第五話 ビヨンドザソード ④
床下に落とされ、嫌味なほど白い通路を通り、扉を開けた先に広がる光景を見て、ゴードンとダニエルは息をのんだ。
「これ、何だと思う?」
「世界地図。メルカトル図法だ」
正六角形状の広大な空間。内装は通路と同じように目眩がするほど真っ白で、足場は擂鉢のように、外から内へ下るように段差状になっていた。二人が開けた扉は段差の真ん中ほどに据え付けられていた。
段差の境目には柵が設けられ、いくつものランプやキーボード、ディスプレイのついた彼らの背丈ほどの機械が、壁や柵に張り付くように備わっていた。そして二人の正面にある壁を丸ごと使ったモニターに、縦横に線の引かれた世界地図が大きく映し出されていた。
「何なんだこの部屋は?地理の勉強でもしてたのか?」
「広すぎる。スタジアムで勉強する奴はいない」
「ホームランをかませるほど広くは無いと思うな。ざっと見積もって、部屋の半径は六十メートルくらいか?」
「十分広い」
柵に手をかけて体重をかけながら、ゴードンが辺りを見回す。そして低いうなり声をあげながら、ゴードンがダニエルに言った。
「ダニエル、ひょっとしたら当たりかもしれんぞ」
「この屋敷の人たちが黒幕ってことかい?でもそれなら、どうして僕たちを呼んだんだ?」
「連中に聞けばわかる。それにバッシュの件も」
「素直に応じると思うかい?」
「やましさがなければこの部屋やバッシュ、全て話すだろう。でなければ奴らは悪だ」
「やれやれ、手厳しいな」
不意に自分たちの反対側にあるドアが開き、中から渋みのある声が聞こえてきた。二人がとっさに身構えると、真っ白い通路を背景にして一人の執事らしき男が現れて来た。
黒いスーツを着こなし、その下には黒いネクタイと白いワイシャツを身につけているのが分かった。距離があるせいか顔の右半分をガーゼで覆っていたからか、その顔を見分けることはできなかった。
「誰だ?」
「おいおい、誰だとは御挨拶だな」
そう言って男が肩をすくめる。後ろで束ねた黒髪が小刻みに揺れた。それを見たゴードンが目の色を変えた。
「お前、あの時の」
「思い出してくれたか?ヒーローさんよ。あん時はよくもまあ俺をぶっとばしてくれたな。おかげで顔にデカい傷がついちまったよ」
大きく手を叩きながら男が愉快そうに言う。ゴードンが静かに男の名を呼んだ。
「ジョナサンか」
「知ってるのか?」
「屋敷を調べている時に会った。それだけだ」
「それだけ?おいおい、人様の顔殴っといてそれだけとは、随分じゃないのか?」
「それはお前が悪だったからだ。謝る気はない」
「ああ、そういうことか」
そう言ってダニエルが頭を抱える。そんなダニエルの苦悩をよそに、ジョナサンが意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「まあ、今となっちゃそんなことはどうでもいい。俺だって上の命令がなきゃ、わざわざこんな所に来る気なんかねえよ」
「腑に落ちん言い方だが、まあいい。お前たちの主に合わせろ」
「合わせろ?無理だね」
そう言いながら、不意にジョナサンが上着のボタンに手をかける。
「悪いけど、あんたたちをこっから先には行かせない。まったくめんどくさい話だがな」
ネクタイの結び目に指をかけ、窮屈そうに首を動かしながらそれを外してワイシャツ一枚になる。そして大きく肩と首を回しながらジョナサンが言った。
「ああ軽い……上の人間に命令されたんだよ。仕方ないだろ?『殺してでも奴らを通すな』ってな。無茶ぶりもいい所だぜ」
「随分物騒な命令じゃないか。しかしそんなに嫌なら、僕たちのことは無視してもいいんじゃないか?」
「そうもいかない」
体を回すのを止め、鋭い眼差しで二人をじっと見据えながらジョナサンが言った。
「俺のいる所は縦社会でな。上の命令には絶対服従なんだよ」
「執事やらメイドやらにも上下関係と言うのは存在するのかい?」
「ああ、滅茶苦茶厳しいんだぜ?」
「俺たち二人相手に、一人で足止め出来ると思っているのか?」
ゴードンの言葉に、笑みを消して静かにジョナサンが返す。
「出来るからここに居る」
不意にダニエルは頬に風を感じた。生ぬるい、血の匂いの混じった風。反射的に左に顔を向ける。
ジョナサンの拳をどてっ腹に食らい、弓なりに吹っ飛ばされようとしているゴードンの姿がそこにあった。