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第六話 LD ⑤

「こちらに」

 やがてゾフィーが目を開き、そう言いながら中央のテーブルへ歩き出す。つられる様に四人も後をその追った。

 やがて五人がテーブルの周りに集まる。それを見たゾフィーはテーブルに置いてあった資料の束の一つを手に取り、ゆっくり中身を吟味するようにそれをめくり始めた。

「ところで皆様」

 視線を資料に移したまま、おもむろにゾフィーが口を開いた。

「『完全な兵士』であるために必要な要素は、何だと思いますか?」

「なんだよ、藪から棒に」

「戦場に赴く兵士にとって最も必要とされる要素、兵士であるために絶対不可欠なスキルは、一体何だと思われますか?」

 ゾフィーが資料から目を離し、じっとキースの方を見つめる。どこか威圧感を感じながら、キースが答えた。

「そりゃあ、あれだろ。銃の取り扱いの上手さだとか、スタミナとか」

「確かにそれも重要かもしれないがな、もっと根本的に必要なものがあると思うぞ?」

 パーシーが上から目線で言い放つ。額に青筋を立て始めたキースを片手で抑えながら、ダニエルが言った。

「根本的に必要なもの……愛国心?」

「そんなクサイものではない!もっとドロドロでリアルなものだ!」

「まるでわからないよ。大体君はそれがなんなのか、わかって言ってるのか?」

「……耐性」

 ダニエルとパーシーの言い争いを遮るようにゴードンが口を開いた。

「耐性?」

「人殺しに対する耐性だ。ダニエル、戦場における兵士の最低限の仕事は何だ?」

「……人殺しか」

「そうだ」

 そこまで言って、ゴードンがゾフィーの方を見る。後を継ぐようにゾフィーが言った。

「戦争に勝つために、何より自分が生き残るために、一人でも多くの敵を排除する。それが兵士の務めです。そして戦争において最も優秀な兵士は、最も多くの敵を殺した者でもある」

「酷い話だぜ。警察じゃそういうのは連続殺人犯として処理されるってのに。戦場でそれをやらかした奴には勲章が贈られるんだからな」

「そう。戦場では大量殺人者こそが一番の英雄なのです。しかしたとえ敵一個大隊を一人で皆殺しに出来る程の力を持っていたとしても、それを進んで実行しようと言う者はいないでしょう。もし実行したとしても、その人間は確実に精神を病むか、直後に軍を辞める」

「なぜ?」

「理性が邪魔をするからです。良心と言ってもいい。人間の中に存在する欲望のストッパー。そして人一人殺す度にその良心が悲鳴をあげ、それに逆らった罰として自ら心に傷をつけていく。そしてそれは意識的ないし無意識的に蓄積され、後になって確実に心と体を蝕んでいく」

「そしてその人間を兵士として駄目にする。悪夢、トラウマ、シェルショックやPTSD。これらは全て己の理性や倫理観に逆らって殺人を繰り返したが故の反動であり、その人間の兵士としての価値を大きく下げる物でもある。敵を前にして引き金を引けない兵士などタダの的でしかない。戦場に行けない兵士など論外だ」

 再び横から割って入ったゴードンが、ゾフィーの言葉を勝手に引き継ぐ。

「兵士にとって人殺しがステータスだと言うならば、そんな風に『ポイント稼ぎ』にブレーキをかけようとする良心や理性など邪魔なものだ。だがそれは決して消せるものではない」

「しかし完全であるためには消さねばならないのです。そんなものは邪魔なだけですから」

「だが消すと言って消せるものではないぞ。どうしようっていうんだ?」

 パーシーが明後日の方を見ながら言った。ゾフィーがそれに返す。

「確かにこれは簡単に消せる類の物ではありません。そもそもそう言った良心や理性などというものは、その人間が生まれた時から持っているものではない。その人間が何十年と生きていく中で己の中に蓄積されていった社会通念や常識によって自らが無意識に作成した、この世界を無難に生きていくための一つの指標であり、この世界のルールブックなのです」

 ゾフィーがそこで言葉を切り、再び話し始める。

「さて、その人間が築いて来た『指標』ですが、それは果たして人間のどこに存在すると思いますか?」

「どこって……どこだ?」

「キース刑事。もう少し頭を柔らかくした方がいい」

「脳筋で悪かったな。で、どこなんだ?」

「決まっているだろう。ここだ」

 パーシーがそう言って、自分の頭を人差し指で叩く。

「人間は頭でモノを考える。ならばモノを考える際に参考にする教科書の類も当然そこに収められている。だよね」

「ええ。そうです」

「ああ、言われてみれば確かに……で、それがどうしたっていうんだ?」

「まだわからんのか?そうした『その人間にとっての倫理や一般常識』が全部頭の中に入っているのなら、『脳味噌の中にまだ何も入っていない空っぽな状態』の頭と、今現在その人間の持っている頭をごっそり取り替えてやればいいのだ。だよね!」

「まさか、そんなバカな事が」

「ええ。そうです」

「え?」

 予想外の返答にダニエルが素で驚いた声を出す。

「本気で言ってるのか?」

「ええ。もっとも、脳そのものを取りかえるのではなく、対象者が元々持っている脳を、別に用意したサンプルの脳の形に近づける。別の言い方をすれば、薬品投与や脳手術などで脳を別パターンの物に作りかえる」

「冗談じゃないのか?」

「出来るのかよ、そんなこと」

「可能です。あなた方がここに来るまでに出会った執事やメイドが、まさにそれですから」

「じゃあ何か。その手術とかのおかげで、あいつらの頭の中は、自分の物とは違う誰かさんの脳そのものに作りかえられてるって言うのか?」

「はい」

「科学の神秘だ!」

 とんでもないことをさらりと言ってのけるゾフィー。ダニエルとキースは唖然としていたが、パーシーは興味深そうに笑みを浮かべながら叫び声を上げた。ゴードンは顔の筋肉一つ動かさなかった。


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