向いて言った。
「ゼオン様は全て知っていました。全て知ったうえで、有事の際はそれを止めるよう、私に命令なさったのです。あらゆる手段を講じてでも」
「解せないわね。なぜそんなことを一介のメイドであるあなたに頼んだのかしら?それも、まだ『手術』も済ませていない貴女に。ただ親しかったからという理由だけではないはずよ」
「アッシュの家系が一つだけだと思うのなら、それは大きな間違いです」
「いい加減にしてくれないか!」
痺れを切らしたパーシーが会話を中断するように叫ぶ。
「さっきから二人してブツブツと!聞いてるこっちはチンプンカンプンだ!」
「まったくだな。俺たちにもわかるように説明してほしいもんだ」
「あら、ごめんなさい。貴方たちがいたのを忘れていたわ」
まるで気にかけていなかったかのように、ダリアが歪んだ笑みを浮かべながら言い放った。その笑みはそれまでのダリアとはまるで違っていた。口の端を大きく吊り上げ、眉間に皺を寄せ、半目になった瞳の奥で欲望の炎が揺れている。最初遭った時に感じた優雅さも気品も感じられない。嗜虐に満ちた悪魔の――かなり下品な笑顔。
人間はこうも変わるのかとダニエルは自問した。
そんなダニエルをよそに、曲げた人差し指を顎に付けながら、ダリアが間延びした口調で言った。
「そうねえ、確かに貴方たちにも説明するのが筋なんでしょうけど……止めておくわ。無駄だから」
「無駄?何が無駄だって言うんだ?」
キースの問いかけを受けてダリアがクスクス笑う。そして一頻り笑った後、右手を高く掲げながら、ダリアが刃物のように冷たく言った。
「だってここで死ぬんですもの」
「――!」
「さようなら。それなりにいいデータが採れたわ」
四人が身構える。ゾフィーは微動だにしない。
ダリアが指を鳴らす。ゾフィーがスカートの端をつまみ、勢いよくたくし上げる。
取り巻きが引き金を開くよりも早く、ゾフィーのスカートの中から何かが次々転げ落ちた。
濃緑色のボールのようなものが、何個も何十個も。
跳ねるように、ごろ、ごろ、ごろ。
その場の全員が動きを止め、それに釘付けになる。
直後、ゾフィーの足元で光が弾けた。