第七話 ゾフィー ①
全てを知った時、ベッドから上体を起こしたゼオン・H・アッシュは窓の外の光景を眺めながら、弱弱しく呟いた。
「結局、この血からは逃れらなかったということか……」
『手術』の副作用からか、その姿は別人のものとなっていた。髪は乾ききって真っ白になり、顔には 幾筋も皺が刻まれ、眼光の灯火は消えかかっていた。そして傍に傅いていたゾフィーは俯きながら、黙ってそれを聞いていた。窓の外には無限に広がる満天の星空が広がっている。それに比べれば、ここは牢獄だ。己の運命を自嘲するようにゼオンが続けた。
「私は本気で彼女を愛していたが、結局は道化だったという訳か」
「……心中、お察しします」
真実に直面し、目の前で衰弱していく老人――命の恩人の姿に堪えきれなくなり、絞り出すようにゾフィーが返す。その言葉を受けて、顔を窓からゾフィーの方へと動かしながらゼオンが言った。
「お前にも済まないことをしたな。こんなことを探っているとは知らずに、私はお前に辛く当たってしまった」
「『家族は決して疑うな』……私を拾って下さってから今までずっとあなたから言われてきた言葉を、私は自ら破ったのです。絶交されることも覚悟の上でした。ですからあの時のことは、私は少しも恨んでおりません」
「しかし、私はお前のことを……」
「いいのです」
ゼオンが伸ばした手をゾフィーが握り返す。小枝のように細く、華奢だった。
「私はただあなたのために、受けた恩を返すために動いたのです。そして、私の仕事はまだ残っています」
「仕事……そうか、そうかい」
ゼオンがゆっくりと言った。
「最後までやり通すというのか」
「諦めるつもりはありません」
「そうか……」
ゾフィーの瞳の奥にある決意の火。若かりし頃の自分が持っていたのと同じようなものをそこに感じ、ゼオンがそれまでとは違う、芯の通った声――威厳を備えたトレイルグループ総帥の声でゾフィーに言った。
「ならば、私からも頼む。あれを絶対に、全て消してくれ。何をしてもだ。アッシュの残滓を欠片も残してはいかん」
「畏まりました。この私めにお任せを」
「頼んだぞ――」
ゼオンがそう言った直後、腕から力が消え去り、ただの小枝と化す。
目を閉じ、安らかに眠ったゼオンの前にゾフィーが立つ。そして畏まった口調で――肩を震わせながら、こみ上げる感情を務めて殺すように言った。
「お休みなさいませ。御主人様」
それから、ゾフィーの新たな戦いが始まった。