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プロローグ③ まともな奴といかれた奴

 キャプテン・スクリーム。本名ゴードン・ボルト。

 マックス・キッド。本名ダニエル・クーパー。

 この二人は、この街を代表する二大ヒーローだった。彼らは昼夜を問わず活動し、悪の組織からヤクの売人まで、蛆虫のように蔓延る数多くの犯罪を叩き潰してきた。それゆえに、彼らの名を知らない者はこの街にはいなかった。そして品行方正にして弱きを助け強きを挫く、ヒーローの鑑ともいえるマックス・キッドとは対照的に、ゴードン――キャプテン・スクリームはまた違う角度から高い認知度を得ていた。

 やりすぎるのだ。とにかく自らが悪と定めた者に対しては殴る蹴るでは済まさない。鈍器を使って頭をかち割り、倒れた相手の鳩尾を踏みつけて肋骨をへし折り、酷い時には腹に散弾銃を押しつけて引き金を引いたりコンクリート詰めにして港の埠頭から叩き落したりと、その破壊活動には枚挙にいとまがない。死人も見えていない所でかなりの数を出していた。それでもその悪に対する容赦ない攻撃を讃える声が上がっているのも事実であり、彼の破壊活動に対しては賛否両論だった。

 そしてそれ以上に彼を問題児たらしめているのが、彼の善悪の判断が極端すぎるという点だった。ある人が道端に痰を吐く所を見ただけで、その相手に追い付いて顎の骨が砕けるほどのパンチを見舞わせる必要が、果たしてあるだろうか?その容赦のない態度故に、裁判沙汰にまで発展したことも何度もあった。だが彼は止めなかった。

 そしてそんな彼のストッパーになることが、彼の友人であるマックス・キッド――ダニエル・クーパーの仕事の一つであり、「正義をなした」彼を署に連行して滔々と警告するのが、この道二十五年のベテラン、キース・モーガン刑事の専らの仕事であった。


「おいキャプテン・スクリーム。いい加減観念したらどうなんだ?」

 四方をコンクリートに囲まれた、狭苦しい取調室。真ん中に安っぽい机が一つととパイプ椅子が一組置かれ、そこにキースと、サングラスを外したゴードンが向かい合って座っていた。

 ゴードンの刃物のような水色の瞳を見返しながら、キースが言った。

「お前は悪を懲らしめる素質はあるんだ。ただそれを過剰なまでに発露しちまうのがお前の悪い癖なんだよ。お前は信号無視した老人にまで手を上げる気か?」

「ああ」

「相手を考えろよ。年寄りだぞ?せめて口で解決しようとか、そういう風には考えたこと無いのか?」

「ないな」

 迷いの無いゴードンの言葉に、キースががっくりと項垂れる。こいつには何を言っても無駄なのだ。

いや、本当はこういう結末になることくらい、キースも知っていた。こうしてゴードンに警告をするのも四十を越えた今となっては、このやりとりは予定調和の一つと化していた。ゴードンは己のしたことに絶対の自信を持っている。絶対に折れないのだ。

 しかし捕まえることなど出来るわけがない。彼が犯した暴行や殺人の件数など、軽く叩けば今以上の数が出てくるだろう。だが今まで彼が手にかけてきた人間の中には、闇社会にその名を轟かせる超一級の犯罪者や犯罪組織もゴロゴロしており、彼が街の治安維持に一役買っているのは疑いようのない事実だった。それに自分たちは未成年だから法律では裁けないだの、警官が子供を殴るのかだの言って、やりたい放題やっている不良連中をこいつが一方的にのしていく様を見るのは、キースにとっても幾分か胸のすくような思いがした。

 だからと言って、ゴードンもそれで諦めるつもりはなかった。自分が言わねば、一体誰がこいつに忠言すると言うのか?これは自分が警官だからとかいうのではなく、もはやキース個人の意地といっても良かった。

「懲りないのはお前の方だ。俺が悪を縛るたびに俺を拘束して、何かメリットでもあるのか?」

「俺だってこんなことしたくない。お前がちゃんと手続き通りに行動してくれれば、俺だってこんな風に――」

「お前らの言うとおりにやっていたら全てが手遅れになる。悪は見つけ次第摘み取らなければ、やがて世界全体を腐らせていくだろう」

 ゴードンが真顔で言いきる。奴の言い分もまた的を得ている所が、キースには歯がゆかった。

 と、不意にキースが向かい側の壁にかけてあった時計に目をやった。午後九時二十五分。

 そろそろか、とキースが思った。この時間にゴードンを拘束していると何が起きるのか、キースはこれまでの経験から知っていた。それは出来ることなら絶対に出会いたくない男との会合を意味していた。

 不意に取調室前の廊下が騒がしくなる。遠くから靴が床を叩く乾いた音が響き、それが次第に大きくなっていく。それに伴って警官たちの上げる声が次第に数を増やしながら、大きく膨れ上がっていく。

 声が叫びに、次いで罵声と怒声に変わっていく。それでも靴の音は変わらずに、段々とペースと音量を上げながら響き続ける。そして声のテンションが高まる中で靴音が一際高い音を鳴らしたきりピタリと止まり、その直後に取調室のドアをぶち破って一人の男が姿を現した。

「おおキャプテン・スクリームよ!その姿は一体どうしたことだと言うのだ!」

「……パーシー」

 パーシーと呼ばれた金髪散切り頭で喪服姿の男が、キースのため息を無視して続けた。

「これはいけない!天下のヒーローがこのような狭い所に閉じこもっているのは色々な意味でよろしくない!君がここに閉じこもっていることで地球のエーテルバランスは崩れ、この世に破滅が訪れると言うことを理解していないのか!」

「俺に言うな。奴に言え」

「キース刑事よ!彼をここに入れることが、この世界にとってどれだけのマイナスとなるのか考えたことがあるのか!破滅の魔王ゴリアスの手によってエーテルの均衡は崩れ、ヴォイニクス領域が拡大することによってこの世は終焉を迎えることになるのだぞ!」

 意味が分からない。うんざりしながらキースが言った。

「そのゴリアスってのは、いつ来るんだ?」

「明日だ!すぐにでも奴はやってくる!このままでは人類は終わりなのだ!何もかもが終わりなのだ!」

 パーシーが朗々と言い終えた時、半壊した入口から何人もの屈強な警官が押し寄せ、パーシーの全身を力づくで拘束し始めた。その彼らの顔には生々しい青あざがあった。

「この野郎!観念しろ!」

「ブタ箱にぶち込んでやる!」

「化け物みたいな腕力しやがって、こいつ!」

 両腕を後ろに回され、強引に膝立ちにされながらも、それに負けじと喪服の男が叫んだ。

「よさないか諸君!どうせ明日には人類は滅びるのだ!ならばいっそ、今日くらいは手を取り合って同じ星に生きる兄弟として一日を過ごそうではないか!」

 パーシー・デク――ゴードンの友人兼病的終末論者の叫びが取調室にこだまする。キースは世界の終りでも見るかのような黄昏た表情でその光景を見つめていた。

「終わったら起こせ」

 ゴードンは腕を組んで椅子に腰かけたまま寝息をたてていた。


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