第五話 ビヨンドザソード ⑥
弓なりに吹き飛ばされ、大の字に壁に叩きつけられたゴードンを待っていたのは、更なる拳の応酬だった。
背中と壁が接地し、前方向に大きくバウンドする。その直後、元いた場所に残像を残すほどの速さで眼前に迫ったジョナサンが、その無防備な腹に乱打を浴びせて来たのだった。
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
幾重にも残像を残していく何百発もの拳が、ゴードンの身体を着地させることなく壁に釘付けにさせる。背後の壁が軋み始め、ゴードンの周囲にヒビを走らせていく。
「――!」
「おいおい、どうした?ああ!?」
「……!」
「痛すぎてぐうの音もでねえってか?しっかりしてくれよ。こんなワンサイドゲームじゃ面白くも何ともないぜ!」
サディスティックな表情を浮かべながら、ジョナサンが攻撃のスピードと密度を上げていく。
それはまさに機関銃。銃弾の速さと砲丸の重さを持った拳がゼロ距離で炸裂させる破壊力は、その一撃ごとにゴードンの内臓を抉り、意識を刈って行った。
「……」
一方、ダニエルは腕を組みながら、それを黙って見ていた。背を向けている格好のジョナサンにも、壁に磔にされているゴードンにも、自ら手を加えようとはしなかった。
そしてジョナサンはダニエルが襲ってこないことを気配で察知し、顔を嗜虐的に歪ませて心配するような口調で殴り続けながらゴードンに語りかけた。
「おい、お前の相方に助けてくれって頼んでみたらどうなんだよ?ひょっとしたら助けて来てくれるかもしれないぜ?」
「……!」
「まあ、当のあいつは動く気ゼロに見えるけどなあ。だってそうじゃないってんなら、とっくに俺のことは止めてる筈だぜ?そうだろ?」
「……!……!」
「土壇場で裏切られるたあ運がねえな。友達くらいまともに選べよなあ?まあ、あいつがまともな奴だったとしても、この状況じゃまともに言葉も出せねえけどな!HAHAHAHAHAHA!」
口と目を大きく開き、狂ったようにジョナサンが笑う。するとそれに反応してか、ゴードンの口が僅かに動いた。ジョナサンが攻撃を中止し、だが右腕を腹に食い込ませたまま聞き耳を立てる。荒い呼吸を繰り返しながら、ゴードンが振り絞るように言った。
「……け」
「お?なんだ?命乞いか?それともダメもとで頼んでみるかあ?」
「止めておけ。目には目をだ」
「……意味がわかんねえなあ……一言で言え!」
「死ね」
ジョナサンの中で、何かが切れる音がした。
「クソがァ!」
前よりも早い密度とスピードで、ジョナサンが攻撃を再開する。容赦のない拳の弾幕とそれの生み出す衝撃の前に、ゴードンはもはや呼吸さえも困難になっていた。そしてその衝撃はまた、ボタンで前を留めていた白いスーツをティッシュのようにちぎり飛ばしていき、やがて六つに割れているが青アザだらけの腹筋を露わにさせて行った。それを見たジョナサンは、ダメ出しとばかりに右腕を大きく腰だめに構えた。
「終わりだ、死になァ!」
最後の一撃が、ゴードンの腹を下から抉るように深々と突き刺さる。
インパクト。
低くくぐもった爆音を響かせ、そこから更に衝撃波を、床に散乱しているそれまで壁だった破片と共に辺りに撒き散らした。
暫くして余波が完全に消え去る。それと同時にゴードンの体から力が抜けていき、糸の切れた人形のようにがっくりと肩と首を落とした。
――こいつはもう終わりだ。
ジョナサンが悟った。