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第五話 ビヨンドザソード ⑤

 この仕事を続けていると、命の危険に晒されることも一度や二度ではない。頭をバールで殴られたり、拳銃で体に風穴を開けられたり、コンクリートの足枷を嵌められて海に突き落とされたり。飛び出してきた車に跳ね飛ばされたりもした。

「……」

 そして今自分が感じている苦痛は、おそらく五年ほど前に感じた、車に轢かれた時の物に似ているかもしれない。背中から壁にのめり込みながら、キースはそう考えた。そしてそう結論付けると同時に、彼は今まで感じたことの無い戦慄を覚えた。それは体を動かす度に全身に走る痛みのせいでもないし、次第にぼやけてくる視界のせいでもない。

「……」

 モザイクがかった視界に一つの人影が映る。漫画で見るような、青いメイド服姿の女性だった。キースの肩を殴った右手が真っ赤に濡れている。その赤が、つい数分前に起きた事象を、彼の脳裏に漫画のコマのように断片的に想起させた。


 開いた扉の先は六角形の部屋。方々に訳のわからない機械が置かれている。

 反対側の扉に立っていたのは、目の前にいるぼやけたメイド。

「通さない」とメイド。「そこをどけ」とキース――が言いきる前に、メイドはキースの眼前に飛び込んでいた。何が起きたか理解する前に、キースの左肩にメイドのパンチが食い込む。パンチ。

 そう、ただのパンチ。しかしそれを食らったキースの体は、あの時と同じように真後ろに派手に吹き飛ばされていった……。


 そして意識が今に至る。同時にキースは、己の抱いている恐怖の根源を改めて知った。

「お前」

 掠れる声でキースが呟く。

「お前、人間なのか……?」

 車に轢かれたのと同じ衝撃を、自分と同じ人間が繰り出してきた。その非常識さが、彼にとっては何よりの恐怖だった。

「なんなんだよ。お前のそれ」

「あなたが知る必要はありません」

 キースの問いかけを無視して、メイドが一歩一歩距離を詰めてくる。ゆっくりと、瀕死の獲物を前にした猛獣のように焦らず、だが油断を見せずに確実に近づいてくる。

 やがてメイドがうずくまるキースの前に立つ。右手で手刀を作り、真っ直ぐ心臓に狙いを定めて大きく後ろに引き絞る。

「失敬」

 メイドが静かに死刑宣告を告げる。引き絞られた右手が、杭打ち機のように心臓めがけて突撃してくる。

 指先が左胸に触れる。キースの頭の中が真っ白になる。

 瞬間。横から飛び込んできたパーシーがメイドの横腹にドロップキックをぶちかます。キースの目の前で、メイドの体が大きく真横に吹き飛ばされていった。

「バカめ、二体一だと言うのを忘れたのか!」

 斜めの壁に叩きつけられたメイドに対してパーシーが得意げに言い放ち、そしてキースの方を向いて大声で言った。

「大丈夫か?折れるにはまだ早いぞ」

「折れるだって?ちょっとびっくりしただけだ」

 左肩を右手で押さえ、ふらつきながらキースが立ちあがる。対するメイドの方は自らの肩を軽くはたき、表情を崩さず何事も無かったかのように立ちあがった。

「しかしなんなんだよあいつは。あの馬鹿力はないだろ」

「パワーを引き出すだけならば簡単だ。筋力増強剤を定期的に投与するなり、外科手術で筋肉や骨格をいじくり回せばいいのだからな」

「やけに詳しいな」

「酒の席で酔ったゴードンから色々聞いたのだ。奴め、僕の金で自分の体をいじくりまわしていたのだからな!」

「あいつが?」

「まあそんなことはどうでもいい。むしろ気になるのは奴の顔だな」

 パーシーの素っ頓狂な言葉にキースが声を上げようとすると、不意にパーシーがキースの体を突き飛ばす。尻餅をついたキースが抗議の声を上げようとした瞬間、件のメイドがさっきまで自分たちのいた場所めがけて拳を振りおろそうとしている姿が見えた。そしてメイドは思わず前かがみになり、空振った拳が床を捉え、派手な音を立てながらその床をへこませる。

「……!」

「逃げるのだ、キース刑事!」

「なに!?」

 メイドがゆっくりと立ち上がる。その向こう側からパーシーの叫び声が聞こえる。

「彼女には説得は無駄だ!彼女は色々と欠けている!」

「どういう意味だ!おい!」

「知りたければ生きることだ!いずれ来る神の破滅の火を見るまで、君もまだ死にたくはなかろう!」

 メイドとキースの目が合う。メイドの目は酷く虚ろで、人形の目に嵌めこまれたガラス玉と目を合わせているようだった。

 背筋が凍る思いがした。

「急ぐのだ、急げ!」

 そんなキースの考えなどお構いなしに、しきりにパーシーが叫びたてる。しかしそれによって我を取り戻したキースが、負けじと声を張り上げた。目は合わせたままだった。

「お前はどうするんだ!」

「僕はこいつの相手をする。なあに、僕だってそれなりに鍛えてあるからね、心配はいらない!」

「馬鹿野郎、警察が民間人を置いて俺だけ逃げられるかよ」

「警察だから戦おうなどという考えは捨てたまえ。これはもう君個人で解決できる問題ではないのだ!」

「お前なら出来るってのか?」

 メイドが立ちあがり、真っ直ぐキースの方を向く。視線を下にそらし、両手を伸ばして再び狙いをつける。

「出来る!」

 背後からパーシーが殴りかかり、それを察知したメイドが全身で振り返ってその拳を受け止める。ガラス玉と目を合わせ、パーシーがニヤリと笑う。

「出来るさ」

 自分の拳を受け止めたメイドの腕をもう一方の腕で掴み、背中をメイドの正面に合わせるように体を回転させて密着させる。それに合わせて掴まれた方の腕も拳を振りほどいて両手で腕を掴み、上半身を前に傾かせて目一杯両手を前方向に引き下げる。

 メイドが弧を描くように宙を舞った。背中から無防備に床に叩きつけられ、派手な音を立てながらその場で大きくバウンドする。その強烈な一本背負いに対し、メイドは大口を開けて一瞬苦悶の表情を浮かべた。

「さあ、今のうちだ!」

 相手の腕を両手で握ったまま、パーシーが叫ぶ。

「君は足手まといなのだ。下がりたまえ!」

「……くそ!」

 目の前のパーシーとメイドをまたいで、キースが一息に反対側のドアに急ぐ。片方の肩が潰されている自分は、確かに足手まとい以外の何物でも無かったからだ。


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